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鉄蹄旅行記

登場人物一覧

リゲル=アークライト(p3p000442)
白獅子剛剣
リゲル=アークライトの関係者
→ イラスト
リゲル=アークライトの関係者
→ イラスト

●「鉄帝には強者が沢山いるらしい。観光に行ってみないかい?」

 そんな諫言に思わず頷いてしまった自分が馬鹿だったのだ。
 鉄蹄の国には行ったことはなかった。一度くらいは行ってみてもいいと思っていたし、おりしも書店のバイトはしばらくの休みをもらったところだ。
 なんとか見つけた洞穴で暖をとってこの寒さから逃れているが、薪の数は残りわずか。
 洞穴の向こうは吹雪だ。
 シベリアだってこれほどではないだろう。
 なぜ自分がこんなことになったのか。
 神宮司巽は自らに問いかける。
 鉄蹄が寒い場所であることは知っていた。故に防寒具に十分量の携帯食、それに武器を携えてきた。
 日本人である巽にとって極寒といって思い浮かぶのは八甲田山。
 祖父に聞いた八甲田山における雪中行軍の遭難事故の傷ましい事故はそれ以降の雪中行軍における戒めとして強く印象に残っている。
 それ故の重装備に対してリゲル=アークライト (p3p000442)は大げさと笑ったが。
 この通りの助けも呼べずの遭難である。
 薪がなくなれば自分たちも終わりだ。
 どうしたものかと脚絆を強く巻き直したところで、焚き火にかけておいたスープがわいていることに気づいて鍋を火から下ろす。
「ほら」
 巽はリゲルに熱いスープをカップに注ぎ押し付ける。
「ありがとう、タツミ」
「熱いからきをつけてくだ……気をつけろ」
 ついぞ敬語になってしまうのを言い直す。敬語はやめろとリゲルが言った。
 だから少しの抵抗心であえて敬語を使ってやったのだが、もうそれも馬鹿らしい。
 この覇気ない英雄殿はあろうことかこの行軍で風邪を患ってしまったのだ。
 それみたことか。
 リゲルの荷物は巽が用意しなおした。武器だって携帯させるつもりだったのに、いつの間にかおいてきている。
 このご時世で丸腰で冒険などどんな酔狂者なのだ。
 最悪余分にもってきた自分の小太刀を押し付けようと思う。
 十分な準備であったに関わらずこの体たらく。理由は先にも述べた覇気のなさであろう。
 帰ろうと巽は判断下すが、リゲルは頑としてそれを拒む。
 理由を聞けば、この旅行の目的は――。
「任務に気づかれしてしまってね……
 でもね、守るべき家族にローレットの仲間にはこんな姿はみせたくない。心配させちゃうからね。
 旅人である巽なら、騎士としても貴族としての体裁も取り繕わなくていいからさ」
 自分は仲間じゃないのかとか、ちょっとだけ不満に思うも、まあ自分はローレット所属ではない。しがない練達の書店アルバイターだ。
「だから、そんなタツミとなら。友達となら気軽に旅行ができるんじゃないかなって」
 そんな風に言われてしまえば返す言葉に窮する。
 家族とも仲間とも違う特別。
 それは巽にとっては少し面映ゆくも嬉しいものだった。
「何をいっているんだか」
 すこし照れくさくてことさら冷たく返すも、リゲルの思い通りにするのもいいかと思う。
 英雄と呼ばれ、高貴な出である青年はいまやまるでそのあたりの一般人のように頼りない。
 鍋の中のスープの野菜と干し肉を余分にリゲルによそってやった。しっかり栄養をとって風邪など吹き飛ばすがいい。
 自分のカップに肉ははいってないが、気付かれないようにしよう。鈍感な割にそういうところには目ざといのだ。
「おいしいよ」
 しかし、食料もそれほど潤沢ではない。この場所に何日足止めされるかはわからない以上慎重にことを進めなくてはならない。
 戻るも進むもまずはリゲルの体調が快調してからだ。
「しっかりしろ」
「面目もないね」
 毛布にくるまれた親友は随分と小さくみえた。
 疲れているというのは事実なのだろう。そんな彼に掛ける言葉を巽は持ち合わせてはいない。これが経験の差かとおもうと歯がゆくてしかたがない。
 だけど焚き火を囲んだ向かい側でだまってそばにいてやることはできる。
 
「あらあら~? こんな吹雪にこんな寒いところでご休憩ですか? 変わり者なの?」
 突如洞穴の入り口から声がかけられた。
 入り口に目をむければ、色白の肌につややかな金色の髪の少女がふわふわのコート姿で覗き込んでいる。
「それとも……遭難者かしら?」
 ころころと笑いながらまるでスキップをするようにこちらに向かってくる少女はこの寒さも意に介していないようだ。北国の少女というものはこんなに寒さにつよいのだろうか?
 それに対して防寒具で固めて震えている自分たちが恥ずかしいものに思える。
「お恥ずかしながら……彼が体調を崩してにっちもさっちも行かずに足止めをされていたところです」
「本当に面目ない」
「あらあら、それは大変! よろしければ私の家にこられますか? 大したもてなしはできませんけれども。
 お宿としてお貸しいたしますわよ?」
 異国の令嬢は極寒の吹雪とは対象的にひまわりのような温かい笑顔を浮かべて誘う。
「そんな……ご迷惑では?」
 巽のその答えに近づいてきた令嬢は指先で巽の唇を抑える。その艶めかしい動きに巽は思わずドギマギとしてしまう。
 大和撫子のような慎ましさはないが、この明るさは好ましいものだ。
 大和撫子が月であるならこの令嬢は太陽だ。どちらも美しいものであることに違いはない。
「こんなところに居ては治る病気もなおりませんわよ? ご安心なさって。
 私の家はこのすぐ近くですから」
 そう促されてしまっては、断るすべもない。
「この国に観光にきたのでしょう?
 ええ、でしたら私が鉄蹄をご案内いたしますよ。あ、どちらも有料でしてよ」
 やけにしたたかな彼女は商人の娘なのだろうと巽は見当をつけた。
 
 彼女に促され連れてこられた豪奢な館にはその豪華さに反して、人気がなかった。
 とはいえ、温かい館で休めることができるのならばそれに越したことはない。
 暖炉に火がくべられ、部屋は洞穴とは比べ物にならないほどに暖かくなる。
 これならばリゲルは明日には復調するだろう。
 お礼をと、振り返れば少女は重いフード付きのコートを脱いでいた。
 まるで華のようなその美貌に巽はドキリとする。
 すごい美人だ……うちの嫁には負けるけど。なんて隣でつぶやくリゲルの足を強く踏んでやった。
「ふふ、どうしました?
 私が美人でびっくりしましたか?」
 戯けていう少女の上目遣いはあざといとはおもいつつも、抗えないほどの魅力があった。
「え、ええ、とても」
「もう、お上手ね。そんなことないだろーっていわれるとおもったのに」
「めっそうもありません」
「温かいものいれますね。ご自分のお家とおもってくつろいでくださいな。
 ついでに依頼書をもってきますから」
 そういってぱたぱたと部屋から出ていく後ろ姿を巽はみつめていた。
「すごい美人だったね。タツミ、もしかして惚れてしまったかな?」
 なんてリゲルらしくもなくからかうものだから、さっきよりも強く強く足をふんでやった。
 朴念仁のくせに。
 赤くなった顔に気取られないように、暖炉のほうにタツミは向かった。
 
 ややあって、やわらかい湯気をたてるココアとともに少女が入ってくる。
 どうぞとソファに座るタツミたちにココアをさしだしてくる。
 両手で渡されたカップの指先がふれあい、必要以上に巽はドキドキとするが、必死でそれを隠そうとする。
 それが可笑しくてリゲルは笑いそうになったが気づかないふりをした。
 
「さて、こちらが契約書です。
 金額はこの別荘の宿泊費と込になっていますので、サインおねがいしますね」
 差し出された依頼の契約書にリゲルは慣れた手付きでサインをかく。巽もそれをみながら見様見真似でサインをかいた。
「はい! これで契約成立ですね! では明日から観光旅行をはじめましょう!
 こんな美人のツアーコンダクターでこの価格は破格ですよう」
「ほんとうだ。チップもすこし考えないとかも」
 慣れたふうなリゲルと少女のやりとりにすこし嫉妬をかんじつつも、巽は明日が楽しみでしかたなかった。
 
 一晩宿で温まったリゲルの体調は十分に回復していた。
 あれほど荒れ狂っていた吹雪もまるで嘘のようにぴたりと止まっていた。
 高い空は少しの青空すらみせている。
「まあ、こんなに天気がいいなんて久しぶりですよ!」
 言って少女。
 エカテリーナと名乗ったそのツアーコンダクターの少女は大輪のバラのような笑みをみせた。
 
「まずはこのヴィーザル地方の観光地に案内しますね。

 最近ノーザンキングスというあらっぽい連合ができたのでちょっとこわいですけど、このあたりには来ることはありませんのでご安心を。
 針葉樹林ばかりですが、朝一番にはダイヤモンドダストがみれることがあって、すごくきれいなんですよ」
 緩やかにステップを踏むように歩きながらエカテリーナは謳い上げるかのように説明をはじめる。
「ノーザンキングズ?」
 その物騒な名前にリゲルは問い返す。
 
「さすがさすが、英雄様はきになりますよね。
 そうですね、多数の小村の寄り合いが、連合王国を自称しはじめたんです。
 今の盟主の名はシグバルド。戦闘民族ノルダインのいかついオジサマですよ!
 
 凍てつく峡湾の長、ノルダイン、雷神の末裔を称するハイエスタ、永久氷樹とともに生きる獣人シルヴァンス。
 各々の部族が寄り集まって鉄蹄を打ち倒そうと連合を組んだのです!
 わ~、心躍りますね! 戦の匂いがしますね!」
 
 楽しそうに語るエカテリーナにすこしの違和感を覚えたが、まるで歌劇のような語り口調は彼女の美しさと快活さをことさら強調する。
 巽などはその語り口調に随分と魅了されている。
 事あるごとに質問し、笑い合うその姿はまるで恋人同士のようだとリゲルには思えて微笑ましくなる。
 大人ぶっていてはいても年相応の少年らしい笑みにリゲルはここにきてよかったとおもう。
 
「さて、ここが私のとっておきです!」
 いくつかの美しい風景をへて最終的に到達したのがこの湖だ。
 面積は広くましろに凍結したその湖は、凍結していなければこの世界で有数の透明度を誇るという。
 イルクーツクの真珠。
 この地の名前であるイルクーツクが誇る宝石であるとエカテリーナは説明した。
「ここには鮭やアザラシ、チョウザメにたくさんの生態系があります。
 戦争で追いやられた人が冬場にこの湖を向こう岸から渡ってきて力尽きて春には湖の底に沈んでそれがいい餌になるみたいなんですよね~」
 続いた説明に二人はぎょっとする。
「いえいえ、これこそ自然の雄大な食物連鎖ですよお。
 弱いものは捕食され、蹂躙され、無残に散る。
 うふふ、私、その食物連鎖の頂上、強いものがすきなんです!」
 そういって振り返った少女の笑みはまるで食虫植物のように禍々しいものになっていた。
 リゲルと巽は闘気に反応して構える。
「ふふ。いいですね、その顔。
 騙されたって顔してます。特に巽さん、苦しそうですねぇ~。そういう顔すきですよ。
 私に惚れそうになってたでしょう? 私わかるんです。オスのいやらしい視線っていうのが。
 あなたは私にそんなオスらしい目をむけてたの気づかれないとでもおもってたんですか?? 傑作ですよ。
 オスのみっともないハートを浮かべた目。ああ、可愛くって私は好きですよ! 愚かで!
 ん~、もっと苦しい顔にするために、一回くらい寝てあげたほうがよかったのかなあ?」
 エカテリーナは妖艶に舌なめずりをする。
 ちらちらと唾液でひかる舌は淫猥で、巽は眉をしかめる。
「知ってますか? 強いオスを自分の手で、自ら(おんな)の強さで蹂躙して、陵辱して、屈服させるの。すっごく楽しいんです。
 いわゆるカタルシスってやつです」
 そう言って指を伸ばすエカテリーナの顔は淫らに上気している。絡新婦のようなその表情に巽はぞくりとする。
 ではでは、
 観光名所の案内の報酬をいただきましょうか?
 ほらほら、みてください! この依頼書の裏に、あぶり出しで『命でも代用できる』ってかいてあったんですよ~
 きづいてなかったですか~~~?
 ああ、でもでもしっかりとサインは頂いてますので!!!!」
 少女の足元から邪悪なオーラが浮かび上がってくる。
 コート姿はいつのまにか露出度の高いドレスに変わっている。目のやり場に少々戸惑うほどの胸元と深くあいたスリットから見える白い足が艶めかしい。
 思ってみれば今までの出会いからして不自然なものだった。山奥の洞穴に雪山を登山できるほどではない軽装のコート姿で、なおかつピンポイントで自分たちをみつけたこと。
 吹雪だってまるで自分たちを襲い洞穴に閉じ込めるように吹き荒れてていた。彼女の別荘の位置だっておかしかった。移動時には吹雪もゆるくなり、5分も立たずについたのだ。まるで、いまそこに立ったばかりかのように。
 そしてアレ程の吹雪がピタリと止んで。ひとつひとつの要素が怪しいにも程がある。気づけなかったことに、そして淡い恋心のようなものが蹂躙されたことに巽は怒りを覚える。
 巽は己の武器を構え、丸腰の友人に小太刀をたくそうとするが、リゲルは手でとめると、転身する。
 転身後の姿は白銀の騎士たらん蒼銀の鎧に二振りの剣。
 まったく、リゲルは丸腰に見せかけてこんな絡繰りまでもっていたとは。それを見抜けなかった自分に巽は恥ずかしくなる。
 覇気がなかろうとも彼の根本はれっきとした騎士なのだ。
 まあくしゃみをしながらの転身は少々……いやわりと格好は悪かったが。
「イケメン刀士の巽くんに、天儀の蒼銀リゲル=アークライト。
 私の殺したいリストのなかでは花丸急上昇ですよ」
 構える二人を引き裂くかのようにエカテリーナから振り上げられた指先がこちらに向いた瞬間、不可視の衝撃波が襲いかかってくる。
 二人は既のところで避け氷湖を転がる。
 ぴしり、と凍結した氷に罅が入り、破壊されていく。
 湖に浮かぶ不安定な氷を足場にすることを余儀なくされたふたりは目を合わせる。
「魔種、だ。二人でも勝ち目はないかもしれない」
 そのリゲルの判断に絶望に近い感情が巽の中に芽生える。
「でも」
「自分たち二人ならできると、そう言いたいわけだな」
 しかし絶望に瀕しても巽の目には輝きがあった。
「ああ、もちろんだ! タツミ、隙をつくぞ」
「いわれなくても」
 自らの武器の重さは足場の不如意を加速させる。親友殿は無茶振りをしてくるが、負けるつもりなど毛頭なかった。
 こちらの足元の悪さに反してエカテリーナは宙を浮かび余裕の表情すらみせている。忌々しい。
 けれど、戦闘の潮目はそれほどまでに悪いものではない。不可視の衝撃波は厄介ではあるもののいくらか喰らえばそれが単調であると気づく。
 あの魔種はこちらをなめているのだ。その油断をつくしかない。
「腕が……動かない!」
 巽が不安定な氷塊に膝をつく。
「タツミ!! 危ない!!」
「イケメン君から食べちゃいますね。ふふ、殺した後、犯してあげるわ」
 魔種の女は氷塊に足をおろし巽に近づいていく。
 リゲルは自分の足元の氷塊を蹴り、その勢いをつけた抜身で放たれた斬撃を女の足元に食らわせる。
「あらあら、蒼銀ったらかわいらしいこと。必死の攻撃でも外したら意味がない……わ?」
 女の足元がぐらりと揺れる、狙いは女ではない。
 女のバランスを崩すことが目的だったのだ。
「今!」
「言われずとも!」
 巽は渾身の力でもって、刀剣の重さを利用して女を冷たい水の底に押し込む。
「あ」
 女は妙なほどにあっさりと水中に没していく。
 暗い水のなかに沈んでいく女の口元が笑った気がした。
「まだだ!」
 巽はその水底にむかって飛び込もうとするのをリゲルに止められる。
「リゲル」
「ここまでだ。深追いは危険だ。こんな冷たい水の中飛び込めるわけがないだろう」
「しかし」
「きっと彼女は俺たちで遊んだだけだ。まったく嫌なものに目をつけられたね
 まあプライドもあるだろうしすぐには戻ってこないさ」
 リゲルの言ったとおり水中に没した女が戻ってくる様子はない。
 それから一時間が経過したが湖は静かなままだ。
「タツミ、いこう」
「どこに? 警戒を緩めるな」
「いや、観光の時間、勿体ないだろう?」
「はぁ?」
「まだ、ピロシキとかいう鉄蹄の郷土料理をたべてないんだ! お土産だって買ってないし!」
 このごに及んで観光をしたがる友人に巽は気が抜けてしまう。
「さあ! 楽しもう! はくしょん! ところで、あの演技下手くそすぎないかい?」
「うるさい」
 隙をつくための演技は棒読みで騎士様にはお気に召さなかったようだ。
 
 その後彼らは鉄蹄グルメに観光名所を時間ギリギリまで満喫する。
 思いっきり巽を引っ張り回したリゲルは最終日には気が抜けたのか風邪がぶりかえしてしまった。
 となれば、この大荷物を運ぶのは巽である。
 体力ならまだ余裕がある。リゲルを家にまで送るのは大したことではない。
 巽に背負われた状態で家路についたリゲルは嫁にこっぴどく叱られていた。
 なんとも。あの蒼銀の英雄が小柄な細君に怒られてあんなに小さくなるとは。これは後々までからかうネタができたと巽はほくそ笑む。
 お礼にと、彼の妻から振る舞われたパンケーキと紅茶は暖かく身に染み込んでいくようだった。
 ねだられるがままに語った少し情けない英雄譚とお土産話に笑うリゲルの妻はなるほど、例の彼女より美しいというのは本当だったようだ。

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