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プライド・オブ・ブランク

登場人物一覧

レーヴェ・ブランク(p3p010731)


 強すぎる日差し。熱すぎる熱砂。
 それでも、ここの民はどの国よりも自由で、人々はたくましく日々を生きている。
「走れ、走れ、このポンコツ!」
――ラサ傭兵商会連合。
 乾いた砂を巻き上げながら、馬車が涸れ谷を渡ろうとしている。バギーエンジンを取り付けた奇妙な乗り物は、太陽の熱でやられたのかと思うほどに黒コゲで、フレームがあちこちがひん曲がっていた。
 叩いた場所が偶然に作用したのか、それとも祈りが届いたのか……あるいは、牽引するパカダクラの頑張りの成果か、……幸いなことに走り出す。谷を抜けてくれた。
「よっしゃ!」
「ああ、良かったぁ……にしても、商会のモンをこんなにしちゃって。ボス、怒るだろうなあ」
「ばっか。怒らないよ、あの人は」
 馬車に乗った二人の男は、ブランク貿易の商人たちだ。
 一人はまだ入って日が浅い商会員。もう一人はベテランといえるだろうか。
 鉄帝の動乱の中から命からがらなんとか抜けだし、今、レーヴェの元へと急いでいる。

 ブランク貿易は、ラサに拠点を置く貿易会社である。ラサ国内をはじめ、深緑や鉄帝などとも取引を手広くやっている。さらに、最近は覇竜にも勢力を伸ばし始めた。
「それにしても、ゲホッ、あのグラサン、なんつーもの押しつけてくれてんだ……? 曰く付きつっても、スイッチ押したら爆発するとは聞いてないぞ! おかげで助かったとはいえ、なんだあれ?」
「なんかの試作品とかなんとか。いや、まあ、ボスの古い知り合いらしいですから……。あれ? でも、あの人、いくつなんでしょうね」
「さあなあ……。おっと、後ろ、来るぞ!」
「はーい」
 ベテランに言われるまでもなく、新人は武器を構えていた。獲物を狙っているワニめいたモンスターを威嚇射撃で追い払う。
 この程度は日常茶飯事である。
 商人とはいえ、戦えなければやっていられない。
 ブランク貿易は、ただの貿易会社ではない。武装商社といえるものである。
 そこで働くのは、盗みや暴力しか生き方を知らないような荒くれ者、あるいは、戦いしか知らない傭兵たち。
 生まれたときから戦場にいた人間、口を利くことも許されなかった奴隷……。
 どこにも行き場のなかった彼らは、レーヴェの率いるブランク商会に己の場所を見いだした。

 かつてスラムの小さなコミュニティから生まれたささやかな共同体は、いつしか立派な商会となった。
 日々を生き延びるために精一杯で、どうしたらいいかわからなかったアウトローたちは、少しずつレーヴェを手本に動き始めた。レーヴェの示す力強い道を追いかけるようにふるまってきた。誰に強制されるわけでもなく。ラサの自由な心を持ったまま、それでもレーヴェの元で働きたいと心から思っていた。
「あの。もう、これつけていいですか?」
 新人が、後部座席からいそいそと大切そうにしまっていたエンブレムを取り出す。
「ああ、そうだったな。ワニどもに教えてやれ、俺たちが何者かってな」
「やった!」
 素性を隠して乗り込んでいたから、エンブレムは取り外していた。鉄帝の新皇帝派から攻撃を受ける際も、これだけはと思って大切に守ってきた。
 車体に比べて、それには傷一つない。
 ブランク商会に所属し、レーヴェの元で働いているということは何よりも誇りだったのだ。


(ヴェルスの治世は良いものだった。バイル一党も有力か。だが、ザーバ派に恩を売るのも選択肢としてアリ、だな。新皇帝派と堂々とやり合うってんなら、軍需物資を必要とするだろう。兵糧、弾薬、木材。……覇竜との取引を増やすべきか……)
 執務室には、しつらえのよい調度品がそろえてあった。美しい風景画のかかった壁の前。品の良い革張りの椅子に身を預け、ブランク商会の会長、レーヴェ・ブランクはこれからどう動くべきか考えていた。
 数紙の新聞を広げ、情報を並べながら、レーヴェは思案していた。動乱のさなか、鉄帝はいくつかの勢力に分かれている。各紙の見出しは、発行しているものの立場によって大きく違う。どこも自分の勢力を大きく見せたいものである。どれも鵜呑みにはできないが、参考にはなる。
(美術品はいったん安く流れるが、財産としての価値はある。押さえておくべきか……)
 鉄帝の動乱は、隣国・ラサに本拠地を置くブランク商会としても無関係ではいられない。レーヴェとしては、鉄帝の情勢が不安定であるのは頭の痛いところではあるが、だとしても商売の機を逃すつもりはない。
 しぶとく岩の間に身を潜めるサソリのように、ブランク商会は機会を窺っていた。
(とはいえ、ラド・バウもアリだ。……商会員らにとっちゃあ、一番身の安全を図れる場所になるだろうからな)
 控えめなノックがあった。聞けば、いなくなっていた2名が戻ってきたという。
「ああ、聞いている。入って良い」

 この商売は、決して安全なものではない。ブランク貿易は、とくに荒事を得意とする商会である。連絡がつかなくなることも珍しくはない。だが、レーヴェは彼らを単なる駒とは思ってはいない。大切な部下たちだ。
「国内で『アラクラン』の連中に追われました。すみません、それで荷を失いました」
「問題ない。よく戻ってきた」
 当たり前のように言ってのけるレーヴェに、新人の方は感激していた。
 新皇帝派閥アラクラン。新皇帝の勅命から『敗者狩』を行っているという連中だ。……無辜なる民もその対象である。
「戻るのが遅かったんじゃないか」
「はい。ちょっと……あ、こら」
「内情を探ってました」
 ベテランの制止を待たずに、新人が話し出す。
「そこまで頼んだ覚えはないが?」
「……」
「す、少しでも……役に立ちたくて」
 レーヴェは眉を上げた。
「あの、俺、俺。ボスにひろってもらう前までは、ほんとに、逃げ足しか能のないこそ泥だったわけですけど。こう見えてもスラムにいたころは……あちこち嗅ぎ回って、そういうの得意だったんです。入り込んで。人の話を聞くのが。だから」
「コイツ、連れて帰るのに苦労しましたよ……」
「撤退が正しかったな。アラクランの連中には魔種も多くいると聞くが。対処できたか?」
「……」
「まったく、どいつもこいつも頼んでもない無茶をするな。ケガを手当てしてもらってこい。詳しい話はそのあとで聞く」
「す、すみません。あの」
 だが、新人は下がらなかった。
「まだ何か言いたいことがあるのか?」
 新人の視線は、机の上に広げられた新聞へと注がれていた。大暴れする魔物の写真をみて、息を呑んだ。
「あの……バルナバスにはつきませんよね?」
「ああ?」
「おい、馬鹿。そんなわけ……」
「新しい皇帝が勅令を出しましたよね。なんでもやっていいって。奪っていいって。でも、それは違うと思うんです。でもそう思えたのは、俺たちがまっとうに生きられてるのは、会長のおかげです。だから、皇帝の命令で、好き勝手に暴れてる連中が許せなくって、だって……もっと他にやりようがあるはずだから」
「……」
「なのに……。ええと、上手くは言えないんですけれど、前の俺だったら、ぜんぜんそんなことは思わなかったと思うんです。だって俺たちは暴力しか知らなかった。奪い取ることしか知らなかった。弱かったから、弱い人からとってもいいって思ってたんです。でも、この仕事を始めてから変わった気がするんです」
「俺はチャンスをやっただけだ。変わったっていうなら自分の力だろ」
「……」
「金は大切だ。あくまで商売。利益を追求するのが俺たちのやり方だ。だが、筋は通す。そうでないと人は着いてこない。……連中には筋がない。だから、俺が着くことはない」
 革命派だろうとポラリス・ユニオンだろうと取引相手なら問題ない。
 だが、新皇帝は違う。
 獣の直感が、あれは敵だと告げている。
「あ、ありがとうございます! 出過ぎたことを言ってすみませんでした……!」
 ブランク貿易はもちろん慈善事業ではない。レーヴェとて聖人君子ではない。
 需要があれば、武器を運ぶこともある。火薬を運ぶこともある。襲われれば戦うこともあるし、そうでなくとも身を守る。
 けれども、筋の曲がったことはなにもしていない。弱きものを踏みにじったことはなかった。奴隷を取り扱うことも、麻薬の取引も、たとえ、どれほどに利益をもたらすものであってもレーヴェは許さない。
 井戸が涸れた地域に水を運んで、泣きながら礼を言われたこともある。それは、道を外れて生きていた者たちからすれば今までになかったことだった。
 だから、部下はレーヴェを慕っている。
「ブランク商会の商人なら、まず生きて帰ってこい」

  • プライド・オブ・ブランク完了
  • GM名布川
  • 種別SS
  • 納品日2022年10月23日
  • ・レーヴェ・ブランク(p3p010731
    ※ おまけSS付き

おまけSS

 例えばよぉ、女がいるとするだろ?
 娘を抱えて急にやってきて、「この子のために薬が必要なので、それを売ってください」って言うとするだろ?
 でも、ぜんぜんカネを持ってるようには見えないとするだろ?
 そういうとき、並の守銭奴なら「あるだけ搾り取る」ってところだが、俺たちは会長はフェアに売るワケだ。あ、タダじゃない。あとでちょっとずつみたいな支払いって契約で。できる限りでいいってさ。
 ま、利子を考えたらタダ同然って事もあるかな。
 慈善事業じゃあないわけだ。その子とその子の親でお得意さんが2人、で、その子が結婚して子どもを産んだらもっと客がふえるだろ、って感じで……。
 なんていうか、一手も二手も先を見てるんだよな。
 割りに合うとか合わないとか、そういう短絡的な視点でものを見てねぇんだよな。一段高いところにあるっていうか……。
 ああ、そう。熱出したのが、俺の姉ちゃんなんだよ。
 だから俺は生まれたときからブランク商会が好きなんだよ。耳にたこができるくらい聞かされたからさ。

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