PandoraPartyProject

SS詳細

誓いを共に

登場人物一覧

レイア・マルガレーテ・シビック(p3p010786)
青薔薇救護隊
レイア・マルガレーテ・シビックの関係者
→ イラスト

「靴、足に合っているか?」

 ルークからこの言葉をかけられるのは、二度目だった。一度目はウェディングドレスの試着のとき。二度目の今は、結婚式の当日。ぶっきらぼうな言い方だけれど、言葉の奥に込められた優しさと、心配な色をにじませた瞳が確かにレイアを見つめている。

「平気だ。歩行に支障はない。それに、ほら」

 レイアが椅子に座り、ウェディングドレスの裾を持ち上げると、彼の視線が真っすぐに降り注いだ。片足を浮かせる。
 足首を軽く回して、膝を動かして、ヒールを軽く鳴らしながらつま先まで床につけると、ルークの表情が柔らかくなった。

「『普通』の足にしか見えないだろう」

 ルークは頷いた。そうだなという呟きが、静かな部屋に落ちる。

 レイアの義足は完璧だ。生まれつき不自由な足だけれど、この義足のおかげで生活に支障もないどころか、靴下や靴を履いてしまえば義足であることすら分からない。だから今も、当たり前のようにレイアの足に馴染んでいる。ウェディングドレスに合わせて選んだ靴であっても、その義足の完全さが損なわれることはなかった。

 彼がしゃがみこんで、ストッキングで覆われたレイアの足に触れた。義足の部分だから、触れられたところでその感触は分からない。ただ、彼がそこに指を滑らせているのが見えているから、くすぐったかった。

「綺麗な足だな」

 レイアの今までを振り返ると、車椅子で過ごしている時期の方がよっぽど長い。義足を着けたのは数年前の話で、それまでは自分の足で歩くことも、立ち上がることもできなかった。
 ルークは幼いころからレイアを知っている、騎士であり夫だ。レイアが車いすを押していたり、押されていたりしていたことも知っている。レイアの姿をずっと見ていた彼だからこそ、こうしてレイアが自由に足を動かしているのが感慨深いのだろう。

「これなら野山を駆け回ることだってできるぞ」

 令嬢にしてはおてんばすぎるかもしれないが、それくらい足が丈夫なら、どこへでも行けてしまう。それは、素晴らしいことだ。そう口にすれば、彼もまた静かに頷くのだった。

 レイアがドレスの裾を降ろしたとき、控室のドアが控えめに叩かれた。ドアを開けるとそこにいたのは神父。彼はレイアとルークに挨拶をして、二人の姿を微笑ましく見つめている。

「私はレイア・マルガレーテ・シビックと申します。本日はよろしくお願いいたします」
「俺はルーク・ヤマト・シビック。よろしくな」

 神父は会場の準備が整ったことを伝えると、部屋を出て行った。

 砕けた口調で話していたところで、いつもの畏まった口調に切り替えるのは少し気を張る。何度も経験していることとはいえ、部屋に二人だけ残されたと分かると、緊張が解けていくような気になる。

「あんなに丁寧に話すのは、お父様やイレギュラーズの前くらいなものだな」

 何気なく言葉にすれば、ルークが「なんでまた」と苦笑する。

「やはり礼儀作法は必要だろう」
「お前も猫よく被るなぁ」

 呆れたように笑う彼の声が、耳に響く。そこに確かに込められた優しさが、耳に心地よい。

「でも、俺の前では要らないからな」

 そう。彼の前では繕わなくていい。体裁も、礼儀作法と言う名の仮面も、彼の前では色をもたない硝子に等しいのだ。それはきっと長いこと共に過ごしていて、お互いのことをよく知っているからだろう。

 愛の言葉を、交わし合ったことはまだない。だけど想いあっていることは態度に出ていて、お互いを信じていることも、分かっている。

「猫をかぶっても見破ってくるからな、侮れない」
「俺はお前のその計算高さの方が侮れねぇよ」

 二人でくすくすと笑い、それから式場に向かって歩き出した。


 バージンロードは、花嫁の人生を表しているものらしい。

 生まれつき動かない足。自分を捨てた母。母の分の愛情も注いでくれた父。そして、ルークのことを、順番に頭に思い浮かべる。あるものは影をともない、あるものは眩しい光となって、レイアの胸を満たしていく。

 義足を手に入れたことで、どこに行くのも自由になった。だけど元々足が動かないこと、いくら本物のようであっても、この足が義足であることには変わりはない。それはレイアの内に潜む影として、心を揺らす。

 チャペルに飾られた青薔薇と赤薔薇。それはレイアとルークが共に人生を歩んでいくことの象徴のように思えた。
 彼は、レイアが義足であっても愛してくれている。ぶっきらぼうだけど純粋な愛情を、騎士の忠誠のように捧げてくれる。彼の優しさがあるから、自分の足が「普通」じゃなくても真っすぐに立っていられる。

 だから自分も、自分の足が義足でも、彼のことを真っすぐに愛して、ついて行きたいと思えるのだ。

 一歩一歩足を進めているうちに、ルークと視線が絡む。彼の琥珀のような瞳が、こちらを見つめている。

 彼と手を取りあうと、その体温が伝わってくる。温もりの中に紛れている緊張が、何だか愛おしい。

「新郎ルーク・ヤマト・ベロッサ。あなたはレイア・マルガレーテ・シビックを妻とし、健やかなるときも、病めるときも――」

 結婚式に友達は呼ばなかった。唯一呼んだ身内である父は、教会の隅でこちらを見守ってくれている。

「その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか」
「誓います」

 ここにいるのは、レイアを心から大切にしてくれている人だけ。大勢の人が祝ってくれるような賑やかさはないけれど、お互いを想い合っているのだから、十分だ。

「新婦レイア・マルガレーテ・シビック。あなたはルーク・ヤマト・ベロッサを夫とし――」

 何より、ルークと結ばれるのだから、幸せだ。

「その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか」
「はい。誓います」

 ルークは騎士として。レイアはシビック家の令嬢として。共に支え合うこと、お互いの生涯の幸福を願い、誓う。

 義足だって構わない。だって、彼が愛してくれているのだから。彼の優しさや温もりが包んでくれているのだから。

 ルークと向き合うと、彼の瞳に柔らかな甘さが滲んでいるのに気が付いた。その目が細められて、唇が近づいて――。

 ああ、なんて幸せな日なのだろう。

 ほんの少し背伸びをすると、お互いの唇が触れあった。



 教会のステンドグラスは、外の光を映して鮮やかに輝いている。その中で薔薇の花束を抱えていると、大きな祝福をされているように思えた。

「これからもよろしく頼む」

 レイアがそう微笑めば、ルークが静かに抱き寄せてくれる。レイアが彼の頬に手を添えると、彼の表情が柔らかくなった。

「ああ、よろしく」

 青薔薇と赤薔薇がステンドグラス越しの光に照らされて、鮮やかな色を放っていた。

おまけSS『死が二人を分かつまで』

 目を閉じると、幸福の余韻がほのかな熱のように押し寄せてくる。薔薇の色や穏やかな光に彩られたそれは、何度も瞼の裏に蘇る。

「死が二人を分かつまで」

 何気なく呟けば、ルークがこちらを見据える。彼もまた幸福のひと時に浸っているようで、その瞳の奥がきらめいていた。

 結婚式は終わってしまったけれど、二人で歩む人生はこれからも続いていくのだ。死が訪れるまで、ずっと。

 ルークがレイアの手を取り、その場で静かに跪いた。騎士が主に忠誠を誓う、その姿勢で彼は微笑んだ。

「死が二人を分かつまで」

 二人きりで交わした愛の言葉が、耳に残って離れなかった。

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