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とくべつなあたりまえの日。
登場人物一覧
季節の色が少しずつ深まっていく十月の初め。最愛のちいさな人と結婚して、自分も随分落ち着いたほうだと思っている。
カイト・シャルラハはしみじみと感じながら、我が家で妻のリリーとのあつあつおうちデートを楽しんでいた。
――いや、落ち着いていないじゃないか!
そんな茶々を入れられてしまいそうだけれど、新婚ならば仕方ないというもの。外は秋の匂いがして、肌寒くなってきている。ならばあたたかな部屋で、身も心もぬくぬくするのが一番。
窓から差し込む陽射しはやわらかく、ちょこんと妻を膝に乗せて読書を楽しむだけでも満たされる。けれど正直、リリーが同じ文字を一生懸命追う度に動くちいさなつむじが可愛くて、ついつい其方へと意識が向いてしまう。
きゅうんと愛おしくなったと同時、くぅ、とかすかなお腹の鳴る音。はっとした様子で自分の腹を押さえる妻に、カイトは声をかける。
「リリー、昼飯にしようぜ。俺、腹が減ったんだ」
ちいさな彼女を肩に乗せて、鷹の青年はキッチンへ。深鍋にはらりとパスタを入れて、茹でている間にトマト缶を用意する。
カイトがトマトソースと共に海老やイカを炒めて、リリーは新鮮な瑞々しいレタスやプチトマトをボウルに盛りつけていく。
「重い物は俺に任せろよ」
「うん!」
三十センチの全身と言えど、お嫁さんとして出来ることはなるべくやりたい。そんなリリーの想いを優先しながら、カイトは彼女を気遣いつつトマトソースとパスタを混ぜ合わせていた。
ついでにウィンナーソーセージも焼いてしまおう、と提案したのはふたり一緒。ふたつめに取り出された、浅いフライパンの上で転がるウィンナーのおいしそうな焦げ方を、リリーは嬉しそうに見守って。
料理が完成したら、カイトは二人分の食器へと盛りつけを。普通の人間サイズの皿にがっつり、ドールハウス用に見える皿にはちょこん。ウィンナーはちいさく切って、リリーも食べやすく。
「おいしそう……!」
いい匂いのするご馳走をテーブルに並べて、ふたり揃っていただきます。口に含めば我ながら満足のいく出来に、青年は妻の様子を窺う。
「パスタ、とってもおいしいよ」
夫の視線に気付いたリリーが、心からの笑顔でそう答えれば、カイトも笑みをこぼす。
窓から見える木々の赤や橙をお供に昼食は進んで、ふたりは紅茶で一服。
「もう随分紅葉してきてるな」
「ね。さっきお昼を食べたばっかりだけど、こういう時は焼き芋したくなっちゃう」
「お、じゃあ今日のデザートは決まりだな」
きょとんとした表情で此方を見上げる妻に、青年はいたずらっ子のような表情を見せる。すこしだけ服を着込んで家の外に出れば、乾いた落ち葉の絨毯が広がっていた。
カイトが箒を使って落ち葉を集めている隣、リリーは絨毯の上をとことこ歩く。秋晴れの続いた葉っぱはさくさくと音がして、一歩すらも楽しい。
「リリー、準備できたぜ」
決して大きくはない落ち葉の山が完成して、青年はマッチで手早く火をつける。赤々と燃え始めた焚火を、カイトの肩でリリーはわくわくといった様子で見守っていた。
「マシュマロも焼いていい?」
「ああ、リンゴもあったよな」
濡れた紙に包まれたサツマイモと林檎を、銀のホイルで更に包み込み焚火の奥へ。ちいさなマシュマロは串に刺して、注意深く炙っていく。とろっとし始めたのをタイミングよく火元から離して、ちいさな娘ははふはふとしろい幸せを堪能する。
「ビスケットに挟んでもおいしいんだよ」
「いいな、それ。俺もやろ」
妻に続いて串にマシュマロを刺しているカイトに、リリーが何気なく尋ねる。
「ねぇ、カイトさん」
「ん?」
「明日、急に何か予定とかできたら言ってね」
「特にないぜ?」
ほっとした様子のリリーを不思議そうに見つめる青年には、明日が何の日かはよくわかっていない。ほくほくあつあつでおいしい焼き芋と焼き林檎を、家の中へと持ち帰る。
明日、十月十日はカイトの誕生日。大切な人が生まれてきてくれた日のために、ちいさな新妻はこっそりとバースデーパーティーの準備を進めていた。
「うっかりばれちゃうところだった……!」
聞き方を間違ったような気がしているリリーが心配している以上に、本人は鈍感なところがあるのだけれど。
喜んでくれる顔を想像して、にこにこと頬が緩んでしまうのだった。
夕闇が降りてきた頃、のんびりと午後の時間を過ごしてからは夕飯の支度を始める。
カイトはがっつりと大きな牛肉をサイコロ状に切り分けて、リリーは人参や玉ねぎを手際よく切っていく。身がしっかりと詰まったサーモンと牛乳、コンソメを野菜と一緒に煮込んでいけば、サーモンチャウダースープの出来上がり。
がっつりめのサイコロステーキは、濃い味つけのソースで食が進むように。まろやかな魚の味がするチャウダースープと一緒なら、健康的で肉と魚両方が摂れてしまう。
妻はオニオンドレッシングのさっぱりサラダも忘れずに、夫はバゲットをカリカリに焼いていく。完成したディナーは、誰が見たって豪華でおなかいっぱいになること確実だった。
「今日はずっとおいしいごちそうばっかりだね」
「これはデートだろ、贅沢にしないとな」
いつもと同じ過ごし方に素敵なものをプラスして、すこしだけグレードアップ。なんたっておうちデートでは、それが許される。
ジューシーな夕食を楽しみながら、ふたりは今度のデートの予定を立ててみる。
「次はリリーの服を買いに行くのもいいな。選ばせてくれよ」
「リリー、カイトさんのお洋服も選びたいな。だから、お互いに似合うのを見つけるの。紅葉の山を見に行くのも素敵だよね」
「うーん迷うなぁ、もう暫くすればイルミネーションもあるだろうし」
そうだね、とはにかむ彼女の愛らしさは、四季のうつくしさや日常の何気ない一幕を彩っている。むしろ、カイトにとっての物語のヒロインは、リリーただひとりで。
こうして結婚しても、デートの数はずうっと重ねていたい。ときめく時間は、どれだけあってもいいものだから。
夜は更けて、仲良くベッドに入って昼間の読書の続きを始める。甘いミルクティーをサイドテーブルの上に用意して、いつでも微睡みへと漕ぎだせるように支度して。
流浪の旅をする亡国の姫君と、それに付き合う海賊の男のロマンチックな冒険小説。
「この海賊、なんだかカイトさんに似てるね」
「そうか?」
「うん、頼もしくて、かっこいい」
そう評するリリーのことが、カイトには姫君よりもうんと愛らしく思える。次第にうとうととし始めている彼女を見て、青年は灯りを消そうとする。
「そろそろ寝るか」
告げた青年の胸元で、妻はとんとん、とちいさな手で合図する。
「カイトさん」
「ん?」
「あのね、リリー、こういうデートもだいすきだから。今日、楽しかった」
ふわっと照れたように感想を話す姿にうれしくなって、カイトは胸の裡がくすぐったくなる。
「そっか、よかった。じゃあまた今度、おうちデートしような」
「うん。それでね、カイトさんも、カイトさんのすきだなってこと、いつでも教えてね」
その返しがあんまりにもいじらしくて、しばらく青年は固まってしまう。自分の下心だって、彼女はわかっているくせに。だから、あえてはっきりと口にする。
「……いいのか? このタイミングでそういうこと言って」
「……うん」
頬どころか、耳まであかく染める妻の姿に、ああもう、なんて自分の気持ちが抑えられなくなる。据え膳食わぬはなんとやら、この後のことは口にしなくたってわかりきっていた。
愛を囁いてふたりで夜を越えたなら、明日にはもっと素敵なサプライズが、彼を待っている。