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ドッグ・ドッグ・ラン
登場人物一覧
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「うわっ! あはは、こら! これはお前達の食べ物じゃないぞ」
そう言って笑うシャルを、シュネーはじっと見ていました。
今は春の昼下がり。此処はとある動物ふれあいパーク。犬に猫、うさぎやハムスター。大きいものだと牛や肉食獣まで、様々な動物と触れ合ったり、其の生態を観察できるというとっても素敵なテーマパーク。
仮想空間だからこそ実現できたのだろう空間に、シュネーが惹かれるのは当然のことで。是非是非、とシャルを誘って訪れたら、あらまあ。シャルの方が犬に好かれてしまったようで、少し大変そう。
お昼を食べようか、と二人で買ったホットドッグを狙って、犬がシャルに「ちょうだい!」とおねだりをしてきます。
「こらこら、駄目だって」
「うふふ。シャル様が美味しそうにホットドッグを食べるから」
「ええ? そうかな……何だかそう言われると恥ずかしいんだけれど」
シュネーがからかうようにそう言えば、シャルは気恥ずかし気に指先で頬を掻きます。そんなに自分は美味しそうに食べていただろうか。そんな風に見えてしまったのだろうかとシュネーを見ると、くすくすと笑いながら小さく彼女もホットドッグを一口。
「……」
片手に珈琲、片手にホットドッグを持っているから犬の頭を撫でる事は出来ないのだけれど。
だいぶ大人しくなってくれた犬たちと共に、じいっとシャルはシュネーを見詰めます。
はてな。今度はシュネーがぱちくりと瞳を瞬かせる番でした。
「……んく。シャル様、どうされましたか?」
「いや、……俺の事を“美味しそうに食べる”って言ったシュネーさんこそ、美味しそうに食べるなあって」
「え!? そ、そ、そうですか?」
はしたなかった、かし、ら。
普段は食べない、ジャンクなフード。憧れていた事もあってつい食いついてしまったのは認めるけれど、と大慌てするシュネーに、くすり、とシャルは噴き出して。
「あはは! 大丈夫、大丈夫だよ。美味しそうに食べるのって、悪い事じゃないだろう? だってシュネーさんだって、俺の事をそう言ってくれたんだしさ」
「……そ、そうです、けど……あ! しゃ、シャル様! ワンちゃんが!」
「え? ……ああ! こらこらこら、駄目だって!」
おや大変!
シャルのホットドッグを再び犬が狙っています。これはお前達には辛いから駄目だよ、と戯れるように逃げるシャル。
まるで一枚の絵画のようだとシュネーは眩しそうに見つめます。青い空の下で、毛並みのよい犬と戯れる休日の騎士。
ああ、いま自分に絵筆と絵の才能があれば、間違いなく執っているのに!
「待て、……ほら、待てだってば、……もう!」
全く“待て”を聴かない犬たちに、シャルはお手上げだ、とホットドッグを逃がしながら笑うのでした。
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「あるぱか」
「シュネーさんは知ってる?」
そうして犬と戯れて一時。
どうせだから見たことのない動物を見よう、と二人は大型動物の一角へ進みました。馬は見慣れているけれど、他にも色々な動物がいっぱいいるみたい。牛に、肉食獣。其れから、アルパカ。……アルパカって何かしら? シュネーは首を傾げるのです。
「いいえ、知りません。シャル様はご存じですか?」
「話くらいは。なんでも、羊のようにふかふかとしているとか……」
「羊! わあ、私、羊大好きですっ」
きらきら、とシュネーの瞳が輝きます。
ええ、羊も好きです。羊毛も好きです。どちらかというとマトンよりラムが好きです! おっと脱線。兎に角、シュネーは羊毛のふかふかが大好きなのです。
「どのような動物なのでしょう! シャル様、行きましょうっ」
「わ! い、急がなくてもアルパカは逃げないよ……!」
其の手を取って引っ張ると、彼はすんなりと引かれてくれるから。
シュネーはそっと、内心で其の優しさに微笑むのでした。
そうして辿り着いたアルパカの宿舎には……不思議な生き物がいました。
首が長くて、ふわふわで、もこもこした生き物。柵は低く、ふかふかした頸を堪能できそうです。
「わあ……本当に、ふわふわしていますね」
「そうだね……実は俺も話だけで、見るのは初めてなんだけど……」
「べへへ」
羊のような鳴き声を上げながら、一頭のアルパカが近付いてきます。
そうしてじい、とラクダのような瞳で二人を見詰めました。知らない顔だ、と興味があるようでした。
……口がもぐもぐと動いているのは、草でも食べているのでしょうか。
挨拶するように首をかがめてきたアルパカに、自然とシャルの手が伸びて。頭から首にかけてのもふもふを、もわもわと撫でるように堪能しています。
「……本当に羊毛みたいだ」
「まあ、そうなのですか?」
「シュネーさんも触ってみる? ほら」
首は俺が支えてるから。
そう言ってシャルが場所を空けてくれました。そっとシュネーはアルパカに近付いて、其の繊手をアルパカに伸ばします。ふわ、ふわ、ふわ。其の毛並みを確かめてみると、確かに羊毛によく似ている事が判りました。
「……本当! 羊の毛みたいですっ」
「だろ?」
「だとしたら、矢張り毛刈りがあるのでしょうか? アルパカ様は、何処まで刈られるのかしら……」
羊は大抵胴体の毛を刈るものですが、アルパカはどうなのでしょう。首も手足も、羊に比べれば随分長く見えます。これは毛刈りが大変そうだわ、とシュネーはつい考えてしまって。
「これから暑くなりますけれど、アルパカ様、どうか頑張って下さいね……!」
「ぶふっ」
シュネーが懸命に励ましたのを聴いて、シャルは思わず吹き出してしまいました。
だって……だって! あんまりにも懸命なものだから!
「な、何で笑うのですか!」
「いや、だって、一大事みたいに言うからさ……! きっとアルパカにとっては毎年の事だと思うんだけど」
「そ、其れでも! 羊の毛刈りだって、怪我をする子もいるのですよ! きっと痛いんですよ!」
「そうだけど……だ、駄目だ、あはは、ははははっ……!」
「もうっ、笑わないでください! シャル様! シャル様!」
そんな二人の暖かいやりとりは。
仮想の春の空へ、高く伸びて融けていくのでした。