PandoraPartyProject

SS詳細

薔薇人形は鳥籠から飛び立つ

登場人物一覧

レイア・マルガレーテ・シビック(p3p010786)
青薔薇救護隊
レイア・マルガレーテ・シビックの関係者
→ イラスト

 馬車に揺られてしばらく経ったが、目的地にはまだ遠いらしかった。

 今朝のことだった。いつも通り紅茶を嗜んでいると、ルークが出掛けようと言ってきた。聞けば人からの頼まれ事だそうで、何泊かする用事とのことだった。
 慌てて荷物を用意し馬車に乗り、行先を知らされないまま、レイアは彼と共にただただ揺られている。

 ドールになる夢を見てからも、ルークの態度はほとんど変わらなかった。時折こちらを射貫くように見つめているように思えるが、それが彼の意図したことなのか、レイアの気のせいなのかは判断が難しかった。

「あとどれくらいで着くんだ」

 三度目の質問に、ルークはそれまでと同じく「もう少し」と答える。
 馬車のカーテンを開けたところで、もう見知った場所からは抜けているのだから、どこに行くかなんて分かりやしない。暇つぶし程度にしかならない景色を眺めていると、ルークもまた景色を覗き込んで、あれが綺麗だとか、これが良いだとか呟くのだった。

 ルークに気を遣わせているのが、分かった。
 あの夢を見てから、自分が知る愛について考えるようになってしまった。ルークの深い悲しみの意味を、彼の望む愛の形を、自分が誰を選ぶべきなのかを、悩むようになってしまった。だから彼となかなか目を合わせられなくて、そのせいで心配をかけてしまっている。

 この「お出かけ」も、彼のサプライズなのだろう。塞ぎこんでいるレイアの気を晴らして、その迷いや不安を包んでくれようとしているのだ。だからこそ、早く決めなければと思ってしまう。

「何もそんな、行った先でとって食おうってわけじゃないさ」

 夢の彼はそれに近いことをしたのに、現実の彼は冗談めかして笑っている。どちらが本物のルークなのかが分からなくなって、ただ彼を見つめるしかなかった。

「着いたぞ」

 しばらくして着いたのは、綺麗な湖が広がる場所だった。太陽の光が水面で弾けていて、風が吹く度に淡い色を散らしている。湖畔には別荘と思わしき屋敷やコテージがぽつぽつと建っていて、ここが誰かが心を休めるための場所なのだと気が付く。

「頼まれたのは、ここにきている人たちの手伝いをすること」

 足先で水面をつついているレイアに向かって、ルークは照れ臭そうに笑った。

「手伝いって言っても、食事の用意くらいだけどな。あとは俺たちも自由だ」

 実質、他の誰か――きっとどこかの一家なのだろう――と交流して、自分たちも落ち着いた時間を楽しもうと提案されているのだ。

 彼は本当に、気晴らしのために連れて来てくれたのだ。わざわざ手伝いを募集している人を探して、レイアに秘密でこんな場所に連れてきてくれた。

「ありがとう」

 お礼を言うべきか、気を遣わせていることに謝るべきか迷って、恐らく彼が望んでいるであろう言葉を口にした。すると彼は、何でもないとでも言うように首を振るのだった。

「さ、挨拶に行こう」

 彼が差し出した手を、握る。自分なんかより力はずっと強いはずなのに、引き寄せる動作は優しかった。

「レイアと申します。よろしくお願い致します」
「あなたがレイアさんね。聞いていたとおり、本当に可愛らしいわ」

 出会ったのは、貴族の一家だった。穏やかな表情の父親と、いかにも上品そうな母親。それから人形のような出で立ちの娘が二人。娘たちの装いは夢でのレイアの姿を思い出させたけど、年頃の少女たちが好む格好だと言われればそれまでの範囲には収まっている。だから夢のことや自分の父のことは深く考えないようにして、親子に向かって笑みを浮かべた。


 食事の用意と言っても、ほとんどのものは下準備までされていたり、盛り付けるだけになっていたりして、レイアとルークがしたことは盛り付けや配膳くらいなものだった。

「おいしい紅茶ね」

 淹れた紅茶は想像以上に母親と娘たちの笑顔を引き出すことができて、ほっとした。

「あなたたち、サラダをもう少し食べなさいね。お茶菓子はその後よ」

 母親は娘たちの世話を焼くとき、慈しみや優しさを込めた瞳をする。まだ手のかかる年頃だろうし、大変だと思っていることは伺えるけれど、子どもたちを大切に思っていることはよく分かるのだ。

「ほら、レイアさんとルークさんが作ってくれたんだよ。残さず食べると喜ばれるよ」

 父親も、同じだ。娘たちを可愛がっているようだけれど、そこに浮かぶのは慈愛だ。

「とても仲の良いご家族なのですね」

 ぽつりと呟いてしまったのは、自分の家族のことを思い出してしまったからか。
 母はレイアを置いていってしまったし、父親から向けられる視線は慈愛なんていうものではない。
 父からは確かに愛されている。だけどそれは、今ここにいる、娘を見つめる父親の姿とは程遠いものだ。レイアが与えられるものは愛欲からくる情であって、こんなに優しいものではないのだと思い出す。

「僕たちはみんなのことが好きだからね」
「ねー」

 きゃっきゃっと娘たちが笑う。幼い頃の自分の姿をそこに重ねようとして、やめてしまった。家族の在り方が、あまりにも違うと思った。


 夜になって、レイアはルークに声をかけた。

「紅茶は要るか?」
「そうだな、淹れようか」

 淹れた紅茶は熱いはずなのに、いざ口に含むと本当に熱いのかが分からなくなる。それくらい、緊張していた。

「夢の、話なんだが」

 自分が人形になっていた、というところまで話すと、ルークは「知ってる」と表情を崩した。

「夢の中で、俺はお前を噛んだだろ」
「あれはお前の本心なのか」
「本心だけど、その一部、ってところだな」

 ルークは迷うように紅茶を口に含んで、それから静かに微笑んだ。

「俺はお前と幸せになりたい。二人で」
「二人で? お父様は?」

 ルークはゆっくりと首を振る。

「普通は、父親とはそうはならないんだよ。あの親子を見ただろ」
「見たが、でも」
「信じたくないと思うけれど、そうなんだ」

 ルークが伸ばした手が、レイアの手に触れた。強張っていた手の力が抜けて、彼の体温に包まれていく。

「家族愛っていうのは、もっと、優しいものなんだ。一方的なものじゃない」

 本当は、薄っすら気が付いていた。本当に親子なら、身体の繋がりを求めないことくらいは。だけど他の家族を知らないからと、父が母の分も愛してくれていたからと、自分を誤魔化していた。
 だけど今日、あの親子を見たら、誤魔化せなくなった。父の愛が歪なのだと、認めざるを得なくなった。

「俺と幸せになろう」

 ルークの穏やかな声が、耳を優しく溶かした。

 彼はレイアと父の関係を知っている。それでもなお、優しさで包んで、手を伸ばしてくれるのだ。ずっと、レイアを見てくれている。愛してくれている。

 ルークを、一番好きになりたいと思った。

「気持ちの整理に、時間がかかるかもしれない」
「それでもいいさ」
「貴方のことが好きだ。お父様よりも、好きになりたい」
「そう言ってくれるってことは、もう俺はお前の中で『一番』だな」

 からりと彼が笑って、心の中で何かが弾けた。そう言ってくれるなら、良いと思った。

「ルークと幸せになりたい」

 見上げると、彼が穏やかな表情で笑っていた。

 立ち上がった彼がこちらに歩み寄ってきて、そのまま抱きしめられる。
 この温もりを心から愛おしく思えたのが嬉しくて、レイアもまた、彼を抱きしめ返した。

おまけSS『夢の話』

 自分たちの将来を夢にみたのだと言えば、彼は目を丸くして、それから顔を赤くして笑った。

「どんな夢だったんだ?」

 今よりもずっと大人になったルークがでてきて、自分たちの子どもがいた。そう伝えると、彼はゆっくりと目を細めた。

「いつか三人になろう」

 彼の言葉がゆっくりと胸に落ちて、同時に、夢でみた父と結ばれている映像がじわりじわりと形を失っていった。

「そうだな。それがいい」

 こちらの手を握る温もりが優しくて、好きだと思った。

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