PandoraPartyProject

SS詳細

嗚呼、糞ったれ!

登場人物一覧

クウハ(p3p010695)
あいいろのおもい


 きっと生半可な心じゃ生きていくことは出来ないのだ。
 だからそう。僅かに緩んだ心の均衡。針の大きさほどの穴に通る隙間風。それすらも影は許さない。
 転寝するクウハを蝕む夢。記憶の投影。いつかの過去の物語――



 傷付けられた分傷付け返せばいい。なんて思考は昔にはなくて。
 それこそ、男なんだから女や子供は守らなくちゃ、なんていう今になっては煩わしいほどのお情けも存在していた。
 小さい子どもたちの柔らかな手のひらの温み。愛らしい女性たちの持つ優しさ。それを守るためにあるのが男で。死ねていないのなら。今もこうして実体を持っているのなら。それを守るのが勤めだと思って。
「なぁ、泣くなよ。大丈夫、俺がついてる。な?」
「ほぉら、こうやって……はは、花の雨みたいだろ?」
「うん、いいこだな。きっとお前にもいいことがある。そんな気がする」
 泣いた子供がいれば飛んでいきあやして。
 助けを求めるひとがいればすぐに駆けつけて解決しようとその身を粉にして。
 それでよかった。『ありがとう』だとか、『助かるよ』だとか。大したお礼がほしいわけでもない。ただ力になれていれば、それだけで嬉しかったから。

 沢山の荷物。それから新聞。
「クウハさん、ありがとう!」
「いいや、良かったぜ。お前はいつも頑張ってて偉いなぁ」
「ううん。もう少ししたらお母さんに薬が買えるから」
 少年だった。いいや、青年だったかもしれない。発育が良くないからそんな印象を受けたのだろう。今はどちらであろうと関係ない。
 敏い子だった、というのがクウハの印象であろうか。
 母親が床に伏せているらしく、彼はいつも早朝に新聞を配って、夜遅くまでアルバイトをして。そんな生活を繰り返していた。
 毎日彼を見かけるうちにクウハが声をかけ仲良くなった。それだけのことなのである。
「僕怒られないかなあ、クウハさんにこんなに手伝ってもらっちゃって」
「なぁに、確かに人の手は借りちゃいけないかもしれねえが俺は幽霊だぜ? 取りしまりようがねえだろ」
「あはは、そうだね。そうかも」
「だろ? だから心配するこたぁねえよ。安心しな」
「うん。ありがとう」
 賃金は安いくせに仕事の量は多くて時間もかかる。年齢が低いゆえに半ば押し付けられるようなかたちで与えられたそれ。だけれども拒むことはできずに彼は今日も引き受けている。
 そんなのがあんまりにもむず痒いから、と。クウハは手伝っていた。それが正しいことだと信じていたから。
 そしてそれは今日も。ひとりで終わらせるべきではないのだと文句を垂れるクウハ。それを苦笑で受け入れつつ、クウハにありがとうを伝えてくれる青年。
 それでいいのだと思っていた。変わらない日々と関係が続くのだろうと思っていた。
(近頃は治安が悪いなぁ)
 道端に捨てられていた新聞を読み休憩をする。お腹はまだ空いていないので青年がおにぎりを頬張る姿を眺めながら。
 一面を飾るのは連続殺人事件、そしてその犯人を噂する新聞記者たちの誇張と嘘にまみれたであろうスクープを求めるハイエナのような文章だ。
「そういえばお前って昼間は何してるんだ?」
「え、昼? ……お母さんの看病、かなぁ」
「へぇ、立派だな。昼間は見ねえから何してるのかと思ってさ。気を悪くしたなら悪いな」
「ううん。知ろうとしてくれてるんだなって思って嬉しかったよ」
「いーや。最近昼頃に殺人事件が多いらしくてな。お前は知ってたか?」
「え? ……いいや、知らないけど。この辺なのかな、治安悪いんだねぇ」
「えーと、どれどれ……らしいな。この辺っぽい。昼になるまでに終わらせようぜ」
「うん。そうだね」
 生憎の曇天。新聞を運ぶのにはやや不安が残る天気だった。
 殺人鬼の噂。幽霊であろうとも別にいい気持ちでそれを受け入れられるわけではない。
 ましてや幽霊として生き残っているのだから、生前が仮にあったのならば自分を殺したかもしれない相手に会いかねないということなのだ。嫌だ。……普通に衰弱という考えもあるのだけれど、それはそれ。
「おい、ぼーっとしてんな。大丈夫か?」
「あ、ううん。平気だよ。ただ、」
「ただ?」
「このアルバイトもそろそろ潮時かなぁって」
「え……? ど、どうしたんだよ。親御さん容態悪いのか?」
「うん。だからそろそろ……」
「お、おい。そりゃ無いぜ、俺も手伝う……いや、手伝えることがあるかはしんねーけど。出来ることは何でも手伝うから」
「な、なんでもって。……嬉しいなぁ」
「ああ、俺はお前の友達だからな。安心してくれたっていいんだぜ?」
「ふふ、そうだね。とりあえず、これ終わらせちゃおっか」
「おう!」
 考えるはずもなかった。隣りにいる人間がまさか殺意を持っているだなんて。
 友達だと思っている人間が犯罪者だなんて。
 幽霊に有効的な人間は多いわけではないから舞い上がっていたのかもしれない。いいや、どうだってかまわない。大事なのは事実だ。
「おつかれさま、クウハさん」
「おう、おつかれ。この後は?」
「僕はお給料を受け取って帰るつもりなんだ」
「お、そうか。じゃあそれを見届けたら俺は寝るかな」
「うん。じゃあ一緒に行こうか」
 笑った青年。頷きその後ろについていく。
 が。彼が進むのは全く関係のない道。問題はなさそうに。何も間違ってなんか居ないのだというようにすいすいと、ためらいなく進んでいく。
「なぁ、こっちじゃないだろ?」
「ううん、合ってるよ」
「移転だかなんだかしたんだったか?」
「ま、そんなところだね」
「……そうかよ」
 雲行きが、怪しい。
 いつもは歯切れのいいはずの青年の言葉が不自然に歯切れが悪い。いいところは見せてくれるが内側までは見通せない。だから不安だ。だけど友達を疑うことなんて失礼だし、できそうにない。
 そうして辿り着いたのは、豪邸だった。
「なぁ」
「ん?」
「此処どこだ?」
「今日の仕事先、かな」
「おいおいおい……」
「じゃあなんでピッキングしてんだよ。おかしいだろ」
「だって、開いてないんだもん」
「おいおいおい……!」
 それが人間の常識なのだろうと思いこむことにした。もう何も言わない。つっこまない。
「おじゃましまーす」
 ただ。その判断がおかしかったことを公開するのは数分後のことだ。
 迷いなく敷地に入り。扉を開けて。そのまますたすたと進んでいく。
「大丈夫なのか……?」
「うん。平気だよ」
「そうかよ……」
 こんなところ身分不相応じゃないか。そう言いたげで。
「あ、そうだ。クウハさん、これ持ってて?」
「え?」
 はい、と差し出されたのはナイフで。
「…………なにすんだよ」
「あとで必要なんだ。大丈夫、悪いことには使わないよ」
「なぁ……」
「お願い。友達でしょ?」
「……一回だけだぞ」
 ポルターガイストで触れる。
 やけに嬉しそうに笑う青年の笑顔は、忘れられそうにない。
「それじゃ、行こうか」
 大きな扉を開いた青年。その扉の先には、大きなベッドとリネンで覆われたなにかがあった。
 遠くでサイレンの音が聞こえる。
「……え?」
「実はあの中に犬が籠もってるらしくてさ。ここの赤ちゃんが犬に離してもらえないらしくて」
「……それで?」
「殺していいから取り返して、って」
「お前、こんなのもうやるなよ……」
「はは、そうだね」
 おーい、なんて青年が声をかければ小さな唸り声が聞こえる。赤ちゃんらしきものの鳴き声は聞こえないが、しかし。
「……ああ、やだな、怖いなあ」
「おいおい、どうすんだよ……」
「先にやってみてくれない? 赤ちゃんにあたっちゃいけないし……あそこなんてどう?」
 青年が指差した先。ふっくら膨らんだ先。耳だろうか?
「わかったよ……」
 ポルターガイストを振り下ろす。

 ぶしゅっ

「あああああああ?!!!!!!!」
「うわああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」

 それは、同時だった。
 中のものが叫ぶのと。
 青年が叫ぶのと。
 にっこりと笑った青年は、告げた。
「ごめんね、クウハさん」

「ぜぇんぶ、嘘」

「連続殺人鬼は僕なんだけど、足がつきそうなんだ。だから頼らせて。友達でしょ?」

 大勢の足音が近付いてくる。
 これは、何だ?
 頭がボーッとして、それから。

「動くな!!」
「た、助けて!!」
 警察官が立ち入ると同時。青年は弾かれたように警察官の方へと走っていく。
「あ、あの幽霊が!! 殺したんです……ぼ、ぼく、脅されてて、これを持ってって言われて、それで」
「は?」
「動くな。……幽霊を裁くなんて出来るのかはわからんが。貴様には、容疑がかかっている」
「な、なぁ、お前、こんなことして許されると思ってんのか?」
「ひっ……っ、こ、こわい、来るな、人殺し!!」

 警察官が青年をかばうように覆い立つ。
 確かに。中の生き物に刃を下ろしたのはクウハであるが、しかし彼はクウハに罪をかぶせた。
「人殺し?」
「……そうだ」
「そうか。そうかよ」
 そこからの記憶はおぼろげにしか残っていない。
 ……だから殺した。子供だったが、そんなこと関係ない。警察官の中には女も居たが、関係ない。
 お望み通り殺人鬼になってやった。それだけだ。
 友情とはこうもくだらないものなのか。女だから、とか。子供だから、とか。そういった情けをかけるからいけないのか。
 ならもう俺は優しくなんかしないし、頼られるつもりもない。ああ、糞ったれ。
「…………つまんねぇの」
 友達だった誰かの肉片を踏み潰す。
「俺たち友達だからな。……こんなのだって、許されるだろ?」
 心に影が落ちる。黒く淀んだ感情が滲む。
 ああ、そうだ。だから人間なんてろくなものではないのだと、本能が囁いていた。


  • 嗚呼、糞ったれ!完了
  • NM名
  • 種別SS
  • 納品日2022年10月30日
  • ・クウハ(p3p010695

PAGETOPPAGEBOTTOM