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Dirty Night
登場人物一覧
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「受けてほしい依頼があるんだ」
そう口火を切ったのはギルド・ローレットに出入りする情報屋の1人だった。彼の前には2人に男がそれぞれ尊大に座っている。
「聞こう」
重々しく口を開いたのは燃える様な深い“赤”を纏った男。名を皇 刺幻。大きめの眼帯で顔を覆っても尚、隠れることのない厳格な雰囲気と泰然とした態度は、【魔王】と呼ばれていた彼の経歴を堂々と表している様に見えた。
「ああ、君達には──」
「おっと待ちな。内容を聞いたら降りられない、なんてのはゴメンだぜ」
情報屋の前に座るもう1人の男──クウハが話を制止する。猫耳の付いたフードを被り、チェシャ猫の様にニヤリと目を細めた彼は実体を持つ【悪霊】だ。その狡猾で慎重な性分から由来する一種の嗅覚が、話の前からどことなく『不穏さ』を感じ取っていた。そしてその嗅覚はあながち的外れなものでもない。
「安心してくれ、そういうことはない。危険な内容には違いないがね」
情報屋の男はその敏感な嗅覚に感心した様に肩を竦めてから改めて資料を広げた。数枚の地図と2枚のカード……そして何やら危ない職業の匂いがするスーツ姿の中年の男性の姿絵などなど……。刺幻とクウハは各々、興味を引かれた資料に目を通す。
「……この店の名前、見覚えがあるな。ここから南西にある裏路地の付近か」
「お。このカード、随分と質がいいな。一丁前に透かしまで入って……何も書いちゃいないが、何かの会員証か?」
「察しが良くて助かる。2人にはこの裏路地の奥にある違法賭博場へ潜入して、その収益を奪還してほしい」
違法賭博場。その言葉を聞くと片や興味を惹かれた様に、片や楽しそうに唇の端を吊り上げながら、「ほう?」と聞き返した。それらの声に応える様に情報屋の男は補足する。
「この賭博場はとあるマフィアが運営しているものでな。随分と"お行儀"の悪い連中で、近隣ともたびたびトラブルを起こしている。そこで彼らの資金源の一つであるこの賭博場を叩いて痛い目を見せてほしい……ってことさ」
「なるほどな……鼻つまみ者共が経営している違法賭博場ともあれば利用者はともかく、周辺住人からは嫌われるだろうしな」
「いいやぁ、わかんねぇぜ? 財布を素寒貧にされた野郎が恨み募らせてるってことも十分ありえる」
心得た様に頷く刺幻とケッケッケと意地悪く笑うクウハ。対照的な両者に情報屋の男は苦笑いして答えを濁した。今回、依頼人はマフィアからの特定と報復を避けるために素性を隠していたせいで、男にも答えられるものではなかったからだ。
「やり方は任せる。最悪、この絵姿の男……支配人の検挙さえできれば何とかなるだろう」
頼んだ、という言葉を受けて、両者は同時に視線を『今回の相方』へと移した。一見、息の合った行動の様に見えるが胸中に浮かべていたのは相手の"不信"だ。
(大丈夫か? なんだかいい加減そうな奴だが)
(おいおい、こんな融通利かなそうな奴がまともに潜入とか出来るのかよ)
それぞれ軽い不安を感じながらも、こうして2人は依頼をこなすことになったわけだが──これが想像以上の波乱になることを、この時の2人はまだ知らなかった。
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──深夜。
「会員証を」
「これだ」
「……確かに。どうぞお楽しみください」
差し出された会員証を厳つい男が検める。そして問題が無いことを確認すると、その建物の扉を開いてくれた。そこを進むのは──無事に潜入に成功した刺幻とクウハ。周囲に不審がられ無い程度に格好を整えた2人が奥へと進むと、薄汚れた裏路地からは想像もできない煌びやかな世界がそこにあった。天井には美しくシャンデリア、高級感の溢れる内装に意外な程に種類豊富なゲーム用の設備……。
「……こんな裏路地にあるから大したものでは無いとタカをくくっていたが。驚いた、中々のものじゃないか」
「中流階級以上の秘密の遊び場ってとこかね。なるほど、情報屋が俺様たちにこんな服を着せるわけだ」
「ああ、ともあれ潜入は成功した。それじゃあ……」
「おう、もちろん」
「「遊ぶか」」
「……あ?」
綺麗に揃った2人の声。が、それに寧ろ困惑の声を漏らしたのがクウハだった。この厳格そうな男を適当に言いくるめて遊んでから暴れよう! と目論んでいたのだが、まさか向こうも同じことを言い出すとは思ってもみなかったのだ。
「久々に試すか……魔王のイカサマ108連打」
「なんかやべーこと言ってんなオマエ……」
非常に不穏な単語が聞こえてクウハは目の前の男の認識を改めざるを得なかった。マフィアが経営する違法賭博場でイカサマをする気満々の宣言をされたら、流石に「厳格な男」の印象は無理がある。
「いや……まあ……言いくるめる手間が省けていいけどよ」
「それじゃ、私はあっちの方で遊んでくる。また後でな」
颯爽と歩く刺幻をクウハは半ば呆然と見守っていたが、気を取り直して彼も目についたポーカーのテーブルへと近寄っていったのだった。
──暫くして、彼らはそれぞれゲームで対照的な様相を見せることとなる。
「よし、当たりだ。なかなか快調だな」
「21。私の勝ちだ。チップをもらおう」
「TIEか。美味しい勝ち方ができた」
フラフラとあちこちのゲームを遊び歩く刺幻。しかも、そのどれもで勝ちを手繰り寄せ、荒稼ぎしていた。流石魔王は持って生まれた運も違う……のかというと、そういうわけではない。何せこの魔王、クウハの前でイカサマを宣言しているのだ。そして宣言通りイカサマを行い続けている。一つのゲームに長く留まらず、手を替え品を替え、相手を見ながらイカサマを実行する。その知識量と手腕はプロのイカサマ師と言っても遜色ない。
一方、クウハはイカサマを使ってはいなかった。
「…あー、止めとくわ。フォールド」
「おっと、こりゃ期待できそうだな! レイズだ」
「ケッケッケ……いいのか? コール、っと」
彼も決して豪運というわけではない。しかし、巧みな話術と鋭い観察眼、そして狡猾さを彼は持ち合わせている。時にはブラフを貼って見事に周囲をゲームから降ろさせ、あるいは危険を察知していち早くゲームから降り、賭け金を守るなどゲーム運びが非常に上手かったのである。刺幻とは対照的に冷静に細かく自然に勝ちを重ねる彼は、その目をフロア全体にも向けていた。
(……意外に多いな。とりあえずフロアには10人くらいか? で、定期的にフロアを巡回してる、と。全体の規模やバックヤードとかも考えると15人ってとこか)
クウハは定期的に周囲を見回し、客の中に混じっている厳つい雰囲気のスーツ姿の男達が時折何度か自分の傍を通ることを把握していた。ついでに客達の様子も眺めていたが、こちらはごく普通の一般人の身のこなしと変わりない。
(暴れる時に、いい具合に盾になってくれりゃいいが)
そんな物騒なことを考えつつ。それぞれ楽しく懐を潤しながら夜は過ぎていく。依頼人が『可及速やかな殲滅を』とかオーダーを付けていなかったのが、2人にとっての幸いだった。
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「イカサマだ!」
鋭い叫び声にクウハは素早く視線を向ける。その中心にいたのは──
「何やってんだアイツ……」
クウハは半眼になってうめいた。客に詰められ、マフィアの構成員たちに囲まれているのは刺幻だったからだ。クウハとは反対に派手に荒稼ぎを続けていた刺幻。すると当然、周囲の警戒は彼を向く。それでもイカサマをやり続けられるほどの腕と豪胆さは持ち合わせていたわけだが……それにもとうとう限界が来たというわけだ。
「ちょっと失礼しますよ、お客様」
言うが早いが、構成員の1人が手早く刺幻のボディーチェックを行う。すると……ぼろぼろ、ばらばら……袖仕込み、裏ドロー、磁石……そのスーツのどこにそこまでの余裕があったのかと呆れたくなるレベルでイカサマの仕込みがまろび出てきた。これはもう、誰がどう見ても弁明の余地はない。
「さてはお前! 他のゲームでもイカサマしてただろ! 怪しいと思ってたんだよ!!」
「あー……はは……これはだな……」
「……お客様、ちょっとあちらでお話ししましょうか」
がっしりと刺幻の両脇を構成員の男2人が掴んだところで、周囲の空気は緩んだ。荒稼ぎしていた刺幻のイカサマが発覚したことによって、「やっぱりか」という雰囲気が漂ったのだ。クウハはその空気を感じ取ると軽く頭を掻いて、その緩んだ空気に乗っかるとさりげなく刺幻達に近づく。
「よっと」
軽い一声を上げながらクウハは手に漆黒の大鎌を顕現させると、刺幻を捕らえていた男の1人を薙いだ。非常に自然な動作からの一閃だったため、大きく胸を切り裂かれた男は悲鳴を上げる間も無くその場へと崩れ落ちる。
「…………きゃあああああああああああ!?」
悲鳴を上げたのは客の1人だったか。その叫びが終わる頃には、刺幻は既に自由になった手で隠し持っていた
「……オマエさん、いい塩梅って言葉知らねェ?」
「えーっと、あはは……。すまん、楽しくてやりすぎた」
「ったく、しょーがねぇなー……名残惜しいが、これでお開きにしようや」
「……ああ、そうだな!」
蜂の巣を突いた様に騒がしくなる賭博場内。クウハが大鎌で派手にパフォーマンスしたことで客は逃げ惑い、マフィアの構成員達も銃を使いにくくなっている。今が、好機だった。
「お、あれじゃね? 支配人」
「間違いないな、一気に仕留めるぞ」
彼らの視線の先にいるのは騒ぎの大きさに気がついたのか、フロアに姿を現した支配人とその周りを囲む構成員達。刺幻は足に力を溜め、一気に構成員の1人の懐に入り込むと抜き放った婆娑羅の刃で切り伏せる。その勢いのまま烈火の如き太刀筋は、別の構成員の腹を深く薙いだ。
「ぎゃっ!?」
「う、撃て! 撃て!!」
「……さて、と。」
それを後ろでのんびり眺めていたクウハは構成員達が銃を発砲し出した辺りで大鎌で地面を叩く。すると一瞬、フロア全体が深い紫の光を帯びてすぐにまた光が消える。だが、あちこちで構成員達の驚きの悲鳴があがった。
「なっ!? 銃が!」
「……ケッケッケ。"グレムリンの悪戯"だ。いきなり銃がぶっ壊れてびっくりしたか?」
ゲームの最中、クウハはただ周りを観察していたわけではなかった。構成員達の装備を確認し、暴れる際に構成員の数とその銃がこちらにとって不利なると考えた彼は、遊ぶ片手間に呪いを張っていたのだ。
「いやー、こんだけの広さに張るのは骨が折れたが……これで銃は使いモンにならねえ。やっちまおうぜ」
「まかせておけ」
後ずさる支配人。しかし数は多くとも銃を失った彼らに、この2人を止められる筈もなかった。
「ひっ、ひいいいいいいいいっ!」
情けない悲鳴をあげて逃げ出そうとする支配人。だがそれを逃す2人ではない。
「逃すか!」
「邪魔だぜテメェら!死にたくなけりゃすっこんでろ!」
クウハが大鎌の一閃が、2人を妨害しようとした複数の構成員をまとめて薙ぎ払う。頬についた返り血を舌で舐め取りながらクウハは笑った。支配人は刺幻に任せて自分は楽しむことにしたらしい。
「観念するのだな、支配人」
「ひっ!」
追いつかれ、回り込まれた支配人の喉に婆娑羅の切っ先が突きつけられる。勝負は既に、決していた。
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「は〜楽しかった。……次はこのイカサマを試すか」
ジャラジャラと大量の金貨袋を揺らしながら、刺幻は満足そうに頷いた。結局あの後、違法賭博場には官憲の手が入り、支配人を始め多くのマフィア構成員が捕らえられたことで賭博場は閉鎖となった。
刺幻とクウハには無事に依頼料が払われ──更には、賭博場で稼いでこまめに換金した資金が2人の手元に残る形となった。稼ぎ方による個人差はあれど、かなり大きな黒字である。
「少しは懲りろよ……いや、それは面白そうだな、ケッケッケ!」
そしてもう一つ、大きな報酬。
「よし、今から適当な賭博場に行ってみようぜ。オマエさんの腕を見せてくれよ刺幻」
「いいだろう。私の技巧に驚くなよ、クウハ」
【魔王】と【悪霊】。当初、気が合わないかと思われた2人はお互いを悪友として認め、ご機嫌にまた夜の街へと消えていったのだった。
……尚。その後、またもや羽目を外した刺幻のイカサマが賭博場側に発覚してしまい、今度は2人揃って真夜中の川に放り投げられかけたのはまた別の話である。