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光と闇を抱いて

登場人物一覧

カンナ(p3p006830)
彷徨人



 聖教国ネメシス。通称、天義。
 聖なりし宗教と信仰の教えを尊び、正義を掲げ、理想を胸に、他人に優しい“善人”達が住まう聖なる国だ。

 これ以上ない程に素晴らしい国だ、地上の楽園だと人々は口にする。
 ――が、それは天義と言う国の光の側面しか見ていないに過ぎないのだと……『彷徨人』カンナ(p3p006830)は既に知っている。
 その実態は自分達が正義と定める枠内から僅かでも逸脱した者を、せざるを得なかった者も全て“赦されざる悪”と見定め、苛烈なる断罪を加える宗教的ディストピアに他ならないのだと言う事も……知っている。
 時には正義の代行者たる国民達だけでなく、表立って公表すらできない組織の手で不正義を断罪していたのだと、身を持って知っているのだ。

 ……自分こそが、その語られざる闇の刃の一振りだったのだから。
 正義に反する悪を絶対に許さぬ“正義の刃”。

 そう、心の底から信じていた時の事を、今でも思い出す。
 そして、同時に思い出すのは……その、最後の仕事の事だった。








 (……これは、手強い!)

 聖都の片隅にある寂れた倉庫街。
 夜闇に紛れ、町人の装束を身に纏い――迷い人を装い接近、頸部を一閃。一人目。
 物音を聞きつけた心配する様な顔を張り付けた仲間に飛び付き、重心を崩して押し倒し、全体重を乗せて頭部を強打。二人目。
 流れる様に武装もしてない三人目を袈裟斬りに――は、いつもの様には出来なかった。

 どうやら、曲がりなりにも“聖騎士くずれ”。
 顔を出した数瞬で次第を把握し、迫る攻撃を回避、立て掛けられていた仲間の武具を手に――薙ぎ払ってくる。

 ――ゥオンッ!!

 重く鋭い風切り音と共に、数瞬前まで私の居た空間を長剣が切り裂いた。
 咄嗟に飛び退いた物の、その幾らかの間で相手は体勢を立て直してしまっている。

 
 (……失敗した、かもしれませんね)

 正面から相手と対峙し状況を整理し……そう結論付ける。
 片や油断を誘う為、顔も碌に隠さず刀剣一本で挑んだ暗殺者の少女が一人。
 片や、単身の戦闘技術は上と思しき精悍な青年騎士。……それも、仲間を殺られ憤怒に燃えているだろう、というオマケ付きだ。

 体格差、武装差、技量差……戦闘経験だけなら同等以上かもだが、それ以外は軒並み不利な状況と言えるだろう。
 だが、それで潔く諦め、降参する様な教育は受けていない。
 
 ――“悪を許すな”

 如何なる理由があろうと、如何なる強敵であろうと、如何なる苦境であろうとも。
 『赦されざる悪』に対し手を緩めてはならない。臆してはならない。どの様な手を使ってでも、悪を断罪しなければならない。
 それが、私に与えられた役目なのだから。

 故に、構える。相手の攻勢に即座に反応する為に、悪を断つ機会を見逃さぬ為に。

 ――だが、その機会は想像よりも早くあっさりとやってきたのだった。

 体勢を立て直し、油断なく此方と正対した相手は……しかし、直ぐに表情を歪め、複雑な感情を感じさせながら――吐き捨てる様に。


「くそ、まだ子供じゃないか!」

 



● 


 この時は、まだ知らなかったのでした。

 自分達の様な過激に正義を執行する事に疑問を覚える者も、天義の中に相当数居た事も。

 この仕事の対象、即ち目前の聖騎士くずれ達こそが天義の過ぎた正義の執行を疑問視し、健全で平和な形に是正せんとする思想を抱える対抗勢力の一部であったという事も。

 ……そして、その様に“正義”に異を唱える者も、善意で立ち上がった者も全て『赦されざる悪』であると見做され、正義の執行対象となる事も。
 
 そして、或いはそんな彼らが救いたいモノは、その過激な思想の犠牲になっている者であろう、という事も。


 その事を知ったのは、これから暫く先。天義を離れ各地を放浪した先の事。
 故に。





 (――敵意が緩んだ)

 好機が訪れたと、そう判断する他ない。


「――悪を誅するには十分な実力がある、と思っていますよ?」
「……ああ、そうだろうな」

 挑発する様に既に始末した二人に微かに視線をやり、そう返す。
 そんな意図を知ってか知らずか、相手の態度に先の様な動揺は見られない。

 ……挑発に激昂してくれた方が、やりやすかったのですが。


「――君は、何故“こんな事”をしているんだ?」


 (――――?)

 そんな事を考えていたから……次の問いの意味を計り兼ねたのだった。

 ……何故?
 悪を誅する事は当然の事……と言うのは、相手方も理解している筈だ。
 その行為を咎める等と言う無意味で愚かな事をするとも思えない。
 なら――ああ、成る程。


「詳しくは知りませんが――上の方が、貴方達を“悪”と定めましたから。更に言えば、そういう任務ですので」
「……は?」

 この様な仕事をしていると、少なくはなかった。
 ――自分が、何故“悪”になったのか分からない、と喚く“悪”が。
 彼らも生まれた時から、最初から悪だった訳ではないのでしょう。訳が分からないと思うのも無理はないかもしれません。

 ――ですが、組織の方が彼の者、天義に仇なす“悪”であると認めたのだから、それは“悪”なのです。

 詳しい事は知りません分かりません。そんな事、教えられてないですから。 
 只拾われた孤児であった私には、それを判断する為の知識も経験もないのです。
 あるのは多少の武才と加護、そして人一倍の根気でしょうか。

 ……そんな私には難しいのです。“悪”と言うのは。
 悪はいけない事です。そんな事は私にだって分かっています。
 しかし、何が難しいのかと説明する事すら難しい程に、考える程に“悪”と言うのは様々な形で存在します。
 悪は断罪されなければならないのに、悪を誅する為に鍛えているのに、それを見出せないと言うのはとても残念な事です。


 ですが、私は大丈夫です。何故なら育ててくれた組織の方がとても正しい効率的な事を言ってくれたから。

 ――私達が全霊で“悪”を見定めましょう。貴女はその力を以て全霊で“悪”を誅してください。

 そう言い得意分野を分けてくれたのです。実にやり方だと思いませんか?」

「いや、全く思わないな」
「……そうですか」

 懇切丁寧に説明したと言うのに、即答で否定されました。
 一体何が気に入らないのか、皆目見当がつきません。
 
 しかし、問題はありません。
 ……会話を続けた目的は半ば達成していると言えたのだから。


「ああ、本当に嫌になる理屈だな。誰かの言いなりのまま凶行を為す事を“正義”だなんて、とても言えやしない」
「…………」

 答えはせず、目を伏せる。
 ……そして、僅かに姿勢を落としながら、その時を伺い。

「“悪”は自分の目で見て、自分の耳で聞いて、そして自分の心で考えて見出さなければいけない物だ!! 君だって――」
「――生憎」

 相応に続いた会話、そして敵味方の状況故に、相手は此方を注視している。意識を向けている。それが、ベストだった。
 予め服に仕込んでいた物を、専用の強力な閃光玉を逆手に落とし、そのまま放る。

「生まれてこの方、目が見えた試しがありません。……観えてはいますけどね」

 ――輝ッ!!

「なっ!?!」

 一瞬の内に夜闇が真白に染め上げられる。
 目の前全てが白に染まり、何もかも光に呑まれ目が利かなくなる。

 ――盲神の加護を持つ、カンナを除いては。


 刹那、刃が閃き……夜の街に、鈍い音が響いた。












「本当、なんであれで生きてたんでしょうか……お互いに」

 結局。
 閃光玉で意識と視覚を奪った末での不意打ちすらかの聖騎士を殺害する事は叶わなかった。
 僅かに急所を外され、返す刃で剣の腹で強打され、吹き飛ばされ伸びてしまい……数時間後、まともに動ける様になった時には、全てが終わっていた。

 明らかに重傷を負わせ、血も相応に出ていた筈の騎士の姿は何処にもなく、中途半端に仕事を失敗した事に落胆する暇もなく、組織の壊滅を知った。
 火の粉が降りかかる前に身を隠した為、詳細は分からないが恐らくはかの騎士の仲間達の仕業なのだろう。あるいは、そこにかの騎士も……と、言うのは負けた贔屓目だろうか。

 ……明らかに殺されても仕方がない状況で見逃されて。
 それでも、その事をそこまで気にしなかったのは何故か。幾度となく考えたものだ。

 ……そして、その答えは今の自分の生き方にあるのだろう。

 ――“悪”は自分の目で見て、自分の耳で聞いて、そして自分の心で考えて見出さなければいけない物だ――

「さて、今日は何と見えるでしょうか。平和であると、良いのですけどね」

 そう呟きながら……今日も何処へ旅をする。
 誰に命じられるでもない。自分の正義を胸に。

  • 光と闇を抱いて完了
  • NM名黒矢
  • 種別SS
  • 納品日2022年11月15日
  • ・カンナ(p3p006830

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