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No kidding!
登場人物一覧
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片やがらくたの山に腰かける青年。
片や罪人のように拘束され地を舐める青年。
この場において優位を握るのは間違いなく前者の青年で、そして彼はテリトリーを荒らされて怒っていた。
彼の縄張りたる森の洋館にて起こったちょっとしたボヤ騒ぎ。火の不始末だったのならば互いに気を付けよう、と警戒を促すだけで済んだのだけれども、けれどもこれは人為的に行われた悪意だ。
クウハ一人だけならば良かったのだけれど。
しかしながら運がいいのか悪いのか。クウハの屋敷は沢山の人が出入りするし、暮らしている人も居る。よって男は捕まえられた。クウハの手によって直々に。
鬱蒼たる森から逃げるのはそう簡単ではない。ましてや一般人が
男は捕まった。「悪霊退治のつもりだった」なんてへらりと笑いながら。仮にその悪霊退治が成功していたら、どれだけの人間が傷付いたかの
「なぁ、お前」
「なんだよ」
「反省してんのか?」
「え? ああ、まあ」
嘘だ。
直感的な予感が走る。
男は反省をしているように思われた、が、きっとその場しのぎの嘘に違いない。クウハという悪意に対して悪意でぶつかろうとする方が間違っていることに、男は気が付いていない。
「幽霊屋敷だと思ってたんだったか」
「ああ。持ち主が居るんだったらどうしてあんな噂なんか……」
そんな些細なこと、どうだっていい。
クウハがこの男に求めたのは誠実な謝罪、その一点のみ。それすらもこの男が出来ないのならば、クウハは男に対して適切な『処置』を取らなくてはならない。
「何かいうことは?」
「……悪かったよ」
「そうか」
ふわり、と。埃被った甲冑から剣が浮く。
それは彗星の如く空気を切り。そして。
「ぐぁぁぁぁ!!????」
男の腱を絶った。
「手荒な歓迎しか出来ないが、幽霊屋敷の主として歓迎させて貰うぜ」
「な、な、なにするつもりだ!! 俺は、お前に謝っただろう!??」
「謝って人殺し未遂が許されるなら警察も法律も要らねえんだぜ、知ってたか?」
鎖に繋いだ男をずるずると引きずり地下室へと連れていく。
そこは、屋敷を訪れた誰も知らない秘密の部屋。クウハの悪戯部屋に等しい。
但しその悪戯は残忍で、残酷で、惨くて、残虐だ。
「屋敷は無事でも木の幾つかは被害を被ってるんだよな」
「え?」
どっこらせ、と担ぎながら。拷問椅子に男を座らせたクウハは身体をほぐしながら話続ける。
「そんなこと知らねえか、ま、そうだよな」
反応を見てせせら笑う。これだから身勝手は困るのだ。
「じゃ、俺様も好きにさせて貰うぜ?」
指を鳴らせばガチャガチャと鳴り響くポルターガイスト。小手先の冗談のようなつもりではあるけれど、しかし幽霊屋敷を信じる男にとっては酷く効く薬だ。
パチン、と軽く響く。空気の振動。そして、再度踊る鈍色の剣たち。
くるくると楽しげに踊り、舞い、そして薄皮だけを裂くように切っていく。
「ぁあああ……っ」
「なんだ、情けねェな?」
めぇ、と呑気に鳴いたのはヤギだ。不釣り合いな和やかさに男はいくつかの疑問符と共に引きつった笑みを浮かべる。
「なんだったかな、なんかで読んだんだよ」
錆び付いたバケツをキイキイ鳴らしながら水を注ぎ、そして白い粉をざばざば入れて適当にかき混ぜて。
それから、男の頭にその水を頭から流す。
「……っ!!?」
「大丈夫だ、塩水だよ。しょっぺえぜ?」
だが男が問題としているのはそこではない。確かに薄皮を切られた皮膚に染みる。目にも染みる。だけれど、彼は何故靴を脱がせて素足に塩水をかけているのだろう?
「ヤギってさぁ、塩分が好きらしいんだわ」
動けないように足に枷をつけられ、固定され。
そして足の裏をヤギに差し出す形になる。
ぺろり、とその足の裏を舐め続けるヤギは。
「……???」
やがて、皮膚を抉る。
「ヤギの舌ってザラザラらしくてよぉ、塩分を求めて舐め続けるうちに足の裏の皮がめくれちまうらしいんだよなぁ」
「ひっ……!?」
「まぁまぁ、実際にそうなるかはわかんねェだろ?」
だからといって自分の身体で試されるなんて冗談じゃない!
がしゃんがしゃんと必死に抵抗するがそもそも固定されている状態では動くことすら叶わす、仮に逃げ出せたとて腱の切れた状態ではヤギよりも歩くのが遅いだろう。というか、歩けるかもわからない。
このままの状態を受け入れたいわけではないのに、からかうようなクウハの言葉と抗いようのない現実がいっそう男を焦らせるのだ。
「ほら、頑張れよ。頑張れば逃げられるかも知れないだろ?」
けたけたと笑う。神経を逆撫でされる。ああ、なんて腹立たしい。
がちゃがちゃと鎖を鳴らす己がみっともなくて、惨めに思えて。ぎり、と歯を食い縛る。
こいつを殺してやりたい。いいや、殺してやる!
幽霊屋敷だろうがそうでなかろうが絶対に殺してやる。終わりのない殺意。
そうこうしている内にもヤギは足を舐め進める。ぺろ、ぺろ、と足を伝う舌は止まることを知らず、やがてその舌は紙ヤスリのように皮膚を裂いていく。
「……っ!!」
「なぁんだ、本当なのかよ。つまんねェな」
皮膚をゆっくりと剥き。
肉をゆっくりと削ぎ。
やがて血潮が流れ落ちても、ヤギが足を舐めるのをやめることはない。
「なあっ、なあ!!」
「あ?」
「いてえよ、もうやめてくれよ!!!」
「なんでだ?」
「な、なんでって、もう俺は十分謝ったし失ったじゃねえか!!」
吠える男の頭から満遍なく塩水をかけるクウハ。
染みる。痛い。激痛だ。呻き、涙を流す男をくっくっくっと喉を鳴らしながら見つめるクウハは悪魔のそれだ。
「いいか、よォく聞け?」
顔を蹴る。直接的な暴力だ。
あまりの勢いに男の口のなかは切れる。が、それでも執拗に蹴り続ける。蹴って、蹴って、蹴って。踏みにじって。殴って。ああ、楽しい!
「許すってェのはな、お前が決めることじゃねェんだよ」
ごめんなさい?
許してください?
冗談じゃない!
舐められたなら舐められた分。
売られた喧嘩は買わなくては!
「前にもな。お前みたいに『ちょっかい』かけに来たやつらがいたのサ」
今度は腕の一部の拘束を解く。なれた手付きで指を反対方向にねじ曲げていく。
「ぐぁぁぁっ!!?」
「立派な内出血だこった。んで……どこまで話したっけ?」
爪をはぎ。そして、その腕に油を垂らす。
「ああそうだ、お前みたいなやつが来たって話だったな。だから俺サマ、そいつがしたことと同じ様にしてやったんだ」
目には目を。
歯には歯を。
毒には毒を。
悪意には、悪意を。
そして今回は。
「お前は火を使おうとしてたよな?」
しゅぼ、と擦ればマッチが燃える。
ぱちぱちと音を立てるそれは凶器と呼ぶにはあまりにも小さくて、それから。
それ、から。
「ああっと!」
「ひぃっ!?」
「手がすべっちまったよ」
ぼぅっ。
水に塗れているところは燃えないのに。
油に触れた腕だけがぱちぱちと音を立てて燃えていく。
「ああああああ!!!!!」
「へえ、人って生きてるときはこんな感じで燃えるんだな~」
そのまま、ぱちぱちとこれまた音を鳴らす暖炉から熱した鉄棒を取り出して、脇腹に押し付ける。
「っつぅ……!!!!!!!」
「皮膚ってくせえな」
じゅう、と焼ける。皮膚がただれ、焼け落ち、崩れ、肉が露になる。
じゅうううと響く音はまるで他人事のように思われた。けれど痛みはそれを許さない。経験したことのない痛みが身体を襲う。どうして、と喚く前に二度目の熱がやってくるのだから、意識を繋いでいられるのでさえ奇跡に等しい。
あくまでもこれは遊びにすぎないのだろうと思わせるクウハの楽しげな笑み。
「あーあーきったねえ身体。待ってろ、今楽にしてやるからさ」
ぱすんっ
まるで竹でも切ったかのような軽快な音。
いいや、切られたのは男の腕だ。唯一無傷だった。遊ばれることのなかった腕はもう切断されてしまったのだ。
「あ、ああああああ、ああああっ?!!!!」
「おいおいおい、叫ぶと血が溢れるんじゃねえの?」
ぶしゃあ、と汚く血が漏れていく。汚れる床。どうしたってもう、生きていられる気がしない。
「くそ、くそ、外道が、よ……!!」
「じゃあ俺もそっくりそのままお言葉を変えさせてもらおう、外道が!」
あっはっは、と気持ちの良さそうな笑い声が室内にこだまする。
が、笑っているのはクウハだけ。男はぜえぜえと肩で息をして、かひゅ、と情けない呼吸を漏らしては、死が近いことを悟ろうとしている。
「おいおい、お楽しみはこれからだろ?」
「は……?」
こんなことの為に覚えたわけではないんだがなぁ、なんて嫌味たっぷりに笑ったクウハ。赤紫の魔力が空気を踊り、男の切れた腕を生やし、抉られた肉を戻し、みるみる傷を癒やしていく。
「よし、治ったな?」
「え……?」
「よく耐えたなぁ、よく頑張った」
嫌な予感がする。けれど差し出されたその手は男以外に向けられては居ない。拘束されていたはずの四肢も解放されて、ああ、これが自由なのか?
「……あ、ありがとう」
「うん?」
「俺、だって、もう解放されるんだろ?」
「いや、まだだけど?」
「え?」
「いくら
「は……? じゃ、じゃあ俺は解放されないのか?」
「当たり前だろ」
突風のように。クウハを中心に吹き荒れた魔力らしい赤色の渦。その風に触れるだけで刃物に切りつけられたようにぷしゅ、と肌に切れ込みが入っていく。
「くそっ、くそっ!!」
「なんだよ、その反抗的な目」
「うるせえ!! この人殺し!!」
「はァ? お前の前じゃまだ誰も殺してないだろうが」
「知るかっ、さっきの俺だって殺されかけてたんだ! なれてなきゃあんなこと出来ねえだろ!!?」
扉へとまっすぐに駆けていく男を止めることはしない。どんどん、と男が扉を殴ろうとも、体当たりをしようとも、それが壊れることはないからだ。
「や、やめろ!! こっちに来るな、バケモノがぁ!!!」
「ったく、失礼なやつだな」
「ならバケモノらしく殺してやるよ」
肉片が散らばった部屋。
拷問椅子に腰掛ける。もっとも持ち主が座ったところでなんの意味もないのだけれど。
「人骨はたしか高値で売れたっけなあ、クク、しばらくは遊んで暮らせそうだなぁ」
キレイに肉を削いであとは犬の餌にしてやろう。犬はちょっとくらい肉食な方がいいのだ。
「どうせ人間なんてもんはその辺にウヨウヨいやがるんだ。その内の馬鹿が多少くたばった所で、一体何の問題があるっつーんだ?」
まったく、理解しがたい。
喧嘩を売ってきたほうが悪いのだから、後悔して謝るくらいならばしなければいいのに。
「……さて、片付けないとな。ちいとばかし遊びすぎたか」
今のクウハと来たら。真っ赤な雨にでも打たれたのかと言わんばかりに血濡れで、『遊びきった』のがまるわかりだ。隠すつもりはあまりないのだが、それで誰かを怯えさせるのは本意ではないし、ここに遊びに来る友人たちがまた口うるさく注意してくる未来だって見えるようなきがする。
「…………あー、シャワーにするか」
まったく、幽霊が人間に絆されるなんて冗談じゃない!
だからそう。こうやって誰かを笑顔で殺せているうちは。くそったれな悪霊のままでいられる。
「ま。俺様、悪霊だからなぁ」
くぁ、と大きくあくびを一つ。退屈しのぎにはなったし、きっとこれでまた誰かが幽霊屋敷の噂を確かめに来ることだろう。その度にクウハは、人間で遊び続けるのだから。