SS詳細
さいごのてがみはだしません
登場人物一覧
装備を整える。調弦は己の手で正確に、仕込み刀とレーザーガンは練達の職人の所できっちりと。最期になるかもしれない大舞台は何度もくぐってきているが、今度は血と訳が違う。乗り掛かった舟とばかりに「おひめさまをころそうとするでんせつのわるいまほうつかい」への決戦に身を投じる。悪くない。その魔法使いが規格外、なおよい。冒険心は高まり、挑戦する気が起きるというもの。
ツーネックのギターの名はアーデント。燃えるが如き思い、燃えるが如き輝き。困難の中に合ってなお輝きを増す音の起点。
心のままに、おれは生きている。
そしてその心を広げ、伝え、叫ぶ。
『戦場でいくら叫べども、心は届かないぞ、ヤツェク・ブルーフラワー君』
うるさい人工知能はこちらを見透かしたようにいっている。黙れ、E-Aといえば、相手はモニタの中で優雅に指を振った。
『ヘレナ、ヘレナ。全く君はパリスではないのだから、堂々と抱き上げて連れて行けばいいのに。略奪ではなくて正当に』
「1と0の生き物には機敏なんてわからんのさ」
『歯にもの着せぬといいたまえ。そして私の中にはiも搭載されている』
「虚数と愛を引っかけたのか……。つまらん。わざとらしい。黙れ」
さる貴婦人におれは心を捕らわれている。孤独な女への贖罪が、過去の別の女への贖罪とからまり、そのうえ誓いもあり、抱きたいなんぞうそぶくが、その実どうしていいのかわからなくなる。もう若い恋は出来ない。こんな生き方をしてりゃあ、残されるのは彼女の方だ。してなくてもこっちが先に寿命でくたばる。そもそもおれは夫殺しで娘にも刃を向けた。魔種の件があってもそんな奴の血塗られた告白なんて、普通は受け入れられない。堂々まわりは終わらず、今年もまた進展しないのだろう。
「おれは、古ぼけたプライドと一緒に死にたいのかもしれんな。おれと死んでくれるか、E-A」
答えはない。賢すぎて、きやすく答えてはいけない類の質問だとわかっているが故に。
答えはない。結局どういわれてもおれが『不詳の弟子』で『契約上の主人』であるが故に。人工知能は極めて理論的故に誠実だ。嫌気がさすほどに。
「せめて物は送りたまえ。手紙の一通、花一輪。最近はそれもやってないくせに」
「嫌だ」
子のように駄々をこねてしまったと不意に出た言葉に焦る。
「最期の手紙になりそうだから、嫌だ」
最期の手紙もなく去るのも、誠実ではないがね、との声に、おれは突っ伏した。