PandoraPartyProject

SS詳細

音が傍に在るための一日

登場人物一覧

グレイル・テンペスタ(p3p001964)
青混じる氷狼

「調子……悪いかな……?」
 グレイル・テンペスタ(p3p001964)は、ふと耳に聞こえてくる音に違和感を感じて、首を傾げる。
 グレイルの獣の耳には、愛用のフックフォンがかかっており、いつも聴いている音が聞こえているが……
 それにほんの少しのノイズのようなものが聞こえた気がして。
 その小さな違いに、調子が悪くなったのかなと思って。そういえば、今使っているものも結構長く使っているなと思い出し。
「明日……新しいのを買いに行こうかな……」
 そう、思い立った。


 翌日、グレイルは練達に来ている。
 幾度目かの練達では、それほどに迷うこともなく目的の店を探して歩き回り、幾つかの喧騒を通り越して、目的のそこに行き着く。
 黒の艶が印象的な、ノスタルジックな雰囲気のそこは、表通りから少しだけ奥に入り込んだ場所にあった。
 獣種用のフックフォンの専門店であるそこの扉をくぐれば、外とはまた違った音に呑まれる。落ち着いた音楽が店内に流れ、ほんの少しの木の匂いに包まれて、一息を吐く。
(高そうなお店だな……)
 値段はまだ見たくない。
 店内には売り物の他に性能を試せるように試聴できるものが幾つか置いてある。
「えっと……こっちかな……?」
 色々試してみようと思いながらうろうろするが。
「いっぱいある……」
 どれから試せば良いのかわからず、耳が無意識のうちに垂れてしまう。
 埒が明かないので、誰か店員に聞いてみようかと店員がいる方を向くと。
「何かお探しでしょうか?」
 と、優しそうな女性の店員がタイミング良く声をかけてきた。二足歩行の狼の姿をした、グレイルと同じ獣種の女性だった。
「あの……新しいフックフォンが欲しくて……でもどれが良いかわからなくて……」
 だから、色々試そうと思ったと伝えたら、店員の女性はにこりと笑って。
「では、こちらなどはいかがでしょうか?」
 そう言って指し示すのは、シンプルなデザインのフックフォン。派手ではないものの、細部の意匠などが凝っていて値が張りそうなイメージがある。メーカー名は『BeaT-F』とあった。
 試しに使ってみてはどうかと言われ、試聴コーナーで聴いてみることにした。
 試聴用のフックフォンを耳にかけて、専用の機器で音楽を流してみる。
「わっ……」
 それは、直接コンサートに赴いて、曲を聴いているような音だった。そんな、力強い音が鼓膜を揺らす。
(これ良いな……)
 そう思い、購入品の候補に入れておく。
 他には何があるかと女性だった店員に訪ねると、笑んだ彼女は隣のメーカーを示す。
 その機種には『audio A』と書かれている。
「こちらはいかがでしょう? 別売りのパーツを付けることで色々なカスタマイズができますよ」
 先程のものとは違って、クリアな音が楽しめますよ、と。
 それなら、これも試そうと思って。グレイルは試聴しようと耳にかける。
 耳に聴こえてくるのは、質感を伴うような透明感のある音で。耳触りの良いそれが、芯を通り抜けていく感じがして。
「これも……候補にしておこう」
「かしこまりました」
「他には……ありますか……?」
 これ以上良さそうな機種があると選べなさそうな気がしないでもないが、それでもできるだけ良いものをと思って訊ねる。
「それなら、こちらはいかがでしょうか?」
 そう言われて示されたのは、『B-sounds』というメーカーの頑丈そうなフックフォン。シンプルなデザインではあるが、壊れにくさが売りらしく、少しだけ他のものより重そうだった。
 実際に触れても、やはり重かった。
 ただ、コード部分の交換ができるのはありがたかった。お気に入りは常に持ち運びたいし、イレギュラーズとして動いていれば壊れてしまうこともあるかもしれない。それなら、少しでも壊れにくい方が良いのかもしれない、と思う。
 これも試聴をしてみようと思って耳にかける。
 今度は腹の底に沁み込むような音だった。低く、安定感のある強い音という感想を抱いて。これは何だか落ち着くような気持ちになる。


 他にも人気の機種や品質の良いものを幾らか進められて試してみて回ったが、最初に試した三機種以上のものはなかったように思う。
「うーん……どうしようかな」
 正直どれも捨てがたい。性能に違いはあるが、どの機種も高品質である。
 しかし、特筆する性能があれば、劣る部分も当然出てくる。どれも秀でたところがあり、そうでないものもある。
 だからこそ、どれを選んでも別のも良かったのではないかと後悔するかもしれないとも思ってしまう。
 そうして悩むこと数分。見兼ねた店員がある提案をする。
「既存の商品でご納得いただけないようでしたら、オーダーメイドもございますが?」
 オーダーメイド、と聞いて。グレイルの顔がハッとした表情になる。その手もあったか、と言うように。
「それ……どのメーカーですか? ……どうやったら良いんですか……?」
「メーカー名は『HowlNote』となっております。お好みのパーツをカタログからお選びいただいて、メーカーの方で組み立てた後にご自宅へ配送という形になります」
 いかがでしょうか? と首を傾げ。少々値が張りますが、と付け加えて。
「とりあえず……カタログを見たいです……」
 オーダーメイドなら、値段が今まで見てきたものより段違いに高いだろうと覚悟はしておく。
「かしこまりました。こちらになります」
 店員はそう言って、厚い本を『HowlNote』のメーカーの棚から出して、広げてグレイルに差し出したのを、ありがとうと言って受け取る。
 広げられたカタログには、フックフォンのパーツごとに纏まっていて、数ページごとにそれらが移り変わる。パーツの下には、それぞれの値段が書かれていて、同じパーツでも少しずつ値段が変わっていた。
『HowlNote』の商品が並べられている棚には、カタログに載っているサンプルパーツが置いてあり、一つ一つ性能を確認しながら選べるようだ。
 グレイルは一度流し読みしてみようと、カタログのページをペラペラと捲り。
「うっ……」
 最後の方、完成予想品の大まかな値段を見て呻いた。
 オーダーメイド品である以上、決して安いものではないと覚悟していたことだが、少し狼狽えるくらいには高かった。
 それでも、イレギュラーズとして活動しているため、稼ぎはそこそこあるし、蓄えも充分あると思う。だからこそ、オーダーメイドも含めて『買わない』という選択肢はなかった。
 それならば、最高品質のものを選んでみようと思って。ページを捲り、パーツを一つ一つ選んで性能を確認していく。
 音質は自分に合うもので、より良いものを選び。イヤパッドも触り心地が良いものを。素材も丈夫なものにして、コードも付け替え可能な断線しにくいものを選び、注文書に品番を書いていく。
「出来上がったものを仮組みして試せますが?」
 そう言われたら、やるしかない。
 既存の製品と違って、オーダーメイドは商品があるわけではない。実際の使い心地がわからなくて、不安になったり、届いた後で思ったのと違ってがっかりしたりするかもしれない。
 そういうことがないようにとの配慮なのだろう。きちんとケアができていて、好感が持てた。


「これでよし……」
 それからも、ああでもない、こうでもないと試行錯誤し、二度程対応していた店員が変わった頃、ようやく納得ができるものができた。
 注文書を全部書いて店員に渡して、提示された金額にまた少し狼狽えてしまったが、素材や音質にも拘ったらそのくらいはするのだし、問題はない。
 そうして店を出た頃にはすっかり日が傾いていて。日暮れかけのほんのりとした赤が空を染めているのを見て、自分がどれだけの時間悩んでいたかを知る。
 ぐぅ、とお腹が鳴って。ようやく空腹を理解する。
「そういえば……お昼は食べてなかった……」
 理解してしまうと、もう我慢はできそうになかった。
 もう遅いから、夕食になるだろう。
 今日は良い買い物をしたから、機嫌は良い。ほんの少し、いや思ったより財布が軽くなったが、それも些細なことだ。
「何か……食べて帰ろう」
 そう言葉にすると、次は何を食べようかと考える。
 獣人であるからか、少し人より匂いに敏感で。辺りの飲食店から美味しそうな匂いを嗅ぎ取って。
 ふらふらと、グレイルは匂いを辿るように歩き出して。
 良い品質のフックフォンを買えた余韻と、早く届かないかなという期待に胸を膨らませながら、夕焼けの街に紛れていった。

  • 音が傍に在るための一日完了
  • NM名灯火
  • 種別SS
  • 納品日2022年11月13日
  • ・グレイル・テンペスタ(p3p001964
    ※ おまけSS『Later date』付き

おまけSS『Later date』

 ーー後日。
 注文していたオーダーメイドのフックフォンが届いた。
 宅配便の内容を見たら嬉しくて。表面上は平静を装えていたが、尻尾がぱたぱたするのを止められなくて。
 それを見た配達員がくすりと笑っていたのにも気付かなかった。
 受け取りが済むと、箱を大事そうに抱えて部屋に戻る。
 グレイルは、綺麗に梱包されたそれを取り出して。
「うわぁ……」
 つい感嘆の声を漏らす。
 そっと壊さないようにそれを取り出す。壊れにくいように丈夫な素材で注文したが、念には念を入れても良いと思う。
「……どんな調子かな?」
 フックフォンを獣の耳にかけて、専用のプレイヤーにコードを付けて。
 お気に入りの音楽を流す。
 そうして流れてきたものは、いつも聞くお気に入りの癒し系の音楽で。
 クリアな音のそれは、よく耳に馴染んで。
「……♪」
 嬉しくて、鼻唄もつい口ずさんで。尻尾はずっと揺れっぱなしだった。


 その日、グレイルはずっとフックフォンを付けて過ごした。

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