PandoraPartyProject

SS詳細

No Longer Human.

登場人物一覧

嘉六(p3p010174)
のんべんだらり

●Mine has been a life of much shame.

 俺の部屋には物が少ない。
 例えば、子供なら与えられて然るべき玩具も。況してや、称賛と慈しみの言葉に溢れた賞状も、ぴかぴか耀く表彰盾トロフィーも、何一つとて与えられるには至らなかった。
 同い年の少年達が夢中になった物は手に入らず。代わりにあったのは教科書とノートと山程の鉛筆。何時だって薄っぺらい紙ヒラに下される数字評価値、唯其れ丈を気にして生きて来た。お陰様で勉強は出来る方だ。けれど、何時も其処で終い。人は、勉強が得意だからと云って、特別何かを与えられる訳では無いのだから。
 幼い時はピアノを弾いてみたいと思った事もあるし、サッカーだってしたかった。習字をする様になった頃には習字教室だって興味が有った。けれど全ては『勉強に必要ない』と一笑に付され、指を咥えて見ているだけだった。
 一つのケアレスミスも許さない堅物父親と、誰の前でも見栄えばかりを気にする計り厚化粧が加速する化物母親。其れ等はよく暴力を振るい――そして傷跡を拵え助けを求めても知らぬ存ぜぬの教員達に塾講師達。何奴も此奴もが勝手に劃した鉄軌レールの上を歩く事を強い、少しの余所見も叶わぬ、抑圧された環境下で育った人間なんてロクなモンに成らないなんて判り切っているのに、皆手柄が欲しくて必死で――其れで居て結果を残しさえすれば後はグレようが居なくなろうが死のうが御自由に。何たって身勝手で理不尽だと憤ったが考えるだけ虚しいものだ。
 高校受験が終わり、冬の重苦しい鈍色も冷め春に逢ひたる或る日。母親に叩き起こされては掃除用具を持たされ、部落が管理する神社の清掃に向かわさせられた朝の事を、忘れたいのに今でもよく覚えている。『社会福祉の心を持つ立派な少年』を演じる事は勿論だが――『彼処の高校に受かりましたあなた達の子供とは違って』とアピールして来い、と云うのが俺に課せられた任務ミッションで――其の母親の虚栄心を満たすだけの些細な――ほんの些細な命令で、俺の心の何処かは『ぽきん』と音を立て折れて壊れてしまった。

 高校に入ってみて、ゾッとした。学業に身が入らないどころでは無く――簡単だった筈の中学迄のおさらいは疎か、新しい数式も、漢字も、何一つとて。『嗚呼、俺は病んでしまったのだ』、そう自認した頃には全てが手遅れで。
 其処から先はと云えば、お見事と手を叩きたくなる程に只管、転落を続けるのみである。其れは周りを取り巻いて来た大人達への復讐であり、小さな檻の中子供部屋から飛び出した俺は、手っ取り早く得られる不良の代名詞である煙草と酒に浸り、自然と連む様に為った不良仲間と小さなアパートに屯ってはパクった漫画を日がな一日読み耽り、引っ掛けた哀れな女を連れ込んで輪姦まわして、気に喰わない事が有れば見様見真似で暴力に訴えた。
 誰彼顧みず拳を振るい、貶めて、そうやって人の上に立つのは気持ちが良かった。其の頃には両親の関心はすっかり弟に移っていて、擦れ切ったハイブランドはゴミも同然のもの。だって仕方がないのだ、学校は道徳を説いてはくれるが、要領の良い生き方や挫けて転んだ時の起き上がり方は教えてはくれやしない。
 併し、悪さを働いたしっぺ返しと云うのは必ずあるもので――ある時、何時もの様に拐かした女がヤクザの手が掛かっている者だったというのが一点目、そして当時すっかり気の大きくなっていた俺は『誠心誠意の謝罪』をするでも無く、あろう事か思い付く限りの罵声と数発のパンチを浴びせたのが二点目、三点目に其の後怖くなって尻尾を巻いて逃げたなんて諸々の理由数え役満で界隈ではすっかりお尋ね者に成り――拠点を輾転としても彼奴等、ハイエナみたいに嗅ぎ回っては追い掛けて来る。
 本当に詰まらない人生だった、と逃げるのにも疲れた路地裏、袋小路打って付けのロケーションで後悔を始めた頃。地下からほくほく顔で上がって来た男後から訊けば、賭博で勝ってちょっとご機嫌だったらしいに気紛れに声を投げ掛けたのだ。――『助けてくれ』だなんて、叶いっこ無い願いを。

 ――『なんで俺が見ず知らずのガキを助けなきゃなんねえんだ?』
 ――『おうおうおう、如何にもこうにもガキが喧嘩売るには分不相応な相手だろ、何したの? お前』
 ――『うわ、擁護しようが無いな』

「いいから助けてくれ! アンタ、大人だろ!!」

 ――『はあぁ……こんなんこれきりだからな、クソガキ』
 其の男、胡乱を内包した鮮紅色の目見は艶やか。しなやかな四肢、手足の捌き、『』。
 ――『で、少年。お前何人相手ならイケる?』
「無理っすね、俺、喧嘩弱いんで」
 ――『マジかよ、本当しょうもな、帰りたい』
「まあ帰るにゃ、此奴等如何にかしませんと」
 ――『俺がお前さんを奴さん共に突き出せば終わるだけの話じゃねえか』
「そうしたら、……枕元に立って毎晩呪います」
 ――『調子出て来たじゃない、クソガキ』

 ――『臆、じゃあ』
 ――『これっきりだ』
 ――『もう、そんなやんちゃすんなよ』

 見惚れる程の黝くみだらな暴力が吹き荒れた後には、誰ひとりとて立っている者は居なかった。
 ――大人に助けられたのなんて、此れが初めてだ。
 女子供にするみたいに俺の頭を撫でて去って行く其の人の名前すら訊けぬ儘、心に沸き上がったのは先ず『井の中の蛙』か、或いは『お山の大将』だった俺への『怒り』だった。クソ、クソ、クソ! やってらんねぇ。自分がダサくて堪らなくて、其れで、どうせこんな所に居てあんな身なり。同じ『ろくでなし』な筈なのに不覚にも『格好良い』とすら思ってしまった、彼の男への『怒り』。十七歳の行き場の無い其の感情は、富める者は富み、落ちる者は何処までも落ちぶれるこんな世の中であるとかにも及んで。訳が判らなくなって、もう滅茶苦茶に怒って怒って――悩んで、苦しんで、惨めで、許せなくて、ぐちゃぐちゃだった。
 唯、今迄の場所に戻ろうとは思わず、落ち零れなりに前へと突き動かす要因となったと云える。

 ――
 ―――

「嘉六さん、また女の家行くんすか?
 情けな……。行くとこないならうちに来ればいいって俺何時も云ってますよね?」
「お前さんなんか怖いからヤダ」
「かーろーくさーん」
「何だよ!」
「いえ、何となく、其の」
「何ニヤニヤして、やっぱり怖い」
「昔の事を思い出してたんですよ」

 やっぱり、そうだ。
 今となって思い返せば、此の感情の始まりは正しく『怒り』だったに違いない――……。

  • No Longer Human.完了
  • NM名しらね葵
  • 種別SS
  • 納品日2022年09月30日
  • ・嘉六(p3p010174

PAGETOPPAGEBOTTOM