SS詳細
収穫の大仕事
登場人物一覧
ざっざっざと木と木との間を駆ける。アムタティは尻尾に引っ掛けた籠を落とさないように、でも素早く森の奥を目指していた。
段々と日が落ちてきて辺りが暗くなり始めている。明りは持ってはいるが、森を探索するのには心許ない。何よりアムタティ自身はある程度対応するだけの能力はあるとはいえ、肉食の動物や魔物などがいたら探している相手が危ない。
「ロロさん! ロロさん、どこっすか?!」
今は危険な相手に見つかることなどにかまけている場合ではない。できる限り声を張り上げてアムタティは走る走る。ロロ、という少女を探して。
時はいくらか遡る。
「すみません、お願いしたいことがあるのですが」
『何でも屋』を始めたアムタティの元に一人の女性が訪れた。パッと見て明らかに村人です、という風貌をした女性は内容になりますと一枚の手書きの紙をアムタティへと差し出す。
その内容は近くの村で作物の大規模な収穫があり、雑用も含めて人手を探しているというものだった。当然、アムタティに否やはない。
「もちろん受けるっす!」
二つ返事でOKしたアムタティは現場となる村へと向かっていった。
村の方で用意したという馬車に揺られてしばらく、着いた村はまさにお祭り騒ぎだった。
「おわぁぁぁ、すごいことになってるっす」
あまりの状態に目を白黒させながらアムタティの瞳に映る景色の中には、広大な畑を有した小さな村の中に見渡す限りの人、人、人。広い畑を村の人やあちこちから呼ばれた人たちが大人も子供も交じって次々と畑に実った野菜たちを収穫していく。収穫物でいっぱいになった籠を他の人が運び、空っぽの籠を置いていく。いっぱいになった籠は村の中心へと運ばれ、選別されていく。
その中でアムタティが選ばれたのは収穫物でいっぱいになった籠を運んでいく係だった。あちこちを駆け回り、いっぱいになった籠を見つけては運んでいくのだ。そのため籠の中に入っているものも様々だ。トマトやカボチャ、ナス、キュウリ、ものが違えは重さも違う。時に重さに呻くことになりながらもアムタティは畑中を駆け回る。
「頑張るっすよ」
「嬢ちゃん、元気だねぇ」
元気にパタパタ走り回る様子に周囲の人も自然と笑顔になる。
汗と泥まみれになりながらも気が付けば日はゆっくりと落ち始めていて、もうすぐ作業も終わりだろうか、そんな頃だった。
「誰か! 手を貸して! 娘が、ロロがいないの!」
あちこちを走りながら今にも泣きだしそうな声で呼びかける女性。アムタティはその女性に見覚えがあった。
「あ、あなたはボクのところに来た」
そう、アムタティに依頼を持ってきた女性その人だったのだ。村人らしい村人という印象を受ける質素な服はあちこちが泥にまみれている。収穫をしていたのだろうと思うが、その顔は不安そうで髪は汗で張り付いていた。ただ事ではなさそうだ。
「どうしたっすか?」
「ロロが、私の娘が……」
駆け寄ったアムタティが背中をさする。それでいくらか落ち着いたのか何事かと集まってきた人たちに対して女性は話し始めた。
どうも彼女の娘、ロロが収穫の手伝いに飽き、遊びに行ってくるといったっきり帰ってこないというではないか。彼女が遊びに行くとしたら近くの森だが、そこには彼女の持っていた小さな収穫用の籠しか落ちていなかったという。女性自身も声をかけて探していたが日も落ちてきて暗くなってきたため人手を求めて大慌てで戻ってきたらしい。
「大丈夫っす、近くの森っすね。きっと見つけてくるっす」
ぎゅっと女性の手を握りアムタティが笑いかけると女性はようやく安心したのかその場にへたり込んだ。
さっそく収穫作業をしていた中から数名とアムタティが森の中へと入っていく。そしてアムタティの尻尾には、何かあった時にこれを見せれば落ち着いてくれるだろうから、とロロの籠が引っ掛けられていた。
そして時は冒頭へと戻る。
アムタティは小さな体躯を活かして木々の間を駆ける。時折見かける小動物に声をかけても芳しい反応は得られない。その時。
──ふえぇぇぇん。
声が聞こえた。微かだが泣き声に聞こえる。
「ロロさん?!」
身体の向きを変え、走る。猫耳をピコピコ動かし、聞こえた声を逃さないように。
いくらかの時間の後、大きめの茂みを抜けた先に彼女はいた。座り込んで泣いている小さな女の子。膝を大きくすりむいていて今も血が流れている。とても痛そうだ。
「だれ……?」
「ロロさん、っすよね? お母さんが探してたっす」
泣き続けたのだろう、少ししゃがれた声で問う彼女に尻尾に引っ掛けた籠を見せてみれば「わたしのカゴ」と少しだけ安堵した顔をする。
「足が痛くて動けないの」
どうやら森で遊んでいる間に転んで怪我をし、動けなくなっていたようだ。確かにこの怪我では森を歩いて帰るのは難しかったに違いない。
「お母さんのところに連れていくっす」
身にまとっていたマントの裾を割いてロロの傷口をきつめに縛ってから、アムタティはロロを背に乗せて来た道を駆け戻っていった。
思いがけない仕事が一つ増えたが、村にロロを連れ帰った時の女性の安堵した顔。娘を抱きしめて何度も何度も頭を下げる姿に、見つけられてよかったと思うのだ。
いなくなったロロを探す事件はあったものの村の大収穫自体は無事に終わり、夜はごちそうだった。お疲れ様会と言えば簡単だろうか。村の中心で選別された野菜たちは傷がついたり少し傷んでいるものなど、売り出せないものをまとめて調理し、お礼の一つとして振舞われているのだ。
野菜そのままの味のサラダは当然として、ベーコンも入った野菜炒めに具沢山のスープ。焼きたてのパンもふるまわれてみんなそれぞれに舌鼓を打つ。
「おねえちゃん、あのね、助けてくれてありがとう」
「本当に、ありがとうございました」
人探しも含めていっぱい働いた分、いっぱい食べる! もぐもぐとあちらこちらの料理を食べていたアムタティにそう声をかける人がいた。聞き覚えのある声に耳がぴくっと動いてそちらを向けば、やはりロロとその母親が立っていた。
あの後無事に保護されたロロは治療師によって怪我を治してもらい、再びアムタティの前に姿を見せた今は見た目にも元気そうに見えた。アムタティに返したもらった籠を大事そうに抱えている。
「大丈夫っす。それよりも無事でよかったっす」
にかっと笑うとロロがもじもじしてから持っていた籠から小さな包みを取り出しアムタティへと差し出した。
「これ、わたしが作ったの。あげる」
受け取って包みを開けてみると中身はいろんな野菜とベーコンが挟まれたサンドイッチだった。漂ってくるいい匂いにそれまでたくさん食べたはずなのにピクピクと尻尾が反応してしまう。とてもとてもおいしそうだ。
「わぁ、いいっすか?! おいしそうなサンドイッチっす!」
「おねえちゃんのためにママと作ったの。あのね、明日かえっちゃうんだよね? またあそびに来てね」
「もちろんっす。それに困ったことがあればいつだって声をかけてくれていいっすよ!」
「わぁ、おねえちゃんすごい! かっこいい!」
ふふんと胸を張ったアムタティにロロは飛び跳ねてかっこいいかっこいいと繰り返す。アムタティを見る目はきらきらとしていて強い憧れに満ちていた。
おまけSS『サンドイッチの味』
翌朝、ばいばーいとわざわざ馬車まで来て見送ってくれる母娘の笑顔になんだか満たされた気持ちになりながら馬車の中で昨夜もらったサンドイッチを頬張る。サンドイッチの味は、おいしいのはもちろんのことだが、なぜか心がポカポカするようなとてもやさしい味がした。
なお、少しサンドイッチを分けてもらい『そうだよね?』と同意を求められたシュミィには首を傾げられたとか。