SS詳細
かけがえのない友人
登場人物一覧
冒険に行こう。エドワードからそんな誘いが来たのは、よく晴れた昼間のことだった。
「青い花がたくさん咲く場所があるんだぜ」
「青い花、ですか」
ハインが首を傾げると、エドワードは胸を張るようにして笑った。
彼は、冒険が好きだ。思わず心が躍るような場所に出向いて、そこで友達と普段できないような体験をするのを楽しんでいるらしい。彼はその青い花を見に行くのに、友人の一人であるハインに声を掛けたようだ。
友達の定義は、ハインには難しい。辞書を引けばその意味を表す言葉の羅列は見つかるのだけれども、感覚として理解するとなると、話は変わる。
そもそも自分は、戦闘を目的に製造された秘宝種だ。人の感情の機微や移り変わり、それから関係を汲むように作られているのかと聞かれると、答えに困る。だから、友人や友情が何かを知ってはいれども、理解することはできていなかった。
「ハインに見せてーんだ」
緩やかとは言い難い山道を登る必要があり、時折モンスターが出るかもしれない。それでもいいかと彼が尋ねてくる。
彼が誘ってくれているのだから、断る理由は無かった。
差し出された手を取ると、彼が「ひひっ」と笑う。エドワードが笑うときの癖だ。
では、行きましょう。そう呟くと、彼は目的地のある方向を指さして、楽しそうな表情を浮かべた。
それなりに険しい山だった。ところどころ階段がつくられていたり、柵が建てられていたりはしたけれど、傾斜が急なのには変わりはない。ただの獣道のような場所もあったり、整備がきちんとされていないところもあったりして、登るのは楽だとは言い難かった。
「疲れてないか?」
エドワードが時折振り返って、こちらの様子を尋ねてくる。その額にほんの少し汗がにじんでいるのを見ながら、ハインは首を振った。
「いえ、平気です。エドワードこそ疲れていませんか?」
「まだまだ平気だぜ」
彼がそう言うのならそうなのだろう。それなら良かったですと返して、足にぐっと力を込める。道が広くなったタイミングで、隣に並んだ。
「目的地まで、あとどれくらいでしょうか」
エドワードはうーんと首を傾げて、数十分くらいかなと口にする。
「そろそろモンスターが出てくる頃らしいから、気をつけような」
頷けば、二人で戦えば大丈夫だと彼が言う。
現れるモンスターは、自分たちの力ならさほど苦戦することはないという。それを差し引いても、彼に大丈夫だと言われると本当にそう思えるのだから、なんだか不思議だった。
モンスターが現れたら、大鎌を使って倒そう。大丈夫だ、友達がいるのだから。そう思った時だった。
木の影から何か生き物が飛び出してきた。それは道を塞ぐようにして立ち、こちらを見降ろした。
「これが」
「話に聞いていたやつだな」
狼によく似た生き物だった。人の身体ほどある体躯に、大きな牙と爪があるのが特徴だ。身体は黒く染まり、目の色が赤黒く変色している。正気の状態だとは思えなかった。
「倒しましょう」
ハインが大鎌を振りかざすのと同時に、エドワードが剣を構えた。
大鎌を振ると狼は軽い身のこなしで避け、隙あらば噛みつこうとしてくる。こちらに飛びかかってくる狼。ハインが身を強張らせた瞬間、エドワードの剣が狼を貫いた。
「大丈夫かー!?」
「ええ。助かりました」
地面に落ちた狼の目からは敵意が消えていない。放っておけば再び起き上がるだろう。ならばと鎌を構えなおし、その身体に向けて振り下ろした。
これで、このモンスターは倒せた。もう襲い掛かってくることはない。他に生き物の気配は感じられないし、しばらくの危険は少ないだろう。
「ハイン、やったな」
とん。肩を叩かれて、思わず大きく息を零していた。喜ぶ彼の顔を見て、モンスターを倒せたとこを実感できた。
エドワードが上げた手。ハイタッチの合図。彼の手の動きでそれが分かったから、それに沿って手を動かした。
心地よい音が、山の中に響いた。
モンスターが現れたのも、最初の一回だけだった。あとは何事もなく山を登ることができ、目的地にたどり着いた。
倒木が重なっていた。雷といった自然災害のためなのか、人間が引き起こしたものなのかは、ハインには分からない。ただ光があまり差し込まないはずの山の中でそこは妙に開けていて、近くではみられない植物が集まっている。
「これを、見せたかったんだ」
足元に視線を落とすと、他の植物に隠れるようにして青い花が咲いていた。
しゃがみこんで大きな葉をどかしてやると、小さく可憐な花が顔を出す。それはほんの少しの儚さと凛々しさを併せ持つように、陽射しを求めて咲いていた。
周りを見ると、同じ青い花がところどころに咲いている。どの花も太陽の光に向かって、真っすぐに伸びていて、その生命力を感じさせてくる。ありのままの自然の美が、そこにあるように思えた。
「オマエのコアがサファイアだって聞いたから」
見上げれば、エドワードが照れ臭そうに笑っている。いつもの笑いが、ハインの耳に降ってくる。
彼が青い花の噂を聞いて思い出したのは、同じ色のコアを持つ友人だった。その名に友人の意味を持たされたのに関わらず、友人というものについて理解が浅かった、人形のような一面を持った存在。
「あの」
彼が、教えてくれたのだ。友情は理屈ではないと。
お互いの身体やその造りの違い、出会った時間も関係なく、お互いがそう思えばそれは「友達」なのだということを。
友達というものは、とても曖昧だ。くっついたり離れたりを繰り返すこともあれば、いつの間にか縁が途切れていることもある。かと思えばいつの間にか縁ができているような、複雑な糸で編み上げられた何か。理論としてその定義を定めるには、あまりにも概念的すぎる感覚だ。
しかしそれは、彼の中では、もっと単純な言葉だった。お互いが友達だと思えればいいのだ。それは仲良くなりたいとか、一緒に何かしたいとか、そんなもっと易しい理屈で理解できるものだ。だから、彼の言葉を聞いたとき、霧が晴れたような気持ちになった。
「友達というものを、教えてくれてありがとうございます」
おかげで今自分は、彼と共にたどり着いた場所で、彼の温かみに触れられている。友達がくれた思いやりを、友達の立場で感じられている。
エドワードの言葉が、衝撃的だったのです。そう笑みを浮かべて、彼の方を見る。
「友達がいるのは、何というか、楽しいですね」
出かけるのも、闘うのも、一人と誰かといるのとでは違う。友達がいると、淡々と過ごす時間が、心が躍る時間に変わることだってあるのだ。
これからも、よろしくお願いします。そう言うと、彼はぽっと顔を赤くして、「こちらこそ、よろしくな」と返してきた。
花をつつくと、青い花弁がゆらゆらと揺れる。指を離せばそれは再び空に向かって咲いて、風に揺られるだけになった。
この花の姿を、エドワードと過ごした今日を、記録に長く長く留めておこう。そう思った。
おまけSS『帰り道』
帰り道は、目的地で見たものの余韻と、そこから離れる寂しさのようなものがつのる。
青い花を一輪摘んで行こうかと思ったけれど、そのままの姿で咲いているべきだと思ったから、摘んでこなかった。押し花にしてしまえば記録を呼び起こすためのトリガーになるかもしれないが、自分の記録に記憶として残されていれば十分だった。
「また、どこかに行きませんか」
「もちろん」
次はどこがいいかと考えはじめるエドワードに、今までどんなところに行ったのかを尋ねてみる。すると彼は嬉しそうに、今までの冒険の話を聞かせてくれた。
冒険の帰り道も、冒険。冒険の話を聞いている時もまた、冒険。
彼の話に耳を澄ませると、彼の冒険を自分も体験しているつもりになれた。彼のわくわくとした気持ちも知ることができるようで、もっと話してほしいと頼んでしまう。
次が楽しみだと笑う彼に、頷く。
本当に、次が来るのが待ち遠しかった。