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フリージアは気高く咲く
登場人物一覧
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『魔法騎士』セララ(p3p000273)と『悩める魔法少女』ハイデマリー・フォン・ヴァイセンブルク(p3p000497)は、今では相棒と呼べるパートナーとしてローレットに君臨しているのは記憶にも新しい出来事だ。
養子も双子紛いに似ている二人。しかしそんな二人も、相棒と呼べるまで関係性が育ったのには、長い長い道のりがあった。
これは、その長い道のりの経緯だ。
「ボクと友達になろうよ!」
セララはハイデマリーへ握手を求めるように、右手を伸ばした。
「あ?」
ハイデマリーは嫌そうにしかめっ面を返した。
彼女たちはローレットで言い渡された依頼をこなし、そして、その命懸けの仕事を終えた所だ。自慢の愛らしい服も、今日はぼろぼろになるまで追い込まれた。だが、吊り橋効果という訳ではないが、こういった生死の駆け引きを共にするからによって、互いの関係性は急激に伸びていく事もよくあることだ。
そこで、セララの目に同年代らへんに見えたハイデマリー。同じくらいの年齢の子が戦っている、これは声をかけない選択肢はセララの中にはない。
セララは、ここぞとハイデマリーへ手を伸ばした訳だが。
「貴殿は何か勘違いをしているのでありましょうか?」
「――え?」
セララの花が咲くような満面の笑みが、一瞬にして消えた。思っていた返答はなく、辛口の返事が針のように飛んで帰ってきたのだ。
真顔のハイデマリーは、眉間にシワを寄せて忌避の表情を魅せている。
「おかしいな……」
セララの脳内では、握手、した後に話をして、ついでにこの後何か一緒にご飯を食べて帰るーーそんな予想をしていたが、逆の現実がセララを衝撃と共に殴ってきたようだ。
ハイデマリーとしては至極冷静な判断である。軍人気質な思考は、セララの明るい少女の概念にはフィットしない部分が多いのだろう。それが、ハイデマリーには苛立ちとなり、言葉となって出力されている。
「なぜ、私が難民かつ混沌や混乱ばかり増やすウォーカーとお友達になれと?」
「旅人(ウォーカー)は――!」
そんなんじゃない。
喉まで出かけた言葉を飲み込んだセララ。たしかに、広い視野でみれば旅人が混沌に与えている影響は負のものが多いかもしれない。
――その間に、冷たい瞳の少女はくるりとセララへ背を向けて部屋を出ていってしまった。呆気ないファーストコンタクトであった。相談から依頼に真摯に向き合っていたハイデマリーとは、とても仲がいい間柄になれると信じていたのにーー。
「ぐ、ぬぬ」
しかしこんなので折れるセララではない。
むしろ、障害があればあるほど、セララの心の中は燃え上がるというもの。
セララは拳を作り、震えた。
拳を胸元に置き、瞳をぎゅっと閉じる。
そしてそれを一斉に解放して見開き、拳を天へと掲げた。
「ぜーーーーったい、友達になって、みせる!!!!!」
咆哮のような雄たけびと一緒に、セララの瞳の奥に炎が燃え上がっていた。
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――あれから、セララの接触は激しくなっていくばかりだ。
ハイデマリーは紅茶の茶器を傾けながら、うーんと唸っていた。
今朝も公道を歩いていたら、道端の植木から待っていましたと顔を出したセララに、握手を求められた。
「友達になって!!」
なんて言われながら。
流石にハイデマリーは売り言葉に買い言葉を言う暇もなく、一目散に逃げ出してきてしまった。
そういうことは今日が初めてではない。
ここ最近、一日に一回はあの赤色のウサギのようなリボンを見かけている気がする。というか気づけば、目の端っこにいつも見えるような気さえしてきた。
「はぁー」
何故だろうか。
何故、あの旅人は私なんかを気に掛けるのだろうか――?
旅人というのは、ハイデマリーにしてみれば負の存在だ。そして、件の少女は旅人だ。
勝手にこの混沌の世界に土足でやってきては、面倒ごとを起こしていく。
世界の均衡・倫理観・価値観・人口問題。
全てに関して、旅人が圧迫しているのは確かな事実だ。だから、旅人はどうしても好きになれない。出来るなら、早く下位の世界に帰ってもらいたい。そう、下位の存在だからこそ、この上位の世界を外来種のように脅かすのが、忌々しくさえ思えてしまうのだ。
だから、あの少女も一緒。
同じだ。
魔法少女だかなんだか知らないけれど、言葉悪く言えば目障りなのだ。
でも。
目ざわりだとーー考えた刹那に、ハイデマリーの胸の奥がチクっと痛んだ。
「おかしいでありますな、風邪でも引いたのでしょうか……?」
痛む部分を抑えたハイデマリー。何故――こんなところが痛むのか。まさかあの少女に感化されているのだろうか。それもそれで、忌々しい。
でも、本当の所は、気分は悪くない。あの笑顔に手を引かれて、色々な場所に連れていかれる、振り回されることが。追いかけられて、思わない場所から顔を出されて驚くことも。今までにハイデマリーの日常に、一切無かった刺激を彼女は与えてくる。
「いや駄目であります!! こんなの――」
ハイデマリーはセララの笑顔をふり払うように、顔を左右に振った。
いや、これも一時の気の迷いに違いない。
「全く。本当に旅人っていう生物は」
茶器を乱暴に置いたハイデマリー。刹那、背後からセララが飛び出してくるまであと数秒。
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―――あれから数日。
再び一緒に依頼をした二人。
「あ!」
「げっ」
ブリーフィングルームで顔を合わせると、すぐにセララは笑顔で手を振ってきたものだが、ハイデマリーは顔をそっぽ向けてつまらなそうな表情を返していた。
だが、セララとしてはこれで上上の反応だ。
以前は、無視されることもしばしばあったのだが、今ではそれは無い。ちょっとした反応でも、ハイデマリーがセララを意識し始めている。それだけでセララは手応えを感じているのだ。
現に、ハイデマリーはそっぽを向いたが、片目だけ開けてセララをチラっと見たのだ。自分が素っ気ない態度を取ることで、仮にも同じ依頼をする仲間が気落ちしていたら依頼に支障が出る――というのは建前かもしれないが、ハイデマリーは少しずつセララが気になっていた。
よかった、セララは気落ちしていることは無いようだ――。
「って何を考えているのでありますか!」
ハイデマリーは己の顔を両手で叩いた。今、一瞬安堵した自分が居た。それに、何故――そこまで、自分を気にするろうか、と。気になる、気になってしまう、気になってきた。ええい。
するといつの間にか、セララはハイデマリーの眼前にきていた。
「一緒の依頼だね! 頑張ろうね!」
「頑張るのは当たり前であります。精々私の足を引っ張らないようにお願いします」
「うん! ハイデマリーが危ない時は、助けるよ!」
「っっ!!」
やりにくい――でも、悪くは無い。ハイデマリーは、セララが向ける好意にどう反応したらいいのかわからないだけなのかもしれない。
やがて、依頼は滞りなく終わった。
集まった面子の力もあるが、二人の連携がうまく敵に届いたのだ。
しかし敵の力も強いものであった――ハイデマリーとセララは、またいつぞやと同じく、一緒にぼろぼろの姿になりながら帰路へとついていく。
段々と依頼のメンバーが帰路の分岐に消えていく中、ハイデマリーの後ろを、セララは辿るようについていく。
「そちらの帰り道は、こちらではありませんよね。どうしてついてくるのですか」
「話が、したくて!」
また、にぱっと笑顔を向けたセララ。敵に頬を横に裂かれたからか、傷から血がぷつぷつと滲んでいたが、その痛みさえ吹き飛ばすような笑顔であった。
「ねぇねぇ、何でハイデマリーは友達になってくれないの?」
「旅人と仲良くなる理由はないでありますな」
話しかけてきた内容は、いつもの通りだ。
ハイデマリーは少し、歩くスピードを速めた。だが、セララも同じように速度を上げてついてくる。
どこまでもついてくる気なのだろうか。
どこまでもついていく気なのだ。
友達という関係性を押しつけがましい程に強請ってくる。それは本来なら図々しくて避けたいものだ。
しかしこうも何度も来られると、呆れを通り越して、ハイデマリーの凍った心が少しずつ溶かされるように、解かれてきたのも事実。
空の太陽が、遠くの地平線に消える中。
セララはハイデマリーの進行方向を塞ぐようにして、立つ。あくまでステップを踏むように、友達を目の前にしたどきどきを伝えるように。
「なんでありますか」
ハイデマリーは歩くのを止めた。
「喫茶店があるよ! 一緒に入らない? もうお腹ペコペコ! ハイデマリーはお腹空かないの?」
言われてみると、朝食べてからこの時刻まで何も口にしていなかった。
セララが愛らしく顔を傾けて問うと、
「別にお腹なんてすいてな――」
ハイデマリーのお腹の中が、ぐぅと鳴り出した。
「……」
「行こ!」
そう切り出しながら、セララはハイデマリーの手首を持って引く。
「こ、こんなぼろぼろの姿で喫茶店に入るのですか!?」
「うーん、でもほら、幻想では日常茶飯事みたいなものだし、今から着替えたら日が暮れちゃうし――それに、ハイデマリーに逃げられるかもだし!」
「ぐぬ!?」
無言で俯きつつ、しかし耳まで真っ赤にしたハイデマリーと喫茶店の入り口をくぐった。
中は落ち着いた雰囲気の喫茶店であった。
幻想で夏に開店したばかりの噂のカフェであるのだという。
セララは口から感激の音を漏らしながら、バツが悪そうなハイデマリーは彼女の後ろをなぞるように歩く。
席につき、暫くしてからテーブルの上にはパスタと紅茶が並んだ。ハイデマリーは背伸びをして珈琲とサンドウィッチだ。
美味しいよ、なんて言いながらくるくると器用にフォークで巻いたパスタを差し出すセララだが、ハイデマリーはいつものようにそっぽを向いた。
「美味しいのになぁ~。そっちのサンドウィッチもおいしそう!! 交換しない??」
「しないであります」
「えー残念」
ちらっと見たセララの表情が、心底落ち込んだような絶望の色をしていた。ハイデマリーは――もちろん普段はそんなに表情は動かないが――何故だか罪にかられて身体がびくりと動く。
そんな顔をされたら、仕方ないじゃない。
「そ、そんなにですか……じゃあ、ひとつだけです」
「わーい!!」
今度は、先程の表情とは真逆で幼い子供が新しいおもちゃでも見つけた時のように、無邪気な笑顔へと変わった。
忙しく、そして振り切れるくらいに感情を表に出すセララの顔を見ていると、いつの間にかハイデマリーの口元も緩んでいく。
そして、ハッと我に返ってハイデマリーは元の険しい表情に慌てて戻したのだ。
やがてパスタやサンドウィッチを食べ終わり、彼女たちの手前にケーキが並ぶ。
「あのね、ボクは」
ケーキを食べつつ、カトラリーを皿の上に綺麗に乗せたセララ。
今度は先ほどの子供のような表情では無く、真剣な顔でハイデマリーの顔を覗き込むのだ。その表情に、ハイデマリーもつい、唾を勢いよく飲み込む。
「なんでありますか」
「マリーと仲良くなって一緒にお喋りしたいの。今みたいに喫茶店でケーキ食べながらお喋りいっぱいしたいんだ」
覗き込んできたセララの顔は、ハイデマリーの心の奥底を見透かすような瞳の色をしていた。
その瞳に見つめられていると、何故だか全てを赦してしまいそうな気さえする。いや、そして、自分の鍵をかけた心をこじ開けてくれるような――。
思わず、ハイデマリーはその瞳から逃れるように、視線をずらした。
「ハイデマリーは今のこの時間、嫌い?」
しかし、視線を追ってセララは覗き込んで来る。
難しい表情をしたハイデマリー。その顔はもう、何度も見てきた表情だとセララは半ばあきらめかけていた。もし、今日で駄目なのなら、もうこれ以上は付き纏う事はや彼女たちのてようと思っていた。
わかる、わかってるよ。
セララはそう思った。
ハイデマリーが友達になってくれたら、きっと沢山楽しい事がある気がする。それはセララが勝手に思い描いた未来だ。それを今日まで押し付けてきた。嫌われても仕方ない。何故こんなに執着したのかもわからない。初めて一緒に依頼をしたとき、セララはハイデマリーの横顔を華やかなな髪の色に目を奪われた。それに嬉しかったのだ、同じくらいの年齢の子が同レベルの頻度で依頼に通っている事も。
戦場で、一人じゃない。
そう思わせてくれる相手になるかもしれない。それならって――ハイデマリーを影の如く追った。
でも、それも今日まで。今日まででいい。
今日拒絶されたら――、セララは視線を伏せて、微塵にも期待できずに諦めかけていた。
しかし、
「旅人は本当に面倒で、セララ一人くらいなら私一人で監視できるでありますな……」
「―――え」
ハイデマリーの口から出た答えは、セララとしては願っても無い答えである。
ハイデマリーとしても、これは精一杯の答えであっただろう。確かにセララはとても理解がしがたい相手だ。何を思ったのか最初に依頼で出会ったときから声をかけてくるそれはつまり
普通なら、数回拒絶すれば折れて終わる話であっただろうが、そうでは無かった。
だがそのしつこいまでの逢瀬の中で、ハイデマリーの考え方も徐々に変わっていたのだ。旅人は悪いものだと思っていたものの、セララは常に純粋な瞳を向けてきた。曇りのない瞳に正義を色を宿す彼女が、今まで思っていた旅人のイメージとはかけかけ離れているのは事実だ。
それに、こうして一緒にケーキを食べる相手は、ハイデマリーにとっては希少だ。
ケーキを刺す為のカトラリーを持つよりも、武器を持つ事が多かったハイデマリーとしては稀な事だ。
「もっかい言って?」
「だから、セララ一人くらい監視しておいたほうがいいと思っただけであります」
「それはつまり……やったー!!!」
「ちょっ」
セララは席から飛び上がるように両手を万歳した。周囲の客がふたりを見てクスクスと笑っているのに、ハイデマリーは慌ててセララを席につけさせる。
「静かにしてほしいであります!」
「ごめんごめん、つい」
早速ため息を吐いたハイデマリーの手前で、セララは舌をぺろっと出して謝った。そんな姿を見て、ハイデマリーも薄く笑みを浮かべていたのを、セララは満足げに見ている。
「よし! これで今からボク達は友達だよ。呼び方もハイデマリーじゃなく、愛称でマリーって呼んでいいかな?」
「あ?」
友達、――としての距離としては、今この場は少し遠い。しかし形と呼び名ばかりは友達となった二人は、ここから交流を深めて更に真なる友人へと育っていくのだ。
「ね、マリー!」
「はいはい、であります」
いつしか愛称を呼んでも、問題ないくらいに。
そうなるまでは、きっと時間はそこまでかからないのだろう。