SS詳細
Sweet predators.
登場人物一覧
●Q.何時か王子様が?
――アタシ達、これからどうなるんだろうな。
――どう、とは?
――学校卒業したらだよ。まだ負け込んでる地域も他国にはあるだろ? 前線に飛ばされるのかね。
――新卒をいきなり前線には出さないだろう。……そうならなくても、離ればなれになる可能性はあるか。
――ハァ? 関係ないね。アタシがどっか行く時は紅も一緒に連れて行くに決まってるだろうが。
――……今のはプロポーズ?
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●紅い華に燻るもの
この
そんな生き方しか知らず逃げる事も出来ない私を外の世界に連れ出した明が、今も隣にいる。それが嬉しいのに、苦しい。苦しくて、でも手放せないんだ。私は明が好きで、誰よりも近くにいたい。でも、私が明の隣に立つ資格と魅力があるのだろうか。
明は強い。心身共に私とは正反対。私とて戦のイロハを学んだ身とはいえ、心構えがまるで違う。どんな時でも自信に満ち溢れた明のまわりには、いつも人が集まる。私の明、私と恋人の明。その笑顔を私以外に向けるなとその場で喚き散らすくらいの度胸があれば楽なのにとすら思う。嗚呼、なんて女々しい――。
●明けの月に潜むもの
この
あんな生き方しかしてこなかったアタシを恐れず連れ出って歩いてくれる紅が、今も隣にいる。それは嬉しいと同時に不安でもある。あれで結構モテるのだ。紅は可愛いし、あの儚さ美しさ、裡に秘めた強かさを知れば知る程深みにはまって手放せない。アタシは紅が好きで、誰よりも近くにいる。アタシだけが紅の隣に立つべきだし、紅を知るのはアタシだけで良い。
紅は強い。心身にアタシとは正反対。アタシの周りに集まるのは権力に縋る者ばかりで、心構えがまるでなってない。そんな時でもアタシに向ける笑みと少し茶目っ気があるところは、荒んだ感情を癒してくれた。
アタシの紅、アタシと恋人の紅。その優しさをアタシ以外に向けるなと誰であろうと子供っぽく喚き散らしても良いが、それでは紅に迷惑がかかる。嗚呼、なんて忌々しい――。
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●~想像しえなかった日常~
ぐつぐつと煮込んでいるのは、
「そしたら新しい料理を作ってくれよな。紅の創作料理も好きなんだ」
「余り物に適当なものを混ぜただけだ、誰でも作れる」
「アタシには作れないし、混ぜるだけでも紅の味になるだろ?」
鍋の前に立ち、焦げないように時々混ぜる紅華の背後に寄り、明月は腰に手を回した。お互い歴戦ではないとはいえ戦いの心得はある。このくらいすぐに躱せるのに逃げないのは、これを許し合える仲だから。迷惑そうに「こら」なんて言う紅華も、本気で離そうとはしない。
「料理中に悪戯をするな、危ないだろう」
「なら何時なら良い?」
「……食事が終わったら、良い」
「ん。二言はナシだぜ」
俯く紅華の、照れ隠しがバレバレな朱に染まった耳を一口、かぷっと
待っている間、明月は
そんな妄想はゆさゆさと揺さぶられて途絶えた。現実には妄想より可愛いあの子がいるのですぐに引き返す。
「……めい、明。顔がだらしない」
「お? 出来たか」
寝転んでいた身体を起こせば、キッチンのテーブルには既に盛り付けられた筑前煮と他にも幾つかの料理が並んでいる。紅華曰く、唯の余り物。明月を呼びに来た紅華は少し自信なさ気。
「ああ。口に合えば良いが……此処はやはりあちらとは調味料がやや違ってな。味を再現出来ているか分からない」
「そりゃ重畳、アタシが紅の最初の一口を頂けるってワケだ」
ニィと満足気な明月の態度に、はぁと溜息を吐く紅華。またこういう事を言う。
「料理の、な」
訂正した紅華の顎を素早く掴み、明月は唇を重ねた。ぎゅっと閉じられた唇を舌で舐め、歯で緩く齧れば綻んだ柔らかいものの中に舌を突っ込む。一瞬びくりと固まった紅華の身体も、今は緩み口中を蹂躙するものを唯々受け入れた。
はぁ、という熱い吐息はどちらのものか分からない。ふっ、という要求もどちらのものか。そんなものはどうでも良かった。目の前の恋人を貪りたい、独占したい、愛し愛されたいという感情が溢れて紅華は明月に身を委ねる。
自分のような
「ん――、料理、冷める……」
「冷めても美味しいさ、紅の作ったものだし。それよりアタシは」
明らかな照れ隠しに笑って、唇を開放する代わりに腕を引き、共にベッドに倒れ込む。二人暮らしの為に買った大きなベッドはふかふかで、スプリングがぼふんと跳ねて紅華と明月を受け止めた。おい、とツッコミが入る前に明月は紅華の首筋に顔を埋める。すぅーっと紅華の纏う香りを堪能。料理のしょっぱい匂いと、紅華本来の香り。
「……おいしそう」
「また噛むのはやめてくれないか? 結構痛いんだ」
「手加減すりゃ良いってワケだ。なら遠慮なく頂きまーす、っとね」
何をどう遠慮したのか、否手加減しただけで遠慮はしていないか? かぶりと首筋に噛みつく明月を持て余す紅月。所在なく彷徨う手を、明月の頭にのせてよしよしと撫ぜた。似ているようで違う、黒と紺の長い髪が重なり混ざる。真っ直な黒に癖の強い紺が、目の前の恋人を逃がすまいとしているかのよう。気分を良くした明月は一度齧ってしっかりと歯型がついた首筋を舐め上げた。
「っ……め、い……」
「なぁ紅、
「……何が」
「説明しないと分からない程鈍感じゃないくせに。今更ビビってるのか?」
首を横に振る。そうじゃない、そうではないのだ。紅華が気にしているのは其処ではない。明月とこうして幸福な日々を過ごしている事が嬉しいから、不安なのだ。故郷に未練はなくとも、優しくしてくれた叔父夫婦は心配しているのではないかと。あの人達だけは、紅華を『どこの誰かも分からぬ者の、それも妾の子!』ではなく、家族として扱ってくれたから。その叔父夫婦を裏切っているのではないかと。
何とも言えぬ貌をしている紅華の頬に、明月は触れるだけの優しい口付けをした。そうして、笑う。豪快に、自信満々に。
「怖がるなよ、紅。アタシがいるだろ、それじゃあ不満か?」
何とも察しが良いこと! それがこんなに嬉しい。言葉を口にしなくても伝わるのは、明/紅だから。他の者が割り込む隙間もない程に密着する。今度は紅華が抱え込むように、頭を撫でたまま明月を胸の中に閉じ込めた。縋るような声で、明月に貌を見せずに呟く。
「私は明がいればそれで良い」
頷き。
「私は明が好き」
頷きと、胸元に触れる自分のものではない愛しい人の手。
「……めいは、私と世界を天秤に賭けたら私を選ぶんだろうな。私なんかの為に」
胸元で肩を震わせ、笑いをこらえる仕草を感じて胸元を覗く。案の定、明月は今にも吹き出しそう。声をあげる前に紅華の視線がひっくり返る。天井を背に、爛々と輝く金の瞳に見下ろされ、先程口付けされた頬を仄かな仕草で摩る。擽ったいなとムっと睨むと、心底楽しそうな明月。
「当たり前。それに紅だって――」
耳元に吹き込まれる言葉。鎖なんてもんじゃない、二度と千切れない契り。わざわざ声にするなんて狡いと思ったけれど、歓喜を覚える紅華だった。
「――アタシ無しじゃ、もう世界なんか必要ないだろ?」
激しい嫉妬心だと自覚はある。誰にでも、物にでも、紅華が執着するものは全部明月にとって
「紅が好きなのはアタシだし、アタシは誰にも紅を渡さないから。世界なんかどうでもいいぜ。まぁ、これから紅とどうなるかって
「……めい」
「んー?」
「重い」
「コラ!」
折角の
甘い時間の代償に、食事はすっかり冷めてしまったとか。文句を言う紅華に、美味すぎると褒めちぎりながら全部平らげた明月だった。
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●A.私/アタシ達を無限の可能性が広がる世界に連れて行ってくれる!
――もし先に私が死んだら、明月は後追いするか?
――どうかな。とりあえず紅を殺したヤツを死ぬより苦しめてから殺す。
――……事故や病気かもしれないだろう。
――何さ、藪から棒に。実は不治の病でも背負ってるって?
――そうかもしれない。
――は?
――……聞いたんだ……恋の病っていうのがあると。これは不治の病らしい。盲目にもなるそうだ。恐ろしいな。
――そりゃあ……あー、うーん……。
――珍しい、明の歯切れが悪い。そんなに重篤な病なのか……一応先に死んだらすまないと言っておく。
――ってプロポーズだろ、これ!
おまけSS『Liar』
誰かが言っていた。
『あなたにとって最も愛する人の幸せを願い、祝福する事が出来たなら、それこそが真実の愛でしょう』
嘘ばかり! 何が真実の愛だ。
自分の手で愛する人を幸せに出来ないなんて、最も愚かで虚しい事だろう。
愛する人は手の中に。もう手放せない、手離したくない、幸せは自分の隣でしか実現しないのだと――捉えて。
「好き」
その一言だけで、気付く。囚われているのは自分の方だと。