PandoraPartyProject

SS詳細

月の兎は星を癒すか

登場人物一覧

タイム(p3p007854)
女の子は強いから
小金井・正純(p3p008000)
ただの女

 とっとっとっとっと
 熱のせいで夢でも見ているのだろうか。自分しか居ない筈のこの屋敷に、一匹のうさぎが駆け回る様な音が響く。
 ――竈の火口に入れる薪はあったから、あとは……
 とっとっとっとっと
 慌ただしく跳ねる様に、それでいて出来るだけ音を立てない様にとしているのだろう。つま先か、かかとか、どちらかを浮かせている様な足音が廊下を巡る。
 ――ああ、もう! このお家広すぎるわ! 正純さん、こんな所で一人で普段はお掃除とかどうしているのかしら!
 静かにしようとしてはいるが、思った事を口にしてしまうのは如何にもまるで本物の彼女のようだと思った。
 ああ、そうだ。矢張りこれは体調が悪いせいだ。明日になれば疼く様な身体の火照りも消えて、夢を見ていた事すら忘れていつも通りの朝を迎えるのだ。
 思考の廻らない頭で何とかそう自分を誤魔化して部屋の主、小金井正純は再び微睡みの熱に意識を溶かすのだった。

 時は数刻遡る。
「正純が風邪を引いた」
 ローレットからの依頼を終え、市場で一人お団子を楽しんでいたタイムの元へやって来た御狩 明将は少し焦る様にそう告げた。
「むぐ!?」
 突然聞かされる友人の病にタイムは驚き、頬張って居たお団子を見事喉に詰まらせて苦し気にどんどん、と胸を叩く。
 明将がそれを見かねて差し出したお茶を「ありがとう」とジェスチャーで伝えるや否や、一気に呷る。
「大変じゃない!」
「……そう、大変なんだ。それに、看病しようと思っても正純は大丈夫って言うし、そもそも俺は男だから看病と言ってもやれる事が限られていて……」
 言い淀むその顔は分かりやすく『困っている』と言っていた。
 出来ないとは言いたくないが、当然彼は既に男女の性別の差を気にする年頃だ。寧ろこうして他人に助けを求められるだけしっかりしている。
 タイムの頭の中にほわほわ~と思い浮かんだ人物ならば、彼女が熱を出そうものなら喜んで看病する事だろう。
『え~なに~? そりゃあ女の子が体調を崩してるならさ、するでしょ、ふつー、看病。手取り足取りとまではいかずとも、さ。そんでもって快復した後にでもたっぷりゆったりしっぽりと御礼を~~~』
 一人あれこれと妄想を繰り広げ顔を赤くしたり怒ったりとその愛くるしいかんばせをコロコロ転がしていたタイムをごほん、と咳払い一つで明将が現実へと引き戻す。
「ええ、と。うん。教えてくれてありがとう、明将さん。今からお薬やご飯の材料を用意して、星の社へ向かうね」
「なら、俺も一緒に……」
「ううん、明将さんは今日は帰った方が良いわ。こうして教えに来てくれるって事は正純さん、相当辛そうなんでしょう? もし貴方に移したりなんかしたら彼女、余計落ち込んじゃうと思う」
 正純の力になりたい、そう思っていた明将は何も出来ない歯痒さに肩を落とす。
 そんな彼を見て健気だなあ、と笑みを浮かべたタイムは「それならね……」と切り出した
「お買い物だけ、手伝って貰えるかしら。正純さんにうーんと栄養のある物を作らないとだから、きっと荷物が重くなるわ」

「うんしょ、うんしょ」
 明将に手伝って貰い買い出しを済ませ、後は任せてと荷物を受け取り星の社までの階段を昇る。
 やっぱり玄関先まで手伝って貰えば良かったかな、とタイムは少しだけ後悔しながらも長かった石段を登り切り、大きな社のすぐ横、正純がいつも生活をしている家屋までたどり着いた。
 すーはー、すーはー
 乱れた呼吸を整え、『御用の方はこちら』と書かれた板を木槌で数回叩く
 コーン、コーン。小気味の良い音が境内に響いた。
 しかし、応答がない。もう一度板を叩く。
 コーン、コーン。先程と同じ様に音が響き、その後には静寂。
 ひょっとしたら寝ているのか、いや倒れているのかも……
 色々と考えを巡らせどうするべきかと悩んでいると、突然目の前の引き戸がガラガラと音を立てて開き家の主が「あ、タイムさん……」と顔を出した。
「こんにちわ。明将さんに正純さんが体調を崩したって聞いて……大丈夫?」
 家主、小金井正純は寝間着姿を照れ臭そうに手で隠す。
「いらっしゃいませ。ごほっ、すいません、こんな姿で……。ええ、大丈夫ですよ。わざわざ気を遣わせてしまった様で、すみません。今お茶を入れますから。どうぞお上がり下さい」
 思って居たよりは元気なのだろうか。然し、どうにもぼうっとしている様に見える。
「正純さん、ちょっとごめんね……わ、すごい体が熱い! ダメよこんな体調で動き回ってちゃ!」
 彼女の隙を見て手で触れた首筋は熱を帯び、その割には汗をかいていなかった。
 身体が熱を持っているのに汗をかいていないと言う事は恐らく寒気もあるのだろう。その証拠として、正純をよく見ればその身体は小刻みに震えていた。そしてそれは、まだこれから体温が上がる事を示している。
 それでも「大丈夫ですよ」と繰り返す彼女にタイムは思わず声を大きくする。
「……もう! 大丈夫じゃないでしょ、全然!!」
「でも、こうやって歩き回れますし、私の事なんかより、タイムさんのことの方が……。」
「っ! ……あのね、正純さん。私の大切なお友達の事を『なんか』なんて言わないで。……ほら、部屋まで行こう。ね?」
 その後も背中を押して強引に寝室まで連れて行く間、「でも……」や「やっぱり……」と繰り返す彼女を宥め説得し続けた。

「それじゃあ私、氷枕を用意したりするから正純さんは寝てないとダメよ?」
 よくよく釘を刺す様に言いながら寝室を後にするタイムを見送る。
 かち、こち、かち、こちと壁に掛けられた振り子時計が時を刻む。
 普段は気にならない音が妙に頭に響く。暫くは言われたままに布団に包まり、目を伏せては居たがどうにも落ち着かない。
 それも仕方のない事だ。彼女は自分の事はいつも自分がしていた。しなければならなかった。出来ないままでは、居られなかった。
「やっぱり……だめ。わたしは、私がやらないと……」
 熱に軋む間接の痛みをどうにか誤魔化しながら上体を起こす。
 半ば凝り固まった様に正純の心にへばりつき、更に熱で視野が狭まった自責思考は、他者に世話を焼かせ自分だけが休む事を良しとはしなかった。
 正純が部屋を出ようとしたまさにその時、ざざざ、と下桟と敷居が擦れる音を立てて襖が開いた。
「どう?正純さん少しは落ち着い――って、無いじゃない! 何をしてるの? 寝てないとって言ったのに!」
 タイムは手に持っていた水桶を脇に置いて、正純を布団へぐいぐいと押し戻す。
 掛け布団を彼女にしっかりと被せてから水桶を枕元へと移動し、タオル地の手拭いを浸して絞る。
 ぴちゃぴちゃと音を立てて滴り落ちる水滴が桶の中に戻っていく。
 正純の額に絞った手拭いを乗せようとして、タイムはぎょっとした。
 彼女の頬が濡れていたからだ。
 明らかに汗ではない。それは、普段は彼女の穏やかな笑みを形作る柔らかな眦より溢れていた。
 それはまるで、水を含み切れなくなった手拭いから溢れる雫の様に頬を伝う。
 敢えてそれを見なかった振りをしたタイムはもう一度、やり直す様に手拭いを水に浸して絞り正純の額に乗せた。
「どうしてさっきは動こうとしたの?」
 そう問いかけるタイムの声は、駄々を捏ねる愛しい子供を嗜める様に優しい。
 自らを一切咎める事の無い丸みを帯びた声色に安心したのか、譫言の様に正純は独白を始める。
「だって、自分で出来ないと、誰かのためにならないと。わたしは、いらない子になってしまう」
 いらなくなるのは、いやだ。いらなくなるのは、こわい。と震える声で言う正純の頬はなおも濡れている。
 普段とても大人びて誰からも慕われる星の巫女は今此処には在らず、代わりに誰も知らなかった、自らの寄る辺を求め泣く一人の少女が居た。
「……そっか。今まで誰にも甘えられなかったのね」
 汗で乱れた髪を撫で梳かし、タイムは呟く。

 そんなの、これからゆっくり覚えればいいの。
 私がこうしているのは、大した理由なんてないのよ。
 ただあなたのことが好きだから。
 それに。そうなのはきっと、私だけじゃないわ。

 その『大した事のない理由』は正純が今までずっと欲しくて、それでも求める事の出来なかった一番星ほしいものだった。
 タイムは彼女の身体を優しく摩りながら囁く。
「目が覚めても私は消えてなくなったりしないわ。だから安心して眠って?」
 目が覚める頃に美味しいお粥も作るから、それを楽しみにしてね。
 汗もかいているから身体も拭かなきゃ。でも、もう大丈夫よ。後は少しずつ楽になっていく筈だから。
 その言葉を聞き安心したのだろう。正純が濡らし続けていた枕はそれ以上色を濃くする事はなく。
 やがてそこでは静かな寝息と時計の振り子の音だけが過ぎ行く時を共に奏でていた。


 とっとっとっとっと
 兎が駆け回る音が聴こえる。
 とっとっとっとっと
 忙しなく駆け回る音が聴こえる。
 熱に浮かされている今、とても煩わしい筈のその音は。
 今まで聴いたどんな音よりも優しくて、心地がよかった。

  • 月の兎は星を癒すか完了
  • NM名百万石
  • 種別SS
  • 納品日2022年10月08日
  • ・タイム(p3p007854
    ・小金井・正純(p3p008000
    ※ おまけSS『星は隠れる』付き

おまけSS『星は隠れる』

「んん……良く寝ましたね。熱も下がったみたいですし。ちょっと恥ずかしい夢を見た気はしますが」
「あ、正純さんおはよう! 体調、すっかり良さそうね? それじゃあ、お粥じゃなくて雑炊にしようかしら!」
 とっとっとっとっと。
 兎は駆ける
「ああ、おはようございますタイムさん。ええ、そうですね。出来れば少し味のするものを頂けたらええええええ!?」
「うわぁ! びっくりした! 突然大きな声を出してどうしたの?まだ病み上がりなんだから無理しちゃだめよ?」
「あの、つかぬ事をお聞きしますが、タイムさん、もしかして昨日から……」
 珍しくもじもじとしながら問うて来る正純に、タイムはにんまりと笑みを返す。
「ふふっ! たっぷり甘えて貰っちゃった!」
嬉しそうに跳ね回るタイムとは裏腹に、まさずみは真っ赤になって布団に隠れて消えた。


~病み上がり!星の巫女応援星のなめこ雑炊レシピ~
冷ご飯:お椀一杯
水:300cc
白だし(A):お好みの味加減(大匙1/2程度)
顆粒和風だし(A):お好み味加減(小匙1/2程度)
なめこ(B):お好きなら。洗って入れてください
たまご(B):仕上げに溶き入れふんわりと
ねぎ(B):ぱらぱらと

お湯を沸かし、Aを加えた後ご飯を投入。柔らかくなるまで弱火で煮たらBを加えて中火で1分出来上がり。

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