SS詳細
空いっぱいの月とフワフワ
登場人物一覧
まん丸の月が星空に浮かび、ホテル・セレスティアル・アズールの広々としたテラスに青く澄んだ光を、静かに落とす。
「綺麗だなあ、お月さまも港も」
漆黒のソファに座り、ソア (p3p007025)が息を吐き、目を細めた。ネオ・フロンティア海洋王国の美しい港と満月がソアを惹きつけている。ロマンティックな夜景がこの美しいホテルにぴったりと寄り添い、翌朝には陽光が部屋中に散らばり、人々に幸福をもたらすのだ。天然木のローテーブルには一輪の
「そうだね」
隣に座るエストレーリャ=セルバ (p3p007114)が微笑み、ソアの横顔に視線を向ける。ソアの細められた金色の瞳が月の光によって神秘的に輝き、宝石のような髪が誘うように揺れている。はじめて一緒に過ごした夜を思い出し、エストレーリャは無意識に息を吐きだす。ソア、君が好き。可愛くて、愛おしくて、瞬きすら惜しくなってしまう。エストレーリャは笑った。ソアといればなんだって出来る気がした。
「エスト、知ってるよ? 今、ボクのことじーっと、見てたでしょ?」
ソアの甘い声に、エストレーリャはハッとし、こくりと頷いてみせた。月を見ていたはずのソアはエストレーリャをからかう様に見つめている。どきりとする。この視線に慣れることは、永遠にないのだと思った。
「視線を感じた?」
「うん、バッチリ」
ソアがパッと表情を変えた。嬉しそうに、誰よりも眩しい笑顔をエストレーリャに向けたのだ。ソアの尾が楽しそうに、大きく揺れている。シンプルなベージュのニットワンピースが眩しい。
「バレちゃった」
「駄目だったー?」
小首を傾げるソアにエストレーリャがそんなわけがないと、左右に首を大きく振る。ソアだってそんなことはとうに分かっていながら、エストレーリャに尋ねているのだ。エストレーリャは微笑する。これは愛している者達に許された、キャンディのような遊び。心がとっても、くすぐったかった。ソアがエストレーリャの言葉をじっと待っている。
「ソアにはバレてもいいよ……ソアが好きだから、ずっと、見ていたいなって」
エストレーリャは右手を伸ばし、ソアの頬をそっと撫でた。肌は柔らかく、撫でる度にソアの温もりを感じる。ソアはくすぐったいのだろう、大袈裟に身体を揺らしている。
「ボクも! エストのね、お顔を見るの大好き。どんな顔もね、見たいと思っちゃうんだ」
「そうなんだ」
エストレーリャは目を細めた。ソアの可憐な瞳が何かを企んでいるかのようにぴかりと光り、また、いつもの瞳に戻ったのだ。
「そうだよー?」
ソアは優しい顔をした。同じように笑おうとした途端、水の底のような風がエストレーリャを包み込んだ。エストレーリャは震え、僅かに驚く。うだるような夏が終わり、エストレーリャは秋の訪れを感じる。
「エスト、大丈夫? 寒い?」
「大丈夫。君がいるからあったかいよ」
ふわふわの優しい手に触れ、エストレーリャは口を開いた。
「ソア」
「エスト」
互いの名前を夢中で呼び合い、エストレーリャとソアは唇を重ね、穏やかに笑い合う。ソアの唇は柔らかく、しっとりとしている。
「ねぇ、エスト」
ソアの元気な声が聞こえた。
「なあに、ソア?」
「あのねっ……お月見には、飲み物だよね? だから、ボク、お部屋から持ってくる!」
突然の提案に驚きつつ、エストレーリャが頷けば、ソアはくるりと背を向け、スキップをするかのように、足早に部屋に戻っていく。なんだろう。ソアは、
テラス戸をぴしゃりと閉め、ソアはエストレーリャを見た。エストレーリャは白のワイシャツにベージュの淡いベストと、紺色のパンツ。今日の為の特別な装い。似合ってるなあ、なんて思えば、心臓のリズムが強くなっていく。エストレーリャは美しい顔で、月を見ている。ソアは自分が見つめられているかのような、そんな気持ちになった。エストレーリャはどんな時も優しくて、紳士的だ。だけれど──ちょっとだけ見たいんだ。彼の中の獣のお顔も。余裕のない顔をするのかな? 意地悪とかされちゃうのかな? 知りたくて、想像するだけで、ドキドキしちゃうんだ。それって、ワガママなのかなあ。でも、これはボクの偽らざる本心。
「……だから今夜のお月見に悪戯を仕掛けちゃうんだ」
ソアは薄く笑い、エストレーリャから見えない位置で、バッグの底に隠しておいた青い小瓶をそっと取り出す。中身は、仲良しの精霊に教えてもらった不思議な花の蜜だった。月の夜にはまるで強いお酒のように効いて理性を溶かすんだって。ソアはくすりと笑い、すぐにハッとする。急がなきゃ、エストレーリャがテラスで待っているのだ。
「ボクもエストもあったかい方が飲みやすいよね」
ソアはエストレーリャの為にアップルティーを淹れ、梅シロップを注ぎ、小瓶の蓋を開け、花の蜜をたっぷりと落としていく。花の蜜は雫のようにロンググラスの底にとろりと沈んでいった。ソアはマドラーでアップルティーをかき混ぜ、ミントを飾り付ける。ソア特製のノンアルコール・ホットの完成だ。
「次はボクのお酒……どうしようかなあ」
ソアは少しだけ考え込み、目をパッと開いた。ソアはウイスキーにホットミルクを混ぜ、熱いドリンクを作った。どちらも甘い香りがする。ソアはテラス戸をあらかじめ開け、火傷に気を付けながら、熱々のロンググラスを掴み、歩き出した。
「おかえりなさい。あ、リンゴの甘い香りと梅の匂いがする」
エストレーリャが笑った。甘い水蒸気が風に揺れている。
「ただいま! うん、ソア特製のノンアルコール・ホットだよ」
ソアはローテーブルに飲み物を置き、エストレーリャの隣に腰を落とした。
「特製、嬉しい。ソアのは、コーヒーかな?」
「うーんとね、ボクのは」
言いながら、ソアはドギマギしている。エストレーリャのオレンジ色の瞳がソアをじっと見つめているのだ。
「ソア?」
「え? あ……ウイスキーにホットミルクをね、たっぷり入れたんだよ」
「たっぷり……美味しい?」
エストレーリャが不思議そうにロンググラスを覗き込み、甘くて芳醇な大人の香りにびっくりしたのだろう、目を大きく見開き、すぐにソアを見つめる。ソアは笑った。
「うん、とっても美味しいんだよ。それに飲んだら身体がお布団とか温泉に入った時みたいにぽかぽかになるんだ!」
「それは素敵だね、僕もソア特製のドリンクでぽかぽかになりたいな」
「うん、なろう? エスト、乾杯しよ?」
「そうだね、ソアが作ってくれたから温かいうちに飲まなきゃ」
「へへっー、飲もう、飲もう!」
ソアはロンググラスを持ち、「熱いね」と微笑む。
エストレーリャはソアを見つめる。子供のような無邪気さと、どこかワクワクしたソアの瞳に、飲み物に何かあるのかなと思った。けれども、エストレーリャは気づかないフリをする。
「うん、熱いから気を付けないとね」
エストレーリャはロンググラスを持ち、ソアのロンググラスのふちにそっと口づける。乾杯の合図。エストレーリャはソアの熱い眼差しを感じながら、ノンアルコール・ホットを口にした瞬間、はちみつのような、とろりとした何かが舌に触れた。甘くて、酸っぱくて、とても美味しい。
「エスト、どう?」
「え、あ……ソア。すごく、美味しい……飲んだことのない味……」
エストレーリャはとろんとする。どうしてかな。急に身体が熱くて、楽しくて、どきどきする。
「良かった、ボクも飲む!」
ソアはロンググラスを大きく傾け、息を吐いた。
「あ~、美味しいなあ……」
ソアはにこにこと笑いはじめた。ご機嫌な様子にエストレーリャもつられて笑いだす。君が嬉しいと僕も嬉しくて──あれ? フワフワして、いつも、心の中に仕舞ってるものが出てくるような、そんな気持ちがする。これはなんだろう。ソアなら、分かるのかな?
「……」
「ふふーっ! エストの頬っぺた赤くなってる。さっきより風が冷たくなってきたからかな?」
エストレーリャは顔を上げ、目を細めた。ソアの顔は真っ赤で、見たことのない表情を浮かべている。エストレーリャは不自然に、唾を飲み込んだ。欲望が急速に膨らみはじめている。そんな気持ちなど、ソアは知らない。頬と頬を合わせ、ふにゃふにゃと大きな声で無防備に、楽しそうに笑っている。エストレーリャはぴくりと身体を震わせる。いつもは嬉しくて、照れてしまうけれど、今は──ソアを強く抱きしめたいと思った。お酒に強い彼女が珍しく酔っている。それが至極、新鮮で、可愛くて、ソアに触れたいと思った。身体がムズムズする。
「ソア。こうしたら、もっと寒くないよ」
「こうしたら?」
ソアがぼんやりとエストレーリャを見つめ、小首を傾げた。エストレーリャはソアに寄りかかるように抱き着き、彼女の香りを肺いっぱいに吸い込んだ。
「……」
いい匂いで、すごく、イジワルしたくなっちゃう。いいかな? うん、いいよね。だって、そうしたいんだもの。
「ソアも赤くなってて、とっても。美味しそう」
エストレーリャは笑い、ソアを抱き寄せる。可愛くて、仕方なかった。
エストレーリャの身体は熱を孕んでいた。抱き寄せられたんだって気が付いた時には、エストレーリャの歯が虎耳に触れ、ソアはひくりと身を震わせていたのだ。
「きゃっ……んっ、エスト……?」
耳を食べられ、ソアはゾクゾクしていた。花の蜜が効いたんだ。気持ちがまたたく間に昂り、身体が敏感になっていく。ボク、変な声が出ちゃった。意識した瞬間、カッと顔が熱くなった。ワクワクしてお酒を飲んだせいか、今日は珍しく酔っている。
「ソア? どうしたの?」
エストレーリャは笑い、ソアの様子を楽しんでいる。
「どうしたのって……エスト、が……んっ……」
ソアは震え上がった。エストレーリャの熱い舌がぬるぬると虎耳を這いまわり、耳の奥を強く吸い上げたのだ。ソアの瞳に涙が滲んでいく。
「エストぉ……」
いつもと違う雰囲気、顔つきだって違う。エストレーリャの意地悪な瞳にすごくドキドキする。見たかった。この顔が見たいと思ったのだ。エスト、今日はたくさん我儘を言っても良いかな。ソアは目を細め、エストレーリャにしがみつく。無意識だった。
「可愛いね、ソア。ソアがして欲しい事、言ってみて? ちゃんと言えたら、叶えてあげる……」
優しい声。でも、すぐにどきりとする。エストレーリャの口元が三日月のように歪んでいる。
「ソア、言って? 大丈夫だから」
エストレーリャの声とフワフワの気持ちがソアに勇気を与えてくれた。
「ちゅーして欲しい……いっぱい」
「いいよ、してあげる……」
エストレーリャが愉快そうに笑った。ソファに押し倒され、唇を押し付けられた。途端にソアの身体がとろけていく。それでも、もっと欲しいと両手を広げた瞬間、エストレーリャがソアの首筋に甘咬みするように口付けをし、にっこりと微笑む。
「ねぇ、ソア。ソアまでどこかに消えちゃったら嫌だから……だから、ね。ソアが遠くに行っちゃっても、見つけられるように。目印つけたいな」
「いいよ、して? エスト……」
ソアの声にエストレーリャの瞳がぎらぎらと輝き、首筋に赤い印を、愛を、残していく。荒い息と刺激。ソアは唇から甘ったるい女の声を漏らしはじめた。エストレーリャが笑う。
「甘えん坊のソア、とっても可愛い……もっと声を聞かせて?」
「うん、エストにだけ聞かせてあげる……」
「ありがとう……大好きだよ、ソア……愛してる」
「知ってるよ……エスト、ねえ……やめないで……」
ソアは懇願し、息を大きく吸い込んだ。エストレーリャのすべてに身体が反応し、声が止まらない。
「うん、沢山あげる……君を見失っても、絶対。見つけ出すから……」
エストレーリャの耳にソアの吐息が触れる。
「見つけて、エスト……そして、離さないで……」
ソアは震え、涙目でエストレーリャを夢中で求め続ける。エストレーリャは呼吸すら忘れ、ソアの素肌に唇を何度も落とし、声を震わせる。
「ソア、どうしよう。可愛い君が見たくて、もっと君に夢中になっちゃう……」
エストレーリャは喉を鳴らし、ソアの唇を強引に塞ぎ、舌を強く絡ませあう。我慢など出来やしない。