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それは惨めで滑稽な夢
登場人物一覧
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黒い靄が頭の中を支配すしやがる。
こんな時は決まって同じ夢を見ちまうもんだ。
「──大丈夫。怖くない、怖くない」
全く……時折こうして同じ夢を見るなんざ──面倒なこった。
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夢の始まりはいつだって突然で、決まっていつか見た光景からだった。
俺様……『スケルトンの』ファニー(p3p010255)様の元の世界では馴染み深い……俺様
「ウゥ……グゥ……」
古い家屋の前で小躯な骨身の男と、恐ろしく低い唸り声を上げ足取りもふらりと覚束無い黒い狼が対峙している。
骨身の男はもちろん俺、黒い狼は──
「ガゥッ!!」
「!!」
立っているのもやっとの様子に見えた獣は急に突進してきた。その狼から逃れる為に俺は咄嗟に身体を動かす。無理矢理身体を動かしたもんだから足の着地先が悪くバランスを崩しかけるが……今はそんな事になるわけにはいかねぇ。俺は意地でも体勢を立て直すと気合いで地面を蹴った。
「くっ……ハッ! そっちは……おい待て!」
黒い狼はもがき苦しみながらもこの苦しみから逃れようと暴走の果て──この地域で家屋が密集する場所へ向かいかけていやがった。
「ハッ……ハッ……ハッ……ハッ!!」
「待てっつってるだろぉが!!」
唾液を滴らせながら暴走する黒い狼に、俺は食らいつくようになんとか追いつく。
地元民がどうなったところで俺には何ら関係ねぇしめんどくせぇが……この狼に取っちゃあ話は別。今まで
だから。だから俺は持てる力を持ってしてでも必死にコイツを抑え込む。こんな姿のコイツを地元民に見られる訳にはいかねぇ……なんとか、なんとか鎮めねぇと!
「……ア?」
身体内からミシミシといった鈍い音が響いた。俺は骨しかねぇが骨が喰い折られるような……そんな音だったと思う。血肉がない分そこまで悲惨な音では無かった事に己の運命に天を仰ごうかと思うのは後にするとして、だ。
夢中になっていて気づかなかったが、俺はコイツに腹を食われているらしい。しかも手加減もなしに……このまま噛み砕かれそうだ……ッ!! 痛がってる暇なんかねぇのによォ!!
「グゥ……グゥ……ッ」
だがコイツも必死に足掻いてる事が唸り声からも伝わる。だから痛みになんか屈してる余裕なんざねーんだ。なんでわかるかって? ……んなの
「──大丈夫。怖くない、怖くない」
だから俺はコイツを宥めるように説得する。噛み砕かれそうになりながらもコイツを力いっぱい抱きとめる。通じようが通じまいが知るか! そんなのこんな状況じゃあ一か八かに決まってるだろ!!
俺様の命ひとつでコイツを止められるもんなら……いくらだって張ってやらァ!!
「──ッ、──!!」
黒狼の身体からシュウと音を立てて煙のようなものが出てくる。きっと暴走していた魔力が抜け落ちてきている証拠だ。
「そう……いい子だ、偉いぜ」
俺はこのままコイツを宥め続けた。噛む力がまだ弱まっていない所を見ると、まだ一瞬でも気を緩めたら暴走するに違いない。こんな方法でしかコイツを鎮められない自分に少しばかり無力さを感じながらも、それでも少しずつでも正気に戻りつつあるコイツに寄り添う他ない。今コイツを戻すのに無我夢中な俺様が思いつくものがこれしかねぇんだわ!!
戻れ
戻れ
戻れ
戻ってこい!!
「ぐ……っ……グゥ……」
唸り声を上げながらもコイツの狼らしい前脚はやがて人間らしい手に変わり、後脚も人間らしい足に変化しつつあった。
俺はそれだけでも安堵しそうになるが気は抜かない。完全に戻ってくるまで……コイツを諦めたくねぇんだ!!
「戻ってこいよ……ミゼラブル!!」
──
────
「──ハッ!!」
息が苦しい。肩を大きく揺らし荒々しく呼吸を繰り返す。こんな身体だってのに、まるで肌皮のある人間のような苦しさに乾いた笑いを吐く。
「……はは。またあの夢、か」
骨身に伝う汗を拭いながら上体を起こすといつもの光景が広がる。俺が
俺はこの世界に召喚され、そしてこの世界に生きる者としてこの世界で生きている。
この世界は元の世界とは似ても似つかぬ世界だが……この世界の暮らしにも随分と慣れたもんだ。今更元の世界に未練なんざこれっぽっちもないが、この世界に召喚されて心底安堵した事と言えば── ガチャガチャ。
誰かが外出する音が聞こえた。気づかれないように窓の外をチラリと見下ろすとメイド服を着た
俺はアイツとこの家に二人で暮らしている。けれどそこまで干渉はしていない……と思う。敢えて言うなら俺も不器用だがアイツも同じぐらい不器用だからってことだ。
「アイツもいつまでも気にしなくていいのによ」
俺達の間にはいろんな事があった。語るに劣るほどだ。いや語るのが面倒なだけだが。生けるもんの過去話しなんかそんなもんだと思わねぇか? 骨である俺だってそんなもんさ。
面倒くさがりな俺は滑稽に未来を夢見て。クソ真面目なアイツは過去に自分を惨めったらしく置きっぱなしにしてる。ただ、それだけだ。最もアイツを惨めだと思いたくはねぇんだが……くそ! 全く面倒なやつだな!
だが、それでもいいと思っている。今はな。
まぁ今の俺には他にも守るべきモノもあって。
アイツにもそんな存在が出来れば或いは……いや、俺様がこういう話題に口を挟むことじゃあねぇな。
とは言えアイツをサラッと見捨てるってことじゃないぜ? アイツがどうなるかは静かに見守っている。頼ってきたらすぐ助けてやれるようにな?
俺様達はこの世界で生きていくしかない。ここがどんな世界でも。連れて来られちまったんだ、好きに謳歌ぐらいさせてもらわねぇと割に合わねぇと思わねぇか?
だから精一杯生きてやる。例え何があっても。それが──俺様の生き方だ。
「そう言えば……今日は街が賑やかじゃねぇか」
さっきはアイツを見ていて気づかなかったが、もう一度窓の外を見てみれば思わず呟いちまうぐらいには街が賑やかなことに気づいた。
何かあったか? と思って日付を確認して察しがついた。──今日の五年前に
「なるほど? これは祭りの一つでもやってそうだな」
こりゃいつまでも寝室に引き籠もってる場合じゃねぇな。早速支度をするか! まずは身なりを整えてから部屋を出てリビングに向かう。いつもの服にコートを羽織って、さっきまでしんみりしていた俺はこれで終わり。っと……グローブも忘れちゃあいけねぇよな。一番大事まである。
「……」
……何気なく
「さ、支度はこんなもんか」
さて誰を誘うか。大体祭りがやってる当てなんかねぇけどよ、ダチや大事にしてぇヤツと会う理由なんてどうにだって出来るさ。そうだろ? 何もなくたっていつも通り語らえばいいだけさ。昨日読んだ本や今の情勢……この世界は話題が尽きない程に忙しい世界なのだから。
「……よし、決めた。今日は記念日だ、皆に声かけるか!」
面倒くさがりの俺にしては珍しくそんな考えが浮かんだ。記念日っつーのは便利に出来てるもんだ。街が騒がしくなる気持ちもまぁわかったぜ。
今日はあんな夢の所為かヤケに物思う日になっちまったんだ、今から取り返さなきゃな! チョコ味の甘味とか見つけられっと一気に取り返せそうだよなァ!! そうやって楽しいことを考えながら出よう、そうすればきっと良いことがあるだろうさ?
俺は誰に対する言葉でもなく、そう玄関を出、駆け出した。
──それは7月29日、昼下がりのこと。