PandoraPartyProject

SS詳細

IF//花が散るように

登場人物一覧

シャルティエ・F・クラリウス(p3p006902)
花に願いを
ネーヴェ(p3p007199)
星に想いを


 柔らかな手。空に溶ける白糸。
 それから。それから。

 ……嗚呼、夢か。

 夢だと思ってしまう程に、夢で笑う彼女は、愛おしく微笑むのだ。
 だから手を伸ばす。
 微笑みかけて。大切だと言って。共に歩いて。君のどこがどれだけ特別であるかを飽きる程に語って。……それでもまだ足りなくて。

 心から溢れんばかりの想いを伝えたい。

 それなのに、どうして。
 目を覚ましたとき、君に抱くのは嫌悪感なのだろう?
 

 ほろり、ほろり。それは脚が崩れ去る音。
 ひとの命が潰えるのはあまりにも早く。そして時の前にひとはあまりにも無力だ。
 そしてそれは衰弱しきったネーヴェにも当てはまる。ぜえぜえと肩で息をし、かひゅ、と気管支から情けない音が漏れる。
 久しく笑っていない口角と頬の筋肉は、自虐的に笑った女をたしなめるように痛んだ。
 長らく履くことの出来ていない義足には埃が被り。今は雪が降るように埃が踊る部屋で、ひとり、死を待っていた。

 背負った贖罪は。あまりにも重く。
 そしてそれを支える両足は既に無い。
 きっと手を差し伸べてくれただろう優しい彼には。何故か嫌われてしまった。
 だから彼女は此処に居る。
 知る人もなく。きっと彼女を知ろうとする人もなく。緩やかに。泥濘に落ちるように。そうして、ニ年を過ぎる頃が今だった。
 自身を診てくれた医者に通うことも出来ず。……彼と出会うことがないように。そうやって、息をひそめて。遠ざけて。なるべく世界に己を晒さぬように生きていた。
 特異運命座標イレギュラーズとして活動していた頃に貯めておいた貯金をゆっくりと溶かし。そうしていのちを繋いでいた。時折仕事をし、戦い。『義足の白兎』の情報はなるべく最小限で済むように。
 情報は多ければ多いほど貴方が辿ることが出来てしまう。貴方が死ぬまでわたくしは死ねない。だから、だから生き続けなければ。それが贖罪だから。
 そう、思っていたのに。
 少しだけ時を戻そう。ネーヴェが、冬を越すことができない理由を解き明かそう。

 あまりにも高い熱が続くものだから。なるべく頼らぬようにと決めていたのに、ついに医者を呼んでしまった。
 それがいけなかった。そんなことならば呼ばなければよかった。
 壊死した皮膚と皮膚下の神経から細菌が感染している。
 投薬治療は初期段階なら可能だった。けれどあまりにも時間が経ち過ぎている。
 もはや手の打ちようがない。大きな街にいかなければ、どうしようもない。
 淡々と告げられた事実。ネーヴェの病的に白い肌を赤くする方法はもうない。せめてもの救いとばかりに掌に握らされた解熱剤は2ヶ月分。
「……街にいけば、あなたのそれは治るんですよ」
「いえ。いい、え。もう、街には。いかないと、きめて、いるのです」
「……そうですか」
 健気なのか。愚かなのか。
 で死んでしまうくらいならばそれが己の運命なのだ。
 熱を排出するためか。あるいは。生理現象だと片付けて、ぽろぽろこぼれだした熱い涙を拭う。きっと彼がいたなら、なんてこの期に及んですがってしまう自分が嫌いだ。
「……ありがとうございます」
 医者に合鍵を渡す。
 風呂に行くのも億劫で。寝たきりになることが増えて。
 目を覚まして。デジタル時計で『今日』がいつかを確かめる。
 毎日飲めと言われていた薬。もう何日さぼってしまっただろう?

 せめて終わりくらいは彼のことを想いたくはない。
 ……嘘だ。死んだならきっと思い出してくれる。だから、死にたい。でも死にたくない。こわい。
 捜さないでほしいと、離れるに最もらしい理由をつけて一筆したためておいたなら。一切を調べずに居てくれたのだろうか。わからない。
(そんなことを思っても、もう、遅いのですけれど)
 
 だって体がひどく重たくて、指の一つだって動かせない。
 呼吸で精一杯だ。
 瞼を開けることも、難しくて。泥に飲み込まれていくみたい。

 ほろほろと雪が降る日のことだった。
 身体を起こす力もない。身体がやけに軽い気がする。……捲る余力もないけれど、下半身がまた崩れているのだろうと。解った。
 死が近付いているのだろうと理解した。
 ようやくこの苦しい生から解放される。そうして、貴方も。わたくしから解放される。
 解き放たれたのならば。貴方はきっと、幸せな人生を過ごせるだろうか。あまりにも不確かで、確証を持つことはできそうにない。また笑みが漏れる。……癖だ。笑ってごまかして。寂しさを嚥下する。

(どうしたら、貴方が、幸せでいられたかしら?)

 ネーヴェさん!

 はつらつと笑いかけてくれたあなたの姿を想う。

(わたくしが死んでも、幸せでいてくれるかしら?)

 ……ネーヴェさん。ほら、こっちですよ。
 熱を帯びた瞳と視線が絡まる瞬間を、思い出す。

 力が抜けていく。
 まっしろな大気に溶けていく。

(いつだって、願っているのです。貴方に幸あれかしと)

 もう、息をするのさえ煩わしい。
 瞼を閉じる。
 息を大きく吸って。
 それから、吐いて。

 時が止まるようだ。

(クラリウス様、心の底から、大好きです。側にいる約束、守れなくてごめんなさい)

 涙が一筋落ちて。
 それは誰にも拭われることはなくて。

「ネーヴェさん」
「……くらりうす、さま」

「ああ……」

 貴方が。迎えに来てくれたのですね。

 それはある雪の日のこと。
 誰にも知られることはなく。
 誰にも気付かれることはなく。
 ……たったひとりのおんなが死んだ。
 愛したおとこに会うことはついぞ叶わず。ただ恋していたのだと笑いながら。
 雪の日に、とけて消えた。





 同時刻より、少し前。
 彼は。
 彼――シャルティエは。彼女を思い出す。
 きっと大切だったのに、嫌悪に蝕まれている感情。忘絆病だと医者は語っていたか。
 彼女のために強くなりたいと願っていたはずなのに。
 彼女がもう何も失わないように強くなるのだと誓ったはずなのに。
 それに付随するのは気持ち悪いほどにくすんだ感情ばかり。嫌悪の前に抱いていた感情の色が解らない。

 解らない、はずだった。
 雪が降る。
 彼女を思う。想い、思い出す。
 
 治療法は。確か。
 電話をかける。問いただす。
「っすみません、あの、ネーヴェさんは!!!」
「……思い出しましたか」
「そんなこと、……いや、そんなことじゃないんですけど。ネーヴェさんは、どこにいるかとかって、解りますか?!」
「解りません。それに、貴方が思い出したのなら――」

 ――もう、この世には居ませんよ。

「え……?」

 電話が手からこぼれ落ちる。
 この世には居ない。つまるところ死んでいるのだ。
 あまりにも呆気ない返事。
「……なんだそれ。じゃあ僕が治ったって事は……ネーヴェさんはもう……?」
 唯一の治療法。
 嫌っていた。否、大切だった対象の死別。
 唯一の薬。そして永遠の別れ。
 永遠に嫌い続けるよりも幸せだったのだろうか? いいや、いいや。そんな筈はない。
 だって。もう、貴方が僕の名前を呼ぶことはないのだから。

「嘘……嘘だよ。嘘でしょう? だってそんな。あんな酷い態度取って、それで終わり? あんな顔させておいてもう会えないって?」

 酷く、不快だった。
 その人の声も、姿も、視線も、何もかも。
 記憶を辿っても理由も原因も分からず、それでもただ、どうしようもない程の不快感と嫌悪だけが湧いて来る。
 大好きだった。大切だった。なのにどうして、こんなことに。
 記憶をもっと辿れば良かった。そうすればもっと早く貴方を思い出せたかもしれないのに。

 どうして名前を知っているんだろう。
 彼女が僕の大切なひとだから。

 不愉快だ。だから見ないようにして。聞かないようにして。
 不安げに揺れる赤い瞳。上塗りされていく感情の名前は『嫌悪』。
 不愉快なはずない。
 彼女が不安な時は傍に居たかったのに。どうして気持ち悪いだなんて。あんなにも優しい瞳を、僕は拒んでしまったのか?

 彼女を見ていると、胸の中にある空虚な気持ちまで掘り起こされる。
 当たり前にあった物が跡形もなく消えたような、大好きだった筈の暖かさが思い出せないような、虚しくて冷たい感覚。
 そうだ。当たり前にあったのは彼女の優しさで。それすらも拒んでしまったのだから、空虚になってしまったって仕方ない。
 自業自得なのだ。

「……嘘。嘘だ!」
 錯乱する。混乱する。
 そして、心の底から。
 酷く。動揺する。
 死んでしまっただなんて。見てみないとわからないのに。
 雪の降る街を走る。
「だって違うのに……不愉快な訳ない! 嫌いなんて、憎いなんて、そんな事……!」
 涙がにじむ。
 貴方に会いたい。
 貴方に会いたい。
 ただ、貴方に会いたい。
「僕は傍に居たかったのに……居て欲しかったのに、こんな、たかが病気の一つで! ふざけてるだろう!? ふざけるな、ふざけるなっ……!!」
 寒い。
 肺が痛い。
 それでも走り続ける。
 貴方がどこにいるかなんてわからないのに。
 叶うなら。抱きしめて。謝って。どれだけ貴方が大切なのかを1から10まで伝えて。それから、それから。
 伝えられなかった好きだを伝えたい。

 もう、貴方はこの世界には存在しないのだ。

 酷く痛い。
 涙が溢れる。
 どうして。
 いかないで。
 貴方が居ない世界なんて、これっぽっちも生きている理由なんて無いのに。
 雪が降る。
 この世界に貴方は居ない。
 抱きしめることも。名前を呼ぶことも。出来ない。

(きっと、ネーヴェさんはこんな事望まない。きっと、僕の事を恨んですらいない。……分かってる)

 熱い。
 痛い。
 寂しい。
 会いたい。

(でも、駄目なんだ。僕はもう背負えない。耐えられない。罪も、罰も、……貴女の居ない世界を生きる覚悟も、ない。もう、無理なんだ……)

 続ける理由も。生きる理由も。
 何一つみつからない。
 他の誰かなんかいらない。
 ただ。貴方がいい。

(結局僕は、ずっとずっと最後まで弱いままで)

 歩く。
 宛先も。行き場もなく。
 もう。心は決まっていた。
 彼女の居ない世界にこれ以上長く居る理由はない。

(今だって償いの気持ちもなく、ただ歩くことが出来なくなって、全て投げ出したいだけで)

 死んだ。
 その事実が何よりもつらい。苦しい。
 会いたい。会いたい。会いたい。
 けど。きっと今会えるのは貴方の亡骸なのだろう。
 一人で苦しんだのだろうか。自殺なのだろうか。
 もうこんなに長く会わなかったことはないから。寂しくて。悲しくて。なにも考えがまとまらない。

(……もしもまた会えたら、呆れられてしまうかな。怒られてしまうかな)

 長い剣は。
 あの日貴方を守れなかった後悔よりも軽い。
 この足取りは。
 貴方が僕のせいで負った傷に比べれば、痛みなんてあってないようなものだ。

「ネーヴェさん」

 貴方が恋しい。

「ネーヴェさん」

 貴方に会いたい。

「ネーヴェ、さん」

 貴方を想っている。

「ネーヴェさん……」

 貴方に触れたい。

「……っ、ネーヴェ!!!!」

 貴方に恋をしている。

 もう届かない想い。
 願っても。想っても。どれほど名前を呼ぼうとも、貴方には届かない。

 金糸混じりの髪紐は。
 貴方が誕生日にくれたものだった。
 今はもう髪に結ばれることはない。あの日、全ての終わりを示すかのように切れてしまった。

(……それでも良いから、何を言われても良いから。どうかまた、貴女に──)

 会いたい。

 その日。
 一人のおとこが死んだ。
 大切だったおんなを想って。またその隣にある日を望んで。

 けれど。嗚呼。そうだ。

 たったひとつの治療法があった。
 衰弱死であれ。病死であれ。自殺であれ。
 忘絆病患者に忘れられた対象は。一度、死を帳消しにできる。

 忘絆病患者が。
 忘れた対象を想いながら死ぬこと。

「…………」

 雪の日に死んだのは。
 いったい、何だったのか。
 誰の想いだったのか。願いだったのか。
 そうして今息をしているのは、一体誰だ?

  • IF//花が散るように完了
  • NM名
  • 種別SS
  • 納品日2022年10月08日
  • ・シャルティエ・F・クラリウス(p3p006902
    ・ネーヴェ(p3p007199

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