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常世穢国の長月七日、昔と今を想起して

登場人物一覧

百合草 瑠々(p3p010340)
偲雪の守人

●幸せ包む長月の
 9月。残暑と言えるほどまだ暑い日々。
 手伝いの合間に、『偲雪の守人』百合草 瑠々(p3p010340)は城の廊下でふと立ち止まり……外の景色を見下ろしていた。
 城の眼下に見える街。主の望み通り、誰もが幸せそうな顔をして。

 豊穣国……仏魔殿領域・常世穢国。
 瑠々は己が仕えると決めた主の手伝いをして、忙しい日々を過ごしている。
 主の為に尽くす日々。自ら望んだ時間。

 僅かに立ち止まり今を眺めて、脳裏に過ぎる事がある。

(思えば、前の世界……あの歪んだ世界では、そんな日が来る事なんてなかったんだ)
 思い出すのは、元の世界での……死にたいと思うに至る日々。

●想起する過去の一端
 無辜なる混沌でいうところの練達に似た『日本』では、忍びの集団の一族……百合草流、その本家に生まれて。
 幼少のころから、時代錯誤な言葉を叩き込まれ、他所からは必要とされなくなった忍術やら体術やらを教え込まれ続けた。傷を負うことだってあった。
 他の家は違うみたいだと言ってみても、運が良ければ諭され、場合によっては叱られて。遊園地等はおろか、他の子の家に遊びに行く事も滅多に許されなかった。
 ……他の家が羨ましい、なんて思った事もあった気がする。

 学校には通っていたけど、小学校に空手や柔道を習っている子はいても忍術を教え込まれたなんて話す子は誰もいなくて、固く口止めされていたこともあって忍術の事は明かせなかった……なんで一緒に遊んでくれないの、って言われた事もある。仲良かった子なんて……いなかったかもしれない。

 中学校。やっぱり他とは違う日々。
 周囲になじめないまま、それでも成長してできる事も行ける所も増えていたから……中学からはゴシックなどに手をかけて過ごした。気に入った格好で過ごしているだけなのに、変な目で見られるのはいやだった。
 今にして思えば……小学中学と奇異の目で見られてはいても、まだましだったのかもしれない。それでも歪みは感じ始めていたけれど。

 高校では上京した。
 今までの周囲とは違う都会に期待と希望がなかったわけじゃないけど、それはすぐに打ち砕かれた。
 上京して入った学校では……いじめを受けていたから。
 クラスの中心らしき子に何故気に入られなかったのかも。他の子がいじめてくる理由も、そいつに唆されたのか他に理由があったのかも……わからないし、答えなんて出ない。あるのはつらい現実だけ。
 物を隠される、奪われて傷つけられる。嗤われる。他の皆には伝わってたことが伝えられなかった事もある。提出したはずの宿題等を、何故提出していないと怒られた事だって何度もあって。やられた事は他にも色々あり……思い出したくない事も、あったかもしれない。
 先生等に相談しても、返ってくるのは見当違いの回答。理解はされない……何もわかってはもらえない。
 それでも、何とか耐えていた。叩き込まれた忍術があっても、手を出したら実質負けだとわかってた。
 ただ……薬に手を出さざるを得なくなる位、精神は弱かったけれど。

 周囲から感じる、色んな視線や侮蔑。それが嫌だった。
 だから夜の街を出歩くようになっていた。
 悪い大人がどれだけいようと危険だろうとどうでもいい。皆いい子にしましょうと言いながら、いじめる者も視線や侮蔑も咎めない……咎める者がいたって変わらない、歪んだ世界。歪んでいてもおかしくない分、夜の街の方がましだった。

 ゴシックに身を包み、薬を飲み……鬱々とした心で、夜の街を歩く。そんな日々。
 死にたい。ただ死にたい。
 薬でも紛れ切らない心は重く苦しく……ただひたすらに、死なせてほしかった。
 死にたくても死ねない日々。ようやっと死にそうな事に遭いかけたのに良い人ぶった誰かが止めて、死なせてくれもせずに去っていく事だって一度や二度じゃなかった。
 それでも彷徨い、ふらふらと歩いて、歩いて……何か光が見えたような気もするけど構わずに死を求めて、ただ歩いて。その途中で見知らぬ場所に呼び出された無辜なる混沌に召喚された事に、気が付くまでには少しかかって。

(明日世界が滅ぶ? 世界を救え? ……バカ言うな。ウチはそんな勇者じゃない)
 説明されたって納得は行かなかった。召喚された事じゃなく、求められた内容に。
 勇者なんて、世界を救うなんて柄じゃない。
(ウチはただ……早く死にたいだけの一般人なんだ)

 だから、早く死のうと頑張った。
 ローレットに所属し、練達で元の世界に近い薬を得て、色んな依頼を受け……何度も何度も戦って。
 けれどどうにも死なないし、薬の効果が効かない時もあって痛くても苦しくても死ねないし……頑張った結果で知り合う人は増えていって。
(……いつの間にかウチは、周りにほだされて誰かを護る為に戦うようになった。深緑決戦なんかじゃ命の分け合いなんてする程に)
 自分を含む複数の者が奇跡を起こそうとした結果起きた、誰も死ななかった奇跡。
 それでもなお……心の底では、心の鬱屈がまだまだ邪魔をしていた。

(そして、主に出会った)
 仏魔殿領域・常世穢国……ローレットの依頼で訪れた、この地で。
 世界を幸せに包みたいという彼女に。

●今の思いと、古き言葉
 常世穢国に訪れ、「世界を笑顔で包む」という彼女の理想を聞いた瑠々は思った。
(この人の世なら何もなくウチの願いを……幸せを、死を迎えられる)
 ならば、魔種であろうと仕えようと心に決めた。

 仕えようと決めた時も決めてからも、イレギュラーズとも対峙した。
 お前たちの傍にはいられないと。お別れなんだと。
 ……幸せになってほしい者達に告げた。
 もう、後には引けなくなった。

 それでも理想の為に生きていた。主の理想を手伝いながら。
 死ぬ為に生きるって何処か矛盾してるけど……これでいいんだと自分自身を無理やり納得させながら。

 主に仕えると決めてからの日々は何気なかった。
 彼女の手伝いをしながら、忙しくもゆっくりと過ごす日常。
 新しい日々を過ごす中……瑠々はいつの間にか、ある言葉を思い出していた。

 ――主は絶対。命を賭して守り、奪われたら必ず取り戻さん。

 幼いころから叩き込まれた古い言葉。百合草流の教えの一つ。
 かつては古臭いと思っていたその教えに沿うように自分が生きている事に、振り返ってみると驚いた。
 命を賭して守ると、改めて思う。それは教えだけでなく……瑠々ウチ自身が、そう決めたから。

●鳴る音、重ねたものを知らせて
 豊穣の城で聞く事のなかった、電子音が一つ響く。
 豊穣では……常世穢国ここでは使えないaPhoneが鳴ったのだ。暫く操作していなかった端末に、充電が残っているかどうかも確認してはいなかった。
 かつて見慣れたaPhoneの画面に、お知らせが1つ届く。
 何か入れてたっけと内容を見る為に目をやり……外の日付と今を知る。

 9月7日。
 今日が瑠々ウチの19歳の誕生日だったと、気付いた。

 別の手伝いの合間にたまたま通りすがった星穹……彼女も主に仕えると決めた1人だ……にもお知らせを見られた。
 覗き込む気があったわけでもなく、偶然画面お知らせを目にしたであろう彼女は
「誕生日おめでとうございます」とだけ告げて、別の者に声を掛けられ去っていった。

 再び1人になった瑠々は、立ち止まったままでふと思う。
(19歳のウチは、何をして生きるのだろうか)
 この日を迎えるなんて、昔は思っていなかった。
 かつてはあんなに死にたかったのに、いつの間にか死にたいという気持ちはなくなっていた。
 死にたかった気持ちの代わりに、こう思うようになっていた。

 ……ただ、あの人の為に生きたい。

 新たな、大切な気持ちを胸に。
 百合草 瑠々、19歳になった彼女が迎える未来は……如何なるものになるのだろうか。

 遠き空の下で、お誕生日おめでとうと他の誰かに思われているかどうかは……
 きっと彼女にもわからない事だった。

  • 常世穢国の長月七日、昔と今を想起して完了
  • NM名往螺おとき
  • 種別SS
  • 納品日2022年10月14日
  • ・百合草 瑠々(p3p010340
    ※ おまけSS『ウチの誕生日の事を知ったら』付き

おまけSS『ウチの誕生日の事を知ったら』

 そういえば……豊穣だと誕生日は祝うんだろうか、と瑠々はふと思った。
 前の世界でケーキや料理で祝われた事なんて、ろくになかった気もするけれど。

(ウチの誕生日の事を知ったら……あの人は祝おうとしそうだけどな)
 もし、何らかの形で知ったならば。世界を笑顔で包もうとしている主は、きっとお祝いの準備を慌てて行って……心からの笑顔で祝おうとするに違いない。
 そこまで想像できたところで、瑠々はaPhoneを見られないようにしまい込んだ。

 いずれかつての仲間達イレギュラーズは主を倒しに来るだろう……それも遠からぬ日に。再び攻め込まれるまでに、使える時間はそう多くない。

 休憩は終わりだ。過去を想起するのも。
 瑠々は再び歩き出す……主の理想に仕える為に。

●最後に
 ……さて、この後。
 瑠々が誕生日の事を主に伝えたか、伝えずに終わったか、あるいはかどうかは……敢えてここには記すまい。
 この先に何かしら大切な思い出があったとしても……それはまた、別の話なのである。

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