PandoraPartyProject

SS詳細

光は、解けて

登場人物一覧

綾敷・なじみ(p3n000168)
猫鬼憑き
澄原 晴陽(p3n000216)
越智内 定(p3p009033)
約束
國定 天川(p3p010201)
決意の復讐者

 チベット物産展イベントが希望ヶ浜百貨店で行なわれると聞き、澄原 晴陽は悩ましげに両肘を机の上に立て、両手を口元で組んでいた。
 非常に悩ましげな彼女を前にして國定 天川は「どうした、先生」と差し入れのコーヒーを手にしながら固まっていた。深い悩みを抱えて居るであろう晴陽にどの様な言葉を掛けるべきか迷ったからだ。
「……天川さん」
「おお、どうした」
「希望ヶ浜百貨店にて『チベットスナギツネくん』の限定ぬいぐるみが発売されるそうなのです。
 行きたいと、考えているのですが私一人では複数の誘惑に耐えきれるか……これは依頼です。同行して頂けますか」
「か、構わないが……」
 晴陽に圧倒されながら天川は彼女と共に百貨店の『チベット物産展』に向かう事になった。晴陽曰く、様々な『チベスナくん』グッズが売られているが全てを購入するわけには行かず、出来れば30cmチベスナぬいぐるみ君程度に購入の品を抑えておきたいとのことだ。
 そわそわとチベスナくんコーナーへと向かう晴陽は「あっ!」と聞き慣れた声に呼び止められて振り向いた。ぜえぜえと息を切らす青年と、彼の手を引いていた柔らかな紫色の髪の少女――綾敷・なじみその人だ。
「あれあれ、晴陽ちゃん先生だ。おやっほー」
「こんにちは。あ、いえ、おやっほーです。なじみさん。今日は……ご友人と?」
 ちら、となじみの背後を見遣った晴陽は息も絶え絶えな越智内 定に気付く。どうやら晴陽を見付けたなじみが手を繋いだまま全力疾走しだして余りの勢いに振り回されながらやって来たのだろう。
「うん。面白いね、って定くんと見に来たんだ。デートだぜ!」
「ジョーじゃないか。なじみ嬢とデートなのか?」
 ! ――と大声を出しかけた定は天川の姿に気付いて「ただのお出かけ!」と慌てて訂正する。首を傾いだなじみが「らしいぜ」と笑えば、彼女が定を揶揄っていたことに気付き天川は頷いた。
「ふ、二人は? 何、そっちこそデート?」
「ああ、依頼をデートと呼ぶならそうだな。先生がチベスナ人形を購入するまで見守っていて欲しいって言う難易度の高いヤツだ」
 天川の言葉になじみと定は顔を見合わせ、先程まで目の前に立っていたはずの晴陽が早速チベスナくんの目が描かれた眼鏡と鼻が一体型になっている鼻眼鏡を着用し無言の儘立っていることに気付く。
「先生、それは買わないんだろう?」
「……いけませんね。つい、チベスナくんというだけで『チベスナの魔力』に呑まれかけました」
 一体全体どう言うことだと定は晴陽を見ていた。凜とした『夜妖の専門医』という認識をしていたはずが、どうしたことかスナギツネに魅了される愉快な生き物となっている。
 その様子を笑う天川は「ぬいぐるみを探しに行こうか」と晴陽に声を掛ける。折角ならば定となじみも一緒に行こうと彼は気さくに声を掛けた。
(これって、ダブルデート? いや、大人組は依頼で僕たちもデートではないし、いやなじみさんはデートって、いやいや、揶揄ってるだけだろう)
 定は大いに戸惑っていた。揶揄い笑うなじみに聞けば「ダブルデートだね!」と言われるだろうし、天川は気にする素振りもない。此処で気にして縮こまられても定が抱く『頼れる國定さん像』が崩れてしまうのだが――
「國定さんは澄原先生と仲良いんだ」
「ああ。突然の召喚だったからな。元世界の話を先生に聞いて貰った縁があるんだ」
 それ以来良いビジネスパートナーなのだと快活に笑う天川に定は「成程」と頷く。
 定にとって天川は『助けが欲しいと粘った時に「大丈夫だ」と声を掛け笑いながら支えてくれるカッコイイ大人』だ。そんな彼にも悩み事があったのだとすれば、少しばかりの親近感も湧くというものだ。
「なじみ嬢もジョーも欲しいものがあったら言ってくれ。偶然会ったんだ、折角の機会だろ? 大人に甘えておけよ」
「やったぜ。天川さんにお揃いのチベスナ買って貰おうぜ」
 相変わらず手を繋いだままにんまりと笑うなじみに「そうだね」と定はもごもごと言葉を濁した。手をぎゅうと握りしめて離れない彼女は可愛い。可愛い、だなんて思うようになった己の緩み駆けた表情を律しながら「僕もなじみさんに何か買ってあげるよ」と対抗意識を燃やすように告げる。
 そんな定が天川は可愛らしくて堪らなかった。息子を亡くした天川にとって定はそれと同様の存在にも見えている。表だって言いやしないが、彼が可愛くて堪らないのだ。
 ――とは言え、だ。少年は天川が思う以上に強い。天川にとって定は光であり、希望だ。
 自分本位の欲求としか言いようのない復讐で家族の仇を取った後、自死する事も出来ないまま司法に身を委ねた己。その刹那に召喚された天川は未来を望んでいたであろう家族のことを思えばこそ死ぬ事も出来なかったのだ。
 そんな彼の前で、戦う力を与えられた『ただの少年』が、震えを堪えて恐怖を乗り越え巨竜へと立ち向かって撃退した。傷を負っても尚、彼は護りたい誰かのためになけなしの一歩を踏み出した。
 自分だけ幸せに生きるという発想も持てなかった不器用な男は、定という存在が晴陽と共に己に変化を与えたのだと感じていた。晴陽が静かな月ならば、定は太陽のような少年だった。己にはない眩い光。そんな彼の淡い恋心を見詰めているだけで息子が恋をすればこの様な雰囲気なのだろうか、などとも考えてしまう。
 チベットスナギツネのぬいぐるみをご満悦に抱き締めていた晴陽がなじみへチベスナ顔のピアスを勧めるのを慌てて止める定の様子を見ているだけで、天川は心の底から面白くなって笑えるのだ。屹度、晶が見れば「天川君が笑えるようになって良かった。もっと幸せになるんですよ!」と背をばしりと叩いて大笑いしてくれるだろう――そんな、優しい光景がそこには広がっている。
「國定さんも止めてよ。澄原先生がなじみさんの耳にチベスナを飾ろうとするんだ」
「可愛くないですか?」
「定くんが良いよって言うなら、なじみさんはチベスナ耳になってもオッケーだぜ?」
 ぎゃあぎゃあと言い合っている三人を眺めて、天川は穏やかに笑う。ふと、笑いながらも何かの視線を感じて天川は振り返った。それはなじみも同様か。
「……なじみ嬢、何か知ってるのか?」
「ん、んー……場所を変えて良いかい?」
 チベスナピアスを購入し、なじみにプレゼントするのだとるんるん気分であった晴陽もなじみが言わんとすることに気付いたのか何時も通りの冷静さを取り戻し「ラウンジに行きましょう」と足早に歩き出した。
 希望ヶ浜だけではなく練達でも有数の財閥に数えられる澄原の跡取り娘だけのことはある。さっさと人払いを行ない四人だけの空間とドリンクの手配を終えてソファーにチベスナ君を鎮座させている。
「なじみさん、静羅川の方が居ましたか?」
「うん。あのね、二人には掻い摘まんで話すけど、希望ヶ浜には静羅川立神教っていう宗教があるんだ。
 私は少しそこに関わりがあって……最近、静羅川では『死屍派』っていう一派が力を付けてきてるんだ。旅人の……『幸天昇』って宗教の人達が中心になったって聞いて――天川さん?」
 なじみはぎょっとしたように天川を見詰めた。『幸天昇』、その名前に天川が過剰に反応したからだ。
 この中で天川側の事情を――詳細までは知らないが――ある程度は理解している晴陽は天川が復讐を果たした宗教とは静羅川の一員であるのかと察するに至った。
「幸天昇?」
 だが、意外にも反応したのは定の側である。知った様子で口にした言葉に天川も晴陽も、そしてなじみさえも目を丸くする。
「なじみさんには言っただろう? 僕の元いた世界は此処に良く似ていたって。
 そこにさ幸天昇って名前の宗教があった気がするんだ。確か、何処かでテロを起こしてから、幹部が殺害されたとかなんとかニュースで見たような……」
 生きた空もない。顔色をなくした天川は「幸天昇を知っているのか」と震える声音で定へと問い掛けた。
 定は小さく頷く。普通の一般家庭の人間であった定自身には自覚はなく、テロ事件や幹部の大量殺害についてもテレビニュースの中の話しでしかなかった。
 それでも、だ。彼が元の世界で受けていた些細な虐めの数々は幸天昇の影響を受けた周囲が『死は救済である』として定がそうなるように促していたからに他ならない。
「幸天昇って名前を知ってたのは、あれだな。中学時代のクラスメイトが信者さんだったとか、そういうのだったかな。
 あ、僕は詳しくは知らないぜ? 宗教ってだけで何となく気が引けてたし、そもそも、よく分からなかったのもあるし、さ」
 頬を掻いた定に天川は「信者が、傍に居たのか」と呟いた。彼の只ならぬ様子に定はたじろぐ。一体どうして彼がその様な反応をしていたのかさえ分からない。
「うん。中学の時にクラスが一緒だった。えーと……九天さん。そう、九天ルシアさん。名前が珍しくて覚えて――國定さん?」
 目を瞠った天川は『九天ルシア』の名前に堪えきれない物を感じていた。それは幸天昇の4大司教の一人である。教祖の能力を九天ルシアの異能によって広範囲に拡散していた。
 サイコキネシスとテレパシーの複合サイキッカーであった彼女の功績は敵ながら素晴らしいと手を叩いてやりたいほどだった。
 教祖である地堂孔善の能力に影響を受ける素質を持つ者のみが教えに協賛するようになる筈ではあるが、孔善の能力の対象外の者でも悪影響を受け『救済』されんとする状況が多々見られたのだ。
「天川さん。どうなさいましたか」
 晴陽は落ち着き払った声音で天川に問い掛ける。酷い目眩を感じると頭を抑えた天川は「ジョー、驚いてくれるなよ」と前置きをした。
「恐らく、俺とジョーは同じ世界から召喚されている。俺自身も『幸天昇』には深い関わりがある。信者とかじゃないぞ」
「國定さんと僕が同じ世界から?」
「ああ。俺は『幸天昇』を調査していた刑事だ。ジョーが言った通り幸天昇が起こしたテロ事件の事も知っている。それから――」
 己が復讐の為に幹部を皆殺しにしたことは口には出来なかった。それを言い出す度胸が天川にはなかったからだ。
 晴陽のみが続く言葉に気付いて居る。「定くんと天川さんが同郷だなんて偶然だねえ」「本当だ。こんな事あるんだね」と話し合うなじみと定には悟られぬようにと天川は息を吐いた。
「そうか。ジョーは俺と同郷か。召喚されたタイミング外れているかも知れないな」
「そうだね。僕は幹部が殺害されたって事件のニュースをラジオで聞いて、それから――……まあ、色々あってさ」
 真逆、自分の生に理由なんて無いんだと気付いて情けなくなって自殺しようとして気付いたら召喚されていましたなんて此方も口が裂けても言えやしなかった。
 気付いたら『ファンタジーない世界』に居て、恐ろしくなって閉じこもっていたなんて恥ずかしくて言い出せやしないのだから。
「そう、か」
 ならば、その幹部殺害の犯人が『警視庁の刑事』である事も彼は知らないのだろう。目の前の男が彼の日常の傍らに存在していた宗教の幹部を皆殺しに為、死刑台に送られたと知れば彼はどの様な顔をするだろうか。
「それにしても、偶然だね。天川さんは刑事さんだったんだ。
 僕は地方に住んでたから会う機会はなかったかも知れないな。職業は只の学生アルバイター……まあ、今と変わらないけどさ」
「ああ、そうだな。元の世界では会う事はなかったが、こうして同郷の人間と出会うと驚くもんだ」
 過去の世界に何方も良い思い出はない。それでも、流行していた音楽や当たり前のように販売していた菓子や食品の話しには花咲かす。
「二人の元の世界の話し、聞かせてよ」
「なじみさんはもう良いのかい?」
「うん。……私も、宗教ってよく分からないし、もう良いんだ」
 話を逸らすように身を乗り出して笑ったなじみに唯一事情を理解している晴陽のみが渋い表情をしていた。
 なじみの父が亡くなってから母親が静羅川立神教の信者となり『死屍派』の活動員として動いていることなど、今はこの三人に伝える事が出来ないのだ。
「元の世界かあ」
 思い出話を振るように笑いかける定に天川は「そうだな……」と首を捻った。
 幸天昇も、何もかもが関係ない。これから二人が関わって征く事になる『元の世界の因縁』が良いものであれば良かったのに――

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