SS詳細
意地っ張りマイ・レディ
登場人物一覧
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何度目のデートだろうか、面倒なので数えるのもやめてしまった。というかこれはデートなのだろうか?
少なくともお互いに対して悪い気持ちは抱いていない。それだけ。
エレンシアは口調こそ荒っぽいものの海洋貴族の娘である。『知り合いと出掛ける』と伝えれば相手の性別だの性格だの好みだのを根掘り葉掘り聞かれて出発の三時間前に起こされた。
なんでこんなことをするのかと怒れば逆にどうしてデートなのに前日に伝えるのかとメイドに叱られる始末。一応仕えられる立場のはずなのにどうしてこうなったのか!
そんなこんなで普段以上にめかしこんでやってきたエレンシア。おや、と瞬いたルシ。
「……なんだよ、悪いかよ」
「いいや? 似合ってるんじゃないかな」
「そうかよ……」
どうせお世辞なのだから耳を貸す必要はない。
「ま、せっかく可愛らしいお嬢さんとご一緒させていただくんだ。私も相応に振る舞わなくては、ね」
「なんだよ、急にそれっぽく振る舞いやがって……」
「ふふ、形から入ってみるのも悪くはないかなと思ったんだけれど。嫌だった?」
「いいや。あたしが貴族ってことがよぉく伝わっていいんじゃないか?」
「さぁどうだろう。妹をエスコートしている健気な青年に見られてしまうかも」
「……ったく、ルシはどうしたいんだよ!」
「気になるなら当ててみせなよ。ヒントは沢山あげたはずだよ」
からかうように恭しく差し出された手のひらにはぺしんと音がなるくらいに手を乗せる。からからと笑うルシにじっと睨みを効かせるがそんなのもおかしくなって笑いだしてしまうのが常。
今日はルシが予約を取っていてくれたのだという秋の果物がたっぷりのアフタヌーンティーのカフェへと向かうことに。行き交う人々の視線がやけに熱く生暖かったのはきっと、ルシの顔がいいからでこういうのは似合わないからに決まっている。
(……ったく、なんなんだ。なんだってあたし達は見られてるんだ。動物園の生き物じゃあるまいし!)
と、声に出すわけにもいかず。テラス席の端、眺めはいいが他の客が気にならないスペースにて座って。
はらはらと落ちる紅葉がやけにロマンチックで不思議と見とれてしまう。こんなもの何回も見たことがあるはずなのに。
「綺麗だね」
「紅葉か? そうだな」
「いや。そうやって紅葉に見とれてるあなたが、かな」
「うっせえなぁ、しつこいぞ。あたしなんかが綺麗なわけないだろ、第一見えねえし」
恥ずかしいというか。むず痒いというか。そういうのは気に入らない。
なんとか平静を装うために紅茶をぐいっと飲み干したところでティースタンドが届く。シャインマスカットのタルトがのったそれは艶々と輝いていて、エレンシアを誘う。
「またそれかい? そろそろやめないと私が虐めてしまうよ? ……なんて」
タルトを切る。フォークが勢いよくかつん、と皿に当たった。
こんなところメイドに見られたら卒倒されてしまうだろう、なんて他人事のように考えながら。フォークとナイフで丁寧に切り分けて。
「うるせぇな……あたしレベルなら幾らでもいるだろうが。やれるもんならやってみろよ」
美味しい。食べ物に罪はない。というか食べ物だけが救いだ。
ルシは何を考えているのかわからない。頬杖をついてにこにこしてるのが特に腹が立つ。
「……なんだ、本気にして欲しいのかい? 別に本当にしてしまっても私は構わないのだけれど?」
何が本当に、だ。
どうだっていい。可愛くないし、綺麗でもない。そんなこと自分が一番わかっているのだから、それが事実だというのに!
そんなことよりもこのスイーツのほうが優先なのだ。うるさいなぁ。
だから、そっけなく呟いた。
「……別に。やるんならやってみろよ」
興味もない。きっと相手だってそう。そのはずだったのに。
「うん、わかった」
ルシは。うなずいた。男だ。解っていたはずなのに。
エレンシアの腕が痛まないほどの強い力で腕を引いて、それから大きな紅葉の木に押し付けて。
「んっ……?!!」
唇を、重ねた。
「……甘い、ね」
「お、おい、本当にするやつがあるかよ!!」
思わず突き飛ばす。まさか初がこんなものだなんて、ありえない。キスをして。それから、タルトの味を味わわれて。……狂ってる。
「……本当にするとは思わなかった、ね」
ルシはそっと。エレンシアの髪を掬い、口付けた。
「ま、君は可愛いんだから自覚持ちなよ、じゃないと、」
「……うっせぇ。じゃないと……なんだよ?」
「いや、なんでもないさ。内緒。それより、ケーキ食べないの? カラスにとられちゃうかもね」
「はぁ?! こんなことしたのお前だろ。そうなったらルシの分貰うから」
「それはいいけども。ふふ、可愛いね」
「……うっせえ!」
やけに顔が熱いような気がする。キスなんてされれば当然か、いいや、でも。だとしても。
(……何なんだよ。いつもならぶん殴って終わりだろ。……なんでだ)
キスなんかされたって嬉しくない相手のはずなのに。変に意識している自分が腹立たしい。落ち着け、落ち着くんだ!
首を横に振ってなんとか冷静になろうとするエレンシア。その先を歩いているルシにもまた、小さな異変は生じていて。
(私は何を言おうとして……まぁ別に大した事は無いけれど)
なんてことない感情だろう。あんまりにも簡単に自分を卑下する彼女が見ていられなかったから、ただ、それだけ。
だとしたらどうして自分は彼女の唇を味わっていたのだろう?
わからない。わからないことだらけだ。
(……彼女なら、わかるのだろうか)
恩人たるくらげの彼女。彼女ならきっと、こんな胸中にだってなることはないのではないか?
はぁ、とため息を吐きたくなってしまう。けれどぐいっと飲み込んで、席に着くエレンシアに手を差し出した。
「はい」
「……ありがと」
「うん、その調子」
「やっぱり腹立つ! いっぺん殴らせろ!」
「おっと、ここでの暴力はいけないよ」
「うるせえ!」
「はぁ……まったく」
「もごご!!」
口の中にスイーツを突っ込む。本当はじっくり味わってほしいのだが、仕方ない。自分の分は特に興味はないのでエレンシアに捧げよう。
それに、もぐもぐと頬いっぱいに詰め込んで嚥下するエレンシアは幼く見えて愛らしい。今はその無防備な表情だけで満足だから。
「美味しい?」
「……ああ、ちゃんと食べれたらもっと美味しかっただろうよ」
「そうかい。ま、まだあるからゆっくり食べなよ。時間だってたっぷりあるんだからね」
「おう。あ、これ美味しかったぞ、ルシも食えよ」
「わかったよ」
別に食事をしなければ穏やかに話せないというわけではないが、しかし。どうしたって気になってしまう。
ただの皮膚と皮膚の接触と片付けてしまうには純粋ではなさすぎた。だからこそ気になってしまう。
隣に座るあたし/私とアンタ/あなたの関係性につく名前を。その意味を。
はらりと散っていく紅葉にも銀杏にも、その名前だけはわからないのだろうけれど。
おまけSS『うざったいマイ・ジェントル』
「なぁ、おい」
「ん?」
「なんで食べないんだよ」
「だって別に、甘いものに興味はないからね」
「じゃあなんでこんなところに?」
「だってあなたが喜ぶと思って」
「……まぁ、嬉しくないわけじゃないけどさぁ」
「うん、ならいいでしょう」
「いや、違うって。次はアンタも楽しいところにしろよな」
「……それは、どうして?」
「だってその方が、二人共楽しいからだろ」
(……そういうときだけ素直なんだから、可愛いよね)