SS詳細
見つめ合った2人は
登場人物一覧
「さて、ようやく着いた訳なんだが」
R.O.Oのとあるフィールドの、人気が少なく感じられる水族館の前。
昼下がりの少しのんびりとした時間に、ロードは背伸びをしながら入り口を見据えていた。
この時天候は曇り空、少し湿気を含んだ空気がじっとり気持ち悪くまとわりついてきている気がした。
この日は特段、依頼などこれと言って水族館の中でやることはなかったのだが、現実世界の本来の彼──ランドウェラが以前水族館に行った際、たまたま休みの日が被ったイレギュラーズに案内されたのだが。
「この前は、案内してもらってばっかりだったしなー」
せっかくなら色々話したいし、今度は自分だって説明側に立ちたい──であれば、今度は自分がその立場で、びっくりさせよう。
そんな軽い気持ちとノリで、R.O.Oの水族館にやってきたのだった。
受付で事務的に入場手続きを済ませると、海の中という環境を再現するためなのか、はたまた水槽で暮らす生き物たちのためなのか、薄暗く開けた空間がロードを出迎える。
入り口付近も人気は少なかったが、建物の中にある人影はもっと少なく感じられる。……否、少ないのではない
そんなほんの少し薄気味悪い空間を、ロードはゆっくりと進んでいく。
入場スペースということもあるからか、真っ先に彼の目に入ったのは生物の進化の過程が説明された年代記のパネルだった。見たこともないような小さな生き物から、よく見る化石、そして海でもよく見るような魚類や哺乳類などの写真が薄明かりで照らされている。
生き物たちの説明を、一人で静かに、それでいて意気揚々と頭の中で咀嚼しながら、丁寧にゆっくり読んで眺める。太古から紡がれてきた命の軌跡に感心し「なるほど」と感嘆の声を漏らしながら進んでいくと。
──目の前に、大きな影が見えた。
「ん?」
ふと目を上げてみれば、そこにあったのは一瞬怪物かと見まがうほどの大きな骨格標本だった。
「っ! ……ってなんだ。標本か」
クジラのようにも見えるその頭蓋骨と目があった気がして、少し驚くロード。
もっとも骨である以上そこに目は無いのだが、人間でいう眼窩の部分に何となく目があるような気がして。
ほんの少しの薄気味悪さを感じながら、その標本の横を通り本日のお目当てである水槽があるであろう、上の階に進んでいく。
薄暗さをそのままに、通路にある足元用のライトを頼りに通路をたどって、階段を上った先にはいくつか小さな水槽が並んでいた。
勿論、この回にも人っ子一人分も気配を感じない。
聞こえてくる音といえば、コポコポとした水槽への酸素ボンベの音やブーンと水槽用の電気の低い音だけだ。
「水槽なら、何かしらいるだろ」
上から、下から、飛行で浮いている高さを自分自身で調整しながら、様々な角度で水槽を覗き見る。
ゆらゆらと音もなく揺らめく水草に、少しだけ気泡がついては水槽上のボンベに吸い込まれていく。
「そういえば」
様々な生き物の説明プレートを読んでいく中で、ロードはあることに気づいた。
(この水族館、このエリアだけか? 生き物が全くいないような……)
生き物目当てに来ているのにそれがいないというのは、彼からすれば期待外れもいいところなのだから。
「係員や飼育員でも、探すか」
先程よりも少し速足で、生き物に詳しそうな職員がいないかを探す。水槽や他の展示物の陰で見えづらいかもしれないので、あたりをしっかり見渡して。
「すみません、飼育員さんはいないかい?」
時折人がいないのをいいことに声を出してみるが、広いスペースでその声は反響するだけだった。
「はぁ……まぁ人も少なそうだし、上の階に行けば係員や生き物がみられるかもしれないな」
少々不満げな溜息をもらしながら、ロードはもう一つ上の階へと昇っていく。
次の階は、文字通り大きな水槽が並ぶ水族館然とした階だった。
分厚いアクリル板がところどころ青白い光で照らされ、人が何人でも建ち並べそうな大きな水槽の中を、岩場や色とりどりの海藻、そしてサンゴ礁が遠目から見てもわかるほどきれいに彩っているのがわかる。
……もっとも、どの水槽を見ても生き物らしい生き物は何も見当たらないのは変わらず、なのだが。
「あれだけ大きな水槽なんだから、近くによればちゃんと生き物が見れるかもしれないな」
期待に胸を躍らせながら、少しずつ、水槽へと近づいていく。
せめて小魚一匹でも……そんな思いを胸に水槽に近づいていくと、うっすらと人影──長い髪の男性の姿が見えた。
「良かった。係員かもしれないし最悪他の客でもいい」
ようやく質問できる人がいる。そう思い水槽の明かりの目の前に来た瞬間。
「……え」
ロードは、彼自身の目を疑った。
──ところどころ跳ねている、腰ほどある長い髪。
──目にかかるくらいの長さの前髪。
──その前髪の隙間から覗く紅と白に近い灰色のオッドアイに、左耳から少し見える菱形のイヤリング。
──見紛うことなどありえない、
ここにいるはずのないランドウェラは、水槽を観ながら穏やかな笑みを湛えているが、その眼の左右どちらにも、光はない。
「な、なぁ」
思わず、ロードは目の前にいる現実世界の自分に声をかける。
ランドウェラと似ている何かは、水槽に映る笑顔はそのままに、ゆっくりとロードの方に振り返る。
──振り返りはするが、目の光が消えどことなく生気が無いように見える彼が、ロードの声に応えることはない。
──勿論、水槽の中に生き物は何もいない。
そこにいるのは、目の前の誰かと自分の二人だけ。
(どうして
(どうして
どうして、どうして、どうして、どうして、どうして……?
頭の中を埋め尽くす疑問符は、ロードの中に一つの可能性が浮かぶ。
(もしかして、R.O.Oのバグだったりするのか……? だとしたら何とかしないといけないんだが)
そのうえで、自分がしなければならないことは何なのか、今この状況をどうすべきか、様々なものが頭の中を駆け巡る。
ここで戦って良いのか、そもそもローレットに報告は入れなくていいのか、そして目の前の
そんなほんの一瞬の時間。もう一人の
「お、おい! 待てよ!」
ロードは思わず呼び止めるが、彼はそれを聞こえてないとでも言わんばかりに、それこそ深海魚がのんびりと水底を漂うかの如く悠々とゆっくりその場を立ち去っていく。
「一体、なんだったってんだよ」
得も言われぬ妙な出来事を前に呆然と立ち尽くし、ロードはそれを追いかけることはできなかった。
「……バグか何かかなぁ。でもパラディーゾは倒してるし、いったい何だったんだろう?」
ただただ大きいだけの空っぽの水槽をまえに、目の前のそれが何だったのかを必死で考察しているうちに──誰かが、彼の肩を叩いた。
「お客さん、もう閉館時間ですよ」
後ろを振り向けば、係員と思しき初老の男性が、ロードの背後に立っていた。
先程までの人気のなさが嘘といわんばかりにカップルや他の利用客の声であふれていた。
──勿論、目の前の水槽には魚たちがちゃんといた。
イワシの大群が日の光に照らされてキラキラ光っていたり、水槽の底の方でいろいろな魚が岩場に隠れていたりしている。
「あ、あぁ、すみません。ありがとうございます……あの」
「なんだい?」
ロードは思わず、目の前の係員に尋ねた。
「その、髪の長い男の人をみませんでしたか? その、黒髪で赤白のオッドアイの男の人なんですけど」
「いや、観なかったよ。もしかして君、迷子かい?」
「ち、違います!」
一瞬声を張り上げてしまったのを気まずそうにするとロードはペコリと一礼だけして玄関ホールへ向かう。
(……一応、気持ち悪いから報告だけはしておこう。あぁ、水族館はまたリベンジだな)
そんなことを思いながら、ロードは夕陽に照らされる水族館を立ち去った。