SS詳細
遠い青と、君の歌
登場人物一覧
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歌うことが好きだ。
奏でることが好きだ。
でも、時々不安になるんです。
わたしにもっともっと出来ることがあればお役に立てるのだろうか。
青い空を見上げれば、手を伸ばすにはまだ遠く、遠く思えたのだ。
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シレンツィオ・リゾートで騒動が起こっている昨今。
普段は歌や音楽で仲間を奮い立たせ、その背中を押すことを役割にしている柊木涼花であるが、最近はひとつ悩みの種があった。
それはいわば今いる場所から空に手を伸ばすことと同義。
自分に今出来ること(音楽)に関わらず出来ることの幅を広げたいという願いだった。
依頼で外に出ることも増え、さまざまな局面に出くわすことも増えた。
だから、
――あと、すこしだけ。できることがあったなら。
目の前の誰かの為に躊躇わず踏み出せるのだろうか。
たとえば、あとすこしだけ、遠くを見渡せる眼があったなら。
たとえば、あとすこしだけ、多くを聴ける耳があったなら。
たとえば、あとすこしだけ、この手の届く範囲が広かったなら。
わたしはもっと、仲間の役に立てるのだろうか。
望んだのはいわば自身に対する後押しでもあった。
力であればゆっくりつけていけばいい。けれど、役立てる技術は今すぐにあって損はないはずだ。
「でも、なにから始めたらいいんだろう」
いわゆる戦闘に依らない非戦技術というのは幅広い。それこそ人によって出来ることは様々というように。
自分に合ったものを身に着けるのがいいというのは自明であろうが、涼花には音楽以外に自信のあることもさほどない。
考えていても思考は詰まるばかりで。
「できるようになりたいことを考えるというのも、それはそれで難しいな……」
こんなときは出来ることをしながら気分転換をしよう。
ふとそう思い立った涼花は導かれるように愛用の楽器を手に取った。慣れた手つきで弦を弾き、何度も繰り返し転がしたフレーズで体が揺れる。
ああ、音楽をしている時間だけは。
自らの感情も衝動も乗せて、悩みなんてぜんぶ解決するように思えるんだ。
歌う。歌う。
はっ、と。気づいたら窓辺から歌う声が聴こえた。
涼花の歌声に惹かれたのか、そこにはいつからか一羽のオオルリの姿があった。
(これは……わたしの音楽に合わせてくれているのかな?)
その考えを肯定するように、涼花がそっと爪弾いた音に呼応してオオルリも歌声を高らかにする。
ぱぁっと笑顔になった涼花は夢中になって楽器を弾いて歌を歌った。
奏でるは至上の音楽。聴いたものに勇気と力を与えるおと。
その傍には美しい鳴き声のオオルリ。
しばらく経って2人のセッションが終わった頃、涼花は次にいう言葉をもう決めていた。
楽器を大切そうに置いてから、オオルリに向き直る。その手をそっと青い鳥に差し出して囁いた。
「小鳥さん。わたしのファミリア(ともだち)になってくれませんか?」
それは懇願のようでいて軽いお誘いでもあったのだ。
勿論、【ファミリアー】と呼ばれる使役術を身につけるのも簡単なことではない。それにこのオオルリが自分と戦場へ出ることを良しとしてくれるのかという問題もあった。
「それでも、わたしはあなたとなら頑張れる気がするんです」
なにより、と笑みを溢して。
「あなたとまた、歌いたいんです! わたしと一緒に歌ってくれませんか」
真摯に。ただ真っ直ぐに。
かけられた願いに、オオルリはつぶらな瞳をじっと涼花に向け、そして応えるように「ピィ」と、麗しい声で鳴いてみせた。
「それならさっそく、ファミリアーの勉強を頑張らなければなりませんね!」
手先にオオルリを乗せ、意気込んだ涼花は、ファミリアーの勉強を始めることにしたのだった。
“ファミリアーの使役方法、指示方法は、使い魔と最も意思疎通がとりやすい方法が望ましく、またそれに決まった方法は存在しない。”
ならば、自分達らしい意思疎通方法があればいいのではないか。
そしてそれにはうってつけの、これ以上ないぴったりの方法が涼花とオオルリの間にはあった。
「いきますよ!」
楽器を掻き鳴らし歌えば、オオルリも歌う。
音を通して涼花は自身の感情と意志を伝え、オオルリはそのように飛ぶのだ。
練習を重ねれば奏でた音ひとつでお互いの意思が図れるようになるだろうし、また一緒なら他の非戦スキルの勉強も頑張れる気がした。
さあ、共に歌おう。共に行こう。
仲間を鼓舞し、彼らの役に立てるように。
近い未来、一緒に戦場で歌を響かせる日が、きっとすぐそこにあるから。
青い空に手を伸ばした。きっとまだ、遠く。けれど伸ばした分だけほんの少し、近づいた気がした。
おまけSS『とあるオオルリの願い』
あのひ、そらをとんでいたら歌が聴こえたの。
とても素敵な歌声だった。
だから、歌ってた女の子のそばでいっしょになって歌ったわ。
むちゅうになってわたしたちはいっしょに歌った。
そしたら、歌い終わったあのこはわたしにいうじゃない。
ともだちになってくれないか、って。
あのこはイレギュラーズというのね。ええ、とりたちの情報網をあまくみないで。
あのこのともだちになれば、キケンなことはきっと多い。
けれどなんでかしら。それ以上にわくわくしていたの。
あのこのキラキラしたひとみをみていたら、もっとすてきな歌を歌えるとおもったわ。
だから、いっしょに歌いましょう。
たかくたかく、あの青い空に響き渡るような歌を。
これから、いっしょにね。