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古きを訪ね 人となりを知る/Call back her
登場人物一覧
ミーンミンミンと鳴く油蝉。未だ来ませぬ秋に想いを馳せながら、私は夕焼雲を眺めておりました。 特異運命座標として召喚され早うに建てた神社。 幾度か爆破の憂き目には遭いましたけれど――いえ、アレらは皆様の悪ふざけおっと失礼自業自得でしたわオホホホホ──とはいえ、皆様と仲良くさせていただきました事は私にとって掛け替えのない思い出。 長きに渡って"彼女"の悪性を被り続けた末、こうして"私"を曝け出すことができたのですから。 幾らか羽目を外しすぎている気もしますが……
……このようにぼんやりと寝殿造の屋敷が並ぶ豊穣の形式を見ておりますと、やはり"彼女"の事を思い出してしまいます。 世を思うが故に世を揺るがし、滅さんとする必要悪。 英雄を見出すが為だけに生み出された悪意なき悪性。 または私の携えし──狐の御霊。
それは、ある種予期出来たことでした。 幾多もの世界の観測者であった頃の私が、傾国の狐たる彼女を初に目にかけた時から、既に。 "彼女"は、優しかったから。 優しかったからこそ、抱えたものを下ろせなかった。 押し付けられなかった。 抱え続けてしまった。 そして、擦り切れてしまって、最後には本当の悪に変貌してしまった。 無差別に呪いを振り撒く、殺生石に。
思えばソレが、私にとって初めての激情でした。 初の目掛けは単なる哀れみから。 顔を見合わせた時でさえ無意識のうちに想定できる破滅の結末を思い、憐憫より生まれた忠言を伝える為。 あれ程に悲しみ、咽び嘆き泣いた事は、彼女の行く末を知っていたのに止められなかった事による私の無力感か。 或いは友を失ってしまった絶望感からか。 それとも、彼女を理解するに足らなかった私自身への怒りからなのか。 今となってはもう、そのような感情も混ざってしまい判別もつきませんが。
どうであれ私は、殺生石へ変生した彼女から力──役割を奪い取り、運命の針を戻しました。 観測者から、干渉者に身を落として。 その理由はきっと、そうまでして彼女を追い詰めた悲しみとは何かを探る為に。
時の流れに逆らって傾国の狐の始まりまで辿り着いた私。 与えられた役割は、自ずと理解させられました。 目前の国を滅ぼせと。 そのような声が常に付き纏いますから。 本来コミュ障な私が傾国の狐としてイケメンたちを手玉に取って暗躍できたのも、強迫観念じみた衝動のお陰でしょう。
最初は一つの国を滅ぼして、均衡を崩した。
その次にはある国を唆して、騒乱を招いた。
また次には別の国を焚き付け、油を注いだ。
国家間の関係は益々悪化して、死が広がる。
焼け落ちていく国に、逃げ惑う城下の民草。
お前のせいなんだと後ろ指を刺れる去り際。
『ごめんあそばせ。 私、傾国の狐ですので』
観測者ではなく干渉者になってしまった私。
心が病みそうなのに、やめる事はできない。
あぁ、あぁ、これは、確かに息が苦しくて。
悪性を演じるからこそ敵意に晒されている。
人の悪意は収まることを知らないようです。
そして数十年もの長い間も暗躍し続けた頃。
私の巻き起こした騒乱を収める者が現れた。
義の旗を掲げて、後に"英雄"と呼ばれる者。
彼によって私の蒔いた種は全て処理されて。
私は首を狙われ追いかけられるハメになり。
結果、彼の元に結束した人々の形成した包囲網により、私は捕縛されてしまいました。当然と言えば当然なのですが……どのような言葉をぶつけられたとて傾国の狐にとってはその行為こそが定めにして役割ですから、意にも着せぬよう振る舞うしか無く。 努力の末がこのような結末であるのは、知っていたとしても、確かに──耐え難い。 全てを呪う殺生石へと身を変えてしまうのも、ようやく理解できた気がします。
『傾国の狐よ。 最期に言い残すことはあるか』
『いいえ。 私は貴方様のような英雄殿に討たれて私は本望でございますわ♡』
ここまでが、私の持つ融合後の最初の記憶。 この後も、幾度となく同じように世界を滅びへと傾けた私は、同じく英雄を幾人も作成し続けました。 世界に降り立った最期には、私が殺されることによって。
そして、時間は進んでいき、彼女よりも長く役目を全うし続けた末に――現代まで、私は存在し続けたわけでした。
「改めて思い返しますと私、殺されすぎですね……特異運命座標の皆様も大概だと思いますが」
召喚される前の私にはパンドラなんて便利なものはありませんでしたし、前向きに命を張って世界の滅びに立ち向かえることが、こんなにも誇らしいことだなんて長らく思い至りませんでしたね。
「あー……」
ですが染み付いた傾国の狐ムーヴは辞められませんね……最後の方は半ば配信者でしたしインターネットの話し方もつい出ててしまいますし。
「……ふふっ」
何にも追われず何気ない昔の思い出に耽るのなんて――いつぶりでしょうか。