PandoraPartyProject

SS詳細

酔ひも巡れば

登場人物一覧

澄原 晴陽(p3n000216)
國定 天川(p3p010201)
決意の復讐者

「先生、今度の休みに一緒に呑みに行かないか?お薦めの酒を紹介してくれよ。勿論俺のお薦めも紹介しよう。
 ……先生の立場だと外聞もある、二人で行くのがあれなら誰か誘っても構わないぜ」
 依頼の報告ついでに天川は食事の誘いを晴陽へと齎した。水夜子を交えての飛行体験の際に天川が行きつけの小料理屋を紹介した。その際に晴陽が好ましい酒について話していたことがやけに印象に残っていたのだ。
 ――焼酎は少し苦手かもしれません。日本酒や果実酒、ワインは一通り。
 楽しげに話していた彼女はあまり気の置けない立場である。飲酒に関しても楽しんで飲むよりも付き合いである方が多かったのだろう。自身の好みの酒について語らう機会も少なく、天川とならば話が出来ると心なしか喜ばしそうにしていたのだ。
 澄原という立場もある。2人で食事に向かえば何かしか問題があるかも知れないと気遣った天川に晴陽は「いいえ、構いませんよ」と首を振った。
「水夜子は未成年ですし、龍成は来てくれる気がしません」
 誘う候補が身内ばかりの晴陽に改めて交友関係の狭さを感じた天川であった。勿論、晴陽自身はイレギュラーズを誘うという手立てもあったのだろうが、赤毛の彼女やアルコールを好んでいるラベンダーヘアの彼女、嫋やかな巫女などの姿も思い浮かべたが「酒の話しなら」という選択肢で天川と2人で向かう事を提案した、らしい。案外考えては居たのだが、それを感じさせない速度で従妹と弟の名を挙げた辺りが晴陽らしい。

 約束の日に向かったのは行きつけの小料理屋であった。飲料類の持ち込みの許可を取っておいたという天川に晴陽は紙袋にリキュール類や日本酒の類いを準備してきたのだという。
 実の所、酒の飲み比べだけが天川の目的ではない。勿論、酒を飲み比べ好みを語らうという晴陽の希望も叶えたいと考えている。のんびりと食事を楽しむのも目的のうちだ。
 日常を共有し、楽しく語らうことだって十分目的のひとつ――ではあるが、それ以上に1月にある彼女の誕生日に改めてプレゼントを行いたいと考えていたのだ。それも以前のジャバーウォック襲来という危機を経て天川にとっての仇敵たる地堂 孔善の名前も囁かれる最近だ。普段から使える特別製の『お守り』を彼女にプレゼントしたいと考えていた。
 それは晴陽が普段から使用していなくては意味がない。彼女の好ましいであろうアクセサリーを作成し常に身に着けて貰える為にその好みを探ろうと考えたのだ。今回ばかりは頼みの綱みゃーこは利用できなかった。「え? 姉さんって普段からあんまり……」と云われてしまっては自分で探るしかない。
「先生、何か食いたい物はあるか? 何でも良いなら適当に注文するが」
 重要ミッションを頭の片隅に追いやってから天川はメニューをまじまじと眺めていた晴陽に問い掛けた。晴陽は「ポテトサラダ」と呟いた。天川は頷く。その他はお任せしたいと告げた晴陽に「ポテトサラダが好きなのか?」と天川は問い掛ける。
「ポテトサラダは割りと好きですね。好き嫌いは多くありませんので適当にお願いしても良いですか?」
「分かった。大将にお勧めを注文しておくか」
 大将に声を掛けた天川は席に戻り早速持ち込んだ酒を披露し合うように提案する。天川自身は日本酒も好きだ。再現性東京のものも悪くはないとは感じている。
「俺のお薦めはウィスキーだな。先生には甘めのものをお薦めしよう。強いのは平気か? 平気ならロック、苦手なら炭酸で割ってハイボールなんてどうだ?」
「……、ハイボールで」
 言い辛そうに告げた晴陽に天川は「あまり度数が高くない方が良いか」と頷いた。だが、視線を右往左往とさせた晴陽は「その、酔いが回ってしまうかもしれませんから」と呟く。心地の良い酩酊を越えれば、先に待っているのは酒による痴態に他ならないと言うことか。天川は「了解」と肩を竦める。
「私からは日本酒をお持ちしました。どの様な物が好きであるか分かりませんでしたので、色々と。こちらが辛口ですが飲みやすくて好ましいものです」
 小瓶を幾つか持ち込んでいた晴陽は、香りが穏やかなものから、スッキリとした飲み口のもの、燗がお勧めであるという酒に、酒造が作った梅酒等のリキュールを用意していた。
「おお、種類が多いな」
「……その、選べなくて」
 人に紹介することになれていないと呟いた晴陽に天川は笑った。猪口を手にした天川に酌をした晴陽は「是非、飲み比べて下さい」とウキウキとした様子で告げる。天川はと言えば「先生もどうだ」と晴陽に酌をした。互いに酌をし合い、酒について語らう。
 料理も共に口にしながら天川は「そうだ」とaPhoneを取り出す。
「むぎは毎日元気だぜ。見てくれよ。これは腹出して仰向けになって寝る時の写真だ」
「ッ――か、可愛らしい。むぎちゃんにコスプレをさせなくてはなりません。サンタクロースの衣装などを着せてあげるのも絶対可愛いですね」
 本音はその腹をもちもちとしたい、という事なのだろう。衣装を用意するという口実であるのが透けて見えているのが何とも晴陽らしい。
 酒を口にすれば調子も良くなるとはよく言った物で。重苦しい口も軽く回るようになる。
 晴陽は酒を飲むにつれてやや無口になるだろうか。酔いが回っているのは普段は白い肌に朱色が仄かに差していることで良く分かる。
 天川はいつもの通り自分の話題から口火を切る。晴陽が話しにくく感じないように、という配慮である。
「最近よ……新聞読むのに目が霞んでな……老眼鏡が必要なのかね」
「老眼、ですか」
「ああ、そうだ! 今度眼鏡作るに行くのに付き合ってくれないか? 当然、俺も先生の買い物に付き合うぜ?」
 老眼、ともう一度呟いてから晴陽がこてんと首を傾いだ。何時もよりも幼さの感じさせる表情で「ううん」と呟く。幾度も瞬いたのは酔いの所為だろうか。
「ちょっと購入したい物があります」
「おお、なんだ?」
「あの、あれです。あの……」
 ――浮かばなくなっている。情報収集が出来るか危ぶまれてきたが天川は「うんうん」と頷いてやった。酒のペースがやや速かったように見受けられたのは、酒の飲み比べが思いのほか晴陽にとって楽しかったからなのだろう。何度も瞬きを繰り返して「あの、龍成に、ですね」と辿々しく言葉を紡ぐ。
「龍成に、何か贈り物をしたいのです。でも、何が良いか分からなくて」
「龍成か。何か見に行ってみよう」
「はい。お願いします。龍成に、アクセサリーかしら、服でもいいかも。可愛い物は、嫌いでしょうか」
 敬語を頑なに崩さぬ晴陽は少しばかり口調を崩し、嬉しそうに弟の話をしている。今まで没交渉であった弟と、少しずつでも歩み寄れていることが酷く喜ばしいのであろう。
「先生は本当に弟を大切にしているな」
「ええ。弟は可愛いです。両親も可愛がっていたと思います。あと、私が努力し続けて要らぬ不安を与えてしまったこともありますし、ちょっとだけ、負い目といいますか……」
 彼のためを思ったことが、裏目に出てしまったと俯いた晴陽に「人間関係ってのは難しいな」と天川は頷いた。
 酒の効果もあるのか弟に嫌われてしまった悲しみを深く感じさせる晴陽の空気感を受けて天川は弟の為の贈り物をしっかりと探そうと提案した。
「男性への贈り物は分かりませんから」
「男性への贈り物、か。そうだな。先生、ちょっと聞きたいんだが……その、なんだ先生は親しい男性からアクセサリーを贈られるとして、普段するならどんなものを好む?
 いやな、俺が勝手に親しいと思っている女性の誕生日に贈り物をしたいんだが、重いと思われたり負担になると困るだろう? 先生の意見を聞いてみたいと思ってな」
 建前を並べた天川はその建前がバレても構わないと考えていた。寧ろ晴陽であれば、気付いていないフリをしてくれるだろうと考えていた。
 勿論、晴陽は真に受ける。「親しい方ですか」とうんうんと頷いた晴陽は首をこてりと傾いでから「んんー」と悩ましげに声を漏した。
 酔いが回っている珍しい姿を見遣ってから『何時もより幼く見える』と天川は感じていた。晴陽自身に自覚があったためアルコールは控えめであったのだろう。
 それでも楽しんで飲酒をしてくれたのであれば喜ばしいし、斯うした姿を見せてくれるほどに気を許してくれているのならば更に喜ばしい。
 ――が、この時点で天川は『他の女性にプレゼントを贈る』という事に晴陽が真に受けた事に気付いていなかった。寧ろ、自分自身が贈られる立場として考えてくれているだろうとさえ考えていたのだ。
「そうですねぇ……親しさによりますが、指輪などの類いでなければそれ程重くはないのではないでしょうか。
 恋人とか、であれば指輪もいい気もしますけれど。アクセサリーなら、何が良いでしょう。私、イヤリングは落としてしまいそうでやや不安になるのですよね」
「不安に?」
「ええ。走り回ることが多い仕事なので……。天川さんが贈られる方も(イレギュラーズなら、きっと走り回ることもあるだろうから)そうなのではないでしょうか?」
 晴陽も酔いのせいでやや言葉足らずだ。天川は「成程」と頷いた。確かに医師である晴陽は緊急時には走ることも多くなるだろう。ならば、彼女の抱く『落としてしまいそうで不安』という言葉にも頷ける。
「先生なら普段着けるなら何がお勧めだと思う?」
「髪の長い方なら、髪飾りなども良いかも。あ、でも、本当に親しいならピンキーリングも、可愛いですよねえ」
 やや舌っ足らずに提案する晴陽は「天川さん的にはどの様な距離感ですか?」と問い掛けた。天川は『先生がそれを聞くのか』と驚いた様に彼女を見遣る。
「そうだな、少なくとも良い友人だとは思って居る。……というと、可笑しいが、まあ、2人で出掛けられるというのは親しいって事だろう?」
「まあ! はい、そうですね。とても親しいと思います。ならばピンキーリングでもお相手も喜んで下さるのではないでしょうか。
 重く感じない間柄です、きっと……」
 ぱちりと瞬いて、表情は余り変わらずとも頷いてみせる晴陽に自分は何を云わされているのだろうかと天川は頬を掻いた。
 これで自分のことを指しているならば晴陽も駆け引き上手ではないか。こうした人間関係の機微には苦手を抱いていると感じていたが――その印象を変えるべきだっただろうか?

 楽しい酒宴を終えて、やや覚束なくも見えた晴陽の足取りは普段より軽やかであった。
「先生、今日は有り難う」
「いいえ、こちらこそ。とても楽しかったです」
 アメジストを思わす眸に喜びが滲んでいる。普段は張り詰めた空気も和らいで、朗らかさまで感じられる。
「また今度も一緒にご一緒しましょうね。大人の特権です」
「ああ、そうだな。先生が酒をこんなに好きだとは思って居なかった」
「飲まないようにしているだけですよ」
 少し間延びした語尾に、やや拗ねたような雰囲気。27歳の大人と云えども酒の力は性格に少しばかりの変化をもたらすのだ。
 酒の失敗がそこにあるわけではないが、楽しく酒を『やや』嗜みすぎたのであろう。自身の許容量は知っていた筈だが、ついつい話しと共に口に運ぶ速度が早まってしまったのだろう。
 しっかりと彼女を自宅まで送り届けるまでが楽しい食事の席の必須事項である。少しばかり酔いを感じさせる晴陽を一人にしておけない。
 天川はのんびりとした速度で歩く晴陽を慣れた様子で病院近くのマンションまで送り届けた。少しばかり酔いが回っていて心配もある。水夜子には連絡しておいた方が良いだろうか。
「先生、ほら。マンションに着いたぞ」
「はい。今日は本当にありがとうございました。
 わざわざ帰りも送っていただいて……助かりました。今の私では、つい、可愛い物を見ると着いて行ってしまいそうでしたから」
「……それは、そうだな」
 道中にチベットスナギツネなどが落ちていなくて良かったとジョークで揶揄うように云えば晴陽は真剣な表情で「本当ですね」と頷いた。あまりに真剣な顔をしたものだから、天川は「先生なら本当に誘われていきそうだ」と考えた。
 マンションに入っていく晴陽を見送ってから天川はくるりと背を向けて歩き出し――暫く歩いてから、ふと立ち止まった。
 先程の晴陽との会話を思い出す。ピンキーリングなども良いのではないかと提案してくれていた。幸せは右の小指から入って左の小指から逃げる、とも云われている。左の小指に飾れば願いが叶うともされていた。
 彼女の無事と、今ある平穏を願うならばそれも手であるかもしれない。特に、弟との和解は彼女にとって一番の幸福であった筈だ。
 彼女がその提案をしてくれたのだから――と、底まで考えてから動きを止めた。
「あ」
 思わず言葉が出た。冷静になって考えれば、先程の晴陽は『自分に贈られる』とは露程考えていない可能性もある。いや、彼女ならばそう認識しているだろう。
 寧ろ、その場合は天川が『晴陽以外』の親しい女性とのプレゼントを晴陽に相談したという状況になっているのだ。
 不味い、と天川は慌ててaPhoneを取り出した。発信履歴には先程の待ち合わせで利用したことも有り、一番上に晴陽の名前がある。
 数コールの後、電話に出たのは先程別れたばかりの晴陽である。突然の電話に晴陽は驚いたのだろうか少しの沈黙の後、応じるような声が返ってくる。
『……はい、もしもし――』
「先生! さっきのプレゼントの話なんだが……! 一応言っておくが先生以外に親しい女性なんてのはいねぇからな?」
『え? あ、はい』
 天川の圧に押されたのだろうか。少し驚いたように返事がなされる。晴陽は「一体何の話しだろう」と首を捻ったかもしれないが「贈り物の話しだ」と天川は続けた。
『あ、ああ、あれ……』
 成程、と晴陽は頷いた。やはり、と天川は感じた。フォローを入れておかねばならないと必死になる。
 勢い任せになって終っているが焦る天川は構っては居られなかった。慌てた弁明は流暢に言葉を紡ぐ。
「いや、何言ってるんだと思われるかもしれんが、どうしてあの場であんな話をしたのかはそれで察してくれるとありがたい……!」
『ああ、はい』
 分かりました、と、続けられた言葉にほっと胸を撫で下ろしてから「急に電話して悪かったな。おやすみ先生」と電話を切った。
 おやすみなさいと返された言葉に安堵をして、天川ははあ、と嘆息した。
 流石に、唐突すぎただろう。何故こんなにも慌てて弁明したのか自身でも分からない。もしかすると酔いのせいかもしれないが、屹度驚かせてしまった事だろう。
 それでもどうしても彼女以外に自分には親しい相手が居ると認識されるのは拙いと感じてしまったのだ。
「何をやってるんだ……俺は……」
 これもまた酒の失敗、と言えるのだろうか。

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