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午後より前に
登場人物一覧
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「あっごめん! そこの君、ちょっと助けてくれる?」
「え?! う、うん!」
練達。新しいこんぺいとうを購入しご機嫌で歩いていたランドウェラ。さて後は家に帰るだけ、と油断していたところに現れた名も知らぬ青年は、助けてと言う割には目立った外傷もなければ戦闘の様子もない。
ただ細い青年はへらへらと笑いながらそれなりのスピードでランドウェラ目掛けて走ってくる。そういった類いの夜妖か、と大気に魔力を滲ませたところでランドウェラは瞬いた。
「……あれ、女の子?」
青年の後ろに続くのは何人かの女性。身なりはバラバラで、けれど青年を見る目付きは肉食系のそれ。やはりモンスターなのか。
ふぅ、と息を整えた青年はランドウェラの隣に着くと困ったように笑って。
「うん。ちょっと話合わせててくれると嬉しいな」
「それは勿論構わないけど」
「ありがと。名前は?」
「ランドウェラ」
「俺はハジメ。創造の創の字ね、覚えてて」
それから、まるで一仕事するように彼女達を見据えるのだ。
「創くん、今日あたしと出掛けるって!」
「ちょっと、私と夜同伴だったのは?」
「お店にいるって言ってたのに今日お休みだしぃ!」
普段なら女の子をみても特に嫌悪感も何もないランドウェラでさえもげんなりしてしまうような聖徳太子状態。どうして創はランドウェラを頼ったのだろうか。このままでは耳鳴りさえしてしまいそうな状況で、創はまたへらっと笑った。
「ごめんごめん、今日昔からの友達と飲みでさ。ランドウェラっていうんだけど、お互い忙しくてスケジュールが着かないから『今日行ける!』ってアデプトフォンで連絡来てつい休んじゃったんだよね」
全て嘘である。
「エミちゃんは今度リスケしよっか。たしか再来週空いてたよね?」
「う、うん」
「じゃあそこ開けといて。スペシャルプランね!
リオさんは同伴ごめんね。飲み終わったら会いに行ってもいい? 駄目なら今度の休み開けといてくれたら、会いに行きたいな~なんて」
「……まぁ、いいわよ」
「へへ、ありがと。
ケイちゃんもごめんね。たまには有給消化しとかないとなって。明後日は居ると思うから会いに来てよ」
「絶対いくからね! 待ってるから!」
「うん、ありがと。じゃあ俺達飲みに行ってくるから、またね?」
もう一度言おう。全て嘘である。
けれども説得力のある約束だと彼女たちは解釈したのだろう、いってらっしゃいと黄色い歓声混じりに手を振って。
それでいいのかと唖然とするランドウェラをやや引っ張るように、創は道を抜けて適当なカフェにランドウェラを連れて行った。
「さて。改めて助かったよ、ランドウェラくん」
「うん、どういたしまして。僕はランドウェラ=ロード=ロウスだ。好きに呼んでおくれ」
「じゃあランドウェラくんで。実は呼び捨てって慣れなくて。あ、カフェオレでいい?」
「うん。何か軽食は頼んでも構わないかな?」
「いいよ。助けてくれたお礼に奢らせてよ」
「それは有り難い。じゃあこのアフタヌーンティーセットにしよう」
頷きそれぞれを頼む創。そんな様子を落ち着かない様子で眺めながらポケットを漁る。こんなときは。
「こんぺいとう食べる?」
「ん……? まぁ、もらえるならもらっておこうかな」
「うん、いいよ」
「だめな選択肢もあったんだね」
「だってこんぺいとうは僕のお気に入りだからね」
「なるほどね」
洒落た音楽、それから周りに座る客の目線が痛い。
なるほど端正な顔立ちをしているのだろう、とうなずいて。
「創はなんで彼女たちに追われていたんだい?」
「え? ああ、俺ホストでね。ちょっと遊びすぎちゃった」
「ホスト……?」
「そうそう。だから創って名前も源氏名だったりするんだ」
「へぇ、そうなのかい。ところで源氏名ってなんだい?」
「え?」
「ん?」
何も通じていない。思わず吹き出した創にランドウェラは瞬いて。
「ま、偽名みたいなものだよ」
「そうなんだ。あ、届いたね」
目の前に連なるティースタンド。それから可愛らしいケーキ達。
周りに座る女性たちならまだしもそこそこ縦に長い男たちが食べるともなれば絵面は中々に変わってしまうものだ。
「これって食べ方とかあるんだっけ」
「さぁ、解らないなぁ。あ、ランドウェラくんが食べたいものを全部食べちゃっていいよ。俺はその余りを貰うね」
「お腹空いてないのかい?」
「いや、職業柄というかなんというか、いつでもお腹は空かせておきたいんだよね」
「たくさん食べないといけない場合があるのかな?」
「まぁそうなるね。お客さんには喜んでほしいし」
「うーん不健康。ご飯食べてる? もっかいこんぺいとう食べる?」
「じゃあもらおう。ふふ、ありがとう」
「いや、僕が心配なだけだよ」
にっこりと笑った創。なるほどこれはレディーキラー。
店員さんの対応もテキパキと済ませてくれるものだからついつい食べる方に夢中になってしまう。あ、甘い。美味しい。
「ランドウェラくん」
「うん?」
「ほっぺ、ついてるよ」
さり気なくペーパーナプキンで顔を拭いてくれる。その気遣いは恐らくはホストたる仕事由来のものであろうがしかしランドウェラにとってその親切は尊敬に値する。
そしてついでに親切にしてくれて嬉しいという気持ちも芽生える。食べかけのケーキを皿の上に置いて、まさかと瞬いた。
「お兄ちゃん……??」
「いや、違うけど。まぁお兄ちゃんでも良いんじゃないかな」
「ううむ、脊髄反射でつい。あんまりにも美味しくて、しかもタダメシ」
「そりゃ助けてもらったからね。稼ぎはある方だし」
「創って実は凄い人だったりする?」
「まさか!」
穏やかな秋風に滲む談笑。軽やかなメロディに溶ける紅茶の琥珀色は穏やかに。
なんてことない人助けだったけれどもふたりの始まりには丁度いい出会いだろう。
「さて、ランドウェラくん。今日は楽しい時間をありがとう」
「いいや、こちらこそ。一流のホストの腕前を味わってしまったな」
「友達にはホストも何も関係ないよ。その方がお互いに楽しいしね」
「でも飲み物をついでくれたりするのはきっと職業病じゃないかい?」
「……無意識だったな。そうかも」
「この後は?」
「ゆっくり買い物でもしようかなって。一緒にどう?」
「創がいやじゃないならついていこうかな」
「全然! おいでよ」
「やった。じゃあ行こうか、店の目星はついてるのかい?」
「ウィンドウショッピングだよ、惹かれたお店に行くものさ」
「へぇ、それは楽しそうだ!」
スラリと長い長身のランドウェラが一緒ならばショッピングだってきっと楽しい。創は笑って。
そんななんてことない、ちょっぴり刺激的な一日はこうして始まったのだ。
Afternoonと呼ぶにはまだ早い。けれどそれくらいが丁度いい。午後より前に走り出すくらいがきっと、二人の歩幅には丁度いいのだから。