PandoraPartyProject

SS詳細

薔薇人形は鳥籠で眠る

登場人物一覧

レイア・マルガレーテ・シビック(p3p010786)
青薔薇救護隊
レイア・マルガレーテ・シビックの関係者
→ イラスト

 娘は眠り続ける。淡い微睡みの中で、ほんの少しの夢を見る――。

***

 唇に何かが触れて、レイアはゆっくりと目を開けた。ぎこちなく首を動かして辺りを見ると、ガラス張りの部屋の真ん中に座っていることが分かった。温かく保たれたそこには薔薇が咲き誇り、まるで温室のようだった。そして同時に、ドーム状に膨らみ格子状の骨で支えられているこの場所は、鳥籠のようでもあった。

 ここに来た覚えはなく、誰かに連れて来られる羽目になった出来事も思い当たらない。立ち上がろうとするも、義足をつけているはずの足はぴくりとも動かなかった。それどころか、指の先すら自由に動かせない。辛うじて顔と首がぎこちなく動かせる程度で、それ以外の部分はどこも思う通りにならないのだった。

 スカートから覗く足は、陶器製のつやつやしたもの。ああ、この身体はドールになってしまったのだ。驚きがないわけではなかったが、冷静にそんなことを考えている自分に気が付いてしまう。
 だって、自分の身体がドールになるはずがないのだから。これは夢なのだ、気にすることなんてない。そう薄く笑みを浮かべたとき、隣から声がした。

「起きたのか」

 声の主は聞きなれた彼の声。幸せな結婚式を挙げたばかりのはずの、愛している彼の声。
 彼の姿は普段よりも狼らしい印象が強くて、ここが夢の中なのだと明確に教えてくれる。

「ルーク。夢でも自由に話せるのか」
「レイアも自由に話せているじゃないか」

 レイアが頷くと、彼はくつくつと笑うのだった。そこに含まれたものに怪訝な表情を浮かべると、彼はその表情を静かに隠していった。

「夢でも自由になる方法があるんだ」

 彼が教えてくれた方法はまじないの一種のようだったが、そんな方法があるとは驚きだった。これも夢だから叶うことなのかもしれないが、事実二人とも自由に話せているのだから、彼の言うことを信じるしかなかった。

「私は何故こんな姿になっている」

 問えば、彼が手をこちらに伸ばしてきた。その細い指先がまずレイアの顎に触れ、それから唇をなぞった。

「お前が俺に黙っていることがあるから、って言ったら?」
「ルークに隠していることはない」

 はっきりと告げるも、彼はほんの少し目を伏せて、ゆるりと首を振った。どこか諦めたようなその仕草に、じわりと胸が騒ぐ。何か大きな過ちを指摘されるような気がした。

「俺以外の人に、こうされたことあるだろ」

 近くなる彼の顔。レイアが言葉を発する間もなく、互いの唇が触れあった。

「あるだろ」

 力強いようでいて、どこか泣きそうな彼の声が、耳元で響く。怒りと悲しみ、それから一種の哀れみを含んだ温度が、そこから伝わってきた。

「そうだな。確かに、ある」

 隠していたわけではない。伝える必要性を感じなかっただけだ。だから彼にそんな声を、そんな目線を向けられるのは、想像もしていなかった。

 レイアが繋がっていたのは自身の父親だ。ずっと父に対する想いは家族に対するそれではなく、ルークが指摘するようなものなのであった。

 ルークは語る。レイアと父の関係を、ずっと見て見ぬふりをしてきたことを。レイアが囁いた愛の言葉を、本心から喜んでもいいのか分からなかったことを。

 唇に触れていた指が離れ、顎を支えていた手に力が籠る。何か言ってくれと、その指先が訴えている。

「だって、家族ってそういうものじゃないのか」

 レイアには父との繋がりが悪いことであるとは思えなかった。前々から父にはそんな風に求められて、そうであるように教え込まれたのだから。
 家族というものは、自分の家庭のこと以外のことは分からない。父が与えてくる「家族の形」がレイアにとっては当たり前のものなのだ。だからルークが目を見開いて、愕然とした表情を浮かべている理由が、レイアには理解できなかった。

「貴方はそれが嫌なのか」
「嫌じゃないわけないだろ」
「だから私をドールのしたのか」

 人形は、人間と違って思い通りになる。彼女らは少女の手のひらの上で踊り、少女の望むままの衣装を着て微笑むのだ。大人になりつつある男が自由にできないはずがない。
 きっと自分は、彼が見る夢に招かれたのだろう。レイアと父親の関係を知る彼が、現実では問いただせないことを問いただし、思うままに変えようとしているのだ。そう気が付いてしまえば、彼の望みを一つくらいは聞いてやらねばという気持ちになる。

「私にどうしてほしい」

 動かない首を傾げると、彼はレイアの顎を掴んでいた手を離した。どう話すか迷っている様子で、その琥珀色の瞳が揺れている。

「貴方のドールになればいいのか」

 ドールの恰好は、何だか落ち着く。こんな様子のドールに持ち主がいるとすれば、それはルークではなく父だろう。
 そうだったらいい、と思う。だって自分は、父の――。

「愛していると、言ってくれよ」
「ああ、愛している」
「心から、言ってくれ」

 心から、言っているつもりだ。彼だってそれが分からないでもないだろうに、何度もレイアに愛の言葉を求めるのだ。まるで、レイアが思い描く「愛」が信じられないのだと言うように。

 彼を好きだと言うことは、間違いない。間違いないのだ。だけどそれが伝わらないのは、まだ自分が愛を理解していないということなのだろうか。夫を見つめるときに湧き上がる想いも、父に乞われるときに覚える感情も、全て紛い物なのだろうか。

 私は、私は誰のことが好きなんだ? ねぇ、教えて。お父様。

 父の顔を思い出したのが、彼には伝わったのだろう。その表情がひどく歪んで、誤魔化すために浮かべられた笑みもまた、悲し気に映った。

「黙っていないと壊れる関係だと思っていた」

 彼がレイアの肩を掴む。彼の方に再び視線を合わせようとして、レイアの瞳は先に鳥籠に咲く赤薔薇を捉えた。彼の胸の奥に眠る、赤い炎の色。それが、目に焼き付いて離れない。

「でも、黙っていると、先に壊れるものがあったな」

 立ち上がった彼が、レイアの後ろに回る。動きの悪いこちらの首を軽く前に傾けさせて、黒のレースで覆われた首元のボタンをひとつ外した。

「ルーク」
「お前を、変えたい」

 変えたい。その言葉に「自分のものにしたい」という彼の本心が滲んでいた。

 首に走る痛み。噛まれたのだと気が付くのに、時間はかからなかった。

「狼でいうところの、番だ」
「私は貴方の妻だ」
「それより、もっと」

 歯形を指でなぞられる感触がして、それからボタンが閉められた。

「お前は夢から醒めたら、きっと俺を」

 彼がレイアの前に恭しく跪いて、乞うようにレイアの動かない手を取った。彼が望んでその自由を奪ったはずなのに、優しく頬に触れられることを望んでいるようだった。

「そうだといいな」

 今はまだ、お父様のものだけど。

 彼にその呟きが聞こえたのかは分からない。ただ彼がその目から透明な雫を流したのだから、伝わってしまったのだと思う。

「俺はお前を想っているよ」

 飼いならしている鳥を喪うことで、鳥籠はその役割を終わらせる。小鳥が愛らしく鳴かぬ場所に、果たして価値はあるのだろうか。

「夢から醒めたら、お前はきっと変わっているさ。俺もすぐに目を醒ます」

 だって俺たちは「番」なんだから。

 彼の伸ばした手がレイアの首を掴んだ。

「幸せになろう」

 今だって、私なりに愛しているのに。そんな声は掠れて、やがて視界を暗闇が満たした。 

おまけSS『夢のような現実』

 夢を見た。自分がドールになっていて、ルークと共に命を失う夢だ。いくら寝付きが悪かったとはいえ、夢見もここまで悪いとは。

 夢なんて曖昧で、起きてしまえば細部まで思い出せるものではなくなる。だけど彼に問われた「真実」と彼が見せた表情は、現実に引き戻されてもなお忘れられなかった。

 寝台から身体を起こすと、寝間着の襟が首に擦れて、小さな痛みが走った。夢の中で彼に噛まれたところだ。嫌な予感がした。

 姿見だけだと自分のうなじは見えなかったから、鏡をもう一枚取り出して、どうにか首の後ろを映してみる。

 歯形が残っていた。

 あれは、夢のはずなのに。首を掴まれた感触だって消えているのに。番の証だけが、残されている。

 ルークはこれを知っているのだろうか。いや、覚えているのだろうか。そう問おうにも現実の彼には「真実」を伝えたことはない。だからしばらくの間はうやむやにすべきかと迷い、ひとまずチョーカーで隠してしまうことにした。


 いつかこのわだかまりを解くときが来るのか。それは今のレイアにはまだ分からないのだった。

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