PandoraPartyProject

SS詳細

守ったものに、ふりむいて

登場人物一覧

猪市 きゐこ(p3p010262)
炎熱百計


「練達の技術を観光がてらちょっと見せてもらうつもりが、えらい所に来てしまったのだわ……」
 猪市いのいち きゐこは頭を抱えた。無機質な白い部屋にうねって絡まる幾つものケーブル。ディスプレイは液晶のものからホログラムによって生成された物まで、忙しなくグラフやプログラムの羅列をたれ流している。
 普段から依頼に引っ張りだこのきゐこにとって、今日は貴重なオフの日だ。前々から気になっていた練達の技術に触れるため、電気街でもふらっと見に行こう……そんな軽い気持ちでふらっと訪れたのに、どうしてこんなご立派そうな研究施設の一室に通されてしまったのか。
(確か練達の入口あたりで、人がいたから道を聞いたんだったわ。電気街へはどこへ行けばいいのかって。そうしたら――)

『電気街はこの道を道なりに歩いて10分の場所ですが、それはさておき。好きです』

「拉致されたのは好きだから? いや、訳がわからなすぎるのだわ!?」
「普通はそうだと思うよ。彼女モニカは時々、作り手も驚くような大胆な行動に出るし」

 声のする方をきゐこが見上げると、部屋の隅にある螺旋階段からメイド型アンドロイド拉致の犯人に抱きかかえられる形で、だぼだぼの白衣を纏ったピンク髪の少女が降りて来た。彼女は平然と話を続ける。

「非礼を許しておくれ。こうでもしなきゃ、練達からワイバーン達を退けた英雄と話せる機会なんてそうそう出来ない。なにせ僕は引きこもりだから」
「いや、そこはちゃんとお外に出て探すべきなのだわ。ローレット所属で練達の出身者って結構いるし」

 はっきり言うね、と笑う少女の名は我画神がががみギギと名乗り、同時にこの研究施設の主任であると語った。きゐこも自分を棚に上げる訳ではないが、歳と役職が吊り合っている様には見えない。ただ、ギギの目元にははっきりと濃いクマ努力の証が見えて、それが努力によって勝ち取った地位なのだろうと察する事はできた。

「で、わざわざ私を拉致して何をしようって言うのかしら。実験体とかなら、遠慮させてもらうわよ。パンドラがあると言っても、特異運命座標だって痛いものは痛いし、苦しいものは苦しいんだから」
「ふふっ! 何それ。僕が君を実験体にしようとするなんて、あり得ないよ。そんな事しなくてもシミュレーションで大体の事は分かる。だって僕は天才だからね」
「自分を天才って言う人、久しぶりに見た気がするのだわ。それを言ったら私は私で、大魔術師だったのだけれど」
 過去形であるのは混沌肯定Lv.1による弱体化の影響だ。魔術実験が失敗したあの日――空中庭園に飛ばされてから、もうじき2度目の冬が来る。
(長いようで、あっという間だったのだわ。練達のために戦ったのは、ばれてすぐの時だっけ)

『来たわね――どかんと行くわよ!』

 力を十全に奮う事も出来ず、それでもワイバーン達へ果敢に立ち向かうきゐこの姿は、避難所から見えるものでなくても、彼女達の心に刻まれたのだ。

「君が君自身の手で守り抜いた技術ものを、どうかその眼で確かめていって欲しい。……というのは建前で、実を言うと僕は今、スランプなんだ。
 よかったら君が元いた世界の技術について、教えてくれないかい?」
「技術交換なら、丁度よかったのだわ。私も練達の技術を調べるためにここへ来たのだもの」

 過去の記憶に想いを馳せれば、見上げた空はいくつもの煙突が並び、もうもうと煙を上げていた。都心に近づくほど空の雲が厚くなるのは、蒸気で便利な暮らしの代償としてごくあたり前。そういう環境で過ごしていただけに、初めて練達を訪れた時の衝撃といったら!
 清浄化されて澄んだ空気に、日の出ているうちは底抜けに青い空。おまけに、スイッチひとつで大抵の物事は簡単にできるときた。

「大半を電気エネルギーで賄っていると聞いた時は、度肝をぬかれたのだわ」
「そこから君の世界と違うんだ? じゃあ一から教えてあげるよ。まずはね――」

 説明と質問の間に、軽やかな笑い声が響く。話のテーマは一般人の知識を越えたディープな物でも、二人が楽しげに語り合う姿は微笑ましく、施設の研究員たちは後に語る。
――まるで姉妹のようだった、と。


 軍手をはめた手で、受け取った緑の基板をいろんな角度で眺めながら、きゐこは感嘆の息を吐いた。
「こんな小さな集積回路ぶひんに、どれだけの意味を乗せてるのよ。すご……」
「練達の研究者の中にはね、異世界のニホンっていう国に住んでた人がいるんだけど。家がウサギ小屋並みに狭いから、小型化の技術を沢山持っていたらしいよ」
「おまけに電気を使って動かしてるっていうのも興味深いわね。そりゃぁ電気のパワーが凄い事は認めるけど、私の前世界では扱いがめちゃくちゃ難しい物だったし……あっ」

 観察を続けていた手を止めて、きゐこはそばにあったモニターの上へ人差し指を滑らせる。出力されていたプログラムのコード。その一部をトントンと叩き、

「いまのところの指定、おかしい気がするのだわ」
「……! 本当だ、たまに変な挙動をすると思ったら!!っていうか、きゐこ。もうバグを見つけられるぐらい覚えたのかい?」
 ギギからしてみれば、基礎を軽く触れるようにレクチャーしただけ……のつもりだったのだが、それを理解しきったうえで、応用の効いたプログラムの穴を見抜いたのだ。あろう事か、一瞬で!
「驚いた。ここまで頭が回るなんて! 君って前の世界では、本当に大魔術師だったんだね」
「やーっと信じて貰えたのだわ。あちらでは雷系列の魔術が使えるだけで一目置かれるほどだったけど、私は上手く扱えてたし」

 目を丸くするギギへ、誇らしげに胸を張るきゐこ。こんな風に対等に話し合える技術者は初めてだと感動してから、ギギはふと、気になった事を口にした。

「そういえば、きゐこのいた世界は電気じゃなくて蒸気を扱っていたんだよね」
「これなのだわ」

 そう言ってきゐこが取り出したのは不思議な文字の刻まれた黒い鉱石と、金属の管が廻るクラシカルなグローブ。元の世界の物を取りに行く事はできないが、無辜なる混沌で可能な限り似たものを用意した。
 練達の技術を一方的に見せて貰うだけでは忍びない。そう思ったきゐこなりに、技術交流のため用意した代物である。検証のために二人と一機メイドは、施設内で一番広い部屋へ実験場所を移し、巨大なコンテナの前までやって来た。
 きゐこはグローブを右腕にはめ、破損がないか確認する。鉄帝のゼシュテル産のグローブを魔改造した代物だが、着け心地は悪くない。

「私は言霊魔術を専攻してるから、こういうのは専門外なんだけどね」

 彼女がそう言いながら腕パーツの硝子管に鉱石を押し込むと、蛍光色の溶液が管の中に満たされた。鉱石に彫り込まれた文字が煌めき、ほぼ同時、付属していたメーターの針が左右に揺れる。
 ドルルル! とエンジンがかかる音がして、排出口から噴き出す蒸気にギギは思わず「あっ」と声を漏らした。
 ベリーを煮詰めた様な赤紫と、金色の魔力の燐光。噴き出した蒸気は、まるで夜空の様だった。

「ほとんどの技術者は魔術なんか扱えないって、普通の蒸気を使って動力のデカさを競っていたけど、私みたいに高度な魔術を扱える技術者は使事で、動力小型化を提唱していたのだわ」

 その成果がという行為である。出力された魔法の蒸気がアームの周囲に集まり。薄い魔力のベールを形成していく。その状態でコンテナに触れたきゐこは、ひと目みて5人は運び手が必要そうなそれをヒョイと片手で持ち上げ、驚いてあんぐりと口を開けるギギへ笑ってみせた。

「出力した蒸気を再利用できれば、煙たくないし効率的って考え方だわ。……まぁ、無辜なる混沌でこの技術を流行らせようにも、鉱石は覇竜から取り寄せなくちゃいけないし、動力は鉄帝産のものに手を加えなきゃいけない。ギギの閃きの元になるか定かじゃないけれど」
「すごいよ、きゐこ!! 蒸気機関と魔術の融合で、こんなに凄い力に――」

 どさり。

「ちょ、ギギ! いきなりどうしちゃったの!?」

 急に倒れたギギへきゐこが慌てて駆け寄る。するとメイドが寄ってきて、唇に手を当て「しーっ」と沈黙を促した。規則的に上下する胸と小さな寝息。

「二十四日ぶりに我画神様マスターがお眠りになられました」
「にじゅ……!? 凄く濃いクマだと思っていたけど、人間種カオスシードにしては異常すぎるのだわ」
「きゐこ様との会話で緊張状態が解け、ようやく眠れるようになったのでしょう。ずっと不眠こうなのです。
 襲来したドラゴンに、ご両親を殺されたあの日から」

  • 守ったものに、ふりむいて完了
  • NM名芳董
  • 種別SS
  • 納品日2022年11月05日
  • ・猪市 きゐこ(p3p010262
    ※ おまけSS『天才発明家 我画神ギギの希望』付き

おまけSS『天才発明家 我画神ギギの希望』


 パパもママも、三塔主の研究チームに呼ばれるくらい天才だった。

「僕、いつかパパとママの研究を継ぐんだ」
「その前に女の子らしく一人称を『私』にしなさいって! もう、パパの口真似ばっかりして」
「ははは。僕としては嬉しいけどね。これと決めた所は徹底的にこだわる所もママ譲りだし、ギギはれっきとした僕達の娘っていう訳だ」

 そう、僕は天才だ。だから二人の結婚記念日がもうすぐだっていう事も忘れてない。
 影でコツコツ勉強してきたアンドロイド工学で、ようやく1体、メイド型アンドロイドを完成させた。
 名前はモニカ。二人が見たらなんて言うか、今からとっても楽しみだな。
 ワクワクしながらベッドにもぐって、幸せな夢を見て――

 全身に痛みを感じて目覚めた時には、すべてが終わってた。


「その若さで、たった一人であんなに精巧なアンドロイドを作れるなんて、君は才能の塊だ」

 お上からの評価のおかげで、僕はパパとママの研究施設を継ぐチャンスが与えられた。
 この研究施設で働いてる研究員は、みんな家族だ。プロジェクトが解体されてバラバラになるのは絶対いやだ。
 だから僕は、必死になって勉強した。勉強自体は嫌いじゃないし、研究に没頭している時間は辛い事も忘れていられた。
 なにより、眠るのが怖かった。目が覚めたらまた、あの恐ろしい咆哮が聞こえて、何もかも壊されてしまわないかって。

……そうして僕は天才になった。天才に、ならなきゃいけなかった。

「頭が良すぎるのも考えものだよね。最近、研究員がどの人も怪訝な顔するんだ。
 僕の話が高度すぎて、ついていけないって。本当はミスだってする時もあるし助けて欲しいのに、指摘する自信がないって」

 僕は馬鹿だ。パパとママだいじなものの欠けた場所を必死に守ったって、あの時の幸せが戻ってくるはず無いのに。

「研究も手詰まりだ。もうオシマイだよ。次の査定で成果が出せなければ、僕は居場所まで失ってしまう!」
「……恐れながら。我画神様マスターに進言させていただきます」

 塞込んだ僕に、モニカが珍しく助言をする。それはドラゴンを倒すほどの奇跡を起こせる特異運命座標なら、希望を与えてくれるだろうというものだ。
 藁をも縋る思いで、僕はモニカに、練達の中でローレットに関わる特異運命座標を見つけるよう命令した。


「……ぁ」
 目を覚ますと無機質な天井がそこにあった。研究施設の中にある仮眠室だ。きゐこと出会って、はしゃいだせいで疲れたのだろう。
 ぐっすり眠れたのか、霞がかかっていたような思考が洗練されてすっきりしている。
「いきなり眠って驚かせちゃったかな。嫌われてないといいけど……」
 きゐこは怒って帰っただろうか。せっかく対等に話せる人が、大切になり得そうな人が現れたのに。
 ふと、窓から入ってきた風につられて窓の方を見る。

 うとうとと椅子に座って船をこぐきゐこが、そこには居た。

 フードから覗く黒い髪。その下にちらと見えた睫毛は長くて、可愛くて。

(やっと見つけた、僕の生きる意味)

 きゐこの力になりたい。そこから僕の、新しい人生がはじまった。

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