PandoraPartyProject

SS詳細

ネヴァー、ネヴァー、ネヴァーランド

登場人物一覧

ルミエール・ローズブレイド(p3p002902)
永遠の少女
ルミエール・ローズブレイドの関係者
→ イラスト
クウハ(p3p010695)
あいいろのおもい


 Tick-Tack-Tick!

 チクタク、チクタク。時計の針はためらいなく進む。ときにせわしなく、ときにゆっくりではあるけれど、時の流れはいつも一方通行だ。
 砂時計の砂は、上から下へ。
 過去から未来へ。
 振り返って惜しむことはできても、過去を手繰り寄せることはできやないはずだ。

……普通なら、そうだ。

 食べてしまったケーキは、もとに戻ったりしない。どれほど味を確かに覚えていても。そっくりのケーキを焼くことはできても、欠けたピースはいつまでもそのまま。欠けてしまったピースはそのまま。もどってきたりはしないんだ。

 どこかで誰かが”妖精なんていない”というたびに、妖精がひとり死ぬらしい。
 いつしか、少女というものは、おとぎ話と不思議の国から卒業して、物わかりの良い大人になるんだってさ、ルミエール?
 女の子は、どこまでも行ける羽の生えた靴を脱いで、ハイヒールの底を打ち鳴らして、大人の女の子になって……。
 口紅をさして、永遠なんて忘れて、それで、いつかできた、大切な誰かに言うのだ。
 そんなおとぎ話を信じているときもあったかしら、なんて。

 けれども、永遠の少女には、そんなの関係ないことだ。
 ルミエール・ローズブレイド (p3p002902)は魔法使いのムスメ。
 「父様」に力を分け与えられた、眷属にして娘。
 妖精の一人すら殺せない、心優しい少女。

 ルミエールが大好きな、大切な、愛おしい父様は、ルミエールにたくさんの魔法を教えてくれた。物語を紐解き、あれこれと順序を入れ替えて……ほら、御覧、と、新しい世界を見せてくれた。
 ルミエールは残酷で、好奇心旺盛な少女だった。父様の教えを目いっぱいに受けて、こころはぐんぐんと大きくなった。金髪に差し込まれた青い薔薇は、いつもみずみずしく咲いている。
 微笑めば花がこぼれるように笑う、完璧な少女。

『きっとそうだったらいいね』は、『きっと、そうしてみせる』という決意に変わった。少しの希望が、できるかもしれない、という希望が永遠に少女をむしばむのだ。

 ハッピーエンドはまだまだ遠いらしい。
 だって、ルミエールのいうハッピーエンドは、じぶんだけの幸せな結末ではないからだ。

 少女は世界のすべてを愛している。世界のすべてをいとおしく大切に思っていて、草も、木も、水も。天も地も、ありったけ、敵さえも愛して、すべてが完璧でないと気が済まない。

 失ったものは戻ってはこない。けれども、望む限りその場にずっととどめることはできる。
 魔法というのは、世界のルールからの逸脱の方法。
 上手で、ずるで、残酷で……永遠に続くモノガタリ。

 還らず、眠らない幽霊たちも、また、「めでたし、めでたし」から零れ落ちたものたちであるのかもしれない。
 けれどもそんな彼らだって、愛されていていいはずだ。
 慈しまれていいはずだ。
 永遠だっていいはずだ。
 終わらなくて、いいはずだ。


 今日は新月。
 けれども、それでちょうどいいかもしれない。
 だって、これから会いに行くのは、月なのだから……とルミエールは言った。
「月は二つあったっていいけど、一つ以上あれば、じゅうぶんでしょう?」
 足元を照らす月明かりすらない。
 鬱蒼たる薄暗い森の奥深くは、注意深く、やって来る者たちを阻む。不気味な森だ。並の人間であれば、近寄ろうとも思わないだろう。
 フクロウの声。
 虫のざわめきすらも、声を潜めている、暗闇の中。
「ルミエール」
 少し先を行くルクスが、ルミエールの名を呼んだ。
 ルクスが歩くたびに、青白い炎が揺れる。
 炎は暗闇に浮かび上がってあたりを少しだけ照らす。
 だから、ルクスがいる限り、ランタンはいらない。ともった明かりを頼りにすればいい。そうやって進んでいけば、暗い森の中だって、道を見失うことはないのだ。
「ルミエール、気を付けて。そこに段差があるよ、切り株につかまらないように」
「ありがとう、ルクス」
「つかまって」
 ルミエールはしずしずとスカートを持ち上げ、ルクスに体重と信頼を預ける。自然なことだ。だって、ルクスは自分自身なのだから……。
 悪意のある者たちの侵入を拒む保護結界を潜り抜けるのに必要なのは、ちょっとした心得。ほんのちょっとの勇気と、おまじない。
 目的地はもうすぐそこにある。――けれども、月は、向こうのほうからわざわざこちらを迎えに来たらしい。
「ケッケッケ! 来たか」
 ルミエールが見上げると、枝に腰かけた『悪戯幽霊』クウハ(p3p010695)がいた。枝の上に、ニンマリとした三日月が浮かんでいた。
 ルクスはとっくに気が付いていたようだ。
 だって、何もないところで立ち止まって、ルミエールを待っていたのだから……。
 びっくりした? というように、ルクスはルミエールを見上げている。
「ルクスったら、仕方のない子。……わざわざ、迎えに来てくれたの?」
「そりゃ、当然じゃねぇか?」
「ふふ、ごきげんよう、紫苑の月」
 ルミエールはスカートの端を持ち上げて、上品に挨拶をした。
「ごきげんよう、よい夜だ」
 クウハもまた、胸に手を当てて少し気取った挨拶をした。それから、二人は顔を見合わせて、くすくすと笑いあった。どれほど長く会っていなくても、顔を合わせれば心が近いところにあるのを感じる。
 クウハが、枝から飛び降りた。
 ルクスはクウハに身を寄せて信愛の情を示した。

 同じ主。
 同じ約束の形。
 ルミエールとクウハの二人は同じように武器商人の眷属であり、どちらもまた、自らの主を愛おしく、頼れるものと思っていた。
――愛している。
 それは、ただ一つとして選んでくれと求めるような愛の形ではないかもしれない。けれども、「愛している」。
 完璧で、まばゆく輝いているような宝物で、自分を作り上げた、唯一無二のもの。そばにありたいという気持ちも本物。
 取り換えの利かない、大切な自分自身の一部。
 それがいなければ、もう、自分は自分ではいられなくなるだろうというくらいの魂の一部。
 ともに歩んできて、ともにあり付けたいといつだって思っている。
 取り除くことはできない。永遠に、決して。
「そろそろ来ると思ってたんだぜ。ホラ、焼き菓子も焼いた。菓子作りはもう習慣みてぇなモンだけどな」
「良い匂いね、紫苑の月。あなたのお菓子はいつだって美味しいわ」
「そりゃどうも。今回もご期待に添えるといいんだが。ま、きっと大丈夫だろ。ティーセットはどこやったかな。せっかくだから、特別なやつでな」
 クウハの気ままなゴーストハウスは、いつだってにぎやかな気配に満ちている。ガタガタと揺れる食器棚をクウハが叱ると、棚は急におとなしくなった。
 ふいに。棚からティーセットを探っていたクウハの動きが止まった。
「ああ、そうだ、このカップ、昔、旦那が……。っと!」
 クウハが見えない力で浮かせていたカップが、がしゃんと床に落っこちて割れる。
「あら……」
「っと、悪ぃ悪ぃ」
「危ないわ。大丈夫かしら?」
「触るなよ。そっちはいい。破片で、手が切れちまうだろ。そうなったら俺も悲しいぜ。ケガさせるなんて、なあ? 焼き菓子のほうを出しといてくれ。……感想も一緒にな!」
「……」
 ルクスは見て取っていた。クウハが、何に驚いたか……。
 小さなヒビ。クウハが大切にとっておいたらしいティーセットには、ヒビが入っていたのだ。落としたのがトドメだったのだろうが、それでなくたって、もう寿命だったのだろう。
 そうでなければ、慎重なクウハが失敗なんてしなかっただろう。
(父様のティーセット……)


 レースの形をした砂糖を溶かして、浮かんだ茶葉で未来を占う……そんなちょっとしたおまじない。美味しい菓子を味わって、他愛ない近況を話し合って……それから、ルミエールは注意深く話を切り出すことにした。
「ねぇ、紫苑の月。いっしょに庭を見るのはどう?」
「庭?」
 同じ眷属であるから、何も言わなくたってわかってしまうことはある。
 クウハには思い悩むことがある。どこかぼんやりとしていて、何か、考えている。真剣に、それで、大切なことを……。
 クウハは、隠し事がほんとうに上手だ。いつもニンマリと笑っていて、表情豊かではあるけれど、器用に動揺を隠すのだ。
 けれども、ルミエールにはわかる。
 同じ喜びと痛みを共有するルミエールには……わかってしまう。
 一瞬だけ揺れたクウハの心を、ルミエールの感性は鋭敏に汲み取ってしまっていた。
「ああ、夢の中ってわけか。なるほどな」
 ルミエールはそっとうなずいた。
「きっとそこでなら悩みだって打ち明けられるでしょう?」
「なんだ。悩みなんて……いや、お見通しか。そうだな……最近、ちょっと考えすぎることもあるんだな」
「目が覚めた時には忘れましょう。すべて、なかったことにしましょう?」
「大丈夫か? ……それで、気が済むんなら」
 大丈夫か、というクウハの気遣いは、クウハ自身ではなくルミエールに向けられていた。
 ルミエールは笑って、「任せてほしいわ」と胸を張ってみせる。
 じぶんだって、魔法使いのムスメだ。
 心のうちなんて、知らないほうがいいのではないか……一瞬だけルミエールは思う。多分このまま目を閉じて、本当に眠ってしまう、だけはどう?
 いい考えじゃないかしら。
 起きた時にはすっきりとしていて、悩みなんて消えてしまっている……かもしれない。
(普通の女の子は、そうするのかしら)
 けれども、ルミエールは魔法使いのムスメ。
 魔法が使える、魔法使いのムスメ。
 人が感じる痛みに敏感で、自分自身のことのように引き取ってしまう、繊細で、心の優しい少女だった。
 夜は眠るものだから……サンドマンに乞う。
 眠りのまじないを唱えて、ゆっくりと深く、鬱蒼とした森よりも深い深い場所に堕ちていく。


 武器商人の眷属として長い時を過ごしたクウハ。
 時折。ほんの時折。
 死がよぎる。頭の中を――。

 人間だったころなんてない。
「旦那」がいなければ、自分を規定するものは、ない。寄り集まって、自分が永遠に広がっていって……戻れなくなるんじゃないかという悪夢だって見る。
 目を開けたら、ひどい光景が広がっているのではないか……と、クウハはぼんやり危惧していた。なぜならば、クウハの気持ちは決して明るいばかりのものではないから。
 それは仕方がないけれど、ルミエールが悲しむのはいやだ……。
(いつまでも傍にいるって言ったのにな)
 いつだって、すべてが欲しい。
 それが強すぎる渇望だと、クウハは自分で気が付いてしまっている。しみついた執着。それも、愛情と深く深く結びついて、もう捨てきれないほどに育ってしまった感情。
 自分自身の一部。
……ゆっくりと目を開けてみれば、魔法の花畑は……無数の薔薇の花が咲く、美しい薔薇の花畑だった。
「俺の抱く感情は薄汚れたものとばかり思っていたが
こうしてみると案外、綺麗なものだな」
 感嘆するクウハに、ルミエールは笑う。両手を差し伸べて、問いかける。
「ねえ、紫苑の月。
紫苑の月は父様と、ずっと一緒にいてくれる?
それとも死んでしまいたい?」
(どうして、こうも……)
 鋭いのだろう。
 隠しきれないのだろう。
 真っ黒な薔薇をルミエールは摘み、そっとクウハに差し出して見せた。どろどろとした執着は、様々なものが混じっている。哀憐。憐憫。それから確かな愛情……それでも、たしかに薔薇だった。
 ルミエールの手にかかれば、きれいで、美しい薔薇だった。
 内心を言い当てられた。言葉につまるクウハに、ルミエールは「いいのよ」と微笑みかける。
 薔薇は、不用意に摘み取れば怪我をしてしまいそうなほどに鋭い棘を持っている。
「どちらだって構わないのよ。
だけど我儘を言っていいなら
貴方にはどうか、生きて欲しいの。
父様から離れても構わないから」
「……!」
 歌うように、言い聞かせるように、少女は言う。あどけないのに、人を愛していて、よく見ていて、本質を当ててしまう。
「こんなにも父様を愛してくれて有難う。
それだけでもう、充分よ」
 これだけでいいのだと、少女は言う。気丈にふるまって言う。きっとぜんぶ、完璧な世界が欲しいはずのルミエールは、クウハのために少し背伸びしてみせている。
「充分なんてことはないだろ?」
「いいの……ほんとうに、それでもいいのよ」
 ルミエールの大きな瞳から、ぽろりと雫が零れ落ちる。それは溢れ出すように、とどまることはなく流れていく。
 夢の中では、ルミエールだって嘘がつけない……。剝き出しのやさしさ、純真さが外の世界にさらされて、残酷な世界に、無防備に立ち向かっている。
 思わず、クウハはルミエールを抱きしめていた。
「大丈夫だ」
 ルミエールは、震える手でクウハの腕を握り返す。
 ルミエールは、クウハにそう言ってほしかった。その言葉が欲しかった。その言葉を欲しいと思うことだって、きっと、縛り付けてしまう茨のひとつであるはずだった。
 クウハは優しく、賢くて、いつだってそうだった。人の痛みに敏感で、善くあろうとしていて……。
 そして、大好きな父様に似ている。
 小さく嗚咽を漏らすにつれて、クウハの抱き寄せる力は強くなる。
「心配してくれて、有難うな。
離れもしないし、死んだりもしないさ。
ルクスを引き取るって、約束したろ?」
 ああ。
 予感に、ルミエールは息をのむ。
 クウハは優しくて、暖かくて。だからこそ……。
 約束はいつだって、互いを縛り続けていくのだ。
「ごめんなさい……」
 だからこそ、終わらないのだ。
 終わらせてしまってもいいと言ったのに。
 クウハは苦しみ続けるだろう。優しいがゆえに。 
 ルミエールは、泣き続けるほかなかった。
 それはきっと、幸福ではない筈なのに。
 けれども、ルミエールだってそれを望んでしまうのだ。クウハが生きることを望んでしまう。
 だって、クウハはルミエールにとって大切で……かけがえがなくて。
 クウハだって、父様とおなじ。取り換えの利かない、大切な自分自身の一部。
(叶わぬ夢を見続けて、私の針は止まってしまった。
ねぇ、貴方もそうだというの?)
 永遠がある。永遠の孤独と苦しみがある。叶わない願いと約束がある。なにもないならすべて捨て去って、真っ白に書き換えてしまったっていいのに、この世界が愛おしく好きだ。その気持ちですら本当である。
(皆が幸せになれないのは誰の所為?)
 せめてそれが私の所為であればいい。
 純真で、残酷な少女は、罪を引き受けるように、ただ願うのだ。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
 責められるべきは、きっと自分なのだ。
 罪のない少女は、涙を流し続けている。クウハはそっと抱き寄せ、泣き止むまでルミエールの頭を撫でてやることにした。

おまけSS

「ああ、起きたか?」
 目を覚ました時、ルミエールは柔らかなクッションに包まれていた。どうやらクウハが寝かせてくれていたらしい。心配そうなルクスが傍らに戻ってきて、鼻先を寄せる。
 クウハだって傷ついたはずなのに、何事もなかったかのように、もとどおりで。その優しさがまた心をつくのだ。
 けれども、嬉しいというきもちも本当だ。クウハは、まだ存在してくれる。
……私の所為かと、ルミエールは思う。悲しくて仕方がないはずなのに、それでも、喜んでしまう自分がいて、それがまた嫌で、悲しいのだ。
「泣くなよ。きっと怖い夢を見たんだなぁ」
 クウハは素知らぬ顔で、素知らぬふりをして見せた。
「そうだな……紅茶に砂糖はいくつ欲しい?」

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