PandoraPartyProject

SS詳細

雨天に痛み、恒天に癒える

登場人物一覧

わんこ(p3p008288)
雷と焔の猛犬
コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)
慈悪の天秤


 ――「然る小村を脅かしている盗賊を捕まえて来てほしい」。それが、彼女たちに齎された依頼であった。
 依頼対象である盗賊は精々二、三人。練度も碌に足りず、一人か二人で十分とされた依頼に対して手を挙げたのは『慈悪の天秤』コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)であり、
「それじゃあ、わんこも付いていきマスゼ!」
 それに続いて参加を希望したのが『雷と焔の猛犬』わんこ(p3p008288)であった。
「……必要ないわ。生っちょろい子悪党を二、三人とっ捕まえるだけの依頼だし、アタシ一人で足りるっての」
 コルネリアが零した反論は、必ずしも彼女の本心と言うわけではない。
 と言うのも、此度の依頼はその情報の精度に幾らかの難が見られる類であったためだ。万一の不測の事態が起きた際の為、可能ならば二、三人。最低でも一人はバックアップも兼ねて同行した方が良いとされている。
 それでも、彼女がわんこの同行を拒んだ理由は――
「……第一、『行って楽しい場所じゃない』わよ?」
「問題ありマセン! 姉御と一緒ならどこへでもついていきマス!」
 此方の言葉に対しても、何ら問題ないとばかりに即答するわんこに対して、コルネリアは困惑と辟易を綯い交ぜにした表情を浮かべ、致し方なしと頷いたのだ。
 ……即ち、「彼女が半生を過ごした故郷」への同行を。


 コルネリア=フライフォーゲルは、間違っても自身を『善性』の側であると思ったことは無い。
 それは逆説、善性の存在そのものは自身以外の何処かに存在すると言う確信にも繋がっていた。その思想の元となった――彼女にとって正しく『善性』そのものであった、育ての親とも言えるシスターが暮らしていた村へと、彼女はわんこを引き連れて帰還する。
 但し、その素性を知らせぬまま。
「……件の盗賊が根城にしている場所は、猟師が使う村の外れの小屋です。
 私達が総出で向かえば捕まえられるかもしれませんが、犠牲が出るであろうことを考えるとどうしても……」
「賢明だな。後のことはアタシたちに任せろ」
 依頼人である村長に対してローブのフードを被ったままのコルネリアは応え、村周辺の地図を受け取るとそのまま応接間を立ち去っていく。
 見知った顔である村長に対しても自身を晒さず、あくまで一個の冒険者として応対する彼女は、そうして廊下に立つわんこの元へ戻れば、そのままそれを通り過ぎて颯爽と村の外への道を往く。
「姉御?」
「盗賊(バカ)共の根城が分かった。ちょっと偵察に行ってくる」
「それじゃあ――」
「偵察って言ったろ。襲撃は夜、アンタはそれまで村を守ってなさい」
「……分かりマシタ」
 平時のそれとは違い、この依頼に於けるコルネリアの対応は、わんこに対して何処か素っ気ないそれであった。
 落ち込んだ様子の彼女に若干目尻を下げたコルネリアは……しかし一度頭を振って、そのままわんこを背に村の外へ出る。
 ――『偵察』と言う方便で、彼の盗賊どもを捕縛するために。


 コルネリアにとって、わんこは自身の妹のような存在だと捉えていた。
 不器用な喋り口。それにそぐわぬ真っ直ぐな生き方。厚意を示した分だけ此方を慕ってくれる彼女は、過去に自身が過ごしていた孤児院の子供たちのようなあどけなさを感じさせて。
 だからこそ、彼女をこの依頼に連れてきたくは無かった。自身を育ててくれたシスターが眠る故郷へと、連れてきたくは無かったのだ。
 ……ともすれば、自身の為に命を賭してまで戦ってくれるであろう彼女の存在を。
「お前は『家族』を戦いに巻き込むのか」と。もう居ないはずのシスターが咎めてくるような気がしたからだ。

 ――遅かったんだよ、イレギュラーズ! 村には既に『兄貴たち』が向かってる頃だ!
 ――今更俺達を捕らえたところで、村は焼け野原だ!  ざまあみやがれ!

「……っ!!」
 正午、雨模様の曇り空の下、傘もささずにコルネリアは村への帰途を駆けている――否、駆けて『いた』。
「依頼に在った盗賊たち」の捕縛は、何の障害も無く順調に終えることが出来た。
 だが、その後。悔し紛れに吐き捨てた彼らの言葉を受けて、コルネリアは急ぎ村へと帰還して。
 ――現在。その中途にて、傷つき、動けないわんこを見つけたのだ。
 その周囲に倒れ伏す、十数人の『兄貴たち』と共に。
「……あ。姉御、姉御!
 ご無事でシタか? ケガはしてマセンか?」
 ばちばちと言う音がする。冷たい雨が身体を叩く感触がする。
 放電する躯体から漂うオゾン臭と、オイルと、何よりも血のそれに似た金錆の匂いがする。
 四肢の殆どが損壊した身体を木にもたれ掛けさせて、わんこは笑う。何事も無かったかのように。
「アンタ、それ」
「はい、ちょっと無茶しちゃいマシタ。でも死んでしまうほどの怪我ではありませんし、大丈夫デス!」
 重傷、と言う言葉では形容しきれぬほどの怪我を負いながら、それでもわんこはけろりとした顔で言葉を返す。
「ただ、歩くのは少し難しくテ。良ければ少し肩を貸してもらえまセンか?」
「……っ」
 返答するよりも先に。コルネリアはわんこの元に駆けより、その身体をきつく抱きしめた。
「――姉御? 汚れちゃいマスよ。スパークもしてますし」
「……馬鹿野郎」
 混乱しているわんこに対して、コルネリアはそれ以上の言葉を続けない。
 雨滴は、絶えず二人を叩き続けていた。


 誰しもに、大切な人が居る。
 その人が命の危機に瀕すれば、自己のそれと同様に胸を痛める人も居ようと。
「……それが、アタシの言いたいこと」
 ――重傷を負い、小村で数日の療養を設けた後、コルネリアとわんこは『ローレット』への帰途についていた。
 応急処置にと村長から渡された薬の類は十分に効果を示していた。「過去に起きた流行り病の経験」から、他の町村との交易で村民の為の蓄えを貯めていた村は、依頼を請けた特異運命座標達にも躊躇なくそれを支払ってくれたのだ。
 それでも、傷が完治したわけではない。未だ時折コルネリアの肩を借りながら、わんこはゆっくりとした足取りで帰路を歩んでいる。
「……それじゃあ、姉御はわんこのことを心配してくれるんデスカ?」
 ――返された言葉に対して、コルネリアは呆れ交じりの表情で見つめ返す。「何を言ってるんだ」と言わんばかりの表情のまま、彼女は。
「……アンタを見てると、一緒に居るガキのことを思い出すのよ」
 危なっかしいって意味でもね。そう言ってそっぽを向く彼女に対して、わんこは一瞬きょとんとした顔をする。
 けれど、すぐにその言葉の意味を知り、屈託ない笑みでコルネリアに笑いかけた。
「姉御!」
「何よ」
「有難うございマス! 大好きデス!」
「……ああ、そう」
 ――コルネリアにとって、わんこは年の離れた妹のような存在であった。それは、わんこにとっても。
 けれども、『家族のような存在』と『家族』は明確に異なるものだ。前者は個人の主観的な考えで、後者は公然の常識として。
 しかし、だからこそ。慕う人へと向けていた感情を、相手もまた向けていてくれたことに気づいたとき、互いが抱く共感は本当の家族のそれと同じほどに、或いはそれを超えて強く在るもの。
 腕を借りながら一緒に歩く笑顔の『妹』と、向けられる感情に困惑する『姉』の帰路は、まだまだ長い。
 過日の雨の後、空に掲げられた太陽は、少なくともその先の道を十全に照らしてくれていた。

  • 雨天に痛み、恒天に癒える完了
  • GM名田辺正彦
  • 種別SS
  • 納品日2022年10月28日
  • ・わんこ(p3p008288
    ・コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315

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