PandoraPartyProject

SS詳細

雨、雨、俺達の心を濡らして<急>

登場人物一覧

鮫島 リョウ(p3p008995)
冷たい雨
鶴喰 テンマ(p3p009368)
諸刃の剣


 俺達は結局、どういう関係性なのだろう。
 姉と弟? 姉弟以上、恋人未満?
 判らない。判らないままでも良い。
 俺達は―― 一緒にいられさえすれば、其れで良かった。
 繋いだ手が離れなければ、其れで良い。
 俺もだいぶ落ち着いたものだ。其れで良いなんて思える日が来るとは思わなかった。



「……貴方を、護りたい」

 リョウの言葉は、絞り出すかのようだった。
 其れはきっと、姉として。たった一人の弟を護りたいという想いだったのだろう。
 俺はようやく、欲しかった言葉の一つを手に入れる事が出来た気がした。
 鮫島リョウにとって鶴喰テンマは“どうでもいい存在”じゃない。そういう証明が欲しかったんだと思う。

 俺はそっと、彼女の手首を引く。
 思ったよりも呆気なく彼女の身体は俺の胸元に収まって、……改めて、リョウの身体の小ささを知る。
 彼女は女性だった。俺の姉、俺の大切な人、俺の愛した女性。……昔々、俺の手を引いて歩いていたリョウの背中を酷く大きく感じたものだった。
 だけれど今はどうだ。リョウの身体は俺の身体にすっぽり収まるほど小さくて、……俺が少し力を込めたら、きっとリョウは壊れてしまうだろう。

「……テンマ」

 名を呼ばれる。制止するような言葉ではなかった。
 なあ、良いのか。お前は今、弟に何をされても文句言えないんだぞ。
 ――……なんて心で呟いてみるが、俺には勇気がない。愛した人をどうこうする程の勇気を持ち合わせていなかった。ああ、何が“リョウを護りたい”だ。俺はいつまでたっても、小さいテンマのままなのか。

 手首から手を離す。
 彼女が逃げないのを確認すると、そっと其の頬に手を添える。ふにり、と柔らかい膚の感触がした。男にはない柔らかさだった。
 そっと顔を上げさせる。リョウはいつも通りの無表情で、……でも、瞳は揺れていた。今日は右目は紫色だ。ゆらり、と薄青が揺れていた。動揺だろうか。

「……餅みてえ」
「餅?」
「ああ。ふわふわしてる」

 俺はこのどうしようもない緊張感を何とか解したくて、両手の指先でリョウの頬を突いたり、伸ばしたりしてみる。やめなさいよ、とリョウがちょっと不満げに呟くが、そんなものは知ったこっちゃない。
 そう、知ったこっちゃない。俺はリョウが好きで、だから触れたいんだ。
 何故だろうか、今の俺は酷く満ち足りていた。想いが伝わった訳じゃない。リョウは相変わらず、何を考えているか判らない。やっぱり今だって、姉弟の戯れだと思っているのかも知れないけれど……其れでも良い、と思える何かが俺の中にはあった。
 そのうちこの感情は消えてしまって、俺はまた悶々とするのだろう。だけれど、後の事なんて知ったこっちゃないんだ。今、こうしてリョウに触れている。其れを許されている。其れが一番大事な事だ。

 触れる。
 つつく。
 少しだけ引っ張ってみる。

「いひゃい」
「はは」

 引っ張り過ぎたのか文句を言われたので、ごめんなと頬を擦る。
 すべすべとしている。何を食べたらこんな表皮になるのだろう。そもそも、生まれた時からの作りが違うのだろうか。
 ――頬から首へ、手をそっと滑らせる。リョウはじっと俺を見ていた。読み取れない感情はなりを潜めて、今は不思議そうな瞳だった。
 部屋着越しに肩を辿り、肘の骨を感じて、そして手へ。リョウの手を包み込むように握る。小さな手だ。俺は矢張り、リョウを護りたいと思う。そして願わくば、リョウが俺を護るような事がないようにと思う。こんな小さな手に武器を握らせたくない。其れは俺の役目だ。戦うのは、護るのは、俺だけで良いんだ。

 気付けば俺達の距離は随分と近付いていた。両手を握り合って、鼻先が今にも触れそうで、……俺はじゃれるように、リョウの鼻に己の鼻をそっとくっ付ける。
 そういや、犬はこうやって挨拶するんだっけか。よく知らないけど。
 リョウは吃驚したのか一瞬目を瞑り、……何事もなかったように目を開く。俺が面白くてくつくつ笑うと、笑わないで、と冷ややかに言われた。其の冷ややかさが表面だけのものだなんて、とっくの昔に判ってる。

 俺は手を離す。そうして再び、リョウの頬を捉えた。
 ……じっ、と見つめ合う。
 こうする事で感情の全てを理解し合えたら、どんなに楽だろう。俺は君が好きだと、愛しているんだと、言葉にすれば余りにチープになってしまう其れ等を、彼女の心に直接ぶつける事が出来たらどんなに楽だろう。
 ……でも、伝わらなくて良かった、とも思う。リョウが何を考えているか判ってしまったら、俺はもう何も手を打てない。彼女が俺を悪しからず思ってくれているのは判る。“どうでもいい存在なんかじゃない”事だけは、判る。だけど其れだけだ。彼女にとって俺が何なのか、知るのはまだ怖かった。
 怖い、……のに。
 俺は誘われるように、其の白い頬に唇をそっと触れさせていた。俺の唇なんて、きっと触り心地は良くないだろう。でも、リョウは何も言わなかった。右の頬に一度、唇で触れて。そうして再び見つめる。……取り換えの利かない方の瞳は、揺れていた。でもどうして揺れているのかは、俺には判らない。俺は鈍感だから。リョウが何を言いたくて、何をどうしたいのか、……言ってくれなきゃ判らない。
 そうやって、己の都合の良い方に逃げながら――そっと唇を近付ける。

 ……止めるなら今だぞ。

 そう言いたくて、少しだけ躊躇うように止まった。
 ……自由な筈のリョウの両手は、俺を押し留める事をしない。――俺は其れを、都合よく受け取る。もう躊躇わない。彼女の柔らかい唇を、本当に大切なものだから、本当に壊さないように慎重に、奪った。

 ……一秒が、一日のように感じる。
 唇からは何も伝わらない。俺の心臓がどくどくと今更のように高鳴って、其の音が五月蠅く耳朶に響くばかり。
 そっと離して、リョウの目を間近で見た。リョウは俺からそっと目を逸らし、ほう、と吐息した。其の吐息が余りにも色っぽくて、飲み下してしまいたくなった。

「……テンマ」
「何だよ」

 漸く、彼女が俺の名を呼ぶ。
 もう止めたって無駄だぞ。俺はもう、お前にキスした。リョウ。俺は今までも、これからも、お前を一人の女としてしか見ないぞ。
 そんな不満を乗せた一言に、リョウは極めて冷静に俺に言った。

「服着ないと、シャワーを浴びたのに風邪引くわよ」



 寒かったのはこの所為か。
 あの後、俺は着ていなかった部屋着に大人しく着替え(苛立ち故の躊躇いも、すっかりとなくなっていた)、もう一度触れたいと思ったら今度は宿主の「夕飯が出来た」という声に邪魔されて。
 そして夕飯を食ったら、雨に体力を奪われたのか眠気が襲ってきて、俺はリョウより先にベッドの中でオヤスミナサイしてしまったのだった。
 情けない。同じ部屋で良いのかと詰め寄った男が、お前を護りたいとのたまった男が、雨に疲れて先に眠ってしまうなんてお笑い草だ。其れでも俺は、幸せに、幸せに眠った。唇に残るあの柔らかさを思い返しながら。

『――テンマ』

 夢の中で、リョウが笑っていた。
 あの赤ん坊に向けた笑みではない、本当に幸せそうな笑みだった。あんな笑みを俺は何年見ていないだろう。……ああ。俺は多分、あの顔が見たいんだと思った。
 リョウの愛らしい顔に、幸せが滲む。そんな顔が見たいんだと。

『テンマ』
「ああ」
「……テンマ」
「ああ……」

「起きて」

「え?」

 がば、と毛布を剥ぎ取られる。
 初秋の寒さが身体を襲って縮こまった俺に、呆れたようにリョウは言う。もうチェックアウトの時間よ、と。

「テンマは本当に、……寝つきが良すぎるんだから」

 寝ぼけた頭が見せた幻かも知れない。
 一生来ないかもしれない幸せに浸って、良い感じにスヤスヤ眠った頭が見せたのかもしれない。
 リョウは、笑っていた。困ったように、幸せそうに。



 ――俺達は、姉弟で。
 俺はリョウを姉としてなんて見ていなくて。一人の女性として、幸せにしたくて。
 でも、リョウは? リョウは、俺を弟としか見ていないのだろうか。
 判らない。今でも俺は、リョウが落とす一つ一つの言葉の裏にある何かを手探りで探し続けている。
 其処に何か煌めくものを見付けたいと、足掻き続ける。
 だって、俺は確かにあの日、彼女に口付けたのだ。
 俺は確かにあの日、俺の悲願が叶うかもしれないという確信を、――得たんだ。
 だから俺は諦めない。
 リョウの中にある俺への好意を掴んで、引っ張って、膨らませて、そうして、リョウにとっての唯一になりたい。俺にとっての唯一が、リョウであるように。

 ――俺はこうして、また一つ我儘になってしまったのだった。

  • 雨、雨、俺達の心を濡らして<急>完了
  • GM名奇古譚
  • 種別SS
  • 納品日2022年10月01日
  • ・鮫島 リョウ(p3p008995
    ・鶴喰 テンマ(p3p009368

PAGETOPPAGEBOTTOM