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Last year once More

登場人物一覧

リーゼロッテ・アーベントロート(p3n000039)
暗殺令嬢
善と悪を敷く 天鍵の 女王(p3p000665)
レジーナ・カームバンクル

●嘘吐き
 十月十三日。
 唯の平日だ。
 世界は何一つ変わらず、誰に特別な役目も求めない。
 十月十三日。
 たったの一年前、善と悪を敷く 天鍵の 女王 (p3p000665)は多幸感に満ちていた。
 気難しく、気まぐれで、悪辣で、美しい――好きな人は紅玉の瞳に自分の姿だけを映していた筈だから。
「……また来年、なんて」
 寒々しい部屋に彼女の姿はない。
 共に過ごす事はおろか、この数か月満足に言葉を交わす時間も無かった。
 突然に降ってわいたアーベントロート動乱が幻想の情勢に重大な影響を与えているのは周知の事実である。
 しかして、このレジーナにとってそれは『枝葉』に過ぎなかった。

 ――来年は、もっとうっとりさせてくれるのでしょう?

「させて差し上げますとも」
 貴女が、傍に居てくれるなら。

 ――うふふ。でもきっと駄目ね? レナさん、攻めるのお下手ですから。

「……そんな事、ありません」
 
 要するに、レジーナが弱り切るのは結局彼女が絡んだ時だけなのだから。
 愛称で呼び合うのは二人きりの時だけ、それは些細な秘め事である。
 至高の蒼薔薇リーゼロッテ・アーベントロートは大抵何時も酷く意地悪だったけれど、二人きりの時は尚更だった。
 抗議めいても「あら、愛情表現ですけれど」と返されれば立ち向かう気も萎びてしまう。
 惚れた腫れたの古今東西が表し続けた結論は、いざそうなってみれば抗いようのない程に甘い痛痒なのだと思い知る他は無かった。
(……酷い御方です)
 ……果たされない約束に意味はあるのだろうか?
 甘やかな言葉で期待させるだけさせといて、まるで守る気なんて無い。

 ――やっぱり、私を守っては下さらないのね?

(そんな事、ありません)

 ――でも、私は助からないでしょう。レナさんと一緒には居られないのでしょう?

 過ぎ去った『去年』が笑っている。
(お嬢様はそんな事、仰らない――)

 ――ええ。言いませんわね。

 欺瞞への怒りが燃えれば、不出来な幻影はすぐに馬脚を現した。

 ――レナさんは、本当に仕方のない人ですわ。

 ベッドに腰かけたままの自分を後ろから抱きすくめたのも幻影だ。
 されど、レジーナはこちらの幻は信ずる事にした。
 かのお嬢様はレジーナ・カームバンクルを慮る事はあっても、傷付けたい筈がない。
 何より、都合のいい妄想だとしても耳元に響く彼女の声は心地良い。
 あの色素の薄い肌が、低い体温が、上等の宝石細工のような硬質な美貌が手に届く場所で愛を擽っているのだから。
(お嬢様は――こんな私を惰弱と笑うでしょうか?
 ああ、いえ。ですが勘違いして欲しくはないのです。
 今、この瞬間は少しばかりの『前駄賃』を頂いているだけ。
 我が為すべき等、最初から決まり切っております。
 迷いは無い。命を賭しても構わない――それを知らない貴女ではないでしょうが)
 レジーナの口元にふ、と皮肉気な笑みが浮かんだ。
「……これも宿命、という事なのでしょうね」
 思えば、これは呪いのように感じられる。
 どんな勇者であろうとも、どれ程に熱烈に求められようとも、結末は似たり寄ったりだった。
 誰かに真剣に相談すれば『男運』を理由に笑い飛ばされるのかも知れないが――
 見た目よりは――或いは見た目通りに――随分と可愛らしい所があるレジーナからすればそれは『たまらない』事だ。
 
(だから――)
 
 神々と誓約の叙事詩アストラーク・ゲッシュは神話の例に漏れず酷く素行が悪く。
 美しき戦神としてそこに在ったレジーナは何時も不幸を囲うトロフィーのようだったけれど。
 そうあるように作られた彼女にはそれに抗う事は出来なかったのだけれども――
 世界のくびきも運命も理も何もかも。理不尽に呑み込む混沌は――大召喚は彼女にとっての福音だった。
 褪せた澱の世界から飛び出す事が出来たのも然り。
 何よりそれ以上に――

 ――あら。貴女、どうかいたしまして?
   私はリーゼロッテ・アーベントロートと申します。
   其方は……まぁ、ローレットの特異運命座標とは承知しておりますが。
   うふふ! 口をパクパクと……随分と可愛らしい御方みたいで、食べてしまおうかしら!

 ――幾星霜の奇跡の末にリーゼロッテに逢えたのは僥倖だったと言わざるを得まい。
 錆びた時間を動かしたのは、凍り付いた魂を燃やしたのはどうしようもない位の恋だった。
 恋だけだった筈だ。この何年か、彼女に焦がれた時間は無為な人生を呆気ないまでに遠ざけていたのだから。
「……………」
 リーゼロッテ・アーベントロートなる恋が、この形がレジーナにとって都合の良い救済で無かったと言い切る事は難しい。
 その始まりを問う事は余りに詮無く、万華鏡よりも複雑に形を変える人の心は言語化された答えを求める事等、砂漠で砂金を探す作業と変わるまい。
 しかし、一つだけは言い切れる。
「『お嬢様は私の一番大切なひと』」
 語れば落ちるそんな台詞さえ、声に出すだけで胸を突く。
 愛の妙薬は覿面だ。たったのそれだけで想いは何倍も強くなる、そんな気がした。
(そんな方があんなにも傷付いておられるなら)
 ……代わって差し上げたい、そうとさえ思わずにいられない。
 実の父ヨアヒム・フォン・アーベントロートに囚われたリーゼロッテは公開処刑の憂き目に遭うという。
 政治的中立を気取るローレットはここまで『決断』を避けている。
 ……ギルドマスターの立場も分からないではないが、無論レジーナを含めた一部のイレギュラーズはこれを承諾しない。
 故に結論は変わらない。
 ローレットが動くにせよ、動かぬにせよ、戦争になる。
 これは愛の戦争なのだ。人を譲れぬ戦争に突き動かすのは現実も物語も変わらない。
 動機は決まって情実的で、度し難く、堪え難い――

  ――今年も、来年も。その先も。
   ……予約しておいて構いませんか?
   貴女はきっと私をお祝いしてくれるのでしょう?

(お嬢様。私は諦めが悪いのです。約束を、嘘にはさせませんから)
 来年もまた、なんて。
 そんな些細で無責任な言葉でも信ずれば重い。
 Last year once More――それは、願わくばの問題ではない。
 それはレジーナ・カームバンクルの決意だ。宣誓だ。決め事ですらある。
 人の恋路を邪魔する豚――失礼、お義父様に「お嬢様を下さい」と言ってやる。
 そうして、あの世話の焼けるお嬢様を取り戻して涼しい顔で告げてやるのだ。

 ――遅刻ですね、お嬢様。
   ああ、あんなに大層な事を仰っておいでだったのに。
   随分と可愛らしいお姿ではありませんか。
   ふふ、目の毒ですね。何故ですって? だって『食べてしまいたい位』ですよ?

 まるで囚われの姫と騎士の如く。
 頤を持ち上げれば、彼女の瞳は潤むだろう。
 何時も勝気で強気、ついでに無敵な彼女もきっと自分に感謝し、委ねてくれるに違いない!
「……」
 甘やかな妄想の先を考えてレジーナは頬を染めて首を振った。
「……駄目ね。駄目だったわ」
 これだけの『有利』をもってしてもその先は――その。概ね、完全に食べられてしまった。
 先は長いが、どうあれレジーナ・カームバンクルは『諦めない』。

  • Last year once More完了
  • GM名YAMIDEITEI
  • 種別SS
  • 納品日2022年10月19日
  • ・善と悪を敷く 天鍵の 女王(p3p000665
    ・リーゼロッテ・アーベントロート(p3n000039

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