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独立島でのとある日
登場人物一覧
●歯車卿への陳情
「歯車卿がいる前でこんな事を言うのもなんだけど、この派閥はいわば「寄せ集め」で、それぞれ目的も性質も違う組織の集まりだ」
軍部非主流派──現在の名称は独立島アーカーシュだが──にてマルク・シリング(p3p001309)が発言する。
外部から切り離された浮遊等であるアーカーシュにてクーデターは警戒すべきだという発想だ。出来ることならイレギュラーズ主導で行いたい。マルクの提案したものは住民の居場所や動向を抑えて置きたいというものだ。
「私としては『古代文明の品を狙ったスパイ』を警戒してましてねー」
『合理的じゃない』佐藤 美咲(p3p009818)が間延びした口調で合いの手を入れる。
「そこでなんでスけど。人員名簿……戸籍のような物作りですね。人員の把握による生産性向上と先述したスパイ対策が目的ですね。これやったら住民の紐付け出来るんじゃないかとー」
「戸籍……?」
『蒼空の眼』ルクト・ナード(p3p007354)が疑問を投げかける。
「私のいた国でありました。身分証明みたいなモンでスね。父と母は誰かーとか、婚姻は誰かーとか」
「歯車卿への陳情を考えよう」
「ではそれの手伝いでもしようか」
「陳情くらいならー」
マルクの提案にルクトと美咲が乗る。
名簿作りの必要性と対策や提案。それらを簡潔にまとめて『歯車卿』エフィム・ネストロヴィチ・ベルヴェノフへと提出する。
「「「えっ」」」
軍部非主流派に三人の驚きの声が重なった。
●アンビバレンツ
アーカーシュの廊下にて。遠方の景色は青い空が広がっている。浮遊する島というのをまざまざと実感させられるが、今では見慣れた景色だ。
「そっくりそのまま振られるとはね……」
マルクが少しだけ途方に暮れる。
「予想外だったな……」
面食らった様子のルクト。美咲はあからさまにうなだれている。
「絶対面倒くさいっス……でもやるしかない……」
三人の内情はこうだ。必要なこととわかっていて名簿はあれば便利、ではあるが苦労が目に見えている。
「千里の道も一歩から、だね。僕は軍部穏健派、傭兵など社会的陣営への交渉を担当しようかなと。美咲さんは軍部過激派、マフィアなど反社会的陣営をお願いしていいかい?」
「承ったっスー。得意分野でスからね」
「ふむ、では私は揉め事の仲裁や用心棒をしよう。美咲もマルクも揉めそうな雰囲気があれば私を呼んでくれ」
「ありがとうございまス」
「じゃあ近隣であればルクトさんにファミリアーで連絡を入れるよ」
●三人の名簿まとめ作業 at 深夜
アーカーシュのとある一室。部屋を貸し切っての作業だ。部屋の入口には美咲の字で『差し入れ歓迎!』と張り紙してある。
いくつかの机と書類の束。机に乗りきらなかった書類は床に置いてある。
「それで……皆で集めた情報の束を名簿にまとめると」
マルクが苦笑する。
「必要情報はこれで全部かな?」
「そのはずだ」
ルクトが相槌を打つ。
「めまいがしまスねえ」
美咲が率直な感想をのべる。
マルクが何かを書き出す。
「スケジュールはこんなものかな。このペースでやれば数日で終わるはず。名簿作業にもやることはあるからね。だらだらと続けるのは効率が悪い。……美咲さんペース遅いけど大丈夫?」
「こ、こういうのは苦手でスね。書類検索は得意ですが冷却シートがおでこに欲しいっス。締め切り前の同人作家みたいでス」
「冷却シート……? 何、私が手伝おう」
ルクトが申し出る。機械脳で単純作業をしながら思考作業は人の脳でやっているルクトはペースを大幅にアップさせていた。マルクはまめさを活かし、検品も行っている。
「なるほどローレットのイレギュラーズの名簿を参考にしたんでスね」
美咲が関心する。
「美咲さんがいた国ではカオスシードのみの構成だったらしいけど混沌ではそうはいかない。一番わかりやすいのがローレットの名簿だと思ったんだ。特に種族特徴は視認しやすいからね。種族も記載させてもらうよ」
「交渉も楽ではありませんでしたが、やっぱり書類整理は大変でスねー。ルクト氏のとこ荒っぽそうでしたが大丈夫でした?」
──生産ラインは効率化する必要がある。その一環だ、あまり揉めてくれるな……何、悪いようにはしない。
ルクトが思いを馳せる。
「まあ多少手荒なことはしたかな」
ルクトが腕を軽く上げる仕草をする。
「あ、やっぱり」
想像通りだ、とでも言いたげな美咲。
「美咲さんこそあそこどうやってまとめたんだい?」
マルクが疑問を投げかける。
「まあちょっと袖の下……賄賂でスね。使いましたね」
「なるほど……」
「社会的陣営の信頼を勝ち取ったのはマルク氏の誠実さがあったからじゃないかと思いまスね。ありがとうございまスー」
正面から正攻法で筋を通しぶつかれるのがマルクの強みだと美咲は思った。
【ジェフ・オー・スウィングラー】
【ジェフリー・タッチェル】
【ジェラルド・カロッサ】
【ジオルド・ジーク・ジャライムス】
美咲がジオルドの所で手を止める。だが一瞬でルクトもマルクも気付かない。
──先輩の名前っスね。
「(立場としては、伊藤三佐……じゃなくてジオルド氏が暗躍しやすいように名簿から外すべきなんでしょうけどね。でも、)」
ここは日本ではない。遠い混沌の地だ。
「(ラトラナジュの火の件は私の仕事。勝手なことはさせないから)」
「そういえば美咲さんのいた国ではこういう名簿があるって話だったね?」
「戸籍……だったか」
「はいー。ありますね。これあると保険証とか義務教育が……」
とまで言いかけて頭をひねる美咲。これでは伝わらないだろう。考え直して、
「な、なんと! 医療費が割引になったり、学校教育費が無償! 老後の退職後に補助金が受け取れる!」
美咲は自身のいた国日本に照らし合わせて言う。
「何だそれは。素晴らしいな戸籍」
ルクトが素直な賞賛をのべる。
「そう言われてみるとそうでスね? 離れてからありがたみを知る」
「学べることは色々ありそうだ。機会があったら教えて欲しいね」
マルクが勤勉さを見せる。
机の上にはおにぎりがあった。
張り紙を読んだのか、話を聞きつけたのか差し入れにおにぎりをもらった。美咲は既に三つ目、マルクは一つ目、ルクトにいたってはまだ食べていない。
「えっ……?!?!!!??」
思わず大きな声を上げてしまう美咲。
「(細いと思ったらそういうことっスか?!)」
「ああ、食事に関しては気を使わなくていいぞ。後で少し頂く。違うな。美咲、私の分もいくつか食べるか?」
「ええーーっ?! そうじゃなくて!」
「美咲さん足りなかったんだね。僕の分も食べるかい?」
マルクが善意でおにぎりを差し出す。
「ぎゃーっ! 真っ直ぐな目が今は痛い!」
ちなみに心を痛ませながら美咲はもらったおにぎりも食べた。
「あ、これビザが必要っスね」
「……ピザ?」
「えーと」
ルクトが期待通りのボケをかまし美咲はどう説明しようかと考えていた。名簿作成の手を止めて美咲は説明する。
「名簿を作ってもアーカーシュに立ち寄った人が旅行者かスパイか見分けがつかない訳じゃないですか。そこで通行手形と言うべきか証明書を発行するんス。偽造されたら困りますけどねー」
「なるほどそれも美咲さんのいた国の制度かい?」
「そうでス」
「参考になるね」
ルクトが切り出す。
「名簿に人員を追加していいか?」
「ルクトさんが言うなら基本的にはいいけど。理由を聞かせて欲しいな。内容によっては断るかもしれない」
マルクがまっとうな理由を説明する。
「私の個人的な思惑も入るのだが……。私の知り合いだ。基本的には勢力へ加勢する形になるだろう」
マルクや美咲へ説明したのち、ルクトは名簿になかった二人を追記する。『改造屋』ハンドレッドと『武器商人』ファイ。
ハンドレットは元々アーカーシュ用探査艇やアーカーシュそのものや他人員の技術に興味を持っていた。その技術への関与を交換材料とする。
ファイは武器商人としての活動から交流・交渉・物流管理に長けている。ハンドレッドの性分をルクト同様に理解している為、監視を兼ねて加担させる。
「……ハンドレッドは放っておく方が面倒だ。下手に別の勢力に技術提供をされても困る。すまないがファイ、付き合ってもらうぞ」
「んああっ、で、出来たー!!」
「完成だな!」
「皆お疲れ様」
お互いにハイタッチしたあと、美咲はソファにでろんと横になり、ルクトは首を鳴らし、マルクは書類を机でとんとんとそろえている。
軍部非主流派、今日も眼下は穏やかな青空だ。先の騒動で魔種パトリック大佐との最悪の事態はイレギュラーズのおかげでまぬがれた。だがこれから先着地点はどうなるか誰にもわからない。