PandoraPartyProject

SS詳細

Euphoric

登場人物一覧

日車・迅(p3p007500)
疾風迅狼
伊佐波 コウ(p3p007521)
不完不死

●同好の士
 秋晴れの日差しの盛りも過ぎて、僅かに熱の和らぎを見せ始めた刻は丁度昼の下がり。
 この大きな通りを歩く二人の男女には、相も変わらず絶えぬ笑顔の光景が、或いは所々で何かしらの嘆きを見せる者もいる。
 尤もその嘆きは軽く済むもの、この味は失敗だったという可愛い失敗談。
 昼食の盛りを避けてやってきた者や、道を歩く男女と同様の旅人、或いは少し早めのやつどきを楽しむ子供達の、そんな微笑ましい賑わいを見せるその場所は様々な屋台の並ぶ通りだった。
 男――日車・迅 (p3p007500)は手近な屋台で買った、串に刺さった腸詰にかぶりつく。
 薄い腸の皮を破り、その歯に伝わる皮の微かな弾力を突き破り口にはじけ飛ぶ肉の汁。
 荒く挽かれた肉の粒が心地よく、噛み締める歯に押し返すような心地よい抵抗を与えながら秘められた旨味の詰まった飛沫を口の中に迸らせる。
 獣種(ブルーブラッド)の姿を象徴する、狼の如き耳はピィンと立ち、しなやかなその尾は左右に揺れる――八重歯とその金色の瞳は気高き狼にも似れど、無邪気に喜ぶ姿は子犬のようで。
「はぁ……美味い!」
 天下の往来にも関わらず叫ぶ迅の姿に、街往く人々が一瞬目を向けるも、それも一時のこと。
 その隣でうんうんと頷く女、伊佐波 コウ (p3p007521)はその腕に紙袋を抱えながら、袋の中から竹串に刺さったいくつかの肉の塊が印象的なそれを取り出し、肉塊の一つを豪快に噛み千切る。
「うむ。獣肉であるにも関わらず臭みもなく柔らかく、塩と胡椒のみの味付けが実によく合う」
 軍人めいた佇まいで、どこか淡々としながらも語る味の詳細と見立ては確かなものであり。
 引き締まっていながら歯に心地よい抵抗――支配者の愉悦にも近い弾力を以て食感の悦楽を与え。
 弾ける強い肉の旨味は塩と胡椒の刺激に彩られ、舌に強烈な旨味という記憶を刻み付ける。
 次は何にしようか――紙袋の中、山と押し込まれた屋台で買った食物に手を付けようと思った瞬間。
 迅の目に映ったのは、小太りの少年を中心に仲の良さそうな少年と少女達が、自分達と同じように(と言っても抱える量は断然迅とコウの方が大量なのだが)屋台で買った食べ物を手に談笑し、味わう光景。
「……良いものですね」
「うむ」
 その小太りの少年が食べ過ぎを窘められながらも、彼の実に何かをそそるような食べっぷりに釣られて、周りの子供達が手に持つ串焼きやら焼き菓子やらを口に運んでいく。
 たった今、食べ過ぎを窘めた少女も、焼き菓子の食べかすを頬につけ、他の少年や少女と仲良く買った物を分け合い、その味について明るく語り合う光景。

 その光景を見送りつつ、横並びになって歩く彼らに思い返されるのは故国での日々。
 周囲の勢力と日々争いを続け、認知もされぬ小国の暮らしが如何なるものか――何でもない筈の食べ物であっても。
 文字通り食い繋ぐ為だけの食事。
 生きる為に時に危険な獣に挑み、碌な処理もされぬ血と獣臭に満ちた肉を喰らう日々も。
 釣った魚の、可食部位の少なさに嘆くような日々も。
 硬い木の根を――食物繊維で文字通り腹を塞ぐだけの、日々すらも忘れさせてくれるような、食の快感。
 生きていくには過剰な量も、味付けという罪な祝福に満ちた調理という叡智を味わうことも――あの日々では考えられなかった。
 しかし今は違う。
 こうして信頼できる戦友と共に平和な賑わいを見せる街を歩き、思うがままに狩りの苦労もなく、ただ欲の赴くままに喰らえる。
 何と幸福なことなのだろうか。

「さあさあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 香気芬芬、風味絶佳! こいつを食べずに人生は終えられない、世界一な特製アップルパイはいかがですか~!?」
 ふと湧いた感慨を呼び覚ますのは、明朗快活な店主の声。
 見れば美味しそうに甘く香る焼き菓子と、飾りとして並ぶ原料の紅いリンゴの並ぶ姿――アップルパイを売っている屋台か。引き寄せられるようにコウはその屋台まで赴く。
「店主殿。自分にも一つ頂きたい」
「あいよっ、500万ね!」
 豪快に笑う気の良さそうな店主から示された値段は特にどうということはないお決まりのジョーク。
 なのであるが、何故だかコウは目を軽く見開き、店主より告げられた値段とアップルパイを交互に見やると。
「なんと!? そんなにも……しかしそれだけの価値はあるかもしれん」
 香気芬芬、風味絶佳、食べずには絶対に死ねないという宣伝文句――これもまた客寄せの為の大口に過ぎないのではあるが、生真面目なコウはそれをそのままに受け取ってしまっていた。
 事実、彼女自身にとってもこの香しく酸味と甘さを高い領域で調和させた煮リンゴと、パイに香るバターの熱された匂いにそれを事実として受け取っているようでもあり。
「あ、いや、冗談冗談! 500ね、500」
「しかし……」
 流石の店主も苦笑いを浮かべ、両手を振りながらを否定しつつ、元来設けられた値段を示す。
 相も変わらず微妙な表情を浮かべていると、迅が助け舟を出すように出る。
「大丈夫ですよ伊佐波殿。こういう場合は確かこう言えばいいと聞いています……二つください。1000万で」
「まいどありっ!」
 これもまた、客商売の妙というものか――ちゃっかりと自分の分のパイまでもしっかりと、1000の貨幣で購入しながら、一応の流れに理解を示したような納得のいっていないようなコウに迅は一切れ渡し。
 折角だと、この甘い匂い放つパイにコウは一口入れると、暫くの咀嚼の後に目を見開き。
「……うむ。確かに美味い。誇大広告という訳ではなさそうだ」
「どれ……おお! これは確かに!!」
 彼女の僅かな驚きに続くように迅も茶褐色の生地に軽く歯を通せば、焼かれた生地に生まれた幾層もの空洞が、歯脆く崩れる心地よい揺さぶりを奏で。
 生地に練り込まれたバターの蕩けた甘い匂いの後は、口の中に滑り込む黄金色――程よく控えめの砂糖と共に煮られたリンゴの舌触りが飛び込む。
 更に歯の侵食を続ければ、弾けるリンゴの果汁が香しい甘味として口を一杯に幸福感で満たし、程よい酸味が適切に甘さの鈍麻を防ぎ――後には仕込まれたシナモンの刺激と香気が涼やかな余韻を残す。
「伊佐波殿」
「どうした日車殿?」
 暫く惚けたように、僅かに感涙を目の端に浮かべた後に迅は改めてコウに向き合う。
 浮かぶのは様々な感謝、こうして二人、友として歩き同じ食の感動を共有できる今日の一時への感謝――口に出そうとすれば、上手くは出てこない。
 それでも、特に嫌悪を示すでもなく純粋に向き合ってくれる彼女に、迅はとある屋台を指し示す――きっと、これが正しいかもしれない。
「甘いものの後は、また塩気のあるものが欲しくはなりませんか?」
「一理ある」
 指し示した屋台は、ベーコンを分厚く切り分け、炭火でステーキのように焼いている店であった。
 燻されたモノの特有の匂いと、炭火に焦げる薄紅色の肉の甘いような塩気を伺わせるような匂いに二人は目を合わせると、いつの間にやら胃の腑にアップルパイを納めてその屋台の前まで迫り。
「一枚400だよッ!」
 ――その後、男の方が支払った4000相当の貨幣を上機嫌で店主は数えつつ上機嫌で歩き出す二人を見送った。
 
 さぁ、次は何処へ何を食べに行こうか――迅とコウの覇道(という名の屋台食べ歩き)は、まだ終わらない。

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