SS詳細
「うちの従業員にはしっぽがあります」
登場人物一覧
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Brewery&Bar Stella Bianca(ステラ・ビアンカ)は、昼は喫茶店。夜は酒場だ。
イケメンな店長とかわいい店員さんがいると評判。
開店前の店内の様子をうかがう練達風黒スーツの男が二人。店の中は意外と見えない。
「聞き込み情報によると、あの店か」
「あぁ、あの店で働いているらしい。行くぞ」
いかに、多人種、他民族がそれなりにいる界隈とはいえ、いささか浮いている。
見る者が見れば、本来そういう筋のお仕事に従事していない者が一生懸命務めを果たそうとしているときにありがちの空回りがわかるいでたちだった。
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一方その頃。開店直後のStella Bianca店内。
昼夜営業とはいえ、酒場から喫茶店への切り替えの間は「準備中」と札を出す。
きれいに清掃され、空調も完璧。アルコール粒子の気配など全くないさわやかな空気。
本日お勧めのブレンドの準備も済んでいる。
「店長、開店準備OKだよ」
店員の『大艦巨砲なピーターパン』メイ・ノファーマ(p3p009486)は、店長のモカ・ビアンキーニ(p3p007999)と働いている。
いつも笑顔の、人懐っこくて可愛い店員と評判が高い。
店にはまだ客はいない。後は表の「準備中」のプレートを「喫茶営業中」にひっくり返すだけだ。
「今日も一日頑張りま……」
メイはレースのカーテン越しに外を見た。いい天気だ。こちらに近づいてくるのは――。
ドアを開けようとしていた手がぴたりと止まった。
急に物音がしなくなったのをいぶかしく思ったモカが振り返る。
メイは「ま」の字のまま、顔の表情が凍り付いていた。屋や前傾姿勢でドアノブを握った手もそのまま。元々色白だがそれを通り越して青白くなっている。心なしか細かく震えてさえいるようだ。
アンドロイドの直観――演算結果と言い換えてもいいかもしれない。疾病による突発的体調不良ではないのは明らかだ。
「……ちょっと外しますね……」
モカが止める間もなく、メイは中腰のままバックして店内を横切り、店の奥へ逃げるように去っていく。緊急離脱を図るホタテガイのようだった。
「――」
モカが口を開いた瞬間。
かろんかろんかろん。
ドアベルが鳴った。
「――いらっしゃいませ」
入店してきたのは、黒スーツの男。明らかにこの界隈になじまない二人連れだった。
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「ご注文は?」
SPYの面の皮をなめてはいけない。ごく普通の喫茶店の店長が一見さんに向ける笑顔だ。
「忙しい所をすまない。この女性を知らないだろうか?」
「お決まりですか?」
男たちは顔を見合わせ、ブレンドを二つテイクアウトで注文した。無料の情報は重みが足らない。
「お待たせしました」
モカは改めて差し出されたものを注視した。
「――」
紺色の髪、伏し目がちでけぶるような茶色い瞳。貴族令嬢にふさわしく襟の詰まった清楚なドレスに大きな翼。大きく引き伸ばし、優美な台紙に張りこんだら見合い写真の出来上がり。
メイだ。
しかし雰囲気が違う。少なくとも、この写真の令嬢は波打ち際を巨大なパラソル掛けたまま駆けだしたりはしないだろう。
モカは、たっぷり時間をかけた。少し離したり、髪を手で隠したり、瞳の色をしげしげと確認したりした。そのたびに、男達が小さく反応する。
「よろしければ、冷めない内にどうぞ。他にお客さんもいないし。温かい内に」
黒スーツの男達は顔を見合わせ、テイクアウトのコーヒーに口を付ける。
男達がコーヒーをすすり終わる頃。
「ぱっと見、うちの従業員に似ているので、あれ。と思ったんだが――」
似たような髪色、身長、目の色、聞き込みをしてそれなりの確信を得て来ている。
「別人としか思えないな。こちらのご令嬢に比べるとうちのはだいぶ子供だ。うちのにあるのはしっぽだし」
「尻尾がある。と」
「店内では邪魔なので見えないようにしてもらっている」
「――」
男達は、モカの顔色をうかがった。探られている感触がある。探査系のスキルも使われている気配もした。が、アンドロイドの顔色は不随意に変わったりしないのだ。
モカに聞いたのが運の尽き。何しろうそをついている気配がしない。つまり、しっぽがあるのは正なのだ。
男達の捜索は振り出しに戻る。
外見的要因と変化を常用している年回りが近い娘。追い詰めたと思ったのだが。尻尾ということは、ブルーブラッド。あるいはドラコニア。ウォーカーかもしれない。
黒スーツの二人組は、手間を取らせたなどと礼を口にして店を去った。
「またどうぞ」
モカは思ってもいない言葉をその背に贈った。
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「モカてんちょー。ありがとーございます……」
黒スーツ男たちが店を出た後。十分時間がたってからメイが頭を低くして戻ってきた。
身長180センチで意外とあるメイがしゃがみ込むと、カウンター内がなかなか狭い。
しかし、店に出なくてはという義務感と見つかったらまずいという事態の折衷案だ。
「かまわない。嘘をついた訳でもないしね……そんなに縮こまらなくても、もう近辺にはいないよ。あの人たちは、キミの知人かな?」
目線は外に向けたまま、モカはメイに話しかけた。
「そういえばうちは採用に履歴書が必要ないから、キミの事をよく知らなかった」
メイ採用までの一幕はまた別の話だ。
「言いたくなければ言わなくていいよ。これからもキミは私の店の従業員だ」
そもそもイレギュラーズの生い立ちをいちいち聞いていたら大体それだけで日が暮れる。
飄々としたモカに、メイは重たい口を開いた。
「……ボクは……海洋王国の貴族の娘なんだ。あんまり偉くない家だけどね」
貴族の娘。メイくらいの年回りなら、お家の発展のため絶賛縁談進行中が定石だ。
「パパが厳しい人でね」
当代の成果であり、次代への希望である娘を磨き上げるのは親の義務であるともいえる。
「――反発して家出してきちゃった」
反発されるのは正しい成長過程なのでケアが足りなかった事例といえるだろう。
「そっか……探してくれてるのか」
メイの声に喜色が混じったことに気づいたモカはチロリと視線を動かした。
モカと目が合ったメイは、顔の前でばばばっと手を動かした。
「まぁ、まだ家に帰る気はないけどね!」
貴族のごれーじょーするより、喫茶店の店員をしていたい。
「……とゆーことで、これからもお世話になります。モカてんちょー!」
はじけるように笑うメイ。
やはり、モカには「写真の令嬢とは別人としか思えない」
そう。嘘なんて一つもついていないのだ。向こうが勝手に追及の手を緩めただけの話。
「ああ、それでいい。でもあの連中がまた来ないとも限らないんだ。くれぐれも尻尾は出してもかまわないが、翼を出したりしないように」
「それはそうだけど、しっぽって? 尾羽があるかってこと?」
こてんと首が傾げられた拍子に、ブリムの陰でメイのツインテールがふわりと揺れた。