SS詳細
迷子の迷子の。
登場人物一覧
- クウハの関係者
→ イラスト
●風船道化の悪癖
「……またか。あんの糞幽霊。」
暗い、暗い森の奥。静かな静かな、人気のない屋敷。
そこに、本来あるはずのない”命”の匂いを感じ、舌打ちを隠さない家主は、長いテーブルから乱暴に足をどかすと、カツカツとブーツの音を響かせる。向かうは、”あいつ”の部屋。
両手をパーカーのポケットにいれたまま、すっかり根城となった己が屋敷の階段を上がる。薄暗く、けれど”誰か”が日々手入れしているため、小綺麗な屋敷はたいして埃も舞わない。悪霊にとっちゃ、居心地がいいんだか悪いんだか……
二階の一室。当時は木漏れ日さす暖かな屋敷だったのかもしれないが……その中でもいっとう陽の恵みを受けたであろう南側の一室。子どもがいたのか、あるいは将来生まれてくる予定だった誰ソレのためにあつらえたのかは知らねぇが、壁紙から何から、子ども趣味の部屋。そこに”あいつ”がいる。おそらく、そこにこの匂いの持ち主も。
扉の前に立てば中から聞こえるのはやはり”あいつ”の声。
アンチクショウ……いや、畜生っつーのは生き物のことだったか……?
なんてくだらないことを考えながら、ノックもせずに扉を開ける。
そこには思った通り、見知ったふわふわ頭風船ヤロウと、見知らぬガキが1匹。
「ヤァヤァ、これはこれは小さなお客人。歓迎しよう。……なんていうと思ったか? アァ? パ~ル~ル~?」
「ぷわわわ~~……!? クウハだ! いきなりヤンキーなクウハだ! 悪い大人は帰れなのダ!!」
「おぅおぅお望み通り帰ってやるが、ここの主は俺様だ。つーことは帰るのはこの屋敷だなァ? となると俺がここにいんのは何も問題ねぇわけだよな。アァン?」
「理屈ばっかり、クウハは嫌なヤツなのダ!」
話にならない。知らねぇガキを勝手に屋敷に招き入れてるオマエの方がよっぽどだろうが。とこいつ、パルルに言ったところで通じまい。っんとに、悪霊っつーのはどっかしらネジが抜けちまって、こだわりの強ェヤツが多いからなぁ。ったく。
ワーキャーわめいているピエロ姿の幽霊、パルルを横目に確認すれば、隣のガキは見知らぬ大人の登場に警戒を露にしている。まぁ、当然の反応だ。どっかしらイカレちまった奴の反応じゃねぇ。っつーことは……ただの迷子のガキか?
「よぅ。俺ァクウハだ。一応、この屋敷の主ってわけだが。んで。オマエさんは一体全体どこの誰さんだァ? ここがどこだかわかってんのか? そこの糞ピエロに無理やりつれてこられたっつーなら、迷惑かけたのはこっちだ。出口までエスコートするが……」
「ぷわわわ〜……! 違うヨ! この子はお家がないんだっテ! だから連れてきてあげただけなのサ!」
……アァ?
「……っつってるが、そうなのか?」
別段凄んでいるわけでもなく、ただ気だるげに確認をしているだけだが、それでも知らない青年男性に問いただされれば、緊張もしようもの。それでも、目の前の子どもは警戒を解くことなく、負けじとクウハを見返し、コクリと頷く。
……ハァ。
「理由はしらねェし興味もネェがなぁ……捨てる場所もネェんじゃなァ。」
主にパルルに対してではあったが、剣呑な空気が解かれ「さてどうしたもんか。」と頭を搔くクウハの様子に、ひとまず、放り出されるかいきなり害されることはなさそうだと察した子どもは、張り詰めていた緊張の糸が緩み。
――ぐぅううううう。
「……とりあえず、飯、食うか?」
●不味そうな色
パルルがガキを連れてきて一週間。
最初こそガキもこの屋敷の住人にびびっちゃいたが、元々子ども好きな連中だ。
多少のいたずらこそあれ、悪意を持って接するヤツはなく、ガキもガキで、さすがに初めてリチャード卿と出くわしたときはビビッて漏らしやがったが、適応力が高ェというか。すっかり怖がることもなく馴染んでやがる。
むしろ、いたずらなんざ考えずただ挨拶しようとしただけで漏らされて、キレた嫁さんにまた頭を放り棄てられた旦那と、後片付けに追われた屋敷妖精のモヨトがとばっちりだったが、まぁ、それは別の話だ。
パルルは毎日毎日飽きもせず新しい定命のオトモダチに「ねぇねぇ、キミはいつ幽霊になるノ?」なんて声をかけている。
ウチの姫さんなんかも、久しぶりの外のオトモダチに楽しそうなもんだ。
それに笑って返しながらも。
(……暗ェな。)
ペトロと名乗った宿無しのガキの顔は笑顔だ。
だが、魂が笑ってねぇ。ま、ンな難しいことじゃなくても、ガキの作り笑いなんざ見てりゃすぐ分かるんだが。……パルルの野郎が次から次にガキを連れてくるからな。
そしてあのガキの”色”は、よく見るやつだ。
居心地は悪くない。
常世じゃ関わることのない連中との日々は騒がしくも賑やかで、ガキにとってみりゃ思いのほか楽しいもんだ。
だが、寂しい。
そして迷っている。
後悔
そんな思いののった”色”だ。
(なんとも……)
なんとも不味そうな”色”だ。
享楽に酔いしれているならそれもよし。そこから熟れ、腐り落ちる様はたまらなく甘美だろう。
絶望に打ちひしがれているならばその味はまさに熟した果実のソレだろう。
しかしペトロはそのいずれでもない。
なんともガキらしくなく、そしてガキらしい、面倒な”色”だ。
もとよりクウハにペトロへ手を出すつもりはない。
目の前のガキを彼好みに”調理”し食べたいほど、ペトロには食指が動かない……というよりも、パルルの連れてきたガキに手を出すほど落ちぶれてもいなければ、なんだかんだでパルルとは腐れ縁であり、奴の気分を好んで害そうとは思わない。
そしてなにより……パルルや周りの悪霊共の影響と本人は自負しているが、存外、クウハはこどもに対して世話焼きであった。
リチャード卿らにそのことを話せば陰で「いやいや主殿は……」と微笑ましく会話が弾んでいそうで、至極不本意ではあるが。
とはいえ、外に連れ出そうにも街には行きたがらねぇし、そう簡単に遠出するわけにもいかねぇ、っつーかパルルが離れねぇ。
飯は、そもそも普段は食べるのが俺かたまにふらっと来る変わり者の同業者連中くれぇしかいねぇし、俺もあいつらのうちの何人かも食わなくてもいい連中だから、こうやって活きたガキが迷い込んできたときはモヨトたちが嬉々としてもてなそうとすっから心配ねぇだろう。
あとは、何かしら体の不調があってもおかしくないが……俺は医者じゃねぇしましてや生きた人間の健康状態なんざわからねぇ。医者に見せようにも、街に行きたがらねぇんじゃ……あの幻想種の医者に頼むか? いや、あいつおっかねぇしなぁ……
「……とりあえず。買い出しに行くか。」
うまいもんでも食や少しゃ元気になんだろ。元々、足のはやい食材はストックも少ねぇしなぁ。
そう思って口から独り言を吐いた瞬間、ヒラリと舞い落ちるメモ紙。書かれているのはモヨトと、姫さんからの買い物メモ。それと……。
「……こりゃ今夜はハンバーグか。アイスはなしだぞ。溶けちまう。それと……パ~ル~ル~!! てめぇ次に買い物メモに『友達』とか書きやがったらぶっ殺すぞ!!」
家を出るとき、「クウハのいじわるぅ~。」という声が聞こえた気がした。そっちはかわいいもんだ。
「ぷわわ~。もう死んでるから死なないのサ~。クウハはおバカなんだよネ~。」とかのたまった野郎は後で蹴り飛ばす。
●探し人
メモの内容を適当に買い込みゃ、せっかく買ったばかりの足のはやい食材が腐らねぇようにさっさと館への帰り道。
(……あん?)
目についたのは街頭の人だかり。なにやら衛兵に詰め寄る、ありゃ夫婦か。ずいぶんとちみっこいガキをつれてやがるが。その必死な様子を見るに、財布でも盗られたか、あるいは……
(大事な大事なガキのきょうだいが迷子にでもなった、か?)
なんにせよ他人事だ。そう思いながらも、クウハはなにか違和感を覚え、その夫婦が連れるガキを改めて注視する。なぜなら。
(……あいつ、誰かに似てねぇか?)
そう思いを巡らす思考を、夫婦の悲痛な声が遮った。
「お願いします! ペトロを、息子のペトロをどうか探してください!!」
「……あ゛ァ?」
――――――――
「んで……どうする?」
立派な立派な館の、これまた立派な応接室。ふっかふかのソファーに体を沈ませ、頬杖をついて対面のガキへと問いかける。
広い部屋には、クウハとペトロ、二人だけ。普段は喧しいくらいの住人たちも今この時ばかりは鳴りを潜めている。ただ一人を除いて。
「ぷわわわわ~~!! クウハがまたペトロをいじめてるんだナ! 最低なんだナ!!」
クウハの周りをふよふよと飛び回りながらポカポカ。ラッパーを耳元でぷゎー! 風船をパーン!。
あまりの幼稚な対応だが、クウハはそれを無視している。たまにイラっとするとアイアンクローをかましているが。
「お前にゃ帰る場所がある。違うか?」
「…………」
クウハの、ただ気だるげな、別段責めるでもない口調。
それにも、ペトロは顔を上げず、ただ膝の上で握りしめた自身の拳を見つめている。
「親御さん、泣きながら探してたゼ?」
「……! でも、俺……」
一度は顔を上げるも、やはり沈む表情。下がる視線。
ハァ……と一度。深い、深い溜息を吐くと。
クウハはテーブルへと一枚の紙を放る。ソレはまるで誰かが届けているかのように、ペトロの膝の上へと。
『この子を探しています。』
『私たちにできることであれば、謝礼はなんでもします。』
両親の悲痛な願いと、ペトロの顔写真。その下に小さく書かれていたのは。
『にーにまたいっしょにあそぼ』
「!!」
「ぷわわ? これ、ペトロなノ? どういうことなノ?」
「きったねェ似顔絵だよなァ。まるで似てもいねェ。でもよ、お前によく似たガキんちょが、大好きな兄貴にもらったクレヨンなんだって自慢しながら描いてたゼ?」
蓋を開けてみりゃ、よくある話だ。
きょうだいが生まれて、大好きな両親を盗られちまって、自分は『おにいちゃん』でいることを求められて、それが嫌になって飛び出しちまったはいいが、戻るに戻れなくなっちまった。たったそれだけの話だ。
巻き込まれたこっちにゃたまったもんじゃねぇがな。
「ぷわわ? 弟君がいるのネ! だったら弟君も連れてきて一緒にずっとここで暮らせばもっともっと楽しいのサ!」
なんて、状況も分からずに楽し気にペトロへと話しかけるパルルだが。
アァ、もう、ムリなんだよ、パルル。
「だ、ダメだ!!」
「ぷわわ!!??」
パルルは、どこまでいっても悪霊だ。悪霊っつーのは、どれだけまともに見えようとも、なにかしらを落っことしてきちまってる。だから、あいつにあるのは『ここで』『パルルと一緒に』『楽しく暮らす』『それが
だから、あいつにはわからない。
どうして今ペトロが自分の提案を否定したか。
「ど、どうしてなノ? 何を怒っているノ? ペトロはパルルのトモダチだよネ? だからここで一緒にいるのが幸せなのサ!」
そう、自分の中にある、歪んでいることも分からなくなってしまった筋を伝えても、目の前の少年はもうパルルの手を取ることはない。あいつの目は、もう死んでいないから。
……わかりあえるわきゃネェんだよ、パルル。普通の奴らなんかにはな。俺たちのことが分かるのは、俺たちだけなんだヨ。
――――――――
ペトロを親元へ送り届け、もう夜も更けて館に戻ったクウハ。
正直、腹がすいているわけでもないが……ヨモトがせっかく気合を入れて作った飯だ。
ダメにするのもだろ。
そう思い、リビングの食卓へと向かう。
だだっ広い食卓に、今朝までここに居座っていた子どもの姿はない。
客人との別れを惜しんでいるのか、住人達もどこか静かだ。
(だからガキなんざ拾ってくるもんじゃネェんだヨ。)
そう息を吐きながら席に着けば。
もうすっかり冷めてしまったハンバーグには、ケチャップで誰かが書いたであろう文字が。
『クウハのバ~カ!』
それをしばらく眺めて、クウハは何を言うでもなく、たった一人だけの静かな晩餐を済ませた。
おまけSS『知らない臭いの。』
誰もいない、暗い洋館の一室。
色とりどりの風船が浮かび、けれどそんな華やかな部屋の様子とは反対に、遊ぶ子どもの姿もなく寂し気な部屋の一角で、今日もピエロは溜息ばかり。
森を探してみても、新しい
それどころか。
「クウハも最近、なかなか帰ってこないのネ……やっぱり不良なんだナ。」
たった一月程度。
悪霊として生きた長い年月の中では、本当に瞬き程度の時間だ。
それなのに、この一月程度で、パルルのよく知るクウハは、変わってしまった。
「たまに帰ってきても、いつも別のこと考えてるのサ。それに、いつも嫌な大人のにおいがするのヨ。」
窓の外を見ても、月は見えない。
暗い森に、今日も彼の気配はない。
「……クウハも、他の大人みたいにボクを置いていなくなっちゃうノ?」
誰も、答えてはくれなかった。