PandoraPartyProject

SS詳細

泥濘

登場人物一覧

ナイジェル=シン(p3p003705)
謎めいた牧師
ナイジェル=シンの関係者
→ イラスト
ナイジェル=シンの関係者
→ イラスト

●指名
 あまり乗り気のしない依頼だ。が依頼されるものはロクでもない事が多い。勿論、『殺された親の仇を取って欲しい』とか真っ当なものから『子猫の引き取り先を探して下さい』なんて、心温まるエピソードもあるにはあるが、そういう人はエダ賊喰らいを指名したりしない。金さえ払えば何をしても良いと思っている者だ。
 何か裏がある……経験から湧き上がる勘がそう告げていた。それとは別に、ざわつく予感を抑え依頼主の家に赴く。曰く「詳細は会って直接話したい」と。つまりだと言っているようなもの。内容自体は『領内の洞窟を不法占拠している賊退治』なので一見真っ当で何も可笑しくはないが……それ以上に踏み込む要素とは何だろう。しかしギルドが通した依頼ならと、話を聞くだけは聞いておこう。受けるかどうか決めるのはその後でも良い。
 どことない不安を抱え、領主の館のベルを鳴らした。使用人が出迎え、客間に案内される。飲み物の希望を聞かれたが断った。そうしている間に領主が現れる。
 サン=シール領の実質的な主……片眼鏡をかけた知的な女性、アウグスタ=サン=シール。、代わりを務める手腕は確かで、為政者としての実力は申し分ないが、色々と黒い噂を耳にしたことがあるエダから見ると警戒を緩めるに値しない相手と言える。
 常よりそういった視線には慣れているのか、アウグスタはエダの態度を気に留めることなく話を切り出す。
「ようこそおいでくださいました。自己紹介は必要ありませんね。まずは謝罪を――貴女のご両親の死についてお悔やみ申し上げます。わたくしがこの家に嫁ぐ前の事とはいえ、我が領内で起きた事件……現在の領主代行として、旅商人の身の安全も保障できなかったことを深くお詫び致しますわ」
 一介の戦士風情に深々と頭を下げるアウグスタに、エダは一瞬呆気にとられ、続いて困惑する。貴族となれば明らかに立場が上で、しかもこの場合彼女に何の責任もない。今更の謝罪、所作、そして取繕っている気配も嘘を吐いているようにも見えない態度から、エダは顔を上げるよう伝えた。アウグスタは困った顔のまま、話の先をゆく。
「今回は謝罪の意味も兼ねた依頼です。件の賊は貴女のご両親……シモンズ夫妻の死と無関係ではありませんので」
 初耳だ。ここまで賊を屠り喰って貪ってきた報いが、ついに手掛かりを掴んだのかと心が前のめりになるのを抑え、務めて冷静に尋ねる。
「あれはもう10年以上前の話です。私自身、仇について独自に調べもしました。それが何故今になって……?」
「貴女はまだ当時幼かったでしょうから記憶があやふやかもしれませんが、かつてこの地でカルト宗教が猛威を振るっていたことはご存知ですか?」
「ええ、文献や言伝でしか知りませんが、知識としては持っています」
「シモンズ夫妻はこの地を訪れた際、その宗教の宣教師に改宗を迫られ拒んだところ、口論になったとか。わたくしこそ、この話は自分で見聞きしていない事です。情報の正確性は保証はありませんが、そういう話があった事そのものは、わたくしが証明しますわ」
「…………」
 もやがかかった記憶を掘り起こす。
 ――嗚呼、確かにそうだったかもしれない。滅多に口を荒げない父が村の者と喧嘩していたような……それで村に居られなくなったから、仕方なく野営を……―――。
 頭が痛い。父母の悲鳴と、最期までエダの安否を心配していた瞳は思い出せるのに、そこから先が分からない。絶対に掠れる記憶ではない、ならこのもやはなのか。
「シモンズ夫妻と貴女は、それが原因で村から追放されました。滞在すら許されなかったシモンズ夫妻は野営を行い、そこを賊に襲撃された。……が、調べたところ、これは宗教団体が賊に扮して行った犯行である可能性があります」
「まさか、それは今も?」
「…………」
 曖昧に困った笑みを浮かべるアウグスタ。沈黙は肯定と同じ。であれば今すぐにでも解決しなければならない。これはエダとアウグスタ、両名にとって実益がある。
「場所の検討はついていると、ギルドからは聞いています」
「はい、こちらです」
 使用人に地図を持って来させ、領内の詳細が分かる拡大図面を何枚か並べ、9個の地図の真ん中に置かれた洞窟が今回の賊の根城となる。エダが方向と地理を覚えている間も、アウグスタの話はもうしばらく続くがしっかり耳からも脳に情報は伝わる。このような平行作業は慣れたもの。
件のこの洞窟を占拠しているのは、その宗教団体の残党ですわ。かねてより、教祖が暗殺されたのがわたくしの謀略であり宗教弾圧だと主張してはいました。そこから更にわたくしの政策で進めた観光事業でこの地が賑わうのが余程不服なようで……今では観光客からの略奪行為を試みた挙句、洞窟を不法占拠し立て籠もっている有様です」
「賑わうのが不服とはまた笑わせますね。新しい流れがなければ土地も人もやせ細っていくだけです。財源確保にはヒトもモノも流通しなければ」
「ええ、仰る通りですわ。残念ですが交渉も聞き入れられず、実害が出ている以上、こうなった彼らはもう『領民』ではなく『賊』です。罰すべき悪です。……しかしながら申し訳ございません、洞窟の内部状況からあまり大部隊を派遣するには不都合があるので少数精鋭による討伐を希望させていただきました。勝手ながら必要最低限ひとりで仕留められるであろう貴女にお願いしたいのです」
 アウグスタの話に不信な点や齟齬は見受けられない。筋が通っていて納得がいく。両親の仇へとまた一歩近づけたのだという歓喜がそう感じさせている都合のいい部分しか見聞きしていないのかもしれないが……エダは改めて、正式にこの依頼を引き受けることにした。
 しかし賊の討伐という趣旨に反する可能性を考え、一応確認を取っておきたいことがある。
「この依頼、私が必ず達成します。ですが……討伐のついでに事件の真相について彼らに尋問します。まだ続いている宗教なら、当時の事を知っている者がいても不思議ではありませんので」
「どうぞお好きなように。彼らはもう、わたくしの手に負えぬ者です」
 洞窟内部の状態を聞いて、結構の日を決める。アウグスタはそこを地元の者は『ぬかるみ洞窟』と呼んでいるのだと教えてくれた。雨の日や直後は厳しい、となれば天気予測で快晴が続いている今しかない――!


●使命
 一定の温度に保たれている洞窟内部の幅はそう広くなく、また同じくらい湿度も保たれているようで、連日の晴れでも名に違わぬ『ぬかるみ洞窟』であった。じっとりとした空気と、滑る足元。転びそうになる度に体勢を整えた。
 成程、確かにこれでは数の暴力で何とかするのは厳しいだろう。下手な連中では仲間が邪魔で討伐失敗なんて事になりかねない。そういう意味では籠城に向いている。この洞窟の特徴を最大限理解している者が今回の首魁なら、当然地元の人間だ。奥に入り込むほど灯も少なくなり、仄暗い。
 それだというのに、らしくなく、エダは高揚感のようなものを覚えていた。に仕事をこなすだけならこうはならない。

 ――もし、仇の情報が得られればすぐにでも向かおう。例え今、幸福しあわせに真っ当な生活をしていたとしても、それで過去は清算できない。仇討ちをしても父母が蘇るわけでも、喜ぶとも思えないけど、これはエダ=シモンズの生きる意味だから。
 ――既に死んでいるなら、二度と私のような人間を生み出さないようにこの生活を続けようと思う。この世に蔓延る賊という賊を喰らい尽くして、『賊喰らいに狙われるかもしれない』と恐れをなして蛮行を躊躇う者が出れば御の字。

 ……ぬちょ、ぺちゃ、ぐちゅ……。泥が靴を掴んで進行は思っているより遅れていたが、ここは強行より確実な策をとるべきだ。この場で複数人に囲まれたら不利なのは目に見えている。そうこうしているうちに第一の賊を発見。まだこちらには気付いていないようだが、何やら喋っている。常なら即座に屠っているところだが、少し待つ。聞こえるのは断片的な内容。
「……魔女………まいましい…………首謀……」
「…………様が……戻ってこられ…………なのに……」
 魔女。首謀。様付けされるような誰か。戻ってくると何かが起こる? それ以上有益な言葉は聞こえず、今日のを前に騒ぎだした。観光客から奪った金品に対しそんなモノにだけは大声が出る程はしゃぐのだから、彼らは本来実戦に慣れていない唯の欲に目が眩んだ者か。此処にエダが居るのも気付かない程度に気配察知能力も低い。
 これ以上留まっても無意味だと、エダはぬかるみに足を取られながらも、それならばと大きく跳躍と石の配置を駆使して雑魚を蹴散らす! 予期せぬ来訪者に賊は叫ぼうと息を吸い込むが、声となって発せられる前に喉を掻き切り、血がぬかるみに染み込んでいった。
 彼らがはしゃいでいた金品の中にはシンプルな指輪やロケットペンダントなどがある。恐らく中流階級程度の観光客を襲ったのだろう。ロケットペンダントの中には満面の笑みを浮かべた少女の写し絵写真が入っていた。練達の文化だろうか、どちらにせよ笑顔の少女がどうなったのかは分からない。その場で殺されたか、犯されたか、そもそもその場にいなかったか、捉えられて売られたか……或いは、エダのように見逃されたか。

 ――見逃されたとしても、何も幸運じゃない。
 ――今の私は、空っぽだもの。両親大切なひとを失って、生きる意味を仇討ちに見出すような人間。
 ――もしこの復讐が果たされた時、私は嬉しくなるのかしら。達成感はある、と思うけど……。
 ――賊とはいえ人を殺して喜ぶような人間に私は成ってしまった。私の運命の歯車が違えた時、一緒に螺子ネジのひとつくらい弾けてしまったのかも。
 ――お父さん、お母さん。屹度もう、私は壊れてしまっているのね……。でも、良いの。例えこの先、私が死んで二人と同じところ死者の国に逝けずに永遠の罪を背負ったとしても……絶対に、仇を取るって決めたから。
 ――……その決意だけで、噫長かったけれど、此処まで来たの。細い糸を手繰り、辿り、なぞり、やっと掴んだこの真相を、絶対に手放さない!

 地の利こそ相手にあったが、練度がまるで違う。相手は地形を利用しエダを狙うが、連携も取れない雑魚相手に手練れのエダが手こずる事は無い。相手は『敵は女がたった一人』だと下に見て、危機感もない。そのエダは地元で威張り散らす事しか出来ないサル山の王や、井の中の蛙とは違うというのに。
 結果、討伐は然程苦戦することもなく終わった。しかし今回の依頼の目的はまだ半分しか達成されていない。これからは尋問の時間だ。存分に痛めつけた後に身動きが取れないよう縛り上げた指示役と思われる賊に、剣の切っ先を向けたまま問う。
「この教団はいつからある? 何を目的としているの」
「…………」
「聞こえなかった?」
 黙秘する賊に対し、容赦なく太ももを突き刺す。目を見開き悲鳴を上げる賊を無視して答えを促した。狂った目をして賊は問いに答えず、自暴自棄ヤケクソ気味に笑いだす!!
「はは、ははははは!! 魔女の犬め、お前がそうやっていられるのも今のうちだ! 領主をも超える実権を握っていた我らを危険視した魔女が差し向けた、哀れな狗っころ! ナイジェル様を暗殺してもまだ足らないか!!」
「……どういうこと?」
「そら見ろ、お前も何も知らされぬまま魔女に利用されたんだ。今頃ナイジェル様から不当に奪った金と権利と地位で、何もかも思い通りに行くと思っている!! そんな女狐の執政なぞ誰が認めるものか!」
 聞き覚えのある名前。いやな汗が出るのはこの湿気のせいだ。同じ名前くらい、広い世界にいるだろう。
「……15年以上前、旅商人の夫婦と子供を襲ったことがある? あなた達の教団からの刺客だと聞いたわ」
「旅商人の夫妻? ……ああ、そんなこともあったな。はは、ははははは! 成程とんだ笑い話だ!!」
「何がおかしい」
 今度は腕に剣を刺す。もうこの賊は痛みを超越したナニかを悟り、唯々笑っている。その視線は敵対者であるはずのエダを憐れむような視線でもあり、不愉快極まりない。ぐりぐりと剣を捩じっても笑っている。嗤っている!
「貴様もあの女狐に一杯食わされたというわけだ。知らないのか? あの旅の商人夫妻を殺したのは、他でもない領主の息子……リヒャルト=サン=シールだとな!! 失踪したことになっているあの女狐の夫さ。ねぇ、ははは、都合がいい言葉だ!! 奴を闇に葬ったのもあの女狐の仕業に違いない。どんな魔術や妖術を使ったかは知らないが……嗚呼、ナイジェル様がいらっしゃれば」
「…………」
 今度はエダが黙ってしまった。追及したい事が多すぎる。この賊はまだ生かしておいても損はないかもしれない。こんな場所ではなく、もっと証人が多いところでしっかりと尋問を、と思った矢先。
「ナイジェル様よ、我らが教祖よ! 永遠の信仰を我らに!! ■■■■■■■!!」
 洞窟の天井に向けて叫び、よく聞き取れない言葉を紡いで賊は絶命した。そんな、魔殺しの紐で縛り上げていたのにどうして。まだ聞きたい事が沢山あったのにと困惑する。否、困惑は先程からしていた。動揺とも言うべきか。

 ――教祖ナイジェル。
 ――依頼人サン=シール夫人夫こそ、エダの両親の仇。
 ――その上でエダに情報を伏せたまま、アウグスタはこの依頼をしたこと。

 絶命した賊を見下ろし、しばらくエダは立ち尽くした。どのくらい時間が経ったか、エダは一目散に走り出す。目を背けたいことは後回しにして、まずは依頼人に討伐完了の報告を――。


●死迷
 仕事を終え、身も清めないまま領主の館に出向いたエダに、出迎えた使用人は驚きながらも即座に事態を把握してアウグスタを呼びに行った。有能な使用人だ、これも『サン=シールの魔女』の能力の一環か? アウグスタは泥と返り血で汚れたエダを前にしても笑みを絶やさず、安否を心配し、高級な椅子が汚れることも構わずに客間に通して話を聞いた。
 その中には当然、『アウグスタの失踪した夫、本来のサン=シール領主がエダの親の仇だったこと』も含まれている。
「申し訳ございません、あなたがわたくしを不信に思うのも当然のことです。そしてこれから話すことをあなたが信じるかは、お任せしますわ」
「話だけは、聞きます。内容にもよりますが」
「ありがとうございます。……わたくしがこの家に嫁ぐ前のことはよく覚えています。それから己の生い立ちも。ただ、夫に関する情報だけが抜け落ちているのです」
「名前も? 顔も? 性格はどうですか?」
「残念ながら……故に証拠がありません。無責任な事を話してあなたを混乱させるわけにはいきませんでした。この依頼はわたくしの意思でお願いしたものです。断られる要素は省く方が良かった。利用されたとあなたが感じたなら、そうなのでしょう」
「…………」
 の事だけ忘れるなど、そんなことがありえるのだろうか。これが政略結婚で相手に全く興味が無かったとしても、いずれ領主となる者の事を覚えていないのは怪しすぎる。誰かに記憶を封印されているのか、温和な笑みの下に分厚い隠し事を秘めているのか、エダには判断がつきかねた。
「……納得は出来ません。でも、それなら私がこの状況になった時、あなたをの代わりに殺す可能性があることも……あなたほど聡明な方なら予見できたのではありませんか?」
「ええ、それも考えました。わたくしは今でも夫の帰りを待っていますが、それであなたの復讐が果たされるのであればわたくしに拒否権はありません。夫がやったとされる行いは、到底許されるものではありませんと理解っています。夫婦とは、互いに違いの責任を背負うもの……あなたの復讐を止める権利はありません」
「そう、ですか。――では」
 ヒュッと、先程まで賊の肉を斬り、血腥い匂いを纏う刃をアウグスタに向ける。控えていた使用人たちに緊張が走り、守ろうとする者をアウグスタは手で制した。実質的な領主でありながら見下ろされること、己の命が脅かされていることすら、微笑み受け入れる姿勢だ。
「……殺さないのですか?」
「あなたを殺してはサン=シール領は廃れます。それはあなたでなく、此処の領民に迷惑が掛かる。それに、あなたの言葉を全て信じるなら、私もあなたを殺すのは筋違いだと思います」
 そう述べて剣を鞘に納めた。信頼の証として、出された紅茶を飲む。少しぬるくなってもちゃんと美味しいのだから、良い茶葉と茶人を使っているのだろう。
 アウグスタはエダに、依頼の話をした時と同じように深い一礼をした。それは赦しへの礼か、討伐感謝の礼かは分からなかった。ギルドには互いに報告し、この依頼は完了となる。あとは……エダ個人の問題が残っている。踏み込みたくない、しかし暴かねばならない真実を。





「珍しいな、酒場以外に呼び出されるなど。なにか相談かね?」
 いつも通りのナイジェルがそこに居る。街の喧騒から少し離れた、教会の裏庭。月明かりの下で、エダは今すぐにでも戦地に赴けるような恰好で佇んでいる。俯いてナイジェルを見ないエダを不思議に思ったので、人前では話しにくい悩み相談でもあるのかと思ったが……返って来たのは震える声。
「牧師さま。いえ……と呼ばれる方が、馴染み深いですか?」
「…………」
「私がどうして賊退治を生業にしているか、ご存知ですよね」
「如何にも」
「ならどうしてっ!!」
 顔を上げたエダの目には、涙が浮かんでいた。溢れ流れていないのは必死で耐えているからか。うるむ瞳には月明かりを背にしたナイジェルがうつっている。
「聞いたんです。両親の仇について、私は多分、真実にたどりついた」
「……良かったじゃないか。存分に仇討ちすればいい。きみにはその権利がある、エダ」
「牧師さまは、最初から全て知っていたのですか。知っていて、私と今こういう関係性を築いたのですか。それで赦されるはずだと、保身を?」
 捲し立てる声は相変わらず震えている。エダの感情はぐちゃぐちゃだった。ぬかるみ洞窟など比ではない。どうして、何故、否定して欲しい、これまで共に過ごした時間とは何だったのか。ズブズブと深みに足を取られ、感情の行き場は目の前の仇ナイジェルに向けるしかない。
「全て知っていた。君が両親の仇を取る為に動いていることも、私と酒を酌み交わす時間を心地よく思っていることもな」
「弄んでいたんですか。何も知らない私が、仇討ちを掲げながら目の前にいる仇と酒を飲む姿は、良い酒の肴でしたか」
「それは明確に否定しよう。エダ、君は仇討ちを生き甲斐としている……それが果たされたなら、君はどうやって生きるのか心配だった。この先虚しく生きるのも、両親の後を追うのも可笑しい。君は幸福しあわせに生きるべきだ」
「……そん、な。私……ちゃんと生きられます。生きて、これからもきっと【賊喰らい】を続けます。私のような者を生み出さない為に」
 エダの返事は確固たるもの。ナイジェルが想像していたよりも既に、エダは心身共に十分強くなっていた。これはナイジェルの我儘で、心配と見せかけた赦しを乞う行為だと思われても仕方がない。だからもう、互いの腹を割って話さないといけない。目を逸らすことは簡単だけど、今更ナイジェルもエダもそれを望んでいないから。
「君がどこまで、どういう話を聞いたかは問わない。私が君の両親の仇であるのは事実だ。そして私は君の復讐を受け入れる覚悟はとうに出来ている。その刃で、君が納得するまで、死より苦しい痛みの果てに殺されても、君がそれで満足するなら文句はない」
「なら、どうして…………」
 どうしての先に繋げる適切な言葉が思い浮かばない。エダの腹の裡はあらゆる感情が混ざって、自分のことも分からない状態。

 ――どうして、一緒に酒を楽しんでくれたのですか?
 ――どうして、私を助けてくれたこともあったのですか?
 ――どうして、その覚悟がありながら自分から言い出さなかったのですか?
 ――どうして、罪を償いたいなら勝手に死ぬことも出来たのでは?

「……牧師さま」
「何かね」
「私に、どうして欲しいのですか。あなたは牧師なのでしょう、宣教師なのでしょう。信仰の代弁者として、私を導いて下さい。迷える者に道を指し示すのが、宗教なはずです」
 今度はナイジェルが俯く。今のエダに何を言うべきか……エダには心の拠り所が必要なのだ。彼女が言う通り、導くことは簡単だが強制したくはない。エダはエダの感情のまま、エダの理性と価値観で生きて欲しい。ナイジェルに望むことがあるとすれば――。顔をあげたナイジェルの目には、静かに雫が涙の筋を作っていたエダが映った。
「エダ、私を赦さないでくれ」
「……え……?」
「君はこのまま、目的通りに仇討ちしてもいい。それが最初から君の目的であり目標のはずだ。私の過去を知りたいなら教えよう……あまり良い気分にはならないと思うがね。もしこのまま呑み友達として店の酒樽を空にしたり閉店まで愚痴を言いあいたいと望むならそれも悪くない」
 ドッと胸に衝撃。打撃はエダの拳だった。何度も叩いて、殴って、最後には爪をたててズルズルと服を引っ掻くエダは、とても【賊喰らい】には見えない。どうすべきか分からず、ナイジェルはエダの背に手を回すのも、肩に手を置いて拒むのも違うような気がする。
「……私、わた、し……牧師さま……」
「ああ」
「嫌い、です。あなたの事を嫌いになれない自分が、目的を捻じ曲げようとしている自分が……これ以上を失いたくないと甘える自分が、大嫌いです」
「……そうか」


 ――教会の裏ですすり泣く声。暫くしてその声は止んだ。その光景を見ていたのは、よく晴れた夜空に輝く月と瞬く星のみ……。

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