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蓮華に殉ずる
登場人物一覧
神隠し、という言葉は、古木・文にとってはまさに自分が現状おかれている状況で、可能であるのならば早いところ妻子の待つ自分の元居た世界に戻りたいところであった。こと
「娘が帰ってこないのです。友人と歩いていたのにパッタリと消えていたそうなのです」
そう訴えかける男は妻に先立たれ娘しか居ないという。話を詳しく聞けば友人と連れ立って歩いていた時に、友人のひとりが話題をふろうと数歩後ろを歩いていた娘に声をかけようとするとすっかり消えていたという。悲鳴も聞こえなかったので人攫いの類ではない、ならばこれはまことの神隠しではないかと。異邦人ならば娘を探し出せるのではないかと。というのが男の懇願の理由であった。古木もまた娘が居る身、同情し、ええわかりました、と答え、男を慰めるように肩を叩いた。
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まずは消えたという場所と件の娘の友人達を尋ねた。自分の娘と同じような年頃の少女達で、皆一様に不安そうにしている。無理からぬ話だろう、もしこれが連続性のある神隠しならば、自分達もいつか同じ用に目に遭うかもしれぬのだ。
「あの子、本当にいきなりいなくなっちゃったの」
「そう、あの子、いつもあたしたちの後ろを歩いてるから、置いてけぼりにしていないかって心配で、声をかけたのよ」
口々に言う少女達は、ひそひそと言ってアラもうやだ怖い、と各々が自分の体を抱きしめる。
「いつも君達の後ろを?」
「そう、引っ込み思案な子だから。悲鳴もなくて、不気味で仕方ないわ」
「そうか……」
じ、と少女達を見る。か弱くて怪異に巻き込まれたらとうてい敵わないだろう。
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依頼してきた男が死んだという突然の一報が、宿に泊まっていた古木に寄せられた。娘と再会できずに居てさぞ無念だろうという気持ちと、この期に死ぬのが些か不自然に思えた。依頼を受けていた身故失礼、と男が死んだという家屋に立ち入る。遺体を見たいと言えばそれが叶い、手を合わせたのちにそれを目に入れると、首元に縄で首を吊ったような跡が残っていた。
「娘さんのことで悲観したのでしょうなぁ」
そう言う官憲の言葉に曖昧に相槌を打ち、家の中を見た。とうてい女子が住んでいるとは思えないような、華やかなものはなにひとつない家で、少し家探しすれば隠されているように割れている食器が乱雑にゴミ箱に捨てられていた。そして、縄が見当たらない。
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以前に色々と尋ねた少女達の内の一人が死んだという一報が入った。これもやはり首に縄で首を吊ったような跡があり、少女達は怯えてしばらく出かけることはないようにすると親達が言っていた。死んだ少女については話しか聞けなかったが、死の直前までケロリとしており、とうてい自死するようには見えなかったという。縄はありましたか、と尋ねると、首を振られた。
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このあたりに社がある。縁切りの魔がいるとされ、過去に立派な神事によって封印されているという。この世界においては不可思議な現象などいくらでもある、これは事実と見て間違いはないだろう。社にはちぎれた縄が二つ置かれており、しかし注連縄にしては太さはあまり太くなく、また縄はいくつもある。まるで首を吊るためのもののようだ。そして、周辺は水場があって、蓮華が綺麗な白と桃色を発していた。魔は元々迫害されていた者の念とされていて、鎮めるために、近隣の神事を担う者たちは蓮華を常日頃手入れしているという。過去、といってももう百年以上も前になるが、魔に襲われた時、蓮華を差し出せば魔は害さなかったそうだ。そこから蓮華は大切にされている。古木は手を合わせて、蓮華の花弁の一つを丁寧にちぎり取った。
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古木の居た世界でいうのならば丑三つ時に、魔は行動を開始するという。古木は暗い夜道を歩き、そして幽鬼のような恐ろしさと一種の美貌を持つ少女がそこに立っているのを見た。父親に良く似た目をしていた。
「だれかしら?」
「これ以上人死にが出ると、僕も申し訳ないからね」
「そう、でもどうして私がこうしているか、分かってらっしゃるのではないかしら?」
少女は縄を手にする。ちぎれていない長い縄。
「そうだね。君の家には女の子らしいものは何一つなくて、家は荒れてさえいた。そして、君はいつも友達……と、言っていいのかわからないけれども。皆より後ろを歩いていた。いや、歩きたくなかった」
古木は目を伏せる。
「迫害されていたんだろう。そしてこの社の魔の力を借りたくなった」
少女の体にはいくつも痣が見えた。神隠しによるものではなく、明らかに日常的に受けているであろうそれ。
「やはりお分かりですか。であるのならば、邪魔をしないでくださいまし」
「そうはいかない。たとえどれだけ周りが悪しき者だろうと、殺してしまったら、いけないんだ」
「復讐は、気持ちいいんですよ」
「気持ちいいだけ、とも言える。それに、官憲様が迷惑を被るよ。……ああ、これだと堂々巡りだな」
溜め息をついて、少女に近寄る。少女が手をかざすと、ひゅ、と首になにかがかかるような、息苦しいような感覚がする。しかしそれでも、生徒を――誰かの子供を預かる教師として、子供の凶行を止めるという行動は、とらねばなるまい。蓮華の花弁を首元に添えると、息苦しい感覚が止まる。少女は狼狽えて、何度も手をかざすが、古木の歩みは止まらない。
「私、もう手遅れなのよ。復讐したほうが、よっぽど浮かばれるわ」
「うん。それはそうかもしれない。けれども、僕は君のような子供が、のちに呪いと語られることが苦しく思う」
「……」
「そういう人間が居るのも、分かってほしい」
「もう、手遅れなのよ」
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古木は明け方、社の裏手に腐敗しつつある少女の遺骸を発見したと官憲に伝えた。遺骸は社から縄で吊り下げられていた。見た通り首吊りという形で死んだのであろう。そして、神事を行う者曰く、ここの封印が、ほんの少しだけほころびていたらしい。強い怨念のある者がここで自死したことによって魔が反応し、縄という触媒を元に同じ死に方を恨みのある者にさせた、というのが真実として解明され、今度慰霊を行うと約束された。
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「蓮じゃあ、女の子には少し渋い花だからね」
遺骸があった場所は綺麗に掃除されていて、無惨に死んだとしてもいずれ忘れられるであろう。
手向けとして鮮やかな色合いの様々な花弁で彩られた花束を置いた。