PandoraPartyProject

SS詳細

おもひでⅠⅠ

登場人物一覧

澄原 晴陽(p3n000216)
國定 天川(p3p010201)
決意の復讐者

 テーブルの上に並べてあるの犬用のアクセサリーだ。可愛らしいスカーフも中心ではあるが兎の耳のフードや、豚風の可愛らしい着ぐるみなども用意されている。
 さて、何が似合うか。腹を押せばぷひゅうと音を鳴らしたトマト人形を何度も握り付けながら考え込む。
 澄原 晴陽はトマ人と書かれた人形を掴みながらアクセサリー類と睨み合っていた。
 サイズ感は確認済み。どれもが着用可能である。一番似合うものを準備して、後で渡しに行かねばならない。
 似合うかどうかを脳内でマッチングしながら時折テーブルの上に置かれているアーカーシュで撮影された豚たちの写真を確認する。
 鉄帝国上空に発見されたのだという浮遊島固有の生物の写真を晴陽は気に入っていた。頭の上にふわふわとした触覚を有する豚を思わす生物たち。
「ぶたさん」と呼びながら晴陽は「この子と会うためには鉄帝国まで行かねばならないのでしょうか」と毎日の様に澄原 水夜子に相談していたらしい。
 勿論、晴陽はペットを飼育した経験は無い。幼少期から医者になる事を求められ日々努力を続けてきた晴陽は動物との関わり方には疎い。それ以上に医者として、院長として多忙な日々を送っていることもあり、自宅でのペットの飼育は難しい。病院で過ごすことが多いが、動物飼育は医療現場に持ち込むことは出来ないだろう。
 ――故に、晴陽は國定 天川に飼育して欲しいと頼んだ。彼の友人にはポメラニアンをペットとして飼育し、使い魔にしている者も居ると聞く。ひょっとすれば『ぶたさん』も同じように飼育できるのではなかろうか。
 珍しい晴陽からの打診――天川にとってはペットを欲しがった子供の我儘のようなものである――を了承し、早速飼育を始める天川はその名付けを晴陽に求めた。
 ネーミングセンスが致命的に欠落していたのか『ベーコン』と名付けようとして未練はありつつ思い留まり、『むぎちゃん』と名付けた。
 晴陽が悩んでいるのは『むぎちゃん』の衣装のことであった。可愛らしい豚さんを可愛らしく着飾る事が最近の楽しみなのだ。

 ふと、思い返す。アーカーシュが発見された際に彼は晴陽に共に宴へ参加してみてはどうかと誘いをくれた。
 イレギュラーズのように自由に行き来することは晴陽には少しばかり気が引けた。弟である澄原 龍成が旅行に行くことには世界を知るという意味合いで大賛成なのだが、晴陽は彼が自由闊達に生活する上で自分がその役職に就くことは必要不可欠だと認識している。つまりは自身に何事かがあれば院長の席は空席になり弟に跡取りが移ってしまう事を危惧したのだ。
 勿論、長子ではあるが女であった晴陽は龍成が求めるならばその席を明け渡す事はする。今は彼が重圧など感じずに己の心の赴くままに過ごして欲しいと考えていた。
 折角の誘いは嬉しいが、それ故に外に出掛けることを躊躇っていた晴陽には北方の地で空中散歩は恐ろしいことに感じてならなかったのだ。
 何時も土産をくれる天川も今回は物品ではなく写真を寄越した。aPhoneでの連絡で送付された写真をパソコンで開いてから晴陽は「豚」と呟く。
 練達の技術であるカメラで撮影された豚たちは地上の豚たちと少しばかり様子が違ったが可愛らしい。
「例のアーカーシュって所に行って来たんだが、今回は良い土産がなくてな……。
 先生が好きそうな生き物が居たんだが、流石に連れては帰れんからな……。代わりに写真を撮って来たぜ!」
 一枚目は晴陽が気に入りそうだと撮影されたもの。そして二枚目は豚たちが天川に気づいたのか餌でも求めて詰めかける様子が映されていた。その愛らしさについつい笑みが漏れる。
「これは可愛らしいですね。その……連れて帰ることは難しいかったのですか?」
「ああ、そうだな。豚たちがこっちに馴染めるかも分からない。ひょっとして見たかったのか?」
「……いえ、その……あ、仕事はどの様な事だったのでしょうか? 鉄帝国には余り詳しくないものですから」
 慌てながら首を振り――勿論、電話口ではその様な仕草は見えないだろう――晴陽は話題を転換する。決して豚を飼いたいだなんてその当時は口が裂けても言えまい。
「ああ、仕事自体は現地の人達との交流だったな。
 鉄帝とアーカーシュの交易が盛んになったり、農耕が始まれば間接的に練達の益にもなるかもしれん。俺の仕事の伝手にもなるしな」
 何処へ行っても彼ならば上手くやっていけるのだろうと感じて晴陽は羨ましくなった。その日、日記帳に書いたのは何とも情けのない言葉であった。
 希望ヶ浜という閉じた世界で生きている自分は、彼等と違い酷く臆病だった。イレギュラーズは広い世界を旅して、様々な人々と会い続ける。
 天川もそうだが、自分と交流をしてくれる者達も何時か、自分を忘れてしまうのではないか――なんて、そんなことを思ったのは自分と仲良くしたいと求める者が居たからか。

『もしもし、先生! 元気にしてるか? また覇竜領域に行く仕事があってな!
 今回は拠点の整備やら祝勝会だったんだが、結構な肉体労働でな……おっさんにゃ堪えたがいい鍛練にはなった』
「拠点、ですか?」
『ああ。交易拠点を作ったらしい。それと、土産なんだがな……残念ながらブサカワグッズはなかった。
 なんで行商人イチオシ商品の中からこいつを選んで来たんだが……あー……なんだ……アクセサリーしかなくてな……』
「アクセ、ですか」
『あ、ああ、先生の瞳の色と同じ石が付いたブレスレットだ。綺麗だとは思う。
 ……だがアクセサリーっていうと色々あるだろう? だから先生が使い辛いなら、部屋のインテリアにでも使ってくれ』
 電話口で告げた彼が、急ぎ脚で次の仕事に向かう前に受付に預けていってくれたのはアメジストを思わせる石が嵌まったブレスレットであった。
 深緑での最終決戦に挑むのだと幾人ものイレギュラーズが戦いに赴いた。彼もその戦場に向かったのだろう。
 その前に少しでも声を掛けてくれたのは幸いだ。気をつけて下さい、と月並みなことしか言えなかった事は少しの後悔だった。
「有り難うございます」とブレスレットをプレゼントして貰った礼を言いながら、本当は少しばかり驚いたのだ。
 確かに異性から貰うアクセサリーというのは特別な意味合いを持ちやすい。だが、同時に自分に似合う物を選んでくれたと事を考えればよく見てくれているようだとさえ感じて――そう感じた途端に酷く狼狽えた。
 アクセサリーをプレゼントしてくれるほどの親しい間柄になったのか、と考えたからだ。それは水無月の風吹く頃。梅雨を忘れるように夏に移行する天気を眺めて晴陽は水夜子に相談した。

 ――ブレスレットを頂戴したのですが、私もお返しをしたくて。カルテを見直していれば天川さんの誕生日が7月だったのです。

 普段ならば天川が晴陽に選ぶような可愛らしいキャラクターグッズをセレクトしがちだが、晴陽は頭を悩ませる。相手は良い年齢の男性だ。其れなりの品を贈らねば格好も付かない。
 学生時代ならいざ知らず年上の男性に個人的な贈り物をする事に晴陽は慣れていなかった。20代も後半になれば持つ品も其れなりに気を配る。天川ほどの年齢になれば更にそれはそうだろう。
「お好きなものをお渡しすればいいのでは?」
「いえ、ですが……その、天川さんは奥様がいらっしゃったではないですか。
 世界を渡ってきていようとも、それが死別していようとも、女性からの贈り物というものは奥様も息子さんも大事にされているあの方にとっては不要なものなのでは」
「……どうですかねえ」
 首を捻った従妹に晴陽は「ブレスレットを頂戴して、親しい方だと思い込んでいるのが自分だけなら恥ずかしいのですが」と呟いてからネクタイピンを購入した。
 シンプルなシルバーのそれを気に入って貰えれば良いと呟きながら机の引き出しに仕舞い込んでから当日まで晴陽は頭を悩ませたのだった。

 誕生日祝いを無事に終え、旅行から帰還した水夜子が「楽しかったですよ!」と微笑んだ。
 彼女曰く、天川と一緒に土産を選んだらしい。シレンツィオの光景を嬉しそうに語る従妹を眺めていると晴陽も「行ってみたかった」と感情が揺れ動く。
 いや、それ程楽しい場所だというならば龍成にも思いっきり旅行を楽しんで貰いたい。ホテルのランクなど気にしなくても良い。彼と、その友人――同棲しているのだったか、同居だったか晴陽の中ではもう区別が付かなくなってきた親友を始めとしたイレギュラーズ――達の宿泊費用くらい澄原で負担してやりたい程である。
 自身の事も誘ってくれたが、立場のこともあり同行を断ってしまったことが今更、ほんのちょっぴり惜しかった気がしてきたのだ。
 その様な事を考えるようになるのも何処か不思議な心地である。久方振りにやってきた天川は「よぉ、先生」と何時も通りフランクに挨拶をした。
「少し遅くなったが、みゃーことシレンツィオリゾートで買って来た土産だ。
 ガラスペンとめんだこのガマ口だそうだ。ガマ口はみゃーことお揃いだぜ? まぁ選んでくれたのはみゃーこだから、あの子にも礼を言っておいてくれると助かる」
「はい。先に来てお土産を自慢していきましたよ」
「はは、そうか。割と長い事付き合わせちまったのはちと申し訳なかった。
 海鮮食べたり買い物したりと結構楽しかったぜ。先生ともその内一緒に行ってみたいもんだ」
「そう、ですね。また、何時か」
 一緒に行きたいとハッキリと答えれば彼は連れて行ってくれるのだろう。だが、そうも出来ないのだからいっそ無理に連れて出て欲しい位である――と思いながらも、そんな強引な行いを為れても困るし、彼はするはずがないと分かりきっていたのだが。
「それで、次の仕事だが……先生は大丈夫か?」
「何が、でしょうか」
 ほら、と天川が視線で示したのは真性怪異から別たれて不安定な状況に陥っていた『蕃茄』であった。彼女の世話役を行って居る晴陽は『はるちゃん』と呼ばれた事に酷く狼狽していたからだ。
 続きは後で話そうと口にした天川の背中を眺めてから晴陽は「はああ」と深い息を吐いた。土産物へのお礼を言いたくもあったが、そうした言葉が出る前に蕃茄から滲んだ心咲『らしさ』に怖じ気づいてしまったのだ。
 天川も元はと言えば晴陽に害が及ぶのであれば対話など無くし斬り伏せる気であったという。晴陽もそうだ。蕃茄への変化が生じたのも奇跡のお陰である。その様な事が起るとは考えていなかった。心咲の顔をしたまま、彼女はもう一度切り伏せられて死ぬのだと――あの時、燈堂 暁月が振り上げたのも刀であったから。
「駄目ですね」
 戦場に着いていかないのも本当は刀を使う者を見ればあの日の暁月と心咲を思い出してしまうから。どうしても鹿路 心咲が死したその時が頭から離れないのだ。
 後方支援が自分の役割だと自身を嘯きながら過ごしている。本当は水夜子の様に共に前線へと駆け出して行きたい時があった。そうならないのは澄原 晴陽が『大人』であった事と過去の事が起因している。
「……蕃茄が肉体を取り戻して、また次に何かあったなら、私も、共に――」
 帰還したイレギュラーズ達の報告を受け、ちょこんと座っている蕃茄から滲んだ心咲の気配が酷く懐かしくなった。お土産として渡されたとま人を蕃茄に手渡せば「はるちゃんってこういうの好きだよね」と彼女には教えていない情報で語りかける。ぷひゅうと音を立てながら握られたとま人を見下ろしてから晴陽はそっと膝をついた。
 ああ、そうやって口にされれば彼女の中で心咲が生きている気がして悲しくなった。「蕃茄」と呼びかけてから晴陽は二人きりの室内で蕃茄を抱き締めた。そうせずには居られなかったからだ。
「心咲」
「……はるちゃん」
「心咲、ごめんなさい」
「はるちゃん、蕃茄だよ。心咲じゃないよ。けど、大丈夫だよ」
 呟かれた言葉に俯いて。晴陽は唇を噛んだ。その様子を遠巻きに眺めていた天川はその場を後にしたのだった。

 ―――――
 ――

「あ、もしもし、天川さんですか。はい、私です。その……むぎちゃんの新しい衣装を準備したのですが。
 はい。はい、またお伺いしますね。ハロウィンの仮装? 素晴らしいですね。むぎちゃんなら何でも似合います。はい、では、また――」

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