PandoraPartyProject

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雨、雨、俺達の心を濡らして<破>

登場人物一覧

鮫島 リョウ(p3p008995)
冷たい雨
鶴喰 テンマ(p3p009368)
諸刃の剣


 なあ。
 男ってのは期待する生き物なんだよ。
 だからどうせなら、切って捨ててくれた方が楽なんだ。
 ――其れなのに、お前は俺の事を切って捨てない。
 そっといつだって手を引いて、傍にいる。
 其れが俺を助長させるんだって気付いてるのか?
 俺は思い込んでしまって良いのか?
 俺は……



「俺とリョウは、どういう関係なんだろうな」

 俺が出来るだけ穏やかにそう問い掛けると、リョウは二度ほど瞬きをした。
 長い桃色の睫毛。ぱちり、と弾かれた水滴が何処かへ落ちた。

「どういう、って……」
「俺は、リョウが好きだ。ずっと好きだ、愛してる」

 重ねるように言う。“姉弟でしょう”が聞きたくなくて。
 もしかしたらこの言葉で、少しでも相手が答えあぐねてくれるかもしれないという期待を込めて、俺はそっと言葉を塞ぐ。

「ずっと昔から好きだった。血のつながりだとか、そんなものは関係ないんだ。俺は、……リョウが好きで。他の女なんて、目に入った事なんてない。ずっと、俺にはリョウだけだった。だから大切にしたかった」
「……どうして過去形なの」
「……」

 そう返されるとは思わなくて、俺はがりがりと髪を掻く。
 俺達は口下手だ。俺も巧くはないし、リョウは輪をかけてそう。だから、お互いに不意を突かれたような事を言われたり、言ったりしてきた。
 今がまさにそうだった。確かに、なんで過去形なんだろうな。――笑ってしまうと話は此処で終わってしまう。俺は笑わないように真面目な顔をしたままで、ゆっくりと訂正した。

「……いや、……今でも大切だ。だからあの時、“なんで”って訊いたんだよ」
「あの時?」
「ホテルの部屋を決める時だ。二部屋にしてくれたら、俺だってこんなに悩まずに済んだのに」
「……お金が勿体無いからよ」
「俺に何かされるって心配はしなかったのか」
「え?」

 口にしておいて、少しだけ己にぞっとした。
 何かする。俺が? リョウに?

 ――例えば。
 今戸惑っている彼女の細い腕を取って、ベッドへと放り投げる。
 安いベッドに沈んだ彼女の細い体をシーツに縫い付けて、其の唇を無理矢理にでも奪ったら。
 そうしたら彼女は、どんな瞳で俺を見るのだろうか。
 驚き? 悲しみ? 軽蔑?
 ……どれも嫌だ。俺は、リョウに嫌われる事だけはしたくない。

 ――例えば。
 俺が今から二部屋にしますと宿の主人に言いに行って。
 別の部屋にするからな、じゃあな、と背を向けたとしたら。
 リョウは止めてくれるだろうか。
 お金が勿体無いからと、……其の裏に隠れている何かを露にしないままに、俺を引き留めてくれるだろうか。

 俺達は姉弟だ。悲しい事に、これは決して変えられない。
 だからこそ判る事がある。
 リョウは“お金が勿体無いから”の裏に何かを隠している。
 何かがある。何か、他に理由がある。
 俺はいま、其の言葉の裏側に必死に手を突っ込んで捜しているのだけれど――其れが何なのか判らない。
 リョウはいつだってそうだ。必要最低限の事しか言わないから、其処に散りばめられた思いは俺が拾ってやらないといけなかった。
 俺は俺で、いつだってリョウが一番だから人に当たりが強くなることがあって。リョウはそんな時に真意を汲んで、柔らかく言い直してくれた。
 俺達は――俺のこの恋さえなければ、姉弟としては理想だったのかもしれない。でも、俺は恋をしてしまった。リョウという一人の女性に、想いを抱いてしまった。

「……」
「……冗談だよ」

 何を言えば良いのか判らない、という顔をしているリョウに、俺は思案をやめてそっと告げた。
 何もしない、とは言えなかった。でも乱暴な事はしない。其れだけは誓える。

「俺はリョウが大事だ。姉だからじゃない、血が繋がってない誰かだったとしても同じだ。だから、そんな力に訴えるような最悪な事はしない」
「……そう」
「でも、……弟として見られ続けるのも嫌なんだ。俺はリョウに、少しでも良い。男として見て欲しい。……恋が出来る男じゃなくて良い。ただ、頼れる男として見て欲しい。リョウは俺の事をまだ庇護すべき弟だと思ってるから、この一部屋にしたんじゃないのか」

 其れは、俺がリョウの言葉の裏を必死に探って取り出した、一つの答えだった。
 リョウが俺の事をまだ“守るべき弟”としてみているとすれば……納得がいくことが幾つかある。同じ部屋にしたのだって、何かあったときに守れるから。タオルを差し出したのも、風邪を引いてはいけないから。
 姉としての責任感、という奴だろうか。そういうものを、俺は僅かに感じたのだ。

「……だって」

 リョウが口を開く。
 困ったように眉を下げていた。困っているというより、言葉を探しているようだった。

「テンマは私の弟だもの。……テンマに護られてきた事はあるけれど、其れでも、やっぱり私が護らなきゃって」
「……そうか」

 我ながら、気の利いた事が言えないのが悔しい。
 此処で口の上手い奴なら、なんだかんだと丸めこんでしまうのだろう。でも俺には、其れが出来ない。ただ想いを抱いて、リョウにひたすらぶつかっていく事しか出来ない。

 俺はそっと立ち上がる。
 不思議そうに見上げて来るリョウへと歩み寄り、……少しだけ間隔を開けて、隣に座った。
 今ならこうしても赦される気がした。いや、多分リョウなら、いつだってこうしても許してくれるとは思うが、……今日は、こう出来る気がしたんだ。

「俺は弟か?」
「……ええ」
「本当に?」
「……本当に」
「……俺は、もう護られるような年じゃない。リョウより大きくなったし、寧ろ俺がリョウを護る番だ。其れは俺がリョウを好きだからとか、そういう理由じゃない」
「……」
「……なあ。俺にも護らせてくれよ。俺の事を弟として見てるなら其れでも良い、……でも、リョウを護るのは俺だけじゃなきゃ嫌だ」
「……そんなの、」

 私だって。

 ぽつり、彼女が呟いた言葉が。
 やっと凪ぎ始めていた俺の心の水面に落ちて、波紋を作った。

 私だって?

 其れは姉として?
 其れとも、……其れとも、何だ?
 俺は此処へ来て初めて混乱していた。リョウは、何を言わんとしているのだろう。

「私だって、……」

 リョウは躊躇っている。
 俺は口を噤んだ。其の後を継ぐ事だって出来たけど、……其れじゃ意味がない。
 姉として、でも良かった。
 弟としか見られないけれど。其れでも良かった。弟なんて嫌だと荒ぶる俺は、いつの間にか鳴りを潜めていた。
 ただ俺は、……俺は、リョウにとって“どうでもいい”人間ではないという事を、彼女の口から聞きたかったのかもしれない。
 だから、待った。リョウが口にできるまで、ずっと。時計の秒針がかちり、かちり、静かに時を刻んでいる。雨はだいぶ静かになって、しとしとと僅かに雨音が聞こえて来るばかり。

「……貴方を、護りたい」

 リョウが言った。
 其の言葉を聞いた瞬間、俺はリョウの細い手首を取っていた。
 傷付けないように。傷めないように。乱暴にならないように。

 リョウがこちらを見る。
 其の瞳には感情があった。けれど、其の感情を何と呼ぶのか、……俺には判らなかった。俺はそっと手首を引く。リョウは思ったより呆気なく、俺の胸の中に収まる。

 泣きそうだった。
 情けない事に、俺は泣きたい気持ちを必死で押さえていた。
 本当に欲しい言葉じゃない。
 だけれど。
 だけれども。
 俺が欲しかった言葉の一欠けを、今、リョウは確かに言ってくれたのだ。

  • 雨、雨、俺達の心を濡らして<破>完了
  • GM名奇古譚
  • 種別SS
  • 納品日2022年10月01日
  • ・鮫島 リョウ(p3p008995
    ・鶴喰 テンマ(p3p009368

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