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『付記(近日中に追加されたメモ書き)』
登場人物一覧
情報:『カルテ記載にて(短い走り書き)』
設定:
――――――某日、幻想内の診療所にて、とある患者のカルテに貼り付けられたメモ書き。
過去二枚と違い、ごく最近貼られたのであろうそれは変色も無く、目新しさを覗かせている。
『経過は芳しくない。
過去に記したように、患者が負った怪我で特に問題となっているのは下肢神経系と血管系が先細りしていることに在る。
供給されない栄養と、脳の信号を正しく受け取れない状態。この二つの問題によって、現在彼女の下肢は生体としての機能を半ば失った状態にある。
これを回復させる方法は在る(と言うより、そうさせなければ残る両足を下腿から切断する必要すら出てくる)。多種多様な世界からの知識や技術が流れ込んでくるこの『無辜なる混沌』だからこそ、困難ながらも外科手術を必要とせず、投薬とリハビリによって正常な機能を復活させる方法は存在するのだ。
……問題は。
当の患者自身が、その治療方法を拒んでいる――と言うより、「興味を持っていない」ことに挙げられるだろう。』
『心理学に於いて、自身を対象とした意識……通称自己意識は公的と私的の二種に分けられる。その違いは「他者から観測される自分」と「自身しか知り得ぬ自分」に因る。
このうち、患者である彼女は公的自己意識――つまり「他者に自分がどう見られているか(想われているか)」の感覚にひどく乏しい。
端的に言えば、彼女は自身と言う存在を「何時でも廃棄できる道具」程度にしか捉えていないのだ。自己の優先順位が低く、それ故に他者の心身の為に自らを使い潰すことに躊躇が無い。ともすればその過程で命が潰えることを幸福だと考えている程度には。
今回の怪我……欠損を機に、周囲の人間が患者の身を案じる姿からそうした意識も改善されたように思えるが、それとて些細なレベルに過ぎず、先述した思考の根幹を変えることは出来ていないだろうと言うのが私の所感である。』
『また、治療それ自体だけでなく、患者の体調にも懸念が見られる。
聞けば少し前、特異運命座標である彼女は魔種となった過去の縁者をその手で倒したとのことで、それ以降食欲不振と睡眠障害が頻繁に起こっているらしい。
……彼女は、それを仕方の無いことと受け入れている。
それを、「治せる痛苦なら治ってほしい」と考える私の考えは、医者ゆえの傲慢なのであろうか』
おまけSS
「ねえ、ドクター」
白亜の病室で、鈴の音のような声が響く。
予断を許さぬ体調ゆえ、念のための検査入院の為に診療所の一室に身を横たえた少女は、カウンセリングを終えて退室しようとする医者を一度だけ呼び止めた。
「もしも、わたくしが命を落としたら。
此の身は『楽園』に行けるかしら。あの人に会えるかしら」
医者は、その言葉に動揺するでもなく、ただ一瞬だけ瞑目した後に淡々と答えた。
「貴方が、それに足ると思えるほどの生涯を送ったのなら、その門戸は開かれるでしょう」
「そうでなければ?」
「……其処に至る『生涯』をより長く送れるようにすることが、我々の仕事ですよ」
医者は、彼女の言葉を否定しなかった。けれど、その為により良く生きて欲しいとも告げた。
自己の職責から成るエゴイズムを巧妙に潜ませた自身の言動に、医者は自嘲しながらも。
「――――――どうか、『お大事』に」
去り際。使い古した言葉に、満身の想いを込めて。
医者は部屋を出た。患者の更なる治療法を探し求めるために。