PandoraPartyProject

SS詳細

患ってる

登場人物一覧

綾敷・なじみ(p3n000168)
猫鬼憑き
越智内 定(p3p009033)
約束

 同年代の奴らが嫌いだった。男女が会話をしていれば直ぐに好きだの嫌いだの噂を流す。
 上履入れのラブレターは嫌がらせだと分かりながらも顔を出さない方が酷い目に遭うから顔を出した。
 スマホのカメラが周りを取り囲んで期待していた馬鹿野郎扱いされたムービーがクラスで拡散されていく様を眺めていた。
 クラスの奴ら曰く、どうやら僕に好かれるのは罰ゲームらしい。他人の好きだ嫌いだはどうでも良いが――どうでも、良かったけど。
「定くん」――君が気軽に、何の意味も込めず、楽しげに。
「私は君と居るのが好きだよ」――口にされたそんな言葉が僕の心をどうしようもない位に締め付けるんだ。
 知っているかい? なじみさん。
 感情っていうのはね、莫迦らしいほどに単純で、名前を付けなくっちゃないのと一緒。
 今まで蓋してきたんだ。それでも、もう堪えきれないと心臓が叫んでいる。
 だから、僕はこの感情に名前を付けてやるんだ――『患ってる』ってね。


 ――来年は、二輪車の免許を取るよ。そしたら、また来ようよ。

 ――それって、大きいバイク?

 そんな会話を思い出す。定は案外、形から入るタイプだ。初めてだと告げればショップで勧められた883ccのアメリカンを愛車だとなじみには写真を送付してあった。
 一緒に出掛けたいと口にしたのは勿論、なじみの側だ。自転車を飛ばして海に行ったあの日のように後ろに乗せるには免許取得から一年が必要なのだと聞いている。
 そうした部分まで現実に則している希望ヶ浜には感心するが、そういう所はファンタジーにしてくれても良いんだぞと少し肩を落とした。
 サイドカーをレンタルし、受験勉強に追われる彼女の代わりに『デートプラン』を考える。因みに、遊び先と敢えて言葉を濁す定に「デートだぜ?」となじみが追撃をかけたのだった。
 花火はいつものメンバーで楽しみたい。海に行くには未だ未だ約束の時期まで早い。

 ――もう片方は、来年だよ。来年、君が二輪車の免許を取って私と一緒に海に来るんだ。その時に渡して欲しいんだ。だから、片方だけ。

 柔らかかった耳朶の、伝った一筋の血液に、埋まらないで欲しいと開けたピアスホールに約束を飾ったのは11月のことだった。
 7月の眩すぎる太陽を受けて「暑いけど、遊園地!」と提案すれば「夏休みイベント真っ最中!」となじみからは嬉しそうなスタンプと共にメッセージが返された。
 出掛けようとコーディネートに迷いながらも定は愛車を撫で付けて、乗っている格好が不格好ではないかと鏡と睨めっこ。友人達にも似合ってない気がすると相談し、勢いだったと後悔したように呟いている間に約束の日付がやってくる。
 ――腹を括れ。越智内 定、なじみさんが『大きいバイク』? って聞いてたろ。排気量は400以上じゃなくっちゃ様にならないぜ。

「あ、定くん! こっちこっち、それが定くんのバイク? 格好いいぜ!
 私も免許取ったら一緒にツーリング行けるかな。あ、でも大型はちょっと怖いかも」
 サイドカーに乗ると言えど動きやすいようにとパンツルックで現れたなじみに定は「格好はツーリングにぴったりだから後は免許だね」と揶揄い笑う。
 似合ってない、可笑しい、なんて言葉は出ずに早速、乗りたいと心躍らす彼女に定はにんまりとした笑みを浮かべて見せた。
 向かう先はなじみも幼い頃に両親と共に来たことがあるという遊園地。なじみは観覧車を指差して「昔乗ったんだ。後で乗ろうね!」と笑った。
 乗り放題チケットは学生の身分では少し値が張った。アルバイトでまた稼げば大丈夫だと自分に言い聞かせれば「節約しただろう?」となじみがバスケットを持ち上げる。
 流石は再現性東京。冷蔵ロッカーが完備されている。中身は秘密のお弁当はお留守番。二人揃って絶叫系の『はしご』を楽しんだ。
「あああああ――――――ッ」
「うふふーーーーぅッ」
 ジェットコースターは好きだぜ、と自慢げであった定は恐怖に顔を引き攣らせ、なじみは楽しげに万歳の姿勢で叫んでいる。
 此の儘ジェットコースターを乗り続ければ喉が千切れてしまうのではないかと言う程に定は叫んだ。
「良い叫びだったぜ、100点」
「それは喜んでいいのかい!?」
「じゃ、休憩という事で」
「お化け屋敷は休憩じゃないと思うぜ!?」
 いいじゃんと揶揄うように手を繋いでなじみは定をお化け屋敷へと引っ張って行く。
 お化け屋敷の演出が夜妖と退治する何倍も恐ろしいのは何故だろうか。本物を知っている癖に嘘にこれだけ叫べるのだからエンタメを楽しめる自分を褒めたいと定は言い訳をしながら――盛大に腰が退けていた。
「定くん」
「違うよ」
「おいでよ」
「違うって」
「何が?」
 動けないわけじゃない。呟く定の手をぐいぐいと引っ張って怯えることのないなじみに「怖いものなしかい?」と定は泣きべそを掻きそうになりながら呟いた。
 実際の所は小さな頃から何度も入ったことがあり大体の構造が分かって仕舞っていた、というなじみの『定くんへの秘密』が存在していたのであった。
 昼食まであと少し時間が余りそうだ。弁当を持ち込んだ為、何時だって食事を行えるが折角ならば午前中は遊び倒したい。
 何処へ行こうかとマップを眺める定の手許を覗き込んでからなじみは定の服をつん、と摘まんだ。
「あれ、乗ろうよ」
 指差されたのは可愛らしいメリーゴーランドだ。ファンシーすぎるそれに思わず引き攣った表情を浮かべたのは気恥ずかしさからか。
「……え?」
「ちゃんと、エスコートして」
 昼食時も近く、メリーゴーランドの周辺には人影もまばらだ。なじみは「ね、この馬に跨がって」と白馬を指差す。
「手、貸してね」
 その傍らの馬に跳ねるように跨がったなじみはにんまりと微笑む。少しの距離が存在するメリーゴーランドの馬上でなじみは「楽しいねえ」と零した。
「え?」
「楽しいねえー」
「聞こえない」
 大きすぎる位のBGMに掻き消される声。定は「何て?」と繰り返し問い掛けるがなじみはそれ以上は笑っているだけであった。 

「定くんのお弁当見せて、見せて」
「驚くかも知れないぜ?」
「私の好きなものが入ってる?」
 勿論だと定は自慢げにロールパンにハムや野菜、玉子サラダ、変わり種でたこ焼きを挟んだロールサンドの入ったバスケットを差し出した。
 唐揚げや卵焼きも添えて市販のロールサンドバスケットには負けないと胸を張る。
「私、唐揚げ好きだなあ。言ったっけ?」
「言ってないけど、弁当の唐揚げが嫌いな奴なんて居ないぜ」
「確かに? 私、あれも好き。エビグラタン。蟹とかも好きだけど、殻から取るのが難しいんだよね。魚貝が好きだよ、猫ですから」
 猫ですから、の言葉に引っかかりを感じながら定は気を取り直してなじみの持ってきた弁当を見せて欲しいとせがんだ。
 なじみの用意した弁当はハンバーグや蛸さんウインナー。定番の出来である。
「ハンバーグ好きだぜ。言ったっけ?」
「ううん。でも好きそうな顔してる」
「それは、どんな顔なんだろうね。腕白って事かい?」
 カレーライスも好きそうと、定の『図星』の言葉を重ねてなじみはころころと笑う。
 ドリンクは園内で購入し、午後はのんびりとしたアトラクションを回る。余り遅くなりすぎると帰宅が遅れてしまうだろうか。
 定が時計を気にする仕草を見せ始めたことに気づき、なじみはマップを指差した。
「お土産見たら、観覧車乗ろうよ。お互いでお土産交換したいよね」
「うん、いいよ」
 売店に向かう彼女の後ろ姿を追掛ける。丈の長いシャツで尾を隠し、帽子で耳を隠したなじみがくるりと振り返ってから「定くん!」と屈託無く笑って手招いた。
 いつだって追掛ける側だった。「待ってよ」と走り出す事に躊躇いだって無くなった。
 ――昔は追掛けることだって脚が縺れてしまいそうだったのに。すんなりと追掛けられるようになった自分に少しの違和感を。
 それから差し出された手を自然に握る、ただ、それだけで嬉しくなった。どうして、嬉しいかなんて解らないけれど。
 土産はバッグかポケットに隠してから観覧車で交換しよう。
 そんな可愛らしい提案に定が選んだのは可愛らしいピアスだった。土産物のピアスは風鈴をモチーフにした涼やかなものである。
 片耳だけ空いたピアスホール。本来は彼女のものではないかもしれない『猫の耳』に約束を飾った彼女は夕暮れ時に影を伸ばして観覧車へと向かって行く。
「昔ね、お母さんとお父さんと来たんだ。私が8歳くらいの時」
「うん」
「その時にね、ゴンドラが高く上がっていくのが怖かったんだ。足元が宙ぶらりんになったみたいで」
「うん」
「観覧車、実はあんまり好きじゃない。一寸怖かったから。でも、乗りたくなったんだよね。定くんと二人ならお空の旅は絶対最高だし」
 ――手を繋いでいてくれるなら、其れだけで怖くないよね。
 そう言って、ゴンドラに乗り込んで、向かい合うわけではなく隣同士に座った。
 どくん、と早鐘を打つ心臓に。飲み込みきれない違和感が緊張を走らせる。握る手をゆっくりと解いて「お土産」と呟いたのは手を握っている事に耐えられなくなったから。
「うん。私、あれにした。キーホルダー! 子供っぽいけど、お揃いだよ」
 遊園地のマスコットであるクマがハートを抱いたマスコット。定には赤色を、なじみは青色を。子供っぽいから可愛いでしょうと笑う彼女に定は頷いた。
「じゃあ、僕から」
「ピアス?」
「そう。最近、ピアス集め好きだろ? これなら夏っぽいし、どうかなって思ってさ」
 風鈴が風に揺れるような、可愛らしい其れを帽子を取ってから耳に宛がった。「似合う?」と問うて嬉しそうに付け替える彼女は片方だけを鞄へと仕舞い込んだ。
 空に向かっていくゴンドラで、取り留めなく、意味も無く、ただ、脈絡もない話しばかりを繰り返す。
 学校がどうだとか、友人がどうだとか。そんな、当たり前の日常を笑い合って話しているだけだというのに、定は心臓が叫び出したいように疼いているとさえ感じていた。

 バイクに跨がって「楽しかったね」と呟く定に「そぉだねぇ~」と歌うようになじみが返す。声が少し遠い、聞こえやすいようにと間延びしたその声が背中から感じない事が遣る瀬ない。
 自転車の時には「出発進行」と拳を振り上げてから背に回される腕。背中に感じる温もりと、もう『ひとりぶん』の重さがあった。
『ふたりぶん』を運ぶ為に随分悲鳴を上げた太腿と脹脛は今は添えるだけの宙ぶらりん。ぎゅうとしがみ付いてくれる腕も遠くなった。
「なじみさん」
「んー?」
 声をかければ、返事がする。確かに隣に乗っているのに。確かにそこで話をしているのに。
「ジェットコースターが好きなのに観覧車苦手って意外だったぜ」
「え、今日から観覧車好きになったぜ?」
「……なんで」
「定くんとなら怖くないって言っただろう。あ、本当は観覧車嫌いじゃなかったかも」
「揶揄ってるのかい?」
「揶揄ってるのかもしれないぜ?」
 いつだって、定を揶揄うことが大好きで、そっけない会話でも弾んでしまえば楽しくなって堪らない。
 それでも、だ。自転車で『ふたりぶん』を運ぶわけではない状態では、どうしようもなく彼女がそこに居るのかを探し、確かめてしまう。
 少しでも目を離したら彼女はきっといなくなる。居なくなってしまいそうで、酷く、怖かった。
 ――怖い? どうして。どうせ、僕とは只の友達だろう。友達同士は何時か離れるものじゃないか。特に、大人になったら。
 受験を経て、彼女だって大学生になる。新しい世界が開けて、越智内 定と綾敷・なじみを取り巻く関係だって変わってしまう。
 そんなこと、分かって居るのに。分かって居るからこそ、酷く怖かった。
「あのさ、前にバイクで海に行こうって約束しただろう?」
「うん。その時もこんなかんじかな」
 二人乗りはまだ早いんだっけ、と帽子を押さえながら乗り心地を確かめるようになじみが身動ぎをした。
 彼女の言う通り、次の約束だって『ひとりぶん』ずつになってしまう。それでは会話もままならないし、思い出を話す事だって途切れ途切れになってしまう。
 それ以上に、彼女のぬくもりが遠くなってどうしようもなく怖くなる。
「定くん? どうしたの?」
 不思議そうに瞬くその眸がきらきらとしている気がして。信号待ちで、ブレーキを握った指少し力が籠もった。
「いや、なんか声が遠いと思ってさ」
「そうだねえ。普段は自転車で二人乗りだしね」
 そうだ。其処に居るのが分かって居るのに、遠いから、怖い。

 ――怖いんだ。
 君がいなくなることがどうしようもなく怖い。怖いと思ってしまったこの感情に気づいてしまうことだって恐ろしかった。
 自覚してしまうことだって、なんだって、怖い。気づかないフリをしていたのに。言葉にしなくったって自覚してしまえば同じ事。
 ……その感情に名前を付ける事も出来ない。感情に名前を付けなければないと一緒だろ?
 だって、考えて見ろよ、越智内 定。
 口調を真似て、仕草を真似て、可笑しいねと揶揄う所も。誰にだって優しい所も。
 屈託ない笑顔も。調子が良い所も。自転車に乗っていたら後ろから応援してくれる所も。
 ぎゅっと抱き着いて、落ちてしまわないようにする怖がりな所も。
 強がりで、泣き虫な所も。秘密ばっかり抱えているくせに、一人で抱えきれないところも。
 ……小さな掌も。君が『定君』と呼ぶ声も。なにもかも。こんな風に、ひとつひとつ。
 ただ、ひたすらに。言葉にもならない事も含めて、全てを挙げきれないほどに、綾敷・なじみの沢山のところが好きなんだ。
 そうだ。怖い理由に名前を付けよう。諦めて自覚してしまえ。
 ああ、僕ってなんて――患ってる恋してる
 君が、好きだ。好きなんだ。誤魔化せないくらいに。

 それでも、定は言葉にできなかった。気持ちを吐出す勇気が無くて、呑み込むには大きすぎて。
 だからこそ、まだ伝えやしない。何時か、君に伝えられる日が来るのかも解らない。
 それでも、気づいてしまえば溢れ出してしまうから。堪えるように声を絞り出した。
「なじみさん、あのさ」
「うん」
「約束、変えても良いかな?」
「えっ、行かないの? え、え……いきなり……定君、冬の海は嫌いかい?」
 思わず立ち上がってしまいそうな程に身を乗り出してなじみは非難がましく声を出した。
 拗ねたような、困ったような、どうしてと問い質すような眸。余り見ない表情にそれも可愛いだなんて『好きだと自覚した途端救いがないぜ、全く僕は!』
「ち、違うよ。次、自転車にしたいんだよね」
「え、運転、不安?」
「いや、なんていうか、話してるのに聞え辛いだろう?」
「あ、確かに。じゃあ、次は自転車でね」
 ――まだ暫くは君の重みを感じながら進みたいだなんて、気障すぎて言葉に出来ない!

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