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君の力はなんのため?
登場人物一覧
剣を構え、剣を振る。
剣を構え、剣を振る。
剣を構え、剣を振り続ける。
ムサシ・セルブライト(p3p010126)にとってこの動作は日常の基本であり、ある種のルーティーンであった。
鍛錬を怠るな。人間は日々衰える。いざという時はいつでもくる。
養成学校でしつこいほど言われた声が、今でもムサシの心の中で響くのだ。
昔は訓練用のロッドを使っていた彼だが、今は実戦用のA.A.A.を使いこの素振りを続けていた。
いざという時はいつでもくる。確かにその通りだ。
混沌に召喚されて一年。初めの頃に遭遇したのはROOでの大規模な事件だった。
己のアバターを作り、仮想世界で戦い、多くの友を得て……。
それからも彼の戦いは続き、この混沌世界を北へ南へと飛び回っては世界の危機と闘った。
混沌世界のルールによってレベルを初期化された彼も、戦いの中で成長しかつての宇宙保安官としてジャッキしていたパワーをそれなりに発揮することができている。
「宇宙の平和を護る……までは、流石に傲慢かな」
肩の力を抜き、剣(レーザー警棒)を降ろした。
と、その時。
不思議な『壁』が現れた。
青い空の下の、広い草原のまんなかの、本当に何もない場所にそれは現れ、まるで波のようにムサシへ迫る。
「なっ――!?」
咄嗟に身構える彼だが、壁が彼に『ぶつかる』ことはなかった。
壁が通り抜けたその時には、彼はいつのまにか、金属の床の上に立っていた。
床が金属製だという以外、わからない。周囲は暗闇に覆われ、ここがどの程度の広さなのかも不明だ。
一体何が起こったのかときょろきょろ周囲を伺う彼の耳に、『聞き慣れた』足音が響く。
コンバットスーツ特有の、堅くもあり柔らかくもある靴底の音。足取りはどこか軽く、時折かちゃりと鳴るその音は、剣の鞘のものか。
「『斬鋼滅殲』――」
ハッと顔をあげるのと、コンバットスーツを瞬間装着するのはほぼ同時。
音のする方へと振り返り剣を翳すのに一瞬。
「エデンズパニッシュメント」
青白いレーザーソードの斬撃が光となって飛び、ムサシはそれをレーザーコートされた警棒で受け止める。ばちばちと火花が散る接触部。
だが、ムサシの記憶と直感が確かならこれで終わりではない。
「この技は……!」
もう一発撃ち込まれた斬撃がまたも光となって飛び、傾いたX字となった斬撃が今度こそムサシを吹き飛ばす。
切り裂かれた胸を中心にコンバットスーツのあちこちから火花を散らすムサシ。
転がる彼が顔を上げると、ゆっくりとレーザーソードを降ろす女性の姿が闇の中で露わとなる。
剣の光に自ずと照らされた、ボディラインの浮き出るそれは、近接戦闘に特化すべく様々な機能をそぎ落とし機動性を追求したエース保安官用カスタムコンバットスーツ。その名は装着者の二つ名からとり、こう呼ばれている。
「……斬鋼滅殲」
「腕が鈍ったようだね? ムサシ・セルブライト候補生――いや、今は保安官か」
起き上がろうとするムサシ。スーツのヘルメット部分を解除した彼の頬には痛ましい一筋の傷がはしり、血がながれていた。
表面的には浅い切り傷にしか見えないが、コンバットスーツ越しですら外傷を負ってしまうほどのこの傷は、見えない体内にとてつもないダメージが蓄積しているという証拠でもある。
実際、彼は地に着けた手を押し上半身を起こすので精一杯だ。
「トーラス教官、なぜこのような」
相手は、トーラス・アースレイはレーザーソードをさげたままムサシをただ見つめている。
彼がかつて憧れた姿そのままであり、つまりは初恋の具現化だ。
その後ろには、長いウサギ耳をしてハンマーをもった女性。そしてニヒルな雰囲気を纏った戦闘用ロボットがいる。
「教官? あまりにも今更だな。『力』が手に入ろうとする今……君の存在は邪魔なんだ、ムサシ」
再びレーザーソードを翳すトーラス。
しかし、そんな彼女の足元に謎の射撃が弾けた。
無数にあがる火花から飛び退くトーラスたち。
「パ――総司令官殿! 大丈夫でありますか!?」
拳銃タイプのビーム・リボルバーを構え間に割り込むように現れたのは赤い宇宙保安官の制服を着た少女だった。
その後ろ姿はどことなくムサシに似て、特にぱちぱちとはねたくせっ毛にその特徴が色濃く出ていた。
ゼータバングルに手を翳し、装着の音声コマンドを入力。
装着したのはムサシにも覚えのある訓練用コンバットスーツだ。
白いボディに黄色いラインが入ったそれは、宇宙保安官を夢見る全ての者が着用する養成学校指定のスーツ。
しかしそれゆえに、ムサシは彼女が『エデンズパニッシュメント』を受け止められはしないと確信できた。
「下がっているであります」
ムサシは再びヘルメットを装着すると、腰からビーム・リボルバーを抜く。
「一体どうしたのでありますか! 自分を攻撃する理由を教えてください、教官!」
「言ったはずだよ。邪魔だと」
トーラスが一歩、踏み込む。
それだけで危機を察したムサシは構えていたビーム・リボルバーを連射した。
だがそれに意味がないことは彼自身がよくわかっていた。
トーラスは飛来するビーム弾をレーザーソードで次々に切り払い、こつん――こつん――と一歩ずつ距離を詰めてくる。
「ブラストモード!」
銃口下部にマウントしたレーザー・ジュッテをあえて取り外し、銃身上部に取り付けることでエネルギーの流れを変化。トリガーを引きっぱなしにした『R83』はそれまでを遥かに超える連射速度でビーム弾を連射した。
もはやその弾幕はサブマシンガンのそれであり、トーラスもまた収めていたもう一本のレーザーソードを抜いて更なる速度で弾を弾く。
ダッシュで詰めてこないのはあくまでこちらの攻撃を警戒してのことか。
その通り。正しい判断だ。
「ブレイジング――!」
そこで逆手に握った警棒にレーザーコートを行い、刃渡りの長い太刀に変える。
トーラスが間合いに入るその瞬間。
「マグナム!」
レーザーソードに火焔を纏わせ豪快に振り抜いた。
これには流石のトーラスもレーザーソードを翳し防御。飛び退くだけの威力があったようだ。
そして……。
トーラスが眼前に翳した腕をどけると、そこにはムサシも……先ほどの少女もいなかった。
先ほどとは違う場所。
ひどく荒れ果てた、スクラップだらけの場所で、ムサシは腕を引く少女に問いかけた。
「ここは一体? それに、あなたは?」
「聞いて、ください総司令官殿。この世界はもう――」
話の途中で、少女のむこうに先ほど見たものと同じ壁が出現した。
高速で迫るそれに一瞬目を瞑ると……。
ムサシはもといた草原の上に立っていた。
少女の姿は、ない。
「……? 夢、だったのでありますか……?」
コンバットスーツを解き、頬に触れる。そこには一筋の傷が走っていた。
後日。
こんなムサシの元に、ある友から『手紙』が届いた。
亡者となろうとしている『彼』を止めて欲しい。そう書かれた手紙に導かれるように、ムサシはある廃墟へと向かった。
それは友情の破壊であり、運命の決裂。しかしムサシにはなぜか、そのどちらも壊れない未来が見えていた。
「あのとき受けた、教官の剣……悲しい感じがした……」
翳した手のひらを、握り込む。
「自分の力は、宇宙の平和を……いいや、誰かの笑顔を守るための力。
勇気を胸に、涙を払う。それこそが……!」
やるべきことは、ただ一つ。
未来のために、戦え!