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SS詳細

千の夜をこえて、なお

登場人物一覧

善と悪を敷く 天鍵の 女王(p3p000665)
レジーナ・カームバンクル

●伸ばせども銀星に手は届かず
 暗い夜空に、幾つもの星が瞬いていた。
 頬を撫で、髪を揺らす風はひやりと冷たいけれど、善と悪を敷く 天鍵の 女王レジーナ・カームバンクル(p3p000665)は闇の天蓋の下に佇んでいた。
 その外気の冷たさが、心を鎮めるのにちょうどいいのかもしれない。今すぐにでも駆け出してしまいたいと逸る気持ちを、動かんとする足を、留めてくれている。
 ――ひとりで行動してはいけない。成せるものも成せなくなってしまうから。
 そうしたら……。
(――そうしたら、きっと。『お嬢様』が悲しんでしまうわ)
 レジーナは、彼女に『心』があることを知っている。世間で言われるような情のない人間だとは思っていない。
 夜空に浮かぶ銀色の星々に、レジーナは『とあるお嬢様』の面影を見る。
 今、此処には居ない、お嬢様。
 レジーナにとって、何よりも大事で、誰よりも思う、お嬢様。
 レジーナがお嬢様と呼称する『彼女』がこれ程までにも自分の中で大きな存在になるだなんて、5年前のレジーナは思いもしなかったことだろう。

 5年前、レジーナは『Astrark geis』と呼ばれるトレーディングカードゲームの世界から、この世界へと召喚された。様々な設定を持つゲーム世界の住人が、謂わば『外』の世界で受肉したのだ。
 これまでのレジーナの知らないもので溢れた世界。
 設定で動かず、己の意思で行動し、歩んでいく世界。
 不慣れながらも混沌世界に踏み出して、見聞を広げ――そうして、出会ったのだ。彼女に。レジーナの『お嬢様』に。
 そのお嬢様ひとは、美しいひとだった。
 ひとりでも凛と咲く、青薔薇茨持つ毒花であった。
 いつからかレジーナは彼女に惹かれ、彼女のために行動するようになった。
 例えば、民の不満が膨れ上がっていると聞いた時。召喚前かつてのレジーナならば気にも止めないような小さな諍いであろうとも、レジーナは鎮めに行った。
 例えば、身寄りのない孤児や行き場のない人が困っていた時。レジーナは彼らを受け入れる施設を用意し、引き取り、温かい食事と寝床、そしてを用意した。文字の読み書きを教え、如何に『彼女』が素晴らしいかを教え込んだ洗脳した
 例えば、『彼女』に対する悪い噂や悪巧みが耳に入ってきた時。『彼女』に害を成さんとする者不穏分子たちであるか否かを見極め、徹底的に排除した。歯向かおうなどと、手を出そうなどと思わないように。
 『彼女』のイメージアップに繋がるための行動をした時もある。レジーナからしたら『お嬢様のことを解っていない』としか言いようの無いことだが、彼女は世間では『毒花』と謳われている。国の暗い部分を請け負う、悪役のような側面があるせいだ。
 其れ等は全て、レジーナが彼女のために『勝手に』行ったことだ。
 彼女のために勝手に苦心し、勝手に奔走した。
 勝手に、案じていたのだ。『悪』と呼ばれるものの悲しい結末を。
 現実が、起こした行動の全てが報われるような幸せなおとぎ話フェアリーテイルでは無いことは知っている。
 だからこそ、彼女のために動けるように自分を鍛え上げた。
 戦力を集めた。人材を育てた。地位を高めた。
 その殆どが無駄に終わることを理解した上で、レジーナはひたむきに走り続けた。その行いのどれかひとつでも活きれば良いのだと。
 ――千の夜をこえた、5年間。
 全てはお嬢様のため。
 全ては世界の『悪』として運命付けられたであろう少女の宿命を変えるため。
 望まれた訳でもなく、ただただ己のエゴで駆け抜けたのだ。
(ローレット――わたしたちの存在が、お嬢様を変えたわ)
 ローレットを気にするようになった彼女は少しずつだが変わっていったように思えた。棘ばかりが目立っていた美しい薔薇が、触れる手を傷つけないようにと棘を落とし、言葉の端に親しみを感じられるようになったとレジーナは感じていた。
 毒花だと言われない、『悪』としての破滅は訪れない。これで彼女が致命的な破滅を迎えることはない。
 嗚呼! 運命は変わったのだ!

 ――そう、思っていた。

 全てはただの錯覚。
 運命は、簡単には変わらない。
 彼女は今、処刑されんとしている。
 絶望した。今までの奔走はなんだったのかと。辿る運命は少しも変わっていない。
 悲しかった。どうして彼女がそんな目に合わねばならぬのかと。
 悔しかった。彼女を貶める相手を事前に止められなかった自分の不甲斐なさに。
 けれどレジーナは、それで足を止めるような生き方をしてきてはいない。
 やれることをやらず、立ち止まったりなんてしない。
(絶対に、救ってみせるわ)
 白く色づく吐息を零し、天を仰ぎ見る。
 見上げる天に、星がひとつ煌めきながら流れていった。
 其れが、誰かあなたの命で無ければ良いと思う。
 其れが、誰かあなたの希望で無ければ良いと願う。
 其れが、誰かあなたの涙で無ければ良いと希う。
 彼女の未来のように暗い天へと手を伸ばし、まるで涙を拭う労るように軌跡を指でなぞった。
 今、同じ星を見ているだろうか。
 夜空に向けて、そう思う。

 伸ばせども銀星に手は届かず。
 然れどもその手を伸ばさずにはいられない。
 いつか届くとも――届かなくとも、今。必ず救ってみせるから。
 みすみす散らせなど、しないから。
 だから、ね。
 お待ち下さいね、わたしのお嬢様。
 わたしあなたを必ず救います。
 あなたが其れを望まざろうと、必ず。
 わたしあなたつるぎとなりましょう。
 あなたを縛る茨を断ち切ってみせます。
 どうぞ、特等席でご覧になってあなたに似合わぬその席で今暫くの辛抱を

 どれだけの間、夜空を見上げていたことだろう。
 瞬いていた星たちは誰かわたしたちの願いを連れて何処かに消えて、闇色がミルクを混ぜたように薄ぼんやりと色を変えていく。
 早起きの朝鳴きとりたちが、視界の端で飛び立つのが見えた。
 嗚呼、夜明けが近い。
 レジーナは瞳を閉ざして、銀星を閉じ込める。
 頭上に輝く銀星は、いつだってこの胸の中で輝いている。
 チカチカ、キラキラ、眩いくらいに。

 待っていてくださいね、お嬢様。
 あなたはきっと、来ないでと拒むでしょう。優しい方だから。
 それでも。それでも、わたしは――。

 千の夜をこえて、万の夜をこえて、あなたの元へと駆けていく。

  • 千の夜をこえて、なお完了
  • GM名壱花
  • 種別SS
  • 納品日2022年11月13日
  • ・善と悪を敷く 天鍵の 女王(p3p000665

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