PandoraPartyProject

SS詳細

ネコとサクラとつなげぬ手

登場人物一覧

雪下 薫子(p3p007259)
平穏
加賀・栄龍(p3p007422)
鳳の英雄


「貴様、薫子さんとどうだ? っか~~~にくいねえ。あんな可憐な娘さんとこんなぶっきらぼうが成立するとは。で、デートは何回目だ? ちゅーはしたのか?」
 矢継ぎ早の上官からの下世話にもすぎる問いかけに加賀・栄龍(p3p007422)は目を白黒させる。
「は? デートでありますか? ……いえ、その。任務が重なっておりましたし……」
「は? はこっちだよ。おまえ、休みを何につかってんだ?」
「その、鍛錬にと」
「っか~~~、俺の部下はアホか。アホだな。おい、吉田! 有給申請書もってこい。今すぐにだ!」
 呆れ顔の上官は近くにいた下士官に書類を要求する。
「その? ……上官殿?」
「いいか、これは命令だ。今回の任務は薫子さんとのデート。喜ばせてやれ。店はそうだな……」
 上官は申請書の記名欄に栄龍の名前を書いて(間違いなく規律違反だ)自分の認印に息をはぁ~と吹きかけて掠れかけた印を押下する。
「任務でありますか」
「任務だ」
 なし崩しの無理やり押し付けられた有給から始まる栄龍のデートプランは先行き不明である。
 
 どうにかこうにか、頭を振り絞って書いた「デートのお誘い」は報告書や始末書の何十倍も難しかった。
 返事はすぐにきた。あの丁寧でたおやかな彼女らしい文字で。追伸とかかれたあとに「楽しみにしております」のその言葉は栄龍にとってはプレッシャーであると同時にまた自分も正直なところは、同じ気持ちであった。
 髪型は大丈夫かと待ち合わせの場で何度もショウウィンドウに映る自分の姿を確かめていると、雪下 薫子 (p3p007259)が現れた。
 今日は髪を結い上げ少しだけ大人びている。うなじの色香に栄龍は目をそらす。随分とめかし込んでいるのは自分のためだろうかなんて思うのは自意識過剰だろうか。
「今日は、お誘いありがとうございました」
「あ、ああ、では薫子さん、でかけましょうか」
 二人はならんであるく。予約した店の時間までにはすこしある。桜並木を歩こうと彼女を誘った。薫子は嬉しそうに微笑んだからたぶんこれで正解なのだろう。
 しかして会話はとぎれとぎれ。
 いつものいい天気だな、桜がきれいだな、そんなつまらない話しかできない。
 そんな話を聞いてこの少女は満足しているのだろうか?
 
 薫子もまた緊張をしていた。
 男性と付き合ったこともない身。まずはと女性としての先輩に――母親に助言をもらったのが間違いだった。
 父親との馴れ初めからデートのいろは。そのなかには随分と刺激的なものもあった。桜の下でお父様とベーゼを交わしたのよ。なんて言われたあとに桜の下をあるくものだから、緊張もいや増す。
 でも――。
 自分の三歩前を歩く栄龍も同じように緊張しているのがわかった。
 最初はついていくのに大変だったけど、いつのまにかそのペースはゆっくりとしたものになっていた。きっと自分の歩幅に気づいて調整してくれたのだろう。そうだ。このひとはこういう優しいひとなのだ。顔はちょっと怖いけれど。
 
 ゆらりゆらりと、二人の片手は手持ち無沙汰。
 ゆらゆらとする栄龍の手を握っていいものかどうか薫子は逡巡する。お父様もにたような感じでお母様が握ってあげたとおっしゃっていた。これからの女性は積極的であるべきだと諭された。
 だから――だったら――!

「薫子さん!」
「ひゃい?」
 そんな想いを見すかされたのだろうか? 栄龍が声をかけてくる。ごめんなさいごめんなさいと謝りたい気持ちで目をあげると、栄龍が野良猫を抱き上げていた。
「ネコ、ちゃん?」
「よくなれているなあ。薫子さんはネコはすきかい?」
「は、はい。ネコちゃんは好きです。かわいいです」
 なんだか、気が抜けてしまった。アレだけお互い緊張していたのが馬鹿みたいだ。目の前の彼は子供みたいな顔でネコの喉をなでている。
 ああ、この人は怖いだけではなくてこんな穏やかな顔をするんだと、またひとつすきなところを見つけてしまった。
「トラ、トラ。おまえは人間が好きなんだなあ」
「トラっていうお名前なんですか?」
「いや、きれいな茶トラ縞だろう? だったらトラだ」
「もう、勝手に! ふふ、トラちゃん。こんにちは。私もさわっていいですか?」
「薫子さんは、ネコにまで丁寧なんだな」
「ふふ、そうですか? きゃっ」
 薫子の胸元に飛び込んできたネコを抱けば、ぺろりと頬をなめられる。
「本当に人懐っこいトラちゃんですね」
 一方の栄龍はやっとのことで普通に話せたことにほっとする。心のなかでトラ氏に何度も礼をいう。ありがとう、トラ氏! 君がいてくれてよかった!
 緊張の解けたふたりはその後近くのベンチにネコを真ん中に座っていろいろなことを話す。
 お互いのこと。すきなおにぎりの具。上官の愚痴。この桜並木の由来のうんちく。
 ひとつひとつのことはたいしたことではない。
 けれどそれが楽しくて楽しくて――。
 お店の予約の時間に遅れかけて、大急ぎで走り、薫子の草履の鼻緒が切れて背におぶることになったのはご愛嬌。
 おぶられて恥ずかしがる薫子がなんとも愛らしくてしかたなかった。
 少し重いなんて誂えば――もちろんそんなことはない。まるで羽毛のように軽かった。いやもしかすると羽毛より軽いかもしれない。――背中を両手でボカボカと叩いて拗ねるものだから可愛らしくてつい意地悪をしてしまった。
 
 数日後薫子のもとに手紙がとどく。
 またデートのお誘いかなとワクワクしたのだが、先日のお礼だった。がっかりなどはしていない。うん。あの人らしいお手紙だ。
 ほんとうにがっかりしてなどいない。お手紙もらえるだけでも嬉しいのだから。
 内容はどうにも楽しんでもらったのかどうかを聞きたくてしかたない文面で微笑ましく思ってしまう。
「とっても楽しかったですよ」
 なんて呟いても届かないのはしっているけれど。
 ついでに次の約束もしてくれればいいのに、この朴念仁! なんてついでに文句もいってしまった。
 こんなはしたない言葉なんてあの人には絶対に使うことはないけれど、つぶやきくらい許してほしい。
 あの日から毎日。彼との見合いの日から毎日。薫子はいつだって、彼のことを考えている。おにぎりをたべればあのひとは梅がすきだったなんて思うし、ネコをみればあのひとが好きそうだなって思う。きれいな花をみれば、あの人と一緒にみたらもっときれいだろうなとも思う。
 日常のすべてをついぞ、彼に重ねてしまう癖ができたのだ。次にあえるのはいつかな? なんて毎日ずっと思っているのだ。
 そうだ、
 と薫子は思いつき、筆をとり青年に返事を書き始める。
「その問いの答えは――。
 直接私からききだしてくださいね」
 ふふ、これで次のデートの約束ができるというものです。
 なんて薫子は、小悪魔のように微笑むのであった。

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