SS詳細
IF//突発性視覚変質病
登場人物一覧
●Medical record/--
患者名:ランドウェラ=ロード=ロウス
性別:男
年齢:不明。比較的若年層、10~20代のものと判断。肉体年齢、精神年齢共に生まれたての赤子のような幼さを見せる。
種族的特徴:虹彩異色症、白灰と赤。また右腕が黒く変色している。恐らく壊死……?
その他特記事項:
初期症状はめまい。のような、失神。
気絶する頻度が増え出歩くこともままならなくなったのだという。
必要な買い物があったため外出していたところ会計前で失神、そのまま当院へと救急搬送とのこと。
病名:突発性視覚変質病(idiopathic visual alteration failure)
通称――夢砂病と診断。
この病気は砂のように視界が溶けていく。渦を巻き意識が蕩けていく。視力が徐々に弱まり、体内の水分が蒸発していく。
そして最後には何も残らずに、風の前の砂のように消えてしまう。もっとも、砂なので砂粒は残るのだけれど。そんな病だ。
●
「ええと……うーん。どうすれば?」
対処方法はないのだとわかっていながらも笑みが漏れる。とりあえず処方箋を、と眼鏡を押し上げる医者には同情すら覚えてしまう。
(処方したところで、治る見込みもないんだろうなあ)
なんとなく。何か、噂に聞いていた病気とは違うような気がしていたけれど。だからといってこんなこと、起きるとは思っていなかった。
「この病気」
「はい?」
「死にますか?」
あんまりにも笑顔で。それこそ、道を聞くような調子でランドウェラが訪ねるものだから、医者も笑った。
「はい、死にますよ」
さて、どうしたものか。
聞いたところによれば、病院内で死ねば後の医療や科学の発展に役立てて貰えるらしい。
だけれども何かに縛られているなんて面白くはない。
「じゃあ僕がからからのミイラみたくなって、今にも死にそうになったら押さえつけてください」
病院との約束。あまりにも軽率な命の約束。それくらいが丁度良いのだと。あんまりにもあっけらかんと笑うランドウェラの様子に、医者はたじろいでいたか。
そうして、二週間が経とうとしていた頃のことだ。
「あ、れ」
変化は訪れた。
緩やかであれども確実に。
微かな痛みを伴うはずの右腕が。
「ない……?」
寝台から身体を起こそうにも、身体は軽いのに酷く億劫に思われた。
ぱらぱらとシーツに煌めく砂粒は黒く。ああ、まるで右腕のようだなんて、嘘だといってくれたならいいのに。
「腕ですね」
「はぁ」
見かけこそ砂であるが成分的には腕、に相当するらしい。
身動きをとることすら叶わず救急車。運ばれた先でやれやれと主治医は肩を竦めていたか。
「悪化してますね」
「みたいだね」
「入院しましょうか」
「それって痛いこと?」
「……まあ、ランドウェラさんが暴れるようなら痛くも出来ますが」
「うーん! お手柔らかにお願いできると嬉しいんだけどなあ」
「善処はしますが約束はできかねますね」
「そんなぁ!」
けらけらと。
そう、けらけらと。笑えていた日々が、まるで昨日のように思い出せるのに。
(……今日は、いつだ?)
意識を保ち続けることが難しくなった。
そう形容するのが正しいか。
少し前から。ランドウェラは次第に衰弱し、また、四肢のほとんどを砂として失った。その為合意の上でランドウェラの身体だったものはすぐに研究機関へとまわされた、の、だが。
「……っ!?」
痛い。
もうそこには無い筈の腕が、痛い。
激痛、激痛、激痛。
これは熱湯をかけられている痛み。
これは電流を流されている痛み。
これは重圧をかけられている痛み。
これは。これは。これは。
痛みがリンクするなんて。
(きいて、ない……ッ!)
痛くて。苦しくて。嫌なことばかりで。
話が違うじゃないか。
ランドウェラの様子が急変したため調べたところ、砂であろうと四肢は四肢、痛みが走るようで、結局のところランドウェラが死ぬまで実験は出来そうにない。
「ごめんよ先生」
「何、未知の病気ですからね」
「はは、そうか」
それなら良かった。
いや、何一つ良くはないけれど。
動くこともままならず。視界はどんどん蕩けて何もみることは叶わない。
「先生」
「はい」
「僕が砂になったら、そこに何か植物を植えてみてくれないかな?」
「へえ。やってみますか」
「うん、頼むよ」
それはなんてことない思い付きだったけど。
この身体をせいぜい楽しませて貰うしかない。
……そうでなければ、さらさらと耳奥で何かが崩れていく音に耐えられそうになかったから。
おまけSS『Land grower』
Land grower――命の砂とは、枯れた土地を癒す奇跡の砂である。
これは突発性視覚変質病に罹患し死亡した男性の亡骸から採れるものであり、男性の死亡以降ごく稀に混沌各地で採れる砂となっている。原因は不明で、今日あった場所に明日あるとは限らない。
この砂を枯れた土地にまくとどんな植物もみるみる育つ。Land growerとはすなわち国をも育てるものの意味なのである。
余談ではあるがこの男性はこんぺいとうを愛好していたらしく、顕微鏡で覗けば砂のかたちは星形、また色は様々であることがわかるだろう。