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雨が晴れるまで

登場人物一覧

ランドウェラ=ロード=ロウス(p3p000788)
黄昏夢廸
ランドウェラ=ロード=ロウスの関係者
→ イラスト


 雨の日だった。
『黄昏夢廸』ランドウェラ=ロード=ロウス(p3p000788)がはじめて研究室を訪ねてくる日は雨だった。
 もっとも、再現性東京の天気がどこまで本物といえるかは議論の余地があるが……。
 六逸 白斗は、今日もR.O.Oの管理者としての仕事をしている。R.O.Oの報告メールを読みながら、コンソールを叩いて果てのないバグをつぶす。
 ひと段落したところで、事務椅子に腰かけて息をついた。妹は、今日は傘を持って出ただろうか……?

 ぴょこん、と、気の抜ける泡のような音とともに、画面に通知が入った。

(例の、レアエネミーとの遭遇者からだろうか?)
 天候が悪く、ちょうど公共交通機関の情報を見ていたところだった。中止の申し入れだろうか、という白斗の予想を裏切って、ランドウェラからのメッセージは「もうすぐ着く」というものだった。研究棟を降り、ラウンジに行くと、示し合わせたように雨があがっている。
 まるで、ランドウェラの来訪を歓迎するように……。
 白斗はうすぼんやりと作り物の空を見上げた。

 セフィロトの研究者であり、ましてやR.O.Oの管理をしているとつくづく思う。
 この世界には、主役と、そうでないものがいる。
……いや、その呼び方は正しくないかもしれない。
 因果をぐるぐると巻きつけたように、「運命のほうから招かれる」、そういう人物がいるのだ。ぜったいにランダムな確率では説明しきれないほどに、何かに遭いやすい人物はいる。自分が何度挑もうとも決して遭わないレアエネミーと遭遇するような人物が。
 きっと彼らを特異運命座標イレギュラーズと呼ぶ。

 座標、と。

 スマートフォンの地図機能が案内を終了し、GPSは極めて正確にXとYを指し示す。建物を把握する前で「目的地周辺です。案内を終了します」と言われてちょっとぐるぐると歩く羽目になった……。
(運が悪いのかな)
 晴れた空の下、ランドウェラはそこに立っている。
「ああ、あなたが担当の? よろしく頼む」
 イヤリングが揺れる。
 白斗がランドウェラを初めて見たとき、透き通った、ガラスのような人物だと思った。存在感がないわけではない。均整で主張がないのだった。動くたび、人工の光がランドウェラを通り抜けるかのようだった。翻って、右腕は漆黒に覆われていた。……ひとをじろじろ見るのは失礼か、と視線を前に向けてカードキーをかざす。
 白斗は、別に、主役になりたいと思ったことはない。白斗は日常を妹と過ごせればそれでいいと思っている。望んでも望まなくても因果に巻き込まれる数奇を思うと心が痛む。
「研究室はこちらです。本日はよろしくお願いします」
「白い研究員さん」
「ああ」
 そこで、白斗は、名乗るのに遅れていたことにようやく気が付いた。
「六逸 白斗……です、よろしくお願いします」
「六逸研究員」
「白斗で構いません」
「白斗、白斗……」
 じぶんで言ってから、白斗は初対面の人間に対して下の名前を呼ぶように言うなどフランクすぎただろうか、と思ったのだが、ランドウェラは特に違和感を持つふうでもなかった。
 何度か名前を繰り返し、飴玉を飲み込むようにうなずいた。
 下の名前でと言ったのは、長く過ごしている妹と呼び分けるための習慣だった。
……人づきあいがわからない。優秀であるがゆえに、チームには歳の近い人間もいない。そのことに対しての不満はまったくないのだが、こういうときになんらかしくじっていないかと思うと、ちょっと自分の社交力が恨めしくもなるのだった。


 ランドウェラは、招かれるままに素直についてきた。好奇心からかくるくるとあたりを見回しはするが、触らないように、と言うとうなずき、素直だった。
 茶を淹れ、向かい合って座り、本題を切り出した。
「……はっきりと言います。俺はR.O.Oにある「隠しデータ」を探しています。それは、あるかもしれないし、ないかもしれない……そういった、おぼろげなものです」
「そうなんだ」
 ランドウェラ透き通った声で小さくカップの表面が揺れる。
 明確な歓迎ではないものの……そこにあるのは拒絶ではなかった。相手の温度を確かめながら、言葉を選ぶ。
「<八界巡り>のログを、読めるところまで読ませていただきました。レアエネミーの件も、ランドウェラさんの前の世界が、……影響しているのかもしれません」
「前の世界」
 ふいに、ランドウェラは目を細める。
 そこにあるのが嫌悪であるのか、あるいはそれ以外の――望郷であるとか、そういった感情なのか、白斗は判断できなかった。
 それでも、その話題を出した瞬間、ランドウェラが意識を集中させたのがわかった。
 ざあ、と急に雨の音が激しくなったので、白斗は立ち上がって窓を閉める。
 ランドウェラは、その間ずっと考えていた。
 いやな感じがした。
 はじめてあれを――したときのような、追憶。
 未知のものを知るのは楽しいはずだ。そう言い聞かせているうちに間ができる。それを、逡巡ととられる。
「ランドウェラさん……?」
「なんでもない」
(あれはいったいなんだったんだろう)
 イヤリングが耳元で揺れる。
 ささやくように……。見守るように……。


「つまり、レアエネミーの調査を依頼したいんだね」
「はい、……イレギュラーズのみなさんはR.O.Oの探求において常に素晴らしい力を発揮しますが、中でも、ランドウェラさんは、異常事態への遭遇率が『高い』です。これは、統計的に有意といっても差支えないくらいに、明らかに高い」
「わかった、できるだけやってみよう」
「……いいんですか?」
「頼んだのでは?」
 ランドウェラはこともなげに返事をした。
 これ以上は個人的な「お願い」で、たんに、レアエネミーの遭遇報告を受けただけの研究員としては一線を越えている……。白斗は、それを、どう切り出したものか、ずっと考えていたのだが、拍子抜けだ。慌てて、レアエネミーに遭遇する危険性の話と、それから用意しようと思っていた報酬の話に移る。
(わざわざ不利なことを説明するってことは、まあまあいい人、でいいのかな?)
 じっと相手を観察していたランドウェラは小さくうなずいた。
「楽しいことは好きだからね。ゲームっていうのは、人を楽しませるものでしょう」
 なら、楽しいはず……と、少しだけ、そう言い聞かせているようにも思える。
「それから……これは、個人的な話、なのですが」
 だから、話そうと思えたのかもしれない。白斗は慎重に言葉を選びながら、『因子』について説明した。
 事故に巻き込まれやすい因子。
 トラブルに遭いやすい因子。
……何らかの影響で、運命に魅入られたような人物がいるのではないか、という、途方もなく荒唐無稽な話ではある。
「そうか」
 ランドウェラはただ聞いた。


「今日はありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとう」
 かくして六逸 白斗は協力者を得て、ランドウェラはイヤリングに対する手がかりを得た。手掛かりというにはか細く、確かではないが……それでもひとつの光明といえるだろう。
「雨が降りだしたみたいですから、帰りは――」
 下に降りてから、白斗は言葉を失った。雨なんて降っていなかったのだ。地面はすっかり乾いている。
「うん、気を付けよう」

おまけSS

「白斗!」
「え?」
「お友達ができたんですか?」
 白斗の妹の朝乃がぴょんぴょんはねてスマートフォンをのぞき込んでいた。
「だって今「白斗」って! 通知にメッセージがありましたよ。友達がいたんですか」
「友、いや……うーん……」
 白斗は少し考える。ただの依頼者だ、と否定するのは簡単だったのだけれども、なんとなくそんな気になれなかったのだ。
「いずれなれるといいなあ、と思っているんですが。どうやったらひとと仲良くなれるんでしょうか」
「そこからですか!?」

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